七百三十六話 運命?
迷宮都市での用事を済ませて王都にやってきた裕太。至高の癒し場という高級宿に部屋を取り王様に面会を申し込む。宿のスタッフに巨大な迷惑を掛けながら。そしてシルフィに偵察をお願いしたマリーの方も、それなりに厄介事を抱えている様子で……。
「え? あ、はい、明後日の午後ですね。はい、分かりました、よろしくお願いします」
新しい宿屋に興奮しているベル達と戯れながらのんびりしていると、宿のスタッフからお客様ですとのお知らせ。
フロアの待合室に案内されると騎士様が居て、明後日の午後に王様と会えるとのこと……王都に到着した初日、しかも宿のスタッフにアポ取りをお願いして数時間しか経っていないのに王様から返事が来た。
待ち時間が少ないのは嬉しいのだけど、反応が早すぎて逆に不安になる。
えーっと、別に緊急事態じゃないから、王様の都合の良い感じでってニュアンスでお願いしたはずなんだけど……たまたま王様が暇だったのかな?
「畏まりました。では、時間になりましたら宿に送迎の馬車を向かわせます」
「あ、はい」
なんかお迎えの馬車も用意してくれるようだ。
……凄く大事になっている気がする。俺はただお城のお酒が欲しいだけなのだが、王様側の対応が重すぎる。
もしかしなくてもアポの取り方間違っちゃった? 素直にお酒が欲しいので、交渉をお願いしますって言えばよかったのかな?
「では、失礼します」
「あ、わざわざありがとうございました」
戸惑っている間に騎士様が一礼して帰っていく。軌道修正をする最後のチャンスを逃してしまったかもしれない。
あの騎士様に正直に俺の要望を伝えたら、いや、今更だな。騎士様が派遣されている時点で相手側にそれなりに迷惑を掛けている可能性が高い。
こうなったら王様側が納得できる面会理由を捻り出すしかない。そうじゃないと申し訳なさ過ぎる。
…………駄目だ、そんなに簡単に王様が納得できる用事なんて思いつかん!
ただでさえマリーさんの方も怪しい感じなのに、どうすればいいんだ?
偵察に行ってくれたシルフィの様子から考えるに、絶対様子を見るだけで済む雰囲気じゃなかった。
疲労困憊ながらもギラギラした目って聞いただけで分かる。過労死? そんなことよりも利益だ! 二十四時間働けますか? 楽勝です! って感じだよね? 絶対に巻き込まれる。
いっそ逃げるか?
騎士様を見送り部屋に戻りながら思考に没頭するが、マイナスな意見しか浮かばない。
せめて王様に面会要求をする前にマリーさんの様子を確認しておくべきだった。
マリーさんだけなら自分の意志で過労死に向かって全力疾走しているだけなので、見なかったふりをしても心は痛まない。
だってマリーさんだし、あの人のことだからどんなに疲労困憊でも利益と欲望で乗り越えるに決まっている。心臓が止まっても商談の時間になったら勝手に再起動するよ、絶対!
あ、別に無理して会わなくてもいいのか。
お世話になっていないこともないし、情がない訳でもないし、今の状況に俺が関わっていない訳でもないから気にかけているが、だからと言って俺に全責任がある訳じゃないもんな。
マリーさんが過労死一歩手前の原因の内、九割五分くらいがマリーさんの責任で、残りの五分くらいが俺の責任だと思う。
五分も多めに見た数字だし……うん、今回は関わらないことにしよう。
「師匠、お帰り。もうお客さんは帰ったのか?」
部屋に戻ると女教師風味なジーナが出迎えてくれる。若干落ち着かない様子だがとても似合っているな。
「うん、王様との面会の時間が決まったよ」
「王様ってそんなに簡単に会える存在じゃないはずなんだけどな」
ジーナが呆れた様子で言うが、そんなに簡単に会える存在じゃないはずなのに簡単にアポが取れちゃったから罪悪感がね……短剣をくれたのは王様なんだし、全部俺が悪いって訳じゃないのだけど申し訳なくなるよね。内容的に。
「あはは……まあ成り行きだよ。ジーナは準備が終わっているみたいだけど、サラ達も着替え終わったの?」
申し訳ないから申し訳なくないように理由を捻り出すと決めた。明後日なら少し時間があるし何かしら思いつくと信じている。
今回はマリーさんを見捨てると決めたから、幾分気が楽になった。だから今はお洒落をしたジーナ達との食事を全力で楽しむことにしよう。
「ああ、せっかくの綺麗な服だからな。三人とも汚さないようにおとなしく座っているよ」
おお、高い服は子供を大人しくさせる効果があるのか。まあ、サラ達は性格が大人だしマルコは活発だけどむやみやたらに騒ぐ性格でもないから参考にはならないけどね。
スラムを生き抜いた子供達はそこら辺の子供とは精神が違うんだ。それが幸せなこととは限らないが……いかん、変なところからシリアスな気分に突入しそうだ。さっさと美味しいご飯を食べに行くか。
「俺も着替えてくるから、出発の準備をしておいてくれ」
「分かった。サラ達を呼んでおく」
「お願い」
ジーナに後を頼み俺も着替えに向かう。みんなお洒落しているんだから俺も一張羅を出さないとな。真っ当な目的で一張羅を着るの、地味に初めてだ。
ベリルで仕立てたスーツに着替えて部屋を出るとジーナ達が勢ぞろいしている。ちなみにベル達も勢ぞろいしていて、シルフィは偵察の報酬で既にお酒を呑んでいる。
シルフィが不在なのは少し不安だが、高級宿の食堂を利用するだけなので危険はないだろう。
「お待たせ。じゃあ行こうか」
高級宿でのごはんに緊張気味なジーナ達に声をかける。ふむ、しっかりとした服装にするだけで印象ってガラリと変わるんだな。
そしてたぶん俺の印象もかなり変わっている。スーツ姿を初めて見たジーナ達は俺を見てキョトンとしているし、ベル達もなにやら興奮気味に俺の周囲を飛び回っている。
自然の鎧の方がカッコいいという言葉が聞こえた気がするが、たぶん気のせいだ。
「師匠、なんだかおとなだな」
「マルコ、俺はいつだって大人だ」
普段マルコが俺をどういう目で見ているのか問い詰めたくなるが、せっかくの食事の前に悲しい気持ちになる必要はないだろう。
食事に行くだけだと思って、アクセサリーの類を身につけなかったのは失敗だったかな?
