七百四十九話 魅惑の甘味
王様との交渉が終わり、なんとかシルフィとの妖精の花蜜酒の攻防にも勝利して王都での用事を終えた。あとはフィオリーナのところに顔を出して楽園に戻るだけなのだが、フィオリーナにブラック労働疑惑が浮上。しばらく様子見という結論に落ち着いたが、こまめに顔を出すようにしたい。
フィオリーナに案内してもらい工事現場の見学をする。
ベル達がテンション高く探索するのは普段の光景だが、マルコもテンションが上がっているのも面白い。少年は意外と工事現場とか好きだよな。
俺も大工道具や大型重機にはワクワクした思い出があると、頷きながら見学を続ける。
まだ基礎工事の段階だが、サフィの宿屋とエメの雑貨屋も順調に工事が進んでいるように見える。
この二軒が完成したらいよいよ図書館に着手するのか。マリーさんに色々と本を集めてもらっているし、王様から写本とはいえお城の蔵書も頂けることになっている。
夢が広がるな。
あ、ベリル王国やローゾフィア王国に顔を出して本を集めるのも良いかも。そうなるとエルフの国も外せないな。ラエティティアさんに頼めば写本くらいなら譲ってくれる気がする。
特にエルフの国の蔵書は貴重っぽいから、クリソプレーズ王国のお城の蔵書コーナーと並ぶ目玉になりそうだ。
「フィオリーナ、何か困ったことはない?」
夢の図書館を叶えるためにも、フィオリーナには最高の環境で働いてもらわなければ。
「困っていることですか? 人材は十分すぎるくらいに足りていますし……資材も潤沢で……」
フィオリーナが悩み始めた。人材はハンマー商会の件でマリーさんが引き抜きまくっているし、資材もマリーさんの商会がしっかり管理してくれている。
そう考えると、マリーさんにはかなりお世話になっているんだよね。まあ、それでも感謝よりも迷惑に感じることの方が多いのがマリーさんのクオリティなんだよな。
「あ、困っているという訳ではないのですが、お師匠様は巨大で透明な一枚ガラスを用意できるというのは本当ですか?」
巨大な一枚ガラス?
「ああ、用意するのは可能だけど、どうして知っているの?」
「お師匠様が家を建てた商会とは付き合いがあるんです」
ああ、そういうことか。あの時は初めてのマイホームということで色々と無茶を言ったな。
シルフィ達の家に巨大な開閉式の一枚ガラス設置するために、アダマンタイトで滑車を作って……思えば俺もあの頃は若さに任せて無茶をしたものだ……まあ、それほど時間は経っていないんだけどね。
「なるほど、それで巨大な一枚ガラスが必要なの? 設計にはなかったよね?」
「確実に必要という訳ではないのですが、その話を聞いてアイデアが思い浮かんでしまったんです」
「……詳しく聞かせてくれる」
施工を開始してからの設計変更は現場から嫌がられるが、現場からの意見であれば施工主としては無視できない。
それで良い建物が完成するのであれば大歓迎だ。
フィオリーナの構想を聞いたところ、思い浮かんだのは銀座とかにあるお洒落なブティックだった。
「……フィオリーナ、確かに建物としては間違いなくお洒落になるけど、利用するのは雑貨屋か宿屋になるんだよね」
お洒落な雑貨屋ならブティック形式でも見栄えがするが、楽園の雑貨屋の品揃えはチビッ子向けだ。
宿屋もロビーなどに大きな一枚ガラスを使えば映えるが、こちらも使用形式がチビッ子向けになる。
この二軒の後の図書館も、本は光に弱いから大きなガラスは悩みどころだ。
でも、ガラスが多用されている建物は単純にお洒落なイメージがある。
まあ、ガラスを多用したビルなんかは精霊の村のコンセプトとズレそうだけど、何かに活かせる方法がある気がする。
ガラスを多用……水族館が思い浮かんだが、さすがに手間がかかり過ぎるし、ガラスも普通のガラスではなく強化ガラスが必要になるだろう。
管理はディーネとヴィータにお願いすればなんとかなりそうな気もするが、やはり難しいと思う。
あ、でも、生物を飼うことを考えなければ、面白いことができないか?
例えば有名な動物園でペンギンの泳ぐ姿が全方位から見られる通路、その逆バージョンとか……確実に強化ガラスが必要だが、楽園はディーネのお陰で意外と水が豊富だから拡張して水中通路とか夢が広がる。
まあ、強化ガラスを作ることができたら、という大前提があるのだが。
強化ガラスって、ガラスを高熱で熱して、次に急速冷却するってくらいしか知識がないんだよな。
テレビで見た時、高温加熱後の急速冷却でなんで割れないんだよとビックリしたのをふと思いだしたんだけど、こんなあやふやな知識で作れるものなのか?
