七百三十三話
ジーナ達に可愛らしい装飾品と服を! ということで訪れたお店で、おそらく迷宮都市内での流行の最先端であろうファッションに身を包んだサラ、マルコ、キッカ。マルコは若干トラウマを抱えた気がしないでもないが、三人とも見事な変身を遂げた。後はジーナだけなのだが、微妙に雲行きが怪しくなってきた。
うーん、ジーナがお洒落に抵抗してしまったか。
俺もファッションに疎いからジーナの気持ちはとても理解できる。興味がないわけではないのだがどうしても受け入れられない感覚。
理屈じゃないんだよね。
こうなると、二十店舗から選りすぐられた精鋭VS子猫張りの抵抗を見せるジーナって感じかな?
精鋭が勝てばお洒落に変身したジーナが現れ、ジーナが勝てば普段と変わらないジーナが登場する。
……俺としてはお洒落に変身したジーナが見たいから、精鋭を応援したいな。
精鋭頑張れと心の中で応援しながら店の奥に注目すると、うっすらとながら慌ただしく動き回っている気配が感じられる。
店の外にまで出入りが広がっている様子だから、もしかしたらジーナの抵抗を踏まえて自分達の店から新たに服をかき集めているのかもしれない。
サラ達のファッション傾向を見るに流行の最先端はガーリー系のようだから、ジーナの性格的にちょっと厳しそうだもんね。
うーん、店の奥で何が起こっているのかとても気になる。
シルフィをチラッと見る。
なんだかとても楽しそうだ。面白いことになっているのだろう。
どうなっているか聞きたいところだが、弟子とはいえ年頃の女性のプライベートな部分を聞くのは駄目だろう。
敵ならプライベートなんて関係なく丸裸にするのを躊躇うつもりはないが、線引きは必要だよね。とても気になるけど。本当にとても気になるけど……。
……ジーナのファッションを予想することで気を紛らわせるか。
ジーナが受け入れるとしたら、ボーイッシュな感じかな? 最低でもパンツスタイルな可能性が高い。
もしかしたら女性の園の男性役のような感じになるのかもしれない。それはそれで似合いそうではあるが、それだと少し困るな。
だってジーナ、スタイル抜群で性格も男前。なんというか、ジーナが男っぽい格好で現れたら、男として負けた感が凄そうな気がする。
……取り乱さないように負けた時の心構えだけでもしておくべきかもしれないな。
覚悟を決めたがジーナが店の奥から出てこない。
結構な時間が経ったよ?
マルコとキッカなんて着慣れない服を着ているのが疲れたと言って元の格好に戻っちゃったし、サラは平気そうだったけどマルコ達に付き合って元の服に戻った。
その上で待ち疲れたマルコとキッカは寝てしまっている。
ベル達も飽きて外に遊びに行っちゃったし、シルフィだけが無表情ながらも楽しんでいる様子。本当に何が起こっているんだろう。
そして、俺と、俺のお相手をしてくれている店員さん、そしてサラだけがこのハイソな空間でなんとか話題を絞り出しながら気まずい沈黙を防いでいる。
もう俺の負けでも良いし、最悪なにもかも拒否してよいから、ジーナにはサクッと出てきてほしい。
いやー、でも本当に今日は良い天気ですね! なんて何回言ったか分かんないよ?
俺の精神が摩耗する中、ようやく店の奥に動きがあった。騒がしくなったからジーナが出てきてくれるはず。お願いだから出てきて。
「お待たせして申し訳ありません」
店員さんが先に来て謝りながら一礼する。普段ならいえいえ、全然待っていませんよ的な言葉でお茶を濁すのだが、今回は精神が摩耗するレベルで待っていたのでそんな言葉は出てこない。
ただ、店員さんからそこはかとない自信が垣間見えるのが気になる。
最悪、ジーナの服が何も決まらない可能性を考えていたが、それなりの成果を期待していいのだろうか?
ちょっとドキドキしていると、数人の店員さんに押し出されるようにジーナがこちらに歩いてくる。本当に総戦力で対応してくれていたみたい……。
店員さん達の苦労に思いをはせていたのだが、ジーナの姿が目に入った瞬間、その思考が吹き飛ぶ。
あれれー、おかしいなー、ジーナがなんだか別人に見えるぞー。
え? 目の前に居るのって本当にジーナ?
疑問に思い目の前の女性の顔をまじまじと見る。うん、顔はジーナだな。あ、これはジーナだ。
マルコと違って虚無顔ではないが、なんか目がグルグルしている。これはアレだ、ジーナは混乱しているってやつだ。
なるほど、そうでなければ恥ずかしがっていたジーナがこんな格好を受け入れる訳ないよな。
「うふふ、凄かったわよここの店員。ジーナに色々な服を着せてけむにまいて、なんだかんだで今の格好に納得させていたの。最初からあの服を着せていたらジーナは絶対に拒否していたわね」
俺が一人で納得していると、俺の心情を察したシルフィが説明してくれる。
なるほど、シルフィだけが地味に楽しそうにしていたから気になっていたが、ジーナと店員さん達の攻防を楽しんでいたのか。
でも、それって洗脳じゃね?
「若干シンプルな装いではありますが、いかがでしょうか?」
洗脳疑惑の店員さんが笑顔で話しかけてくる。洗脳……。
「素晴らしいです。あなた方にお願いして良かったと心から思います」
洗脳に近い行いだろうと、この際構わないだろう。危険なやり方ならシルフィが許すはずがないし合法の範囲内ということだ。
それならばオールOK。
だって、最悪全部拒否、ボーイッシュ、男装的なファッションかと覚悟していたのに、こんなに魅力的な姿に変身させてくれたのだ。文句を言うはずがない。
たしかに店員さんの言うとおり、シンプルな装いではある。
白のシャツにスカート、そして高めのヒール。
まあ一般的な組み合わせだ。
だが、ここにタイトと言う言葉とミニと言う言葉が追加されることで劇的に印象が変わる。
そう、タイトな黒のミニスカートに、タイトな白いシャツ。
もはや死語になっているそうだけど、ドラマとかででてくる美人オフィスレディっぽい格好。
ただ、そこにジーナのスタイルと、仕事着としては若干疑問を覚えるタイトさとスカートの丈を加えると印象がガラリと変わる。
ミニと言っても下品なほど短い訳ではなく太ももの中間よりも少し短いくらい。
足が長くスタイル抜群なジーナが着ると足長効果も相まって八頭身どころか九頭身、十頭身にも思える。
そしてタイトな白シャツによってジーナの豊かな母性が強調され、清楚な組み合わせでありながら、青少年を危ない道に引きずり込みそうな危うい魅力を発揮してしまっている。
オフィスレディというよりか女教師? 俺が中学生や高校生くらいの年頃だったら、ジーナに性癖が固定されてしまいそうなくらい魅力的だ。
……ぶっちゃけ、清潔感のあるちゃんとした服装なはずなのにエロい。
まあ、当の本人はまだ混乱している様子だけどね。
「ありがとうございます」
俺の褒め言葉に頭を下げる店員さんだが、やり遂げたという誇りのようなものも垣間見える。苦労したがその結果出来上がった作品、まあ、ジーナのことなんだけど、それに満足しているのだろう。
俺も誇っていい成果だと思う。
ジーナをしっかり褒めようとして思い止まる。正気に戻ったら間違いなく着替えるとか言いだすだろう。
混乱したまま連れ帰り、いろんな人にお披露目してしまった方が正解な気がする。間違った使い方かもしれないが、既成事実ってやつだ。
「すみません、先にお会計をお願いします」
マルコとキッカが起きたらジーナに突撃して正気に戻しそうだし、抱っこして帰ろう。サラは空気を読んだのかキラキラした目でジーナを見ているだけだし。
うん、分かる。今のジーナ、色っぽいのも含めて大人っぽくてカッコいいもんね。
「畏まりました、こちらに」
若干小声になった俺の態度から察したのか、静かに奥に案内してくれる。さすが精鋭、優秀だな。
「ん? これは?」
あとはお金を払うだけだと思っていたら、カウンターにいくつかの服が並べられていた。
なるほど、今回のコーディネートで落選した服か。それはそうだよな、最初からピッタリの服だけ用意するなんて器用なことができるはずない。
落選したとはいえパッと見だがどれもジーナ達に似合いそうだ。特に子供服は見ているだけで微笑ましく……。
「これは?」
微笑ましく思っていたが、別に積み上げられた服に視線が縫い付けられる。
「こちらはジーナ様にとてもお似合いだったのですが、少し露出が多く拒否されてしまいました」
別にしていたのは似合うが拒否反応が酷かったものか。
……これ、バブル華やかなりし時の伝説の神器、ボディコンというやつなのでは? テレビでしか知らないが、上の世代がこれでブイブイいわせていたのだと知った時は微妙な気持ちになったものだ。
やるな迷宮都市、中世世界なのにここまで服を進化させてきているのか。
そっとボディコンをカウンターに載せる。
「こちらも購入され……畏まりました」
俺が視線で訴えると、察してくれて包みを用意してくれた。ジーナにボディコンを着せる機会があるとは思えないが、そもそも、万が一の時に持っていなければ着せることができないからね。
ある意味、お守りみたいなものだ。そう、お守り、別にやましい気持ちがある訳じゃないよ?
***
「いやー! え、なんで?」
マルコとキッカをおんぶと抱っこで運びながらジーナを誘導して宿に戻ってきた。
ジーナの混乱はまだ解けず、迷宮都市の男達の注目を集めながらの帰還。
そして、マーサさんの、あんたそんな恰好もなかなか似合うじゃないか! という言葉と同時に背中を叩かれジーナが正気に戻される。
いやー、マーサさんって気軽に背中とか肩とかをバシバシ叩いてくるんだけど、地味に威力があるんだよね。
その衝撃で正気に戻ったジーナは、いつの間にか宿に帰還していたことに驚き、そこでマーサさんから再び似合うと褒められて、自分がどんな格好をしているか自覚し、羞恥で可愛らしい叫び声を上げながらしゃがんでしまう。
ごめんねジーナ、でも、これでお披露目が済んだ。次にその服を着る時のハードルは下がっただろう。
なんとなくだけど、こうしておかないとせっかく買った服がタンスの肥やしになる気がしたんだよねー。
俺達の場合は魔法の鞄の肥やしかな?
勢いで買ったボディコンが魔法の鞄の肥やしにならなかったら、俺はとても嬉しい。
読んでいただきありがとうございます。