七百二十一話 フィオリーナの名づけ
フィオリーナの迷宮でのレベル上げも一段落つき、ついに精霊と契約することになった。フィオリーナが契約するのは土の浮遊精霊、シルフィが連れてきたのはアーキテクトモールという魔物の姿を写し取った可愛らしいモグラの浮遊精霊。後はフィオリーナが名前を付ければ契約完了なんだけど……まだ時間がかかりそうだな。
フィオリーナが名前を思いつくまでまだ時間がかかりそうなので、俺はバーベキューの準備を開始する。
ある程度開けた場所で待機していたから、木や下草を移動させる必要はない。
イスとテーブルを出して、あとは真ん中に焚火を作って。
「師匠、焼き台はここでいいのか?」
「うん、テーブルから少し離しておいてくれればいいよ。炭を出すからジーナは火を起こしちゃって。サラ達は具材を出すから串に刺してくれ。中央に焚火を作る予定だから、メルはそれをお願い」
ジーナ達に手伝ってもらいながら準備を進めていく。
普段なら集まってきてお手伝いを申し出てくれるベル達だが、今は新しく仲間になる寸前の浮遊精霊に夢中で、ベル達だけではなくシバ達も含めて戯れあっている。
とてもホッコリする光景だ。
うん、イスとテーブルよし、焚火よし、焼き台よし、串打ちもよし、料理と飲み物は食事開始の時に出すから準備は完了だな。
フィオリーナはまだ悩んでいるから、しばらくはちびっ子達の様子を観察しつつのんびり待つか。
「決めました!」
結構な時間が経過し、ようやくフィオリーナが顔を上げた。
決まったようなので俺は土の浮遊精霊を連れてフィオリーナの前に移動する。
「えっと、お師匠様、決まりましたがどうすれば?」
「うん、今、精霊が君の目の前にいるのが分かるよね? その子に考えた名前を伝えてあげて」
「わ、分かりました。テクト、あなたの名前はテクトです」
さんざん悩んで結局アーキテクトモールの捩りじゃん。いや、名前を付けるのは大変なのは分かるけど、それにしても時間がかかり過ぎじゃないかな?
土の浮遊精霊改めテクトが、了解といった感じで右手をピョコっと挙げる。可愛い。ヘルメットとスコップと、サングラスなんかも装備させたいが、精霊に日常的に物を装備させる方法が分からないから無理か。
そんな方法があるのなら、ルビー達は料理道具をそのようにしているよね。
あ、でも、珍しい体質の俺が協力すればなんとかなる可能性があるな。まあ、それが成功したら大変なことになりそうだから、精霊の村関連が落ち着いてから聞いてみることにしよう。
「あの、お師匠様。これからどうすれば?」
「うん、これでフィオリーナとテクトの契約は成立したよ。食事をしながら色々と説明するから、椅子に座ろうか」
え? え? え? と混乱するフィオリーナ。
そうだよね、精霊との契約ってあっさりし過ぎて不安になるよね。ジーナ達もその気持ちが分かるのか、うんうんと頷いている。
さて、説明しないと混乱は収まらないだろうし、お肉を焼きながら説明するか。
「なるほど、私は精霊のことをなにも理解していなかったのですね」
俺が知っている情報を伝え終わると、フィオリーナは感心したように頷く。
「ですがお師匠様、なぜこのことを世間に広めないのですか? そうすれば精霊術師の印象がだいぶ変わると思うのですが……」
もっともな意見だ。
「幼い精霊は純粋で人に利用されやすいからだね。俺は精霊にお世話になっているから、精霊よりの判断をしていて、精霊に不利にならないように立ち回っているんだ」
命の恩人、いや、恩精霊だからね。
「だから話した通り精霊の不利になりそうな情報を今までフィオリーナに教えなかったし、これからフィオリーナがそれに反するようなことをすると精霊がフィオリーナから離れることになる。大丈夫だよね?」
「……はい。私も人、特に男性には色々と迷惑を掛けられましたから、信用のおけない人がいることは理解しています。名付けた子と離れ離れになるのは悲しいので、しっかりお師匠様の言いつけを守ることを誓います」
メルとメラルがその言葉を聞いて頷いている。二人も相当な覚悟を持ってその条件を飲んだから、フィオリーナの気持ちが分かるのだろう。
「ありがとう。精霊は誠実に向き合えばちゃんと応えてくれる存在だから、仲良く一緒に成長していくようにね」
「はい」
「じゃあこれからもよろしく」
俺の言葉と同時に、ジーナ達やベル達がフィオリーナの元に集まり、お祝いの言葉をかけていく。
今までも弟子入り状態だったけど、精霊と契約したことで本当の弟子になったと理解しているのだと思う。
さて、食事だ。
「本当に精霊がごはんを食べるんですねー」
肉串をテクトに食べさせながら、消えていくお肉を感心した様子で見つめるフィオリーナ。
俺はモグモグとお肉に噛り付き、モグ! と喜んでいる姿が見えるから感心よりも可愛いが勝つけどね。
「そうだよ。精霊は不確かな存在ではなく、ちゃんと生きていて感情もあって優しい存在なんだ」
あと、上位にランクアップするとお酒に対する執着も増す。
「なるほど……あれ? お師匠様はこの子がアーキテクトモールだと知っていましたよね? どうしてですか?」
「ああ、話していなかったね。俺は精霊の姿を直接見ることができるんだ」
ついでに声も聞こえるし、楽園に行けばフィオリーナも姿を見ることができるのだけど……それはもう少し信頼関係を築いてからだな。
ほぼないと思うが、精霊と離れるのを覚悟して情報を拡散する可能性もわずかながら残っている。
「へー、それは凄いですね。だからお師匠様は精霊の味方なんですね」
「味方というよりも、精霊にお世話になっているから、その分をできるだけお返ししたいと思っているだけだよ」
シルフィ、今良いこと言っているところだから、じゃあなんで醸造所を増やしてくれないのかしら? なんて無粋なツッコミは止めてくれる?