まあ、手掛かりがまったくないよりかははるかにマシか。
大元のガラスはノモスにお願いして、加熱はイフ、急速冷却は……シルフィかディーネ、あ、あと雪島の精霊を活用すればなんとかなるかも。
水中回廊はロマンだし、トライ&エラーの精神で挑戦してみるのも良いかもな。
「そうですか……」
俺が考え込んでいることを否定と受け取ったのか、フィオリーナがションボリしてしまった。
「いや、その二軒には合わないってだけだから、他で活用できそうな案を出してくれたら検討するからね」
水中通路のことは強化ガラスが成功するか分からないのでまだ教えられない。
ただ、検討するとの言葉が良かったのか、少し落ち込んだ様子だったフィオリーナの表情が明るくなった。
「あ、裕太さん、やはりいました!」
見学を再開しようとしたところで、聞き覚えのある騒がしい声が聞こえてきた。
会うと面倒そうなので避けるために宿を早めに出たのだが、こんなところで再会することになろうとは……振り返るとソニアさんを引き連れたマリーさんがこちらに向かって猛ダッシュしてくる。
フィオリーナが走ってくる姿は素晴らしかったが、マリーさん達が走ってくる姿は餌に向かって一直線の獣にしか見えない。
フィオリーナもマリーさんもソニアさんも美人なのにこの印象の違い、性根の大切さが身に染みる光景だ。
「……マリーさん、ソニアさん、おはようございます」
「おはようございます裕太さん、みなさん。さっそくですみませんが、裕太さん、ちょっとこちらに」
「え? ちょっと……」
朝の挨拶をしたマリーさんに離れた場所に引っ張られて、泣きつかれる。
予想通り面倒事だったので、朝に逃げる決断をしたのは大正解だった。駄目だったのは完璧を期さなかったこと。
本気で逃げるつもりなら、フィオリーナのところに顔を出さずに楽園に戻るべきだった。
それにしても、マッサージチェアはサロンに利用するには劇薬すぎるか……たしかにそうだろうな。
効果が派手過ぎるもんな。
上手な例えと言えるか分からないが、庶民の子供の誕生日会に三ツ星レストランの最高級コースを提供するくらいミスマッチな気がしないでもない。
上流階級が子供の誕生日に三ツ星レストランクラスがデフォルトだったとしたら……上流階級は日本ではなく異世界と断定しよう。
「それで、俺にどうしろと?」
「助けてください!」
凄く素直に助けを求められてしまった。
「助けてと言われてもどうしたものか……」
チラリとシルフィに視線を向けるが、まだご機嫌は回復していないようだ。
不味いな、ここでマリーさん相手に手間取って精霊の花蜜酒を呑むのが遅れたら、後が怖いことになりそうだ。
とはいえ、前回良いアイデアが思いつかなかったのでマッサージチェアの二台献上という荒業を実行したのだから、簡単に代案が思いつくとは思えない。
「贅沢は言いません。既にマッサージチェアを献上しているのでポルリウス商会は印象付けられています。ですからそこまで奇をてらった物でなくても構いません。珍しくて美味しくて女性が喜ぶ物であれば大丈夫です」
いや、それで贅沢でないのであれば、贅沢という行為は俺の想像以上にとんでもない行為になるのだが?
「裕太さん、マリーがワガママを言って申し訳ありません。しかし、王妃様のサロンに提供できる品となると私どもでも容易に用意ができず、裕太さんにおすがりするしか手がない現状なのです」
まあ、分からなくもないが、こちらもシルフィのご機嫌を回復できるかどうかの瀬戸際だから、正直マリーさんのピンチなど後回しにしたい……が……それはそれで問題なんだよな。
せっかく王妃様に虎の子のマッサージチェアを献上してよい関係を結んだのに、ここでそれが台無しになるのはもったいなすぎる。
知らなかったらともかく知ってしまったなら、後々の為にもマリーさんには頑張ってもらわないと困る。
これはアレか? 中途半端な借金ではなく、洒落にならないほど借金をしたら貸し倒れを恐れて貸主が手助けする羽目に追い込まれるのと似たような状況になっていないか?
……まあ、見捨てられないのであれば助けるしかないのだが、時間を掛けたくない。
しょうがない、後々面倒になりそうだから秘匿していた品を提供するか。でも、確実に面倒になるから、しっかり条件を付けてからマリーさんが納得すればだな。
「……一つ王妃様のサロンに相応しい品があります」
「本当ですか!」
「ただし、これを提供するには条件があります」
そう言って、こちらの条件を並べ立てる。
提供者の秘匿(たぶんあんまり意味がない)、提供品の許可のない追加要求の禁止(重要)、提供品への詮索の禁止(重要)、提供品の商売利用の禁止(かなり重要)等々多数にわたって条件を付けた。
でなければ確実に王侯貴族に広めまくって、マリーさんの人脈作りに活用されることになるだろう。
美味しいのは間違いないが、加工の手間がハンパないし、ドリー達大精霊の力を借りないと形にできないものだから商売に活用されたらとても困る。
人力で簡単に加工できる手法が分かれば別なんだけどね。
「……厳し過ぎませんか? それほど良い物なのであれば、商品としても魅力的なんですが? あと、王妃様に追加を求められたらどうすれば?」
困った表情のマリーさん。あまりにも求められるようなら、あやふやな情報だけ提供して研究してもらう形になるかな?
まあそれも今後の展開次第だ。
「商品化は手間がかかり過ぎるので今のところ無理ですね。王妃様から追加要求された場合は簡単には手に入らない品で、早くて手に入るのは来年とでも言っておいてください」
年に一度くらいなら提供するのもそれほど手間ではない。楽園では食べまくっているから、それを少しお裾分けするだけで済む。
「あと、俺にはこれ以上の提案はできませんし、この後移動するのでしばらく会うことはできませんよ?」
悩むマリーさんの決断を促す。時間がないのは本当なんだ。
「……分かりました。裕太さんが出した条件を守りますし、このご恩は必ず働きで返しますので、品物の提供をお願いします」
口約束とはいえ、俺とマリーさんの関係上、約束を破ることはないだろう。
では、提供しよう。魅惑の甘味、チョコレートを!
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