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七百四十三話 気配とは

 王様との対価交渉。俺はお酒で十分なのだがメンツの問題で、色々と後回しになった。お酒のリストを見たシルフィがなにやら予定外のことがあったらしく直接酒蔵でお酒を選ぶことに。お供の騎士(監視要員)三人とマリーさんとソニアさんを引き連れ、酒蔵の管理人であるビョルンさんの案内で酒蔵に足を踏み入れる。




「おお、凄く年季の入ったカッコいい酒蔵ですね」


 酒蔵に足を踏み入れて最初に感じたのは歴史の積み重ね。


 巨大なレンガ造りの地下室に並ぶ大きな大量の酒樽。おそらく頻繁に呑まれるものや手に入りやすい物は手前に配置されているのだろう。酒樽が入口から離れるほどに古くなっているように見える。


 そのコントラストが俺に歴史を感じさせているのかもしれない。


 でも、その更に奥になるにつれて樽がなくなって瓶になっているのが不思議だ。


「裕太さん、こんなに暗いのに見えるんですか?」


 マリーさんが不思議そうに質問してくる。


「ええ、これでも冒険者なので暗視のスキルを持っていますからね」


 まあ、冒険者活動で得たというよりも、死の大地のサバイバルで強制的に身についたのだけど、サバイバルだって冒険と似たような物だから嘘ではない……はずだ。若干というか多分にホラーが含まれていたけど。


「へー、そういえば裕太さんって冒険者でしたね」


 マリーさんは俺をなんだと思っているんだ? 金蔓か?


「ビョルンさん、見学しながら簡単にお酒の説明をお願いできますか?」


 マリーさんを問い詰めたい気持ちになったが、ろくでもない結果になりそうなのでビョルンさんに酒蔵の案内をお願いする。


「承知しました。この辺りは厳選された一品ではありますが、普段使いされるお酒が中心となっております」


 光球を浮かべてから説明を始めるビョルンさん。


「そうね、悪くはないけどマリーのところでも偶に仕入れられている酒樽が中心になっているわね」


 ビョルンさんの言葉に反応するシルフィ。普段はあまり会話に入ってこないのだが、お酒の近くにいると饒舌になる。


 それにしてもシルフィの言葉はどう判断すればいいのだろう?


 お城で仕入れられるようなお酒を仕入れてくれていることに感謝するべきか、お城の日常レベルのお酒が偶にしか仕入れられていない現実を嘆くべきか……難しいところだ。


 チラッとマリーさんを見ると酒蔵を舐めるように観察している。ここのお酒を仕入れられたらどれほどの利益が得られるか、そんな欲に溺れただらしない顔をしている。


 俺がお城のお酒を沢山仕入れたら、分けてくれと絡んできそうだな。まあうちの大精霊達がお酒を放出することに納得する訳がないから無駄な行動だが。


「この辺りからヴィンテージが中心となります。ただ、この辺りは他国産のヴィンテージの中でも比較的若く手に入りやすいものですね。果実の風味と甘味が強いのが特徴です」


 ヴィンテージなのに若いとはいったい……矛盾してない?


「果実と甘味が強い他国産ということはもしかしてトスカ伯爵領のワインですか? 新酒ならある程度入手可能ですがヴィンテージの物は仕入れるのが難しいのです。やはりお城は凄いですね」 


「あはは、お詳しいですね、おっしゃるとおりトスカ伯爵領のワインです。新酒の時期にはお祭り騒ぎになるので私も毎年楽しみにしているんですよ」


 マリーさんとビョルンさんが楽しそうに話している。ビョルンさんは当然だとしても、マリーさんも侮れない知識を持っているようだ。


 新酒のワインがお祭り騒ぎになるのは地球でも聞いたことがあるな。


「裕太、このお酒は二樽でいいわ」


 え? シルフィ、この雰囲気で俺にお酒を要求しろっていうの? ワイン愛好家の集いの中で無茶を言いだす空気の読めない奴みたいになるよ?


 ……でも、言わないと先に進まないんだよな。今日は空気を壊すばかりの一日で地味に辛い。


「下段の右から二番目と下段一番左の樽を要求してちょうだい」


「すみません、ここでは二樽、下段の一番左と右から二番目の酒樽をもらえますか?」


 ビョルンさんとマリーさんの会話をぶった切り、シルフィに言われた通り要求する。


「しょ、承知いたしました。印をつけておきます」


 酒樽の上に小石を置き、ビョルンさんが持っているリストにもなにやら記入している。このまま魔法の鞄に収納したら駄目なのだろうか?


 駄目なんだろうな、全てのお酒を出す訳にはいかないって王様に言われているから、選んだ後に交渉になるのだろう。


「しかし裕太様は素晴らしい目をお持ちなのですね。この二樽はこの棚の中で一二を争う上質なものです」


 驚愕の中に恐れを含んだ表情で称賛するビョルンさん。目利きは素晴らしいがその目利きで上質のお酒を根こそぎ持っていかれることを恐れているのだろう。


「あはは、ありがとうございます」


 半笑いでお礼を言う俺。だって俺、ワインの目利きなんてできないもん。そもそも樽を見ただけで識別できるシルフィが異常なんだ。でも、このお城では、俺が凄まじい目利きってことになるんだろうな。