「お師匠様は義理堅いんですね」
なんかフィオリーナからの信頼が上がった気がする。
「そういえば随分悩んでいたみたいだけど、名前を付けるのは難しかった?」
なんか照れるので話を変えることにする。
「はい、難しかったです。アルかルキかテクトかトモかモルで悩んだのですが、なかなか決めきれませんでした」
「そ、そっか」
全部アーキテクトモールからの捩りじゃん。
トモとか日本人にも居そうな名前だし、フィオリーナに名づけのセンスは期待できないようだ。
建築家が建物に名前を付ける機会がないことを願おう。
「それでお師匠様、精霊と契約した後はどう訓練していくのでしょう?」
「ああ、その辺りの説明も必要だね」
基本的な説明が終わり、次は今後の訓練内容を説明していく。
ベル達はもう隠れて食事をする必要はないから、ご飯を食べさせながらだ。
まず、精霊とのコミュニケーションの取り方を学ばせ、次に攻撃手段の確立と習熟。
それが終わったらジーナ達との迷宮探索といった流れかな?
説明が終わったらいい時間だし、迷宮都市に戻って明日に備えることにするか。
***
「じゃあマルコ、フィオリーナにお手本を見せてあげて。まずは基本的な技からお願いね」
安定の右手左手での意思疎通方法を教え、他にも細々としたコミュニケーション方法や注意点を伝えたあとに、ジーナ達と共に迷宮に実践をしにきた。
トゥルでもお手本を見せることは可能だが、同じ土の浮遊精霊であるウリのお手本のほうが参考になりやすいだろう。
それに、これからフィオリーナはジーナ達と行動を共にすることが増えていく……はず。
フィオリーナは建築の仕事を抱えているから断言はできないが、弟子同士の実力や技の種類を知るのは良いことだと思う。
メルも同じだけどフィオリーナが仕事が終わってからしか訓練ができないのが難点だよね。
大人だけなら迷宮に入る時間を夜にすればいいのだけど、サラ、マルコ、キッカを夜行性にするのは師匠として受け入れる訳にはいかない。
フィオリーナが仕事をしていなければ、ジーナ達と一緒に迷宮に放り込めば簡単だったのだが……贅沢は言わないでおこう。
冒険者、鍛冶、農業、そしてフィオリーナの建築業界にまで精霊術師の影響力を伸ばそうという遠大な計画なのだから、少しくらいの苦労は受け入れないとね。
「わかった。ウリ、やるぞ」
今回は最初なので、ゴブリンが実践相手だ。
「フィオリーナ、テクト、しっかり見て覚えるようにね」
「は、はい」
「モグ!」
今までフィオリーナは蔓でグルグル巻きになって動けなくなったゴブリンとしか対峙していないので、少し緊張しているようだ。
反面、テクトは気楽な様子だ。
まあ、テクトは精霊だし、魔物の巣で浮遊精霊になったみたいだから、今更ゴブリンくらいでうろたえたりはしないだろう。
「ウリ、土弾」
マルコが一体のゴブリンを指してから土弾と唱えると、ウリがフゴッと気合を入れる。そうすると空中に生まれた土の弾がゴブリンに打ち込まれる。
精霊術って使いこなせば本当に強いんだよね。
まあ、今回はちょっとグロくて、フィオリーナが引いているけど。
「ウリ、土葬」
続けてマルコが指示を出すと、ゴブリンが地面に飲み込まれる。
「フィオリーナ。マルコがやっている指での指示、あれはかなり重要だから忘れないでね。動作でちゃんと指示してあげるだけで精霊側の混乱がほとんどなくなるから」
「わ、分かりました」
「テクトもちゃんと技と名前を覚えてあげてね」
「モグ!」
二人とも大丈夫そうだな。
「マルコ、次は防御の術も見せてあげて」
「わかった。ウリ、土壁」
「単純だけど土の壁で敵の突撃や視線を遮る効果があるから便利だよ。もしフィオリーナが危険な目に遭った時、テクトが土壁でフィオリーナの安全を確保してあげるといいね。人の世界だとこっちが攻撃すると問題になることもあるから、防御優先が無難だよ」
「モグ」
テクトがコクコクと頷く。テクトの学習能力は高いみたいだし、もう少しフィオリーナのレベルを上げれば、ある程度まで安全は確保できそうだな。
もう少しマルコにお手本を見せてもらってから、フィオリーナの実践を開始するか。
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