七百三十四話 俺も欲しい
サラ、マルコ、キッカの服を選び終え、最後のジーナの服もかなり難航したが無事……無事? に選び終えることができた。ただ、慣れない服選びにジーナは少し混乱し疲れ果ててはいたが……。
「師匠、酷いぞ!」
マーサさんに正気に戻されたジーナをなんとか宿の部屋に連れ帰ると、部屋に入ったとたんに涙目で文句を言われた。
清潔なオフィスレディ風の格好をしているはずなのに妙に色っぽいジーナだが、涙目でこちらを見つめるジーナは年相応に子供の雰囲気を漂わせていて可愛らしい。
「あはは、別に悪気があった訳じゃないんだけど、ごめんね。でも、とても似合っているから恥ずかしがる必要はないと思うよ」
悪気はなかったけど、着飾ったジーナを人目に晒す目的はあったけどね。
「師匠、顔が半笑いだぞ。面白がっているだろ!」
いかん、顔に出ていたか。
「面白がっているんじゃなくて、微笑ましく思っているだけだよ。ジーナだって似合っていないと思っている訳じゃないでしょ? 服を買い慣れていない人だと、偶に買った服を自信が無くて着ない人が居たりするけど、そのほとんどが自意識過剰。他人はそこまで見知らぬ人に関心を寄せたりしないよ」
なにを隠そう俺がそういう人だ。背伸びをしてちょっと冒険した服を買った時は高確率で着るのを躊躇ってしまう。
あ……人がそこまで他人に関心を寄せたりしないのも事実だけど、ジーナは美人だからバリバリに関心を寄せられる気がする。そうなると師匠が嘘をついたってことになるから訂正しておこう。
「でも、ジーナは美人で服も似合っているから、男の注目は集めると思うよ」
「なんだよそれ!」
俺の訂正にプンスコ怒るジーナ。うん、俺も言っていて怒っても仕方がないと思った。でも、師匠が嘘つきって言うのはね、指導に影響が出るから避けたいんだ。
「じーなおねちゃんきれい!」
「ほんとだ、ジーナねえちゃんかっこいいな!」
怒るジーナを謝りながら宥めていると、その騒ぎで目が覚めたのかマルコとキッカが合流した。そして普段と違うジーナを見て褒め始める二人。二人ともグッジョブだ。
サラは空気が読めるタイプの子供なので、そっと傍に控えているだけだったが、子供らしい子供であるマルコとキッカは場の状況を気にすることなくジーナを褒めまくる。
偶に空気が読めない子供に助けられることってあるよね。
まあ、俺的にサラも空気が読めないくらいに自由にしてほしいんだけど、まあ、サラの性格的に難しいだろう。それでも少しずつ子供らしく過ごせるようにはしてあげたいな。
「マルコ、キッカ、もういいから。もう十分だ」
「私もジーナ姉さんはとても綺麗だと思っていますよ?」
「サラまで参加しなくていいから!」
ジーナがマルコとキッカの褒め殺しに音を上げるが、止めとばかりにサラが参加する。
……うーん、サラには子供らしく過ごしてほしいと思っているけど、しれっとこういう面白イベントにはちゃんと参加するんだよね。
しかも、純粋に褒めているマルコとキッカと違って、ジーナの気持ちを理解した上でサラは参加しているよね。
悪気はないし追い打ちをかけるような性格の悪さもないから、ちゃんと子供らしい情緒が育ってきていると判断してもいいのだろうか?
子育てって難しい。
「もう終わりだ。着替えてくる」
「あ、ジーナ。今度その恰好をジーナの家族に見せに行こうね」
逃げ出そうとしているジーナに声をかける。家族に見せてしまえば開き直れるだろう。
「師匠」
俺の言葉に振り向いて真顔で俺を見つめるジーナ。
「どうしたの?」
なんか急にシリアスな雰囲気になっちゃったぞ。
「おふくろはともかく、親父と兄貴にこの格好を見せたら暴走するぞ?」
「…………あー、なんかごめん。今の提案はなかったことにしてくれ」
分かればいいんだといった様子で頷いて部屋を出ていくジーナ。
そうだった、親父さんとお兄さんはアレだ、オタク用語で言うところの、ジーナガチ勢、しかも同担拒否タイプで、超過保護……そんな危険人物達のところに今のジーナを連れて行ったら大惨事間違いなしだ。
見えている地雷を自分から踏みに行くのは、強者かバカの特権だよね。俺は強者でもバカでもないので安全に避けることにしよう。
でも、ジーナも含めて今日買った服でどこかにおでかけはしたい。質の良いお高めの服だからピクニックとかではなく、ちょっとハイソな感じのお店に連れて行きたいところだ。
この世界の大半のお店よりも美味しいものをジーナ達に食べさせている自信はあるが、色々と知識をバラまいた迷宮都市ならトルクさん以外にも美味しいものを食べさせてくれるお店があるはずだ。
今度調べてジーナ達をそこに連れていくことにしよう。これも社会勉強だ。
さて、今日は一日色々とあって疲れたし、あとは晩御飯を食べて解散、ベル達と戯れてから寝ることにしよう。
……そういえばベル達、まだ帰ってこないな。これはアレだな、新しい屋台をいくつか発見したんだろうな。今度時間を取って屋台巡りに付き合うことにしよう。
でもその前に、明日は迷宮のコアと話し合いだな。王様の胃に優しいアイテムをいくつかゲットして、それと引き換えに王家秘蔵のお酒を沢山分けてもらおう。
***
「そういうわけなんだけど、いくつか胃とか体に優しい魔道具って作れないかな?」
予定通り迷宮のコアに会いにきて事情を説明すると、コアがピカピカと何度も点滅した。
イエスとノウ以外の返事の場合、それは何かしらの問題があるということ。これは想定内なので問題ない……はず。
予想通りの反応だけど、さすがに点滅する球体の表情は読めないから、確信はもてないよね。
「魔道具を作ることは可能だけど、そのためのエネルギーになる物が欲しい、であっているかな?」
チカッっとコアが一回点滅する。これはイエスの合図。
到着して早々、廃棄予定物資をベル達がコアに沢山食べさせてあげていたが、魔道具、しかも複数となるとご褒美は必要だろう。
素直にご褒美をねだってくれる方が助かるよね。俺達を恐れて無理をして、最終的に取り返しのつかない状況になる方が最悪だから、今の俺達は良い関係を築けていると思う。
まあ、コアからすると、貰った分のエネルギーで魔道具を作るだけなので、下手をすると苦労だけして利益が薄いという状況にもなりかねない。
だから多めにエネルギーになる品物を提供する様に心掛けないとな。
最近では俺達が出向くと、ピカピカと点滅して喜んでくれている様子なので、俺の考えはたぶん間違ってはいないはずだ。たんにベル達と仲が良いだけな可能性もあるが……。
「じゃあ、色々と出すから吸収しちゃって」
「ベルたちがやるー」
本日二度目の迷宮のコアのお食事タイム、すぐにベル達が介添え役に立候補してくれた。
スルスルと物資がコアに吸収されているのを見るのが楽しいらしく、これまで何度も同じことを繰り返しているのにいっこうに飽きる様子がない。まあ、楽しいのならそれが一番だろう。
とりあえず今まで色々と手に入れた品物の中から、使わない物を適当に放出するか。
でも、これまでも何度かいらない物を放出してきたから、地味に提供できるものが少なくなっている。
まったく必要ない物は全部放出してしまっているし、ちょっと悩む。
部屋の片づけで、必要な物、必要ない物、どちらか微妙な物に分けるとして、必要ない物は全部処分済みで、当然必要な物は放出できないからどちらか微妙な物を放出することになる。
微妙だからこそ悩むんだよね。
中途半端に質の良い短剣とか……もっと上質な短剣がいくつもあるしファイアードラゴンの短剣もあるから必要ないと言えば必要ないのだけど、将来マルコが練習用に使うならピッタリにも思える。
まあ、今回は思い切って微妙カテゴリーは全部放出してしまうか。
今度、シルフィ達にお願いして色んな所の魔物を狩るツアーでも行こうかな? どこか他のダンジョンに行って根こそぎ物資を奪うのもアリと言えばアリだが、コアの存在を知るとちょっと躊躇ってしまう。
そのてん、地上の魔物は大抵が有害だから、乱獲しても問題になりにくいはずだ。狩っちゃいけない魔物ならシルフィ達が止めてくれるはずだしね。
魔物にとって無慈悲なことを考えながら、ベル達の様子を見守る。微妙と言えど質が良い物が中心だからか、廃棄予定物資の時よりもコアが嬉しそうに見える。まあ、点滅が心なしか華やいで見える気がするだけだけどね。
「おわったー」「キュー」「たくさんたべてえらい」「クゥ!」「なかなかだぜ」「……」
ベル達が満足気に終了の報告に来てくれたので、撫でくり回してお礼を言う。トゥルの言葉は俺がサラ達を褒める時の流用だな。子供はこういう些細な言葉を覚えるから迂闊に変なことを言えない。
「じゃあコア、お願い」
「……裕太。具体的に指示をしないとコアも困るんじゃない?」
「……それもそうか」
シルフィにツッコミを入れられてしまったが、確かにそうだな。
えーっと、胃の負担をやわらげる魔道具があれば……いや、王様なんてややこしい立場に決まっているし、既に胃に大きなダメージを受けていると考えるなら、治療する魔道具が良いか?
胃の治療する魔道具と胃の負担をやわらげ保護をするような魔道具の二つ……ピンポイントで胃だけを治療する魔道具ってなんか変だな。
体全体を治療できるような魔道具がいいかな? 効果によるがそれは流石にチートな気がする。王家秘蔵だとしてもお酒と対価が釣り合いそうにないな。
ならピンポイント治療魔道具でいくか。胃は間違いなく必要。威厳を保つ必要があるから肩こりとかも酷そうだよな。あと、座り仕事が多いなら腰も……マッサージチェアとか魔道具で出来ないかな?
ふむ、マッサージチェアは面白いかもしれない。効果で考えると魔法的な魔道具の方が有効な気がするがインパクトと気持ちよさではマッサージチェアの方に軍配が上がりそうだ。というか俺が欲しい。
レベルアップで肉体的な疲労はほとんどないが、マッサージチェアは大好きだ。
これは色々と考えねば。
読んでいただきありがとうございます。