七百二十五話 やっぱり早まっていた
フィオリーナの訓練が終わり、注文していた家の最初の二軒が完成したので、その家……というか店の確認と受け取りに向かった。そして確認した両替所と楽園食堂は、思っていた通り、いや、思っていた以上の出来で俺も大満足だった。まあ、楽園食堂は俺の趣味が少し暴走してしまったが……カッコいいから大丈夫だろう。
うん、やはり中々いいな。
今回造ってもらった食堂というよりもレストランは、昔の洋画に出てくるようなノスタルジックな雰囲気を感じさせる。
俺の趣味全開ではあるが、これはカッコいいと同時に美味しい料理を出す店! って感じがするのも良い。
まあ、精霊の村の利用客とのギャップは生まれちゃったけどね。
「あの、お師匠様、建てておいてなんですが、この建物を収納できるのですか? しかも二軒目ですよね?」
考え事をしているとフィオリーナからある意味当然の質問をされた。
まあ、そこら辺の魔法の鞄だと建物一軒が入る鞄でも貴族クラスが持つレベルだから、心配になるのも無理はない。
ならば安心させるためにも見せてあげよう、俺の魔法の鞄のチート具合を。
「大丈夫だよ、すぐに収納して……あ、その前に奥の部屋だけ確認させてね」
ルビーの住居を確認するのを忘れていた。まあ、ルビーはキッチンが本命で自室は本棚と収納が沢山あると嬉しいって感じだったから、特に問題はないだろう。
ルビー達は拠点を手に入れてから、どこからか色々と物も持ち込んでくるようになった。
特にルビーは料理本や素材と言うか食材が書かれている本を収集していたようで、それを並べる大きな本棚が欲しいようだ。
俺が作る図書館を一番利用するのはルビーの可能性すらあるな。手当たり次第に本を集めているから、料理や食材の本もそれなりに集まってくるはずだ。その存在にルビーが気が付かない訳がないよね。
奥の部屋に入ると、お願い通り大きな本棚と収納が備え付けられたシンプルな部屋が登場……うん、しっかり作られているのは確認できたし、他にみる物がないので外に出て収納しよう。
広い食堂の内部をキャイキャイと飛び回っているチビッ子達と、興味深げにキッチンを観察しているジーナ達を外に出し、問題なく食堂を収納する。
再び周囲からオーッという歓声が上がり、フィオリーナもホッとした顔をしている。
「フィオリーナ、注文以上の出来だったよ。ありがとう」
改めてお礼を言うと、再びフィオリーナからお礼が返される。このお礼の言い合いは少し不毛だな。
「次の二軒は両方ともこのレストランくらいの大きさになるけど、平気かな?」
次は雑貨屋と宿屋。両替所はそれほど大きくなくて問題なかったが、他は少し混雑しているので全部今までよりもサイズアップすることにしている。
しかも宿と雑貨屋は商品棚やら区切りやらカウンターやらと、前の二つよりも注文が細かくなっているから、手間もかなり増えることになる。
「はい、マリーさんが言うには、まだまだ人材が増えるようですし、資材も十分とのことですから、今回と同じく二ヶ月かからない程度で完成させられると思います」
「え? マリーさんと話したの? いつ?」
面倒ごとに巻き込まれそうで関わらないようにしていたが、近場に出没しているとなると注意が必要だ。
「? 偶に新しい従業員を連れて村に来られますよ? 忙しいようで少し話したら帰ってしまいますが……何か問題でも?」
「……いや、問題はないよ」
よく考えたら俺と繋ぎを取りたいならフィオリーナに伝言を残せば良いだけだな。今のところ俺を巻き込まなくても王都を荒らしまわれるということだろう。
噂をすると登場しそうだから、この話題は終わりだな。早く帰ろう。あ、村長さんのところにも顔を出さないとな。
「じゃあ偶に顔を出すから。建物の方はお願いね。あと、毎日とは言わないけど、できるだけ精霊術は使うことと、俺が教えた内容を偶に復習するようにね」
人目があるから言わないけど、テクトとのコミュニケーションが最重要だよ。
「はい、お師匠様。しっかり精霊術を活用して良い建物を建てますので、期待していてください」
「うん、期待しているよ」
こういうところは同じ職人なのにメルとはちょっと違うな。メルだったら頑張りますとは言っても期待してくださいとは性格的に言えない。
フィオリーナも強気なほうではないので、それだけ建築に対して強い思いを持っているのだろう。
フィオリーナには見送りは要らないと建築現場で別れ、村長のところにラフバードを提供して帰還の途に就く。
最初は遠慮されたが、しばらく顔が出せないかもと言うことで受け取ってもらった。工事現場をよろしくお願いいたします。
***
楽園に無事帰還した。
さっそく受け取ったお店の設置と行きたいところだが、もう夕方だし明日まで待つことにする。
今の両替所と楽園食堂と設置場所は違うのでいつでも配置できるのだが、どうせなら明るい間に設置して、その姿をしっかり確認したいよね。
「裕太、今回は私達大精霊も随分働いたわよね?」
楽園の到着、サクラを抱っこしながらみんなに帰還の挨拶をし終わると、シルフィが働いたアピールを始めた。
たしかに今回の迷宮都市では大精霊組には普段よりも働いてもらった。
シルフィには毎日送り迎えをしてもらったし、ドリーには初期のフィオリーナのレベル上げを手伝ってもらい、ノモスはその後にフィオリーナに知識や技術を教えるのを手伝ってもらった。
ディーネとイフは交代で迷宮攻略に出向くジーナ達の護衛をしてもらったし、表面上は何もしていないヴィータには楽園の管理をお願いしていた。
サクラと遊んであげたり、楽園の動物の体調管理をしてあげたりと意外と負担をかけてしまっている。
つまり、なにかご褒美が欲しいということか?
