七百三十七話 これじゃない感
お城のお酒を手に入れるために王都に行くと話がドンドン大きくなり、ちょっと自分の手に負えない感じになってきた。今回はマリーさんを見捨てることに決めて、あとは王様に対して申し訳が立つ言い訳を考えるだけになり少し肩の荷が下りたが、良い言い訳が思いつくかどうかは話が別だ。悩ましい。とりあえず高級なご飯を食べよう……。
「アペリティフでございます」
アペリティフってなんだ?
しっかりと身なりを整えたウェイターがグラスを俺達の前に配膳してくれるが、聞きなれない言葉に頭が真っ白になる。言語理解、どうした?
いや、言語理解が機能しているとなると俺が知っている言葉なのか。
……ああ、食前酒か。
たしかアペリティフってフランスの言葉だった気がする。そうなるとこの食堂はフランスのスタイルに近いお店ってことか……緊張してきた。
仕事の付き合いでなんどかコース料理を食べたことがあるが、その時はいつも上司や先輩などのお手本になる人が傍に居た。だが、今回は俺がお手本になる立場、不安しかない。
緊張で乾いた喉を潤すためにアペリティフに手を出す。あ、よく分からないけど美味しい。ワインに何かを混ぜてあるのかな? さわやかで飲みやすい。
ジーナは俺と同じお酒。子供組には爽やかな感じの果汁が出されているようだ。
「アミューズでございます」
なんか凄いのが来た。たしかアミューズは居酒屋のお通しと同じ感じだったはず。なんか長方形のお皿にお洒落で一口大の料理が三種類……とりあえず食べてみるか……美味しい。
美味しいが食べなれていなさ過ぎて、お肉が使われているとか野菜の料理なのかとかおおまかなことしか分からない。
ちょっと高級な宿の食堂に来たことを後悔しているが、料理に強い興味があるジーナとサラ、好奇心が強いマルコがワクワクしている様子なので気を取り直す。
キッカは料理への興味はそこそこ、好奇心もそこそこなので場にのまれ気味だがジーナ達が楽しそうなので問題はないようだ。弟子達は意外と心臓が強い。
ただ困るのはベル達精霊組。ウェイターさんはこちらを直視はしていない様子なのだが、しっかりとこちらに気を配っており隙が無い。
それが理解できるベル達は料理に興味津々ながらも、こっそりゲットすることができず空中でジタバタしている。可哀想だけれどとても可愛い。
あと、料理が食べられないのは辛そうだが、ウェイターさんが強敵なことに喜んでもいて、絶対に料理を手に入れてやるとやる気満々で楽しそうでもある。
「オードブルでございます」
オードブルは前菜だったな。アミューズとオードブルの違いがいまいち理解できないが、盛り付けが美しくてこれはこれで美味しそうだ。たぶん、食べても美味しい以外は理解できそうにないけど……。
俺よりもジーナやサラの方が料理を理解している気がするな。
「スープでございます。こちらは迷宮都市で流行しているものをシェフがアレンジした―――」
あれ? 気のせいかな?
いや、でも迷宮都市って言っていたし……やっぱりラーメンのスープじゃん!
なんか改良されて上品で高級感のある仕上がりになっているけど、鶏がらスープじゃん!
いや、美味しいよ? ラーメンのスープを良くここまで上品にと驚くくらいに美味しいのだけど、何か違う。
あと、クルトンみたいにスープに浮いているの、鳥の皮のパリパリだよね? 美味しいけど、アレは庶民のおつまみとかおやつとか言ったカテゴリーで、いや、美味しいんだけどね?
「ポワソンでございます。こちらも―――」
ん? また見たことがあるような……。
「ソルベでございます。こちら―――」
うん、冷たくて美味しい。
「アントレでございます。こち―――」
トンカツ……気のせいかな? 知っている料理が続くような―――。
「サラダでございます」
あ、普通のサラダだ。こちらにも鳥の皮のパリパリが散りばめられているけど、まあ……。
「チーズでございます」
凄いな、この世界にもいろんな種類のチーズがあるんだな。あとで分けてもらえないか聞いてみよう。
「アントルメでございます。こ―――」
カスタード……。
「食後の紅茶でございます」
無事に食事が終わった。
美味しかった。高級な雰囲気で慣れなかったけど美味しかったのは間違いない。でも、俺とジーナとサラは微妙な顔をしている。気にしていないのはマルコとキッカ、そして最後までウェイターさんを突破できず敗北に地団駄する精霊組だけだ。
なんというか、迷宮都市の影響力というか知識チートの影響力って凄いと自覚ができた。
まさか王都の高級宿の高級食堂、そのコースメニューの半分近くが俺が迷宮都市で伝えた料理のアレンジだとは……まあ、素晴らしいアレンジでトルクさんの料理とは違った魅力を発揮していていたからガッカリしたという訳じゃないのだけれど……なんとなくこれじゃない感が……。
……まあ、食事としては楽しかったし、お洒落をしたジーナ達が苦戦しながらも上品に振舞う姿も見ることができた。面白い体験ができたということで納得しよう。
食後の紅茶を頂きながら、最後は俺的にコーヒーの方が……あ、コーヒーは卸してなかった気が……などとくだらないこと考えながら食事を終わらせる。
さて、あとはご飯を食べられなかったベル達に部屋で食事を用意して、シルフィにもお酒の追加が必要だろうな、それを終わらせてから王様対策を考えるか。
「あー、裕太さん、あなたのマリーですよ!」
食堂を出て部屋に戻ろうとフロアを歩いていると、なぜか聞きたくない人の声が聞こえた。
振り向きたくないが、こんな高級宿の公の場であの人を放置するのも怖い。おそるおそる振り返ると、困った様子の宿の受付さんとマリーさんとソニアさんが居た。
なんでいるんだ? しかも俺が目的でこの宿を訪ねてきた様子……もしかして王都でもそこら中に情報収集要員をバラ撒いているのか?
見なかったことにしたいが受付さんが明らかに困っている様子。たぶん、頑張って引き止めてくれていたのだろう。
高級な宿だけあって、セキュリティーもしっかりしているようだ。それを俺がぶち壊してしまった様子だが……。
受付さんに向かって頷くと、あきらかにホッとした様子でマリーさん達の通行を許す。
勢いよくマリーさんがこちらに歩いてきて、なぜかソニアさんに横腹をどつかれた後、若干ふらつきながら歩いてくる。
なんかコントみたいだ。ふらついているのはソニアさんのボディブローが良いところに入ったからかな?
「裕太さん、お会いできて助かりました。私、もう、どうしたらいいのか……」
突然始まる小芝居。なんかマリーさんがヨヨヨって雰囲気を出し始めて、その後ろでソニアさんがさもマリーさんを心配しています的なリアクションを取っている。
どう反応するのが正解なのかまったく分からない。
……とりあえず初志貫徹ということにするか。
「あはは、こんなところで会うなんて偶然ですね。お仕事ですか? 夜も遅いのに大変ですね、頑張ってください。では、俺達はこれで……」
ガシっと掴まれる俺の右腕。精霊術師とはいえそれなりに強いはずの俺の肉体が、完璧に固定されていて動かない。
チラッとマリーさんを見る。俺の腕を握りつぶしそうなほどすさまじい握力を発揮しているのに、顔はなんだかヨヨヨって顔をしている。
あと、お化粧がなんか変だ。キレイというよりも儚さ? いや、病弱に見えるように演出している気がする。病みメイクってこんなのだっけ?
メイクとは裏腹に逃がさないという断固たる決意は伝わってくるな。
「……ふう……分かりました。話だけは聞きますよ」
見捨てるのは無理なようだ。無理矢理逃げることは可能だろうが、それなりに騒ぎになることを覚悟しなければならない雰囲気だし、王様との面会も有るから余計な騒ぎは遠慮したい。
部屋に連れて行くのは怖いので、宿のスタッフに応接スペースを貸してくれるようにお願いする。
「ジーナ達は部屋に戻ってくれ」
素直に部屋に戻っていく弟子達。素直な良い子達だが、もう少し俺を心配してくれたら嬉しいかもしれない。ベル達は俺について来てくれるようだ。
「それでどうしたんですか?」
応接スペースに移動し、改めて質問する。別に興味がある訳ではないのだが、マリーさん達の雰囲気が質問を要求しているので仕方がない。
「実は―――」
俺の質問に対するマリーさん達の解答は凄く長かった。
そして理解したくない内容だった。
「なんでそんなことに?」
「いやー、ハンマー商会の件で王家とコネができたので、これはチャンスだと頑張ったらなぜかこんなことになっちゃいました」
あっけらかんとのたまうマリーさんだが、そのあっけらかんとした表情の奥にはチャンスに食らいつき噛み千切ろうとする獰猛な獣の姿が見える。再びソニアさんからボディブローをくらい、なんかか弱い雰囲気を醸し出そうと頑張り始めるマリーさん。
うん、頑張りだけは認める。頑張りだけは……でもマリーさんに演技の才能は皆無、というか貪欲な性質が抑えきれずに全てを台無しにしている。
マリーさんにか弱い演技は無理だよ。ギリギリできるとしたら、投資で有り金溶かした人の演技かな? 大損した時の想像をすればマリーさんでもギリ演技できると思う。
それにしても王家とのコネか……出会った頃のマリーさんは上級貴族の相手ですら結構警戒していた覚えがあるんだけど、短い期間でそれを克服したのかな?
……克服したんだろうな。俺が卸す素材があればかなり立場が強化される。商売相手の地位が高いほど危険も大きいが利益も大きくなる。
警戒していようとも目の前に利益があれば、恐怖を呑み込むのがマリーさんだろう。
でもだからっていきなり王妃様に食い込むのは違うんじゃないかな?
そんでもって、そんな面倒極まりない状況に俺を巻き込もうとするのは止めてほしい。切実に……。
読んでいただきありがとうございます。