七百二十七話 シルフィに勝った……かも
楽園に帰還し、完成した両替所と食堂を設置した。シトリンは両替所の外観に少し引き、内装にホッとしていた。ルビーの方は内装も外観も問題なしで大満足な様子だった。その二軒の設置が終わり、続いて今度はテントの設営を開始する……が、この世界のテント、仕組みが複雑すぎる……。
目の前に本物の宝石のように煌めくテントがある。
とても綺麗なのだが、これは楽園以外で使えないな。使ったら強盗が大挙して押し寄せてきそうだ。
でも、綺麗だし、楽園以外で使う予定はないから良いよね。
続けて次のテントの設置……の前に、色々と購入しておいた物で環境を整えていこう。
まずテントの内部。
ペルー絨毯のようなカラフルな厚めの布を敷き、その上にローテーブルと沢山のクッションを置く。近くに家があるのでベッド等は置かないつもりだ。
それに上質な布とクッションがあるから、寝ようと思えばベッドがなくても眠れる。
テント内がかなり広いから、まだまだ物を置ける余裕があるが、最初はシンプルにこの程度にしておこう。確実にチビッ子達がテント内でワチャワチャするので物は少ない方が良い。
だから外は少し豪華に飾り立てるつもりだ。
まずテントの入口の少し先に、わざわざ特注で作ってもらった正方形の囲炉裏テーブルを置く。
囲炉裏の部分の外側がテーブルになっており、囲炉裏部分は少し深くなっているので、炭や薪で料理をしながら、外側のテーブルでそのまま食べられ、なおかつお洒落な感じで仕上がっている。
テーブル部分を大理石っぽい岩にしたから、高級感もあって素敵だ。これを各テントごとに設置するために三つ用意した。
その囲炉裏テーブルの周りに椅子を並べ、他にも料理を並べる普通のテーブルや椅子を設置する。
そして次にハンモック。
迷宮都市に滞在中、迷宮で手に入れた高級木材を乾かしてもらい、自分でハンモックの台を削った。
開拓ツールの性能を存分に生かし、各テントにハンモックを三台ずつ用意したから、計十八本も台座を作ったが、開拓ツールの性能が凄まじいので切れ過ぎる以外はそれほど苦労しなかった。
まあ、台座の部分をどう作ればよいか分からなかったので、根元の部分には囲炉裏テーブルと同じ大理石を用意した物干し台スタイルだから少しゴツイが、重みがあるのでハンモックに乗って台座ごとひっくり返るようなことにはならないはずだ。
自分で作った台座に自分で削った支柱を立てて、職人さんにお願いして作ってもらったハンモックをかけ、その上に肌触りの良い布を敷く。
うーん、良い感じだ。
特に拘りの台座の大理石部分。なんか四角だと角とかに当たったら痛そうなので、ゴリゴリと角を削り、ヤスリでお餅のように丸っこく仕上げたのが可愛らしさを演出しており、ハンモックにピッタリな雰囲気を醸し出している。
ちょっと心配だった、大理石の重みで板が割れるようなこともなく、分厚くデッキを作った自分の判断を自画自賛したいくらいの出来だ。何も知らない人が見たら、プロの仕事だと誤解しちゃうかもしれないな。
まあ、大理石がやすりで削れなかったら、ここまでのクオリティは無理だったけどね。普通のヤスリで大理石が軽々と削れる開拓ツールはやはりチートだ。
そのチートでのDIYが楽しくなって、ハンモックの他にもう一つ石でDIYしちゃったもんな。
ソニアさんに頼んで熱に強い石を用意してもらって、ドーム型の石窯も作った。これは流石に一窯しか作れなかったので、三つのテントの中央に置いて、数が足りないと思ったらその都度増やすことにしよう。
その前にハンモックを設置してしまわないとな。三つのハンモックを等間隔に並べて……よし、完成。
「シルフィ、どう?」
「迷宮都市で何を一生懸命作っているのかと思っていたら、こんなものを作っていたのね。それで……これはなんなの?」
ドヤ顔で質問したら、根本的なことを理解してもらえていない事実が判明した。
……そういえばソニアさんに注文した時、利用方法を説明していなかったな。
なんでこんなものをと尋ねられたが、適当にお茶を濁した覚えがある。たしか説明したら、商売に発展しそうで面倒で誤魔化したんだった。
「これはえーっと……外で使えるベッド兼イスかな?」
ハンモックってハンモック以外の言葉での例え方が分からない。
「……裕太は外で使える椅子やベッドを持ち歩いているわよね?」
シルフィが俺が何をしているか心底分からないという顔をしている。野暮なツッコミは禁止だと言いたいが、知らないのであれば仕方がないツッコミかもしれない。
「外で寝るのを楽しむための道具なんだ。こうやって座って、こんな風に寝転がる。シルフィもやってみて」
「え? 私も試すの?」
「うん、試してみないとこの良さは分からないよ」
シルフィは疑問に思っているようだが、俺はシルフィが気に入ると確信している。
シルフィは家ですら、大きな窓を付けて風が通るのを楽しむ性質。そんなシルフィが、ハンモックにゆらゆら揺られながら風を浴びるスタイルを気に入らないなんてありえない。
「仕方がないわね」
そう言ったシルフィがふわりと浮かび上がり、ハンモックにそっと身を横たえる。そうか、シルフィは飛べるから、わざわざ手順を踏んでハンモックに横になる必要がないんだな。少しズルいと思う。
「…………」
「……シルフィ?」
黙ってないで感想を言ってほしいのですが?
