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七百十七話 実演

 フィオリーナさんの警戒を薄めるためにメルにフィオリーナさんの相手をしてもらったのだが、メルの話術が想像以上に達者だったらしく、フィオリーナさんが自分に精霊術師の才能があることを告白し、精霊術師になるための手段を求めてきた。あとは俺次第でフィオリーナさんを弟子にできるかが決まる。




「えーっと、メルもこう言っていますし、実演を交えて説明しましょうか?」


 実演販売なんて商売が存在するくらいだし、百聞は一見に如かずなんて言葉もある。実演でガツンと心を掴んで見せよう。


「……お願いできますか?」


 フィオリーナさんは少し悩んだ後、メルを見て俺の提案を承諾した。なんでメルに対する信頼がこんなに厚いのだろう?


 メルはそれほど親しい訳ではないと言っていたが、知らないところでフィオリーナさんの強い信頼を勝ち取っていたのかもしれないな。メルは真面目な良い子だし、その可能性は大いにあると思う。


「では、ここで実演は難しいので村の外の広い場所に移動しましょうか」


 俺の言葉に全員が立ち上がり……ん? 全員? ふむ、当然と言えば当然なのだが、フィオリーナさんの護衛の冒険者も一緒に立ち上がっているな。


 これは……どうしたものか。


 まだ弟子になると決まった訳ではないので、それほど深いところまで情報公開するつもりはないが、勧誘は成功させたいのである程度までの情報公開は考えている。


 ただ、ここで護衛を断わったらフィオリーナさんの疑心暗鬼が限界点突破してしまいそうだ。


「あー、護衛の冒険者の皆さん、護衛なのですから一緒に来るのは問題ありません。実演も最初の方は見学可能ですが、精霊術師として秘匿するあたりになると、壁を作って見えないようにさせてもらいます。構いませんね?」


 後出しだともめるから先に説明しておかないとな。


「マリーさんからフィオリーナさんの安全を最優先って言われているからな、秘匿したい情報があるのは理解するが、壁が作られて万が一の時にすぐに駆け付けられないのは困る」


 女性冒険者の一人が、護衛としてとても誠実なことを言ってくれる。こういう真面目な人を護衛に選んだマリーさんの目は確かだな。


 今、俺が困ってしまっているし、フィオリーナさんに余計な情報を与えちゃっているけど。


 あと、もう少し堂々と発言してくれたら更に良かった。


 仲間の、俺が巻き込んで王様の前まで連れて行った女性冒険者の腕を掴みながらだと説得力が薄れるよ。


 ついでに、腕を掴まれている女性冒険者が、私を巻き込むなと腕を引きはがそうとしていなければ素晴らしかったね。


 とはいえどうしたものか。


 雇い主はマリーさんだし、俺がその仕事の大元だと言っても勝手に指示を出す訳にはいかない。


「……では、近くに居て後ろを向いていてもらって、音を遮断するのはどうですか?」


 シルフィなら音の遮断なんて楽勝だ。


「音を遮断されたら、異変が起きても何も気が付けないのでは?」


 ごもっともです。


「では、どうしろと?」


「……フィオリーナさんに紐の端を持たせておきます。何かがあった時に紐を引いてもらえるなら、後ろ向きで音を遮断していただいても構いません」 


 すぐに代案を出してきた。この女性冒険者、優秀だな。紐なら魔法の鞄に入っている。


 紐というのも妥協案なのだろう。紐くらいならなんとでもなる方法があるが、俺が王様や雇い主のマリーさんと深い繋がりがあることも知っているから、自分の職分とフィオリーナさんの安全とマリーさんへの義理を天秤にかけて判断したのだと思う。


「では、それでお願いします」


 女性冒険者の提案をすべて受け入れ、事務所を出て村の外に向かう。



「この辺りで良いでしょう。ちょっと待ってくださいね」


 村から少し離れた草原に到着し、魔法の鞄から余っていた岩の立方体を地面に出す。的がないと術の効果が分かり辛いもんね。


「これは……普通の岩? それにしては信じられないほど滑らかな切り口。普通の岩を磨いたの。いえ、磨いた形跡