 半笑いで会話を流して次に進む。


「こちらは特殊なカビを利用したワインで、かなり甘めの仕上がりになっております」


 かなり甘めでカビって聞いたことがあるな。貴腐ワインのことだろう。


「ジャマンのワインですね、手に入り辛いものなのにこの数、素晴らしいです」


「裕太、上段の真ん中と下段右の二樽をお願い」


 マリーさんの言葉をぶった切っていくシルフィのスタイル、嫌いじゃないけど時と場合を選んでほしい。


 シルフィの言葉を伝えると如実に顔を引きつらせるビョルンさん。相変わらずシルフィの目利きは確かなようだ。



 シルフィの言葉にただ従うだけのマシーンになった俺は、ビョルンさんの説明を聞きながら上質なお酒を根こそぎにしていく。 


 ビョルンさんの泣きそうな顔に心が酷く痛む。


 三人の騎士さん達だけではなく、マリーさんとソニアさんまで、こいつ、人の心がないのか? 的な表情で俺を見ている。


 しょうがないことだと思うが、守銭奴なマリーさんとソニアさんにそんな目で見られるのは納得がいかない。


「ここからが本番ね。瓶は漏れ出る匂いが少ないから集中しないといけないわ」


 シルフィ、まだ本番じゃなかったの?


「この品質なら全部手に入れたいところだけど、半分くらいにしておきましょうか」


 上質なワインの中から、上位半分を厳選して強奪するんですね。分かります。


 あと、雰囲気的にワインは瓶で熟成させるのが良いようだ。ウイスキーは樽で長期熟成させるけど、ワインはまた違うらしい。


「さ、さすがですね、お目が高い」


 お目が高いのはシルフィです。


「あ……承知いたしました」


 そんな恨めしい目をしないでください。俺だって辛いんです。


「え? この瓶ですか? 隣の物もお勧めですよ?」


 いえ、この瓶でお願いします。


「ああ、これは二度と手に入らないと言われるもので……」


 ごめんなさい、頂いていきます。シルフィは呑む気満々です。



 本当にシルフィの目利きは素晴らしいのだろう。お城の酒蔵を歩き回り大量のお酒を予約した結果、ビョルンさんは抜け殻のようになってしまった。


 ここまでしなくても良いのではと思うのだが、お酒に関して精霊に妥協を求めるだけ無駄だ。


「さて、ここはこの程度で十分ね。本当は全部持って帰りたかったけど、まあ、あまり欲張るのも裕太に迷惑だものね」


 まだ迷惑を掛けているつもりがないシルフィが怖い。


「次はこの奥ね。わずかな空気の流れとお酒の気配は感じるのだけど、仕組みがよく分からないのよね」


 まだ終わらないんですね。そういえば王様の交渉の時に何かを企んでいる様子だったな。あまりにも辛い時間だったから忘れていたよ。


 でもこの奥って、壁しかないよ?


 あとお酒の気配って何? お酒は気配で察知する物ではないはずだよ?


「裕太、壁の向こうに下に続く階段があるはずだから、ビョルンに質問してみて」


 俺にピンポイントでそんな質問をしろと?


「裕太、早く!」


 無理だと訴えるも、俺の気持ちはシルフィに届かず。無念、ビョルンさん、強く生きてください。


「ビョルンさん、この奥はどうやって行くのですか?」


「は? ここは行き止まりで奥などありませんが?」


 キョトンとした様子のビョルンさん。


「ウソを言っている様子はないわね。ということはこの奥は王家しか知らない極秘の場所、いえ、王も知らない様子だったから、長い時に忘却された未知の酒蔵といったところかしら。久しぶりにワクワクするわ」


 シルフィがワクワクしている。


「裕太、探すのよ」


 この状況で俺に不審な行動をしろと? どう説明すればいいのかすら分からないよ。このお城の構造上、奥に通路があるはずだ、みたいなことを言えばいいのか?


 具体的に構造説明を求められたら困るし、なによりお城の構造を把握していたら危険人物認定を避けられない。


「……この奥からお酒の気配を感じます、調べてみても?」


 俺も気配なんて言ってしまった。なんだよお酒の気配って、ちっとも分かんねえよ!


「は、はぁ、構いませんが?」


 ビョルンさんの恐れを含んでいた視線が、異常者を見る視線に変わる。どちらも似たようなものだけど、異常者の方が心に受けるダメージは大きいな。


 心の痛みと、同行メンバーの奇異な視線を集めながらシルフィに言われた箇所を調べるが何も発見できない。


「裕太、しょうがないからノモスを呼ぶわよ!」


 無理! 騎士兼精霊術師の人が居なければ構わないけど、この状況で大精霊を召喚したらどんな騒ぎになるか分からない。


「……しょうがないわね。じゃあトゥルを召喚してちょうだい。あの子でもなんとか仕掛けを発見できるはずよ」


 俺の気持ちを察知してシルフィが方針転換してトゥルを呼ぶ提案をしてくれる。


 なんでここまで俺の気持ちを察知してくれるのに、もう帰ろうよという気持ちだけ察知してくれないのか。帰ったらお酒が手に入らないからですね分かります。


 まあトゥルなら召喚しても騒ぎにはならないか。ここは光が届かない地下だけあって闇の精霊がそこそこ存在しているから紛れるはずだ。


 ……紛れてくれるよね? 騎士さん、お願いだから過剰反応は止めてください。


読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
シルフィ容赦ねえなwwww
今回酒好きに刺さるなあ。 コルクやエチケットに年が書かれたものは1年物でも100年ものでもビンテージです。 かつてノルマンディー戦勝記念でフランス大統領府が1944年ビンテージのシャンパーニュをか…
忘れ去られた宝物庫とかロマン感じるよね
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