七百五十六話 宴会と勝訴
サラをヴィクトーさんに会わせるためと、広大な森で土を分けてもらうためにローゾフィア王国を訪問した。無事にサラとヴィクトーさんの時間を確保でき、その間に俺は土の回収とベル達のキノコ狩りに付き合い、サラを除いたジーナ達は遺跡発掘のお手伝いを完了させた。そして、そのお礼なのか、ヴィクトーさん達が俺達の為に宴会を開いてくれるようだ。
騎士の人達にベッカーさんの居場所を聞き、陣頭指揮を執っている宴会場に移動する。
「ベッカーさん、すみません、今戻りました」
「おお、裕太殿、お帰りなさい。もう聞いているかもしれませんが、宴会を開きますので是非ともお楽しみください」
宴会場で発見したベッカーさんに話しかけると、笑顔で出迎えてくれる。
「はい、急な訪問の上に宴会を開いてもらって申し訳ありません。楽しませていただきます」
既に準備が始まっている様子なので、宴会を固辞するようなことはしない。
「いやいや、こういう生活をしていると来客と宴会は我々にとっても刺激であり楽しみなのですよ。ですから裕太殿が恐縮される必要はありません」
刺激は宝探しで十分に得られているような気がするが、そこにツッコミを入れるのは無粋だろう。
「ありがとうございます。……それにしても人が更に増えましたね」
宴会場で働いている人達、特に女性の姿が増えている。
「ええ、拠点の改良も進み、安全もかなり確保できるようになりましたから、徐々に人を増やしておるのです。まあ、それでも個別で食事をとるような余裕はないので、全員で食事をとるような形態なのですがな。ですので、今日の宴会も普段の食事に料理と酒を増やした程度で、裕太殿が気にされるような無理はしておりませんぞ」
施設が増えているから発展しているのは予想していたが、本当に順調なんだな。
ただ、個別で食事をとるのはまだ難しいのか。
まあ、個別で食事をとるには個別に煮炊きができる設備がないと難しいから、そこまで手が回らないのも当然かもしれない。
ここは辺境のど真ん中の森の中だからな。女手が増えているだけ凄い。移動も大変だから王都での物資調達の往復の間に、少しずつ人数を増やしていったのだろう。
「ありがとうございます。それなら楽しませてもらいます。ですが、お酒や料理の提供くらいはさせてくださいね」
「はは、目新しい酒や料理は皆も喜びますからな、有り難く受け取らせていただきます」
喜んでくれるなら俺も嬉しい。
ベッカーさんに厨房を教えてもらい移動する。
なるほど、よく分からない柱が増えていると思っていたが、タープを張るためだったのか。
雨もそうだが日差しを避けるためにも天井は必要だよな。
「あら、お客さんがこんなところにどうしたんだい?」
厨房に向かうと、元気のいい女性が出迎えてくれた。
マーサさんもそうだけど、こういう場所を仕切る人は元気な人が多いな。
「こちらからも色々と提供できればと思いまして。宴会に活用してもらえれば嬉しいです」
魔法の鞄から強めのお酒と、こういうところでは用意し辛そうな揚げ物と甘味を提供する。
甘味を鞄から出したところで、厨房内の女性陣からぎらついた視線を向けられる。やはり甘味は強いな。
ちょっと怖くなったのでそそくさと厨房から退散する。
「せっかくの宴会だしジーナ達も着替えない?」
「…………」
ジーナの無言の抵抗。
「えー、うごきづらいし、よごさないようにきをつけないといけないからいやだな」
マルコの露骨な抵抗。
「……キッカはきがえる。あのふくすき」
天使が居た。
幼女とはいえ、いや、幼女だからこそか? キッカはお洒落が嫌いではないようで、楽園でも偶に買ってあげた服を出して眺めている姿を見ることがあった。
まあ、着るのがもったいないと思っているのか、見るだけで身に着けることは少ないのだが、今回は宴会ということで着てくれるらしい。
拠点の一室を借りてキッカを着替えさせる。
ジーナとマルコは無理だった。
キッカが着替えて出てくると、宴会の準備をしていた女性陣や、年かさの男性に沢山褒められる。
ちょっとビビりながらもまんざらではなさそうなキッカ、凄くホッコリする。
ん? マルコはともかく、ジーナが着替えに抵抗してくれたのは助かったかもしれない。
キッカを見る年かさの男性の視線は娘を見るような穏やかな視線だが、ここには若く体力が有り余った男達が居る。
規律正しい騎士団の一員だから危険なことはないはずだが、こんな辺境で若い男達のリビドーに火をつけるのは可哀想過ぎる。
ジーナのお洒落姿って、破壊力があるからな。
お、ヴィクトーさんとサラが建物から出てきた。二人とも笑顔なので、楽しい時間が過ごせたようだ。
ヴィクトーさんも身嗜みを整えて貴族感が増しているから、二人が並ぶと気品が漂っているように見える。まあ、二人とも貴族出身だから、実際に気品が漂っているのかもしれないが。
「サラ、楽しかった?」
「はい! 沢山お話しできて楽しかったです」
サラの笑顔がまぶしい。
「ベッカーに聞きました。料理やお酒、甘味まで提供していただけたようで、女性陣が本当に喜んでいました。裕太殿、ありがとうございます」
ヴィクトーさんが俺が提供した品にお礼を言ってくれる。甘味の部分で語気が強まったので、女性陣の機嫌が取れたのがかなり嬉しかったのかもしれない。
戦争があって魔物も居て危険なこの世界。
男性側の権力が強いのだが、それでも女性のご機嫌を損ねるのは怖いらしい。とてもよく理解できる。
「いえいえ、こちらこそ歓迎の宴を開いてもらえて、本当にありがたく思っています」
お互いに大人らしい挨拶を交わし、そして宴会が始まった。
「―――せっかくの料理が冷めてしまってはもったいないので、短い挨拶で申し訳ないのですが、乾杯に移らせていただきます。では、乾杯!」
宴会の挨拶と乾杯まで任されてしまったが、料理を理由に挨拶を短縮し無難に乾杯まで持っていく。
場慣れとまではいかないが、何度か宴会を開催したり挨拶をしたりしているので、こういう時のテクニックも身に着けてきた。成長している気がする。
俺達は主賓なのでヴィクトーさんとベッカーさんと同じテーブルを囲む。
この雰囲気、嫌いじゃない。
暗く多少の怖さを感じさせる巨大な森の中、その森の木々を伐採して作ったのであろう武骨なテーブルとイス。
闇に負けないように浮かべられたいくつもの光球と、調理の為に熾された沢山の焚火。
ガヤガヤと騒がしく料理とお酒を楽しむ人達。
ファンタジーな世界の、傭兵団の仕事終わりのキャンプの一幕、そんな感じがしてワクワクする。
まあ、元騎士団で、今も貴族や騎士に返り咲こうとしているヴィクトーさん達を傭兵に例えるのは失礼かもしれないが、現在は貴族や騎士というよりも傭兵や冒険者の方に近くなっているから仕方がないよね。
「おおう、この酒は強くて美味いですな!」
ベッカーさんが俺が提供したお酒を呑んで感嘆の声を上げる。その声を聴いてシルフィが胸を張っているのは、ベッカーさんが喜んでいるお酒がシルフィ達大精霊が醸造したお酒だからだろう。
あ、ベルがこっそり俺のお皿からお肉を掠め取っていった。
こういう行為が宴会時のベル達の楽しみであることを知っているし、許可も出してあるのだが、もう少し場のメンツに酔いが回ってからにしてほしい。
酔いが回ってからならうっかり気が付かれても、勘違いで誤魔化しやすいのだから。
……無理だな。
既にベルの後にレインがスタンバっており、イルカなのに獲物を狙う目をしている。
そしてその後ろではまだ獲物を掠め取っていないトゥル達がワクワクした様子で並んでいる。
ベル達のステルス能力は凄まじいが、しばらくドキドキする落ち着かない時間が続きそうだ。
***
楽しい宴会の翌日。午前中はサラとヴィクトーさんの時間を作ったり、遺跡の発掘を手伝ったり、森の中を散歩したりして過ごし、別れを惜しまれながら楽園に戻ってきた。
今回は急ぎで一泊しかしていないが、次の機会はもう少し滞在期間を伸ばせるようにしたい。
「さて、もうすぐ夕方になるけど、その前に土を入れちゃうか。みんな、手伝ってくれるかな?」
俺が魔法の鞄の中から確保してきた土を流し込み、他のメンバーが土を均すだけのシンプルな作業なので、誰でもお手伝いしてもらえる。
まあ、一番戦力になるのはトゥルとウリなんだけどね。
全員が元気いっぱいに頷いてくれたので、さっそく花畑スペースに向かう。
怒涛の勢いで土を流し込み、それをみんなで均していくと、日が暮れる前に土を入れて均すところまで終わった。
トゥルとウリの協力はもちろん、開拓ツールのトンボが凄まじい効果を発揮してくれたのが大きい。
目立たないけど、やっぱり開拓ツールってチートなんだよね。
「裕太、明日の朝には聖域に向かって出発するわよ」
お風呂に入って夕食を終えまったりしていると、シルフィが突然出発を宣言した。
「ここ数日、結構忙しかったし明日は休みにしない?」
王都から戻ってきて開拓をして岩山を切り崩し、ローゾフィア王国で土の確保をして、こちらに戻ってきて土を入れて聖域の拡張。
社会人なら許容範囲の忙しさだろうが、のんびりした生活に慣れた俺にとっては激務に当たる。
イベントが始まる前に一日くらい休みを入れたい。
「んーー…………しょうがないわね。明日は休みにして明後日に出発にしましょう」
勝訴! かなり悩んだようで沈黙が怖かったが、無事に休みを勝ち取った。
普段なら毎日が休日のようなものなのだが、シルフィ達大精霊がお酒に本気になると休日を得るのも一苦労だ。
「あ、そういえば妖精に手土産とか必要ないのかな?」
誘致が目的だし、手土産で少しでも相手のご機嫌を取っておいた方が良い気がする。
「そうね。裕太、妖精は甘いものを好むから、その辺りで何か考えてちょうだい」
「了解」
果物は妖精界にもありそうだし品質も高そうだから、ここは王妃様にも献上したチョコレートにするか。
貴重な物だし妖精が加工方法を知らなければ、俺達側にかなり強力な武器になるはずだ。まあ、気に入ってもらえたらの話だけどな。
チョコレート……残り少なくなっているし、明日、ドリーとルビーに頼んで量産するか。
あれ? 俺の休日が消えた?
読んでいただきありがとうございます。