どうせなら全力で……さすがに弟子達に必死でモテようとしている師匠の姿を晒すのは恥ずかしいな。大人しくこのまま食堂に向かおう。
食堂に到着すると、入口にスタッフが待機していて部屋番号の確認後、そのまま席に案内してくれた。
なんというか食堂と言うよりもレストランといった雰囲気だ。
広くスペースがとられた空間、テーブルにはクロスが敷かれ、明かりは光球をそのまま浮かべている訳ではなくカンテラのような美しく装飾された器具の中に浮かべられている。
正直、場違いすぎてビビる。
ビビるのだが、師匠としてはビビっている訳にはいかないので必死で表情を取り繕う。なんでだろう? 王様と会うよりも緊張する気がする。
「……キッカ、こわい」
キッカがポツリとつぶやくが、俺も同意見だ。
「大丈夫、俺達はマナーを守って楽しく食事をする、それだけなんだから訓練よりも全然簡単だよ」
表面上は冷静を取り繕ってキッカを安心させるように言い聞かせる。訓練と難しさのベクトルがまったく違うんだけどね。
でもマナーが大丈夫なのは事実。楽園での食事は賑やかだが、俺だって日本人として最低限のマナーは身に着けているし、たまに食事を共にする大精霊達も年の功なのかその所作は美しい。
そして何よりサラのテーブルマナーが完璧なんだ。
子供は周囲を見て育つという。間近にテーブルマナーが完璧なサラが居るのだからジーナもマルコもキッカも、そして俺も影響されて、家での食事は賑やかだが上品なものになっている。
まあ、ベルたちやフクちゃんたちにはまだ難しいから、空中ごはんなんて現象も多々あるけどね。
スタッフに椅子を引かれて席に着く。食事の申し込みの時にコース料理(肉)を申し込んでおいたから後は料理が出てくるのを待つだけだ。
先に申し込んでおいて良かった、この雰囲気でメニューを渡されていたらキョドっていたかもしれない。
***
「裕太さんがこのタイミングで王都に! ソニア、本当ですか?」
裕太が思った以上に高級な雰囲気の宿屋の食堂にビビっている頃、ポルリウス商会の王都店で秘かに騒動の種が蠢きだしていた。
「ええ、私は確認してないのだけど、迷宮都市で関りがあった従業員が姿を確認したそうよ。場所は王都の老舗宿屋、至高の癒し場、宿泊手続きをしている様子だったらしいわね」
「デュフフ、私と裕太さんは運命で結ばれているようですね、さすが私です」
疲労でやつれながらも目だけはギラギラと欲望に光らせていたマリーが気色の悪い笑い声をあげる。
「ということは接触するのね?」
そんな気味が悪いマリーを見ても表情一つ変えずに会話を続けるソニア。良いか悪いか、美しいか醜いかは別として、二人の関係の深さが垣間見える。
「当たり前です。今回の仕事にはインパクトが重要なんです。悩ましい問題でしたが、裕太さんの私を思う気持ちが二人を引き寄せたに決まっています。この出会いは運命なのです」
「はいはい、運命ね。で、どうするの? 今のマリーのズタボロな姿を見せたら、その運命も裸足で逃げ出すんじゃないかしら。あ、逃げ出すのは裕太さんね」
「あ、さすがにそれは不味いです。身嗜み要員を…………」
「どうしたの?」
話の途中で固まるマリーにソニアが話しかける。
「裕太さんは綺麗な私を見慣れています。ここは仕事に疲れて疲弊したか弱い私を見せるべきでは?」
「……なるほど、さすがに今の見苦し過ぎる姿は酷すぎるけど、ある程度弱みを見せるのは悪くないわね。今ならマリーの灰汁の強さも少しは抑えられるわ」
「酷い侮辱をされた気がしますが、今は構いません。美容スタッフを呼んでください。緊急会議です!」
既に今回はマリーを見捨てることを決めていた裕太。だが運命はそんな裕太の逃げを許さないようだ。
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