「……悪くないわね」
「……そう、気に入ってくれたなら良かったよ」
目をつむり自分で風を吹かせてハンモックをゆらゆらさせているのに悪くないとはどういうことだと思わなくもないが、俺も大人なので無粋なツッコミは止めておくことにする。
あー、ゆらゆら揺られていると、俺も少し眠くなってきた……。
「あー、うー」
ん? なんか騒がしい……ああ、ハンモックで寝ていたのか。そして目を開けると、俺の体の上にサクラ、ベル、レイン、トゥル、タマモ、フレア、ムーンが乗って遊んでいる姿が見えた。キツキツだ。
「あー、おはよう?」
「あう!」「ゆーた、おきたー」「キュー」「おはよう」「クゥ」「おきたか!」「……」
どのくらい寝ていたのか分からないが、眠っていた間にハンモックは俺の体ごとベル達に占拠されてしまったらしい。
「起きたよ。俺の上に乗るのも良いけど、テントの中は見た?」
「みたー」「キュー」「おへやだった」「クゥ」「わるくないぜ」「……」「あう」
俺の体の上を占拠する前にしっかり内見は済ませたらしい。ベル達の表情を見るに評価としてはまあまあと言ったところか。
まあ、それもしょうがない。まだベル達はテントの楽しさを知らないからな。今夜はテントで豪華にグランピングだ。それを体験すればベル達の考えも変わるだろう。
……あ、寝ちゃっていたから残り二張りのテントがまだだ。
「みんな、俺はこれからあと二張りテントを張るから、もうちょっと他で遊んでおいで」
「おてつだいー?」
いかん、ベル達がチョーワクワクしている。
ベル達のお手伝いは役に立つときは凄く役に立つのだが、こういう作業はあまり向いていない……のだが、ベル達の期待にはできるだけ応えるのが俺のポリシーだ。
あくまでもできるだけであって絶対ではなく、そして今回は俺の感覚的にできるだけに含まれる案件だ。
「ありがとう、じゃあ手伝ってもらっちゃおうかな」
やる気満々だと大はしゃぎするベル達とサクラ。なかなかハードな仕事になりそうだ。
次はライトドラゴンのテントを張るか。
設置予定の場所に移動し、テント一式を魔法の鞄から取り出す。
「ベル達はこの大きな布をみんなで広げてくれ」
「わかったー」「キュー」「ひろげる」「クゥ」「らくしょうだぜ」「……」「あう!」
ベル達がテントに群がり、一生懸命引っ張り始める。結構重いからなかなか大変そうだが大丈夫か?
あ、ベルとレインが合体した。というかベルがレインに騎乗した。よく分からないが、そうするとパワーアップするのか?
「てやー」「キュー」
二人が気合を入れて声を出すが、特に効果はないようだ。でも、とても可愛い。
あ、いかん、ベル達が手間取っている間に、こちらも準備を終わらせよう。
ライトドラゴンのテントは、モンゴルのゲルを真似てオーダーしたので、円柱の上に円錐を載せたような形になっている。
つまりピラミッド型よりも手順が複雑と言うことだな。完成させることができるのだろうか?
***
ライトドラゴンのテントとダークドラゴンのテントを、日が暮れるギリギリにようやく完成させることができた。
なんとか間に合った要因は、訓練が終わったジーナ達が様子を見に来てくれて、俺が苦戦していることに気が付き手伝いを申し出てくれたからだ。
そのおかげで組み立ての速度が飛躍的に上がり、苦戦していたライトドラゴンのテントを完成させ、ダークドラゴンのテントに取り掛かり、そちらも形が違うが根本は同じなので、偶に手順を間違えることはあるもののスムーズにリカバリーしつつ完成させることができた。
「みんなありがとう、おかげで日が落ちる前に全部完成することができたよ。今晩はここで宴会をするから、みんな楽しみにしていてね」
ベル達が『えんかいだー』と飛び回り、マルコとキッカも嬉しそうに飛び跳ねる。ジーナとサラはお手伝いを申し出てくれる。
そしてシルフィは……ハンモックでゆらゆらと揺られている。
シルフィ、やっぱりかなりハンモックを気に入ってくれているよね。ベル達に指示を出したり、風で重い部分を持ち上げてくれたりはしたけど、ほとんどハンモックから動かなかった。
別に勝ち負けではないのだけれど、なんか勝った気分になって少し嬉しい。
さて、ジーナとサラがお手伝いを申し出てくれているし、さっさと準備を始めるか。
まずは今回新登場した三台の囲炉裏に炭を熾そう。いや、一台は薪にしておくか。
今回のテーマはグランピングだから、普通のキャンプや探索中の野営とは一味違う雰囲気を演出したいな。
読んでいただきありがとうございます。