七百三十話 王様の胃がかなり心配
楽しみにしていたグランピング、ドラゴン素材の豪華なテントの存在感が薄いという予想外の結果に驚きはしたがおおむね成功し十分に楽しむことができた。これから少しずつブラッシュアップしていけば、これがグランピングだ! と胸を張って言えるようになるだろう。
「ふー、これで大丈夫なはずだ」
サンサンと降り注ぐ太陽の元、開拓ツールを使った簡単DIYでウッドデッキの補強を行い、満足した気分で空を見上げる。
単純に木材を追加して補強しただけだが、これで重たい岩窯、いや石窯を載せてもウッドデッキが壊れることはないだろう。
DIY初心者の俺からすると、こんな簡単な改造でもなんとなく凄く良い仕事をした気分になれて楽しい。
日本でDIYがブームになったのはこの充実感も一つの要因かもしれない。
俺の開拓ツールは確実にチートだけど、日本の便利工具もある意味チートだから充実感はそれほど変わらないはずだ。
「お疲れ様」
いい気分で空を見上げていると、背後からシルフィの声が聞こえ、同時に心地よい風が俺を包む。
聖域となり適温が維持されている楽園だが、日に照らされてDIYをしているとさすがに汗ばむ。
そんな体にシルフィの風はとても心地いい。
風に包まれる感触を楽しみながら振り返ると、声の通りシルフィが居た。ハンモックに寝ころびゆらゆらと揺れながら……。
「ありがとうシルフィ」
初めてのグランピングが終了して数日、シルフィがハンモックで寝ころんでいる姿を頻繁に見るようになった。
かなり気に入ってくれているようだ。
まあ、ハンモックはシルフィ以外の精霊達にも好評で、特にちびっ子達にとっては遊び道具になっている。
まあ、運動場や精霊樹の滑り台、各種属性を活かしたフィールドなんかも楽園には存在するから、シルフィ程頻繁に活用している訳ではないが、それでもみんなでお団子になってハンモックにはしゃいでいる姿を偶に見るくらいには人気だ。
ウッドデッキを遊びに来る精霊達に開放したら、数が足りなくなるかもしれないな。ベルもハンモックを気に入っているし、風の精霊が集まって某遊園地クラスの行列が発生するかもしれない。
…………ウッドデッキを遊びに来るチビッ子達に解放するのはまだ先の予定だけど、先にハンモックの準備をしておくか?
せっかく遊びに来たのに行列で遊び時間が減るのは可哀想だ。
ハンモックの作成は手仕事だし大量発注するなら早めに注文しておいた方が良いよな。風の精霊に人気なんだし、風車の周囲に大量に設置しておけば楽しく活用してくれるだろう。
風車を囲む大量のハンモック、なんか想像し辛いが、配置に拘ればなんとかなるだろう。配置に失敗すると異様な光景を生み出しそうだけど……。
そうなると少し予定よりも早く迷宮都市に顔を出すかな?
気になる要素が色々と残っているし……。
メルとフィオリーナは大丈夫なはず。フィオリーナは若干パワーレベリング気味で実戦経験が足りていないが、それを補えるくらいにはレベルが上がっているし、テクトもノモスがしっかり鍛えているから身の安全は大丈夫だ。
メルに関しては、鍛えてから結構長いしメラルとメリルセリオ、ついでにユニスと三人の下僕、近くの駐在所には騎士まで配置されているからもっと問題はないはず。
気になるのはマリーさんとソニアさんの暴走と、ベティさんのダイエット、それとマーサさんと新たに加わったジーナのお母さんのダニエラさんのダイエット。
トルクさんに健康に留意する様にしっかり伝えているからマーサさんとダニエラさんは問題ないと思うが、ベティさんは少し不安だ。
俺がしっかり焚きつけてしまったから、かなり無茶をしていると聞いている。
マリーさんとソニアさんに関しては予想がつかない。色々と釘を刺してはいるけど、変な方向に暴走している可能性が否定できない。
あはは、王都の経済は私が支配した! とか言いながら高笑いをして、いつの間にか強欲悪徳商人にジョブチェンジしていても俺は驚かない。
悪の女性幹部、外見から考えると少し可愛いらしい要素が強いが、性格的には素質十分だもんねマリーさん。ソニアさんはそんなマリーさんをフォローしつつ陰から操る参謀役にピッタリだ。
……あの二人、地球に生まれていたら実業家か経済犯の二択だよね。
まあ、俺が迷宮都市を離れてから数日だし、さすがにそんなことになってはいないだろうけど、それなりの頻度で様子を見て悪い芽は早く摘むにかぎる。
……うん、なんか不安になってきたし、新規開店した楽園食堂と両替屋の様子をもう少し見守ってから様子を見に行くことにしよう。
あ、そうだ、サラに可愛らしい小物、服やアクセサリーを買おうと思っていたな。
無論サラだけじゃなくてジーナとキッカにも買うし、マルコにもなにかしら、たぶん可愛いよりもカッコいいを望むだろうけど、用意しよう。
***
「いらっしゃい裕太、今回はいつもよりも早い訪問だね」
「こんにちはマーサさん。今回は少し予定を早めたんです。またお世話になります」
予定通り数日楽園の様子を見たが、新たに改装した楽園食堂と両替所に特に問題は起こらなかったので迷宮都市を訪問した。
楽園食堂はルビーの要望をしっかりと叶えて作成したので効率が良くなり、人気のカートも増大したので楽園食堂の混雑はかなり緩和され、心なしか笑顔と笑い声が増えたようにも思う。
まあ、元々が賑やかで笑顔と笑い声に溢れていたから勘違いかもしれないけど……。
シトリンの両替所も大丈夫で、もともと業務自体もシンプルなので机や収納スペースを増やしたことで業務が多少効率化された程度な様子。
地球の銀行レベルなら設備が全く足りていないが、おままごと要素が含まれる楽園の両替所ならこれで十分だろう。
偶にシトリンが両替所のファンシーな外観を見て固まっている様子が目撃されることもあるが、慣れたら気にしなくなるはず。たぶん……。
精霊の村全体はまだまだリニューアルの途中だが、これからもドンドン進化していくはずだ。
そして、目の前のマーサさんのリニューアルも止まらない。もはやダイエットと言うよりも進化……いや、若返りなきがする。
前回の迷宮都市訪問からまだ十日程度しか経っていないはずなのに、マーサさんには変化が如実に表れている。
普通なら十日程度で明らかに外見に変化が出るなんてことはないはずなのだが、間違いなく少し細身になっているし、なにより違うのが肌艶。
元々が太っていたので痩せたといってもまだまだ太り気味なのは変わりはない、変わりはないがなんでダイエットをしているのに肌艶がマシマシになるんだ?
普通ダイエットをしたら肌や髪なんかにダメージが出るはずだよね? 無理をしていなくてもカロリーが不足してしまうのだから。いや、前回でもそれほどダメージを感じた訳じゃなかったけど、肌艶マシマシって……。
トルクさんにダイエットに関して根掘り葉掘り聞かれて、その時に栄養に関してもかなり質問されたので、俺のあやふやな知識をできる限り提供したが、それだけでこんなに効果が?
トルクさん、どれだけ徹底しているの? 凄いというよりも怖いんですけど……。
その変化を感じ取ったのは俺だけではないようで、ジーナやサラがマーサさんを褒めそやしながら話を聞きだそうとしている。その二人の影に隠れてキッカまで興味深げにフンフンと話を聞いているのがちょっとショックだ。
幼くとも女性は美の魔力から逃れられないというのだろうか?
唯一マルコの興味なさげな様子が、俺の心を癒してくれる。
美に興味津々ってことは、今はそれほどではなくてもいずれ男にも興味を持つということ。
弟子になった時に大人に足を踏み入れていたジーナはともかく、サラとキッカが男に興味を持って結婚なんてことになったら、俺は自分が正気でいられる自信がないぞ。
「あはは、話はあたしじゃなくて旦那に聞きな。それよりも疲れているだろ、部屋に案内させるよ。カルク、仕事だよ!」
話を切り上げつつも、変化に気が付いてもらえたのが嬉しいのか、マーサさんが上機嫌な様子でカルク君を呼び出す。
これはアレだな、トルクさんは後で質問攻め確定だな。
それにしてもマーサさんが痩せた時も興味深そうではあったが、ジーナもサラも今ほど熱心に質問はしていなかった。
元々ジーナはスタイル抜群だし、サラは痩せすぎなくらいだから、興味があるのは肌艶マシマシな部分か。
これはアレだな、商業ギルドや冒険者ギルド、料理ギルドも注目しているだろうな。
迷宮都市が美食都市に変わりつつあるのは知っているが、もしかしなくてもそこにダイエットや美容まで加わるってこと?
そうなったら無敵の都市になるんじゃないか?
迷宮があるだけで戦力的にも経済的にもかなり強い。美食は老若男女を引き付けるし、ダイエットや美容は女性に対する強烈な切り札になる。そして基本的に男は女に弱い……あ、無敵だこれ。
知らない間に迷宮都市が無敵都市になりつつあるぞ。
王様、大丈夫かな?
ただでさえ胃に負担が掛かっていそうなのに、自分の支配下にそんなチートな都市が誕生しつつあるなんて知ったら胃に穴が開くんじゃないかな?
迷宮都市が完璧に王様の支配下にあるのならウハウハだろうけど、残念なことに迷宮都市は自治意識がかなり強い都市だもんね。
……お酒の交渉もあるし、今の王都の騒動が落ち着いたら訪ねるつもりだったけど、こちらも早めに訪問することにしようかな。
その時はヴィータに一緒に来てもらって健康診断と健康管理もお願いしよう。
あと、お酒の交渉の対価を健康とか病に対応する薬草やアイテムにしておくか。迷宮素材で万能薬は作れるようだけど、健康や病にどれほど対応できるか未知数だし、さすがにストレスまで効果を発揮しない気がする。
健康維持とかストレスに効果を発揮する魔道具とかあったかな?
……ふむ、そこら辺は迷宮のコアと交渉してみるか。
今までは廃棄予定物資が基本だったけど、錬金箱の時みたいに健康系魔道具と価値が釣りあう程度の品物を提供すれば、コアなら要望に応えてくれるはずだ。
カルク君に案内されながら、今後の予定を頭の中で組み立てていく。予定では色々と確認して問題ないと安心したかっただけだが、この調子だと色々と問題が起こりそうだな。
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