七百五十話 花丸ゲット
フィオリーナの様子を見に行くと工事は順調に進んでいた。そこでガラスを使った水中回廊のアイデアを得てご満悦だったのだがマリーさんとソニアさんの登場。時間がないので後々の面倒を回避しながらチョコレートを提供することにした。
「なんですかこの黒い塊。宝石の原石か何かですか?」
若干ドヤ顔で提供したチョコレートを見て、キョトンとした顔のマリーさん。
原石だと思ったのは、見た目が黒い塊でしかないからだろうな。一応、テカリも有るから綺麗には見えるのだが、黒い色だと食べ物と認識し辛いのだろう。
「美味しい甘味です」
「え? これを食べるんですか?」
異常者を見る目で俺を見るマリーさん、ぶん殴って良いですか?
「時間がないので説明は後で、とりあえず試してみてください。これでダメなら俺には手がありません」
食べたらチョコレートの魅力が確実に理解できるのだから、先に説明するだけ時間の無駄だ。
「わ、分かりました」
俺の様子から本当に時間がないと理解したのか、文句を言わずにチョコレートを手に取るマリーさんとソニアさん。
少し躊躇した後に、思いきりましたと丸分かりの仕草で目を瞑ってチョコレートを口に含む二人。
二人が口を動かすと体が小刻みに振動を始める。
口の中の温度とかみ砕いたことでチョコレートが溶け、二人の口の中にチョコレートの濃厚な風味と優しいミルクの風味、強い甘味の中にあるわずかな苦味のハーモニーが彼女達に襲い掛かっていることだろう。
俺の周囲は子供メインだから、安定のミルクチョコレートだ。チョコレート本来の姿を理解するには適していないかもしれないが、チョコレート入門としては完璧だと自負できる。
そろそろ来るぞ。
「裕太さん、なんですかこれ! 凄いです! 凄すぎます!」
「マリーの言うとおりです! こんな素晴らしい物を秘匿していたなんて、とんでもない暴挙です!」
予想通り詰め寄ってくる二人。
「加工に手間がかかるので広めるのが難しいんですよ。それで、これが提供できるチョコレートの全てです」
話に付き合うと時間がいくらあっても足りないので、大きめの箱に詰めていたチョコレートを手渡す。
これでも板チョコ五十枚くらいの量が入っているはずだから、献上品としては十分だろう。サロンの規模次第では足りないかもしれないが、そこら辺はマリーさんと王妃様でなんとかしてほしい。
「ありがとうございます。チョコレート、この魅惑の甘味の名前ですか? どこか異国情緒を漂わせる不思議で魅力的で、この甘味にピッタリの名前ですね。これはどこで手に入れたのですか? どのように加工すれば、こんな素晴らしい物に―――」
「先に注意点が一つ。このチョコレートは高温に非常に弱く、常温のままだと溶けてしまいます。品質が劣化する可能性もありますので、保存には注意してくださいね」
予想通り詰め寄ってきた二人の言葉を遮り、温度変化に弱いことを伝える。約束はどうしたという流れでも撃退できるが、今回はこちらの方が早いだろう。
「え?」
「台無しにしても直ぐに代わりは用意できませんよ」
大精霊達に手伝ってもらってしばらく持つように用意したものだから、再び用意するにはドリーにカカオを育ててもらうところから始めなければならない。
まあ、それでも頑張ればすぐに作りなおせるが、地味に大変なのでマリーさん達の為にそこまで頑張れるかは疑問だ。
「え、ちょっと、詳しく話を聞きたいのに」
「試供品への詮索は禁止の約束ですよね? ああ、チョコレートは日が当たらない涼しい場所に保存しておけば大丈夫だと思いますが、できれば冷やしておいた方が確実ですね」
結局約束の方も持ちだしてしまったか。マリーさんは貪欲だからな。
「うう、なんであんな約束をしてしまったのでしょう。ですが悩んではいられません、まずはこのチョコレートの安全を確保しなければ。裕太さん、今回はここで失礼します。次の機会には是非とも時間を割いてくださるように願います。ソニア、行きますよ、まずは魔術師の手配です!」
マリーさんとソニアさんが来た時と同じく走り去っていく。おそらく馬車に飛び乗り、猛スピードで王都に向かうのだろう。
これで邪魔者は排除できた。次から約束に抵触しないように情報を探ろうとしてくるだろうが、その辺りは俺が強気で対応すればマリーさんも深くは追及できないだろう。
「お待たせ」
マリーさんとソニアさんと別れ、フィオリーナと合流する。
俺が居ない間もフィオリーナが現場を案内してくれていたようで、みんな楽しそうにしている。
まだどうすべきか悩みどころだけど、強化ガラスが完成した場合はフィオリーナを楽園に招くことも考えるかな。
フィオリーナはメル以上に世間との関りが深くなるだろうから、難しいんだよね。フィオリーナが裏切るとは考えていないが、うっかりは誰にでも訪れるからな。
ただ、水中回廊なんて夢物語とすら言える大工事だと、建築技術的にも美的センスがあるフィオリーナの手を借りたい。
まあ、強度計算とかは、ノモスやディーネが感覚的に的確か不適格か見抜いてくれそうだと、そもそも強化ガラスって名前しか知らないから、どれくらいの厚みが必要なのかも分からないし……色々と不安だな。
まあ、それもこれも強化ガラスが成功すればの話か。考えるのはその時にしよう。
雑貨屋と宿屋を完成させ、図書館も控えている。まだまだ時間はある。時間がないのはシルフィのご機嫌だ。そろそろ限界だから、退散して楽園に戻ろう。
***
フィオリーナに別れを告げ、楽園に戻ってきた。
シルフィと契約して空を飛んで移動できるようになって、何度も空を飛んだが、その中で最速だった気がする。
出発前に、楽園に到着したらご馳走を準備するから、妖精の花蜜酒で宴会をしようねと伝えたのが悪かったのか、チビッ子達は大喜びだったが、俺とジーナとサラは蒼ざめるくらいのスピードだった。
シルフィの妖精の花蜜酒が早く呑みたいって言う気持ちがこれでもかと伝わってくるスピードだった。
大精霊はお酒に関してはガチ。これだけは忘れてはいけない約束事だ。もし俺が精霊術師に関する本を書くことになったとしたら、本の最初に書かれる言葉はこれだな。
到着し、飛びついてきたサクラをあやしながら、集まってくれたディーネ達に挨拶しつつウッドデッキに向かって歩く。
「裕太ちゃん、急いでどうしたのー?」
「シルフィに聞いてくれ」
急ぎ足の俺にディーネが話しかけてくるが、シルフィに丸投げする。たぶん、俺が話すと収拾がつかなくなる。今はサクラの相手をするので精いっぱいだ。
今回は早さ優先、新たに料理をするのではなく出来合いの物を魔法の鞄から取り出し、ウッドデッキに設置したテーブルに並べていく。
後方で大精霊達の歓声が上がった。シルフィから話を聞いたのだろう。
妖精の花蜜酒というのは大精霊にとって印象深いお酒のようで、もう一度飲める機会が来るとは! とか、お姉ちゃんも早く呑みたいわー! とか、色々な声が聞こえてくる。
ディーネとノモスとイフのテンションが上がるのは予想通りだが、ドリーとヴィータの声が高く大きくなっているのは驚きだ。
容器一つとは言え先にシルフィに渡さなくてよかった。あの様子だと、シルフィがちゃっかり一つ消費していたと分かったら、大精霊達の中にギスギスした空間が生まれていたかもしれない。
そんな寿命が縮む空間に対処したくないので、あの時断固としてシルフィに妖精の花蜜酒を手渡さなかった自分に花丸を上げたい気分だ。
呑んだことがないお酒なのでどんなおつまみが合うか分からず、食べられる物を片っ端からテーブルに並べる。
当然、設置してあったテーブルには置ききれないので、新たに外で使用するようのテーブルも設置して並べる。
ひょんなことからこの世界に来てそれほど時間が経ったつもりはないのだが、かなりの種類の料理が並ぶ。自分の食欲を満たすためとはいえ、結構色々と頑張っていたことが視認できて少し嬉しくなる。
嬉しくなるのだが、シルフィの話を聞いた大精霊達が集まり、妖精の花蜜酒の登場はまだですか? という目で俺を見つめているので自己満足に浸っている時間はない。
つまみを出し尽くし、シルフィ達が宴会をする場所と、お酒を呑まないちびっ子達との空間を分けて完成。
ダークドラゴンテントが酒飲み専用スペースで、ライトドラゴンテントがチビッ子専用スペース、グリーンドラゴンテントが休憩所ということにした。
まあ、休憩所を利用するのは俺とジーナくらいだろうが、妖精の花蜜酒というかなり貴重な様子のお酒を味合わない手はないもんな。
ダークドラゴンテントの前に妖精の花蜜酒が入ったミスリルの容器をドンドンドンと三個並べる。
ワラワラと集まってくる大精霊達。
口々に懐かしい感じの容器だと言っているので、ミスリルの容器で妖精の花蜜酒を保存するのがデフォルトなのだと改めて認識した。
でも、お酒を寝かせる為だけではなく、薬や錬金の効能をアップさせると聞いて、それならミスリルでも納得できないこともないかな? という心境になっているので、それほど拒否感はない。
「あ、劣化している妖精の花蜜酒を先に出した方が良かったかな?」
「それも呑むけど、最初は劣化していない方を味わいたいわ。その後に劣化した花蜜酒、そして劣化していない花蜜酒ね」
サンドイッチする訳ですね。はぁ、予想はしていたけど、妖精の花蜜酒、今晩で呑みつくされそうだな。
シルフィと交渉して、気合で妖精の花蜜酒二個と劣化妖精の花蜜酒一個をキープしたあの時の自分に特大の花丸を上げたい。
妖精の花蜜酒関連だけで、特大花丸とノーマル花丸をゲットか。
自分に花丸を上げたいなんてこの世界に来てから初めて思ったが、それがお酒関連なことに妙に納得する自分が少し嫌だ。
「ちょっと、ほら、行儀が悪いから妖精の花蜜酒の容器にまとわりつかないでテーブルに座ってくれ。グラスはどんなのが良い? 木、陶器、ガラス?」
「うむ、裕太が言っておったブランデーグラスが妖精の花蜜酒に合うじゃろう。アレを出してくれ」
ブランデーグラスか、香りが強くて度数も高いから、妖精の花蜜酒もそういう感じのお酒なのかもな。
お酒に関しては妥協しない大精霊達。ワイングラスにブランデーグラス、ウイスキーグラスにシャンパングラス、徳利におちょこと色々と情報を引き出されて色々と作らされた。
本当に大精霊はお酒に関してはガチ。忘れてはいけないことだ。
少し呆れながらグラスを並べ、妖精の花蜜酒の容器の蓋を開ける。
容器を開けた瞬間、強い、とても強い花の香りとアルコールの香りが周辺に広がる。
普通ならむせ返りそうなほど強い匂いなのだが、まったく不快感がない。これは香りを嗅いだだけで分かる、凄いお酒だ。
俺は呑む量を抑えようと四苦八苦している側なのだが、それでも少しワクワクしてきた。
読んでいただいてありがとうございます。