お酒か、もしかしたらいよいよポイントを要求されるのかもしれない。
「お酒を出せばいいのかな?」
「今回はもう少し良い物が欲しいわね」
やはりか。お酒ならシルフィは直接要求するもんな。
「ポイントかな?」
「んー、ポイントでも良いけど、今回の目的は違うわ」
およ、いつもと流れが違う。まさか、新たな建物を建てているから、自分達の家を新築したいとか?
シルフィ達の貢献度を考えると、醸造所でない家なら構わないのだが、家をねだられるというのは凄いな。愛人にマンションを買ってあげるのと同じような感じか?
「えーっと、何が欲しいのかな? シルフィ達にはお世話になっているから、できることならできるだけ頑張るよ?」
確約はできないけどね。
「そう、裕太が頑張ってくれるなら大丈夫ね」
シルフィどころか他の大精霊達も笑顔で頷いている。なんかちょっと早まった気がしないでもない。
「……それで、何が欲しいの?」
「実は呑んでみたいお酒が何種類かあるのよ」
結局お酒かい!
内心でツッコみを入れてしまったが、結局お酒なら楽でいいな?
「それを買えばいいってこと? それならマリーさん、いや、ソニアさんに頼むし、時間がかかるならシルフィが連れて行ってくれるなら買いに行くよ?」
「ありがとう。ちょっと買い取るのが面倒そうな場所だから、私達も遠慮していたのよね。裕太がそう言ってくれて嬉しいわ」
あれ? 大丈夫だと思ったけど、やっぱり早まった?
「と、とりあえず話を聞かせてくれるかな?」
なんか怖いけど……。
「この前お城に行ったでしょ? その時に暇だったから色々と城内を探っていたのよ。そうしたらお城のセラーに呑んだことがないお酒が沢山あったのよね。主にワインなのだけど、漏れ出る香りは抜群だったわ」
「……それはアレですか? お城と交渉して珍しいお酒を買い取れということですか?」
「そういうことになるわね」
………………マジか…………。
たしかにシルフィの言うとおり頑張れば可能な気がする。
お金だと向こうもお金持ちだから難しいかもしれないが、お酒を手放してでも欲しい品物を用意すれば譲ってもらえる気がする。
譲ってもらえる気はするが、お酒の為にお城と交渉って……しかも、今、お城はシリアスな状況なんだけど?
絶対、こいつ何を考えているんだ? って王様達に思われるよ。
だって、俺が持ち込んだ問題で王様ブチ切れのてんてこ舞いで、貴族や大商会が処分されているところに、お酒を売ってくださいって……正気を疑われるよね。
「交渉は頑張ってみるけど、時間を空けてからでいいかな? さすがに今の状況でお酒の交渉は辛いよ」
「…………そうね、今のお城は忙しそうだし、しょうがないわね。でも、忘れたら駄目よ?」
納得するまで長かったな。これ、釘を刺さなかったら明日にもお城を訪問していた可能性があるぞ。こういう状況を危機一髪の状況って言うんだろうな。
「うん、絶対に買い取れるとは断言できないけど、間違いなく頑張って交渉はするよ」
「それならいいわ」
「裕太ちゃん、お姉ちゃん期待しているわー」
「うむ。未知のワインは楽しみじゃな」
「そうですね、珍しいお酒が多いようですから、かなり期待が持てますね」
「裕太、絶対にぶんどってくるんだぞ」
「あはは、裕太、頑張って」
大精霊達にものすごくプレッシャーをかけられた。
そういえばフィオリーナの訓練中、結構お願い事をしていたのに、誰も何の文句も言われなかったな。
おそらくお城でお酒を発見してから、大精霊同士で情報が共有され、このタイミングで俺に要求するところまで計画されていたのだろう。
たぶん、抵抗しても逃げられなかったな。
「……とりあえず、頑張ってくれたし、交渉まで時間がかかるから利息代わりにお酒を出しておくよ」
さすが裕太だと大精霊達は俺を褒めてから、酒樽を浮かせて去っていった。
「あう!」
「あ、サクラ、待たせてごめんね。ベル達もジーナ達も自由にしていいよ」
なんだかどっと疲れたが、まだ休むわけにはいかないようだ。待ってくれていたみんなに解散を告げて、胸にしがみついているサクラの相手をしよう。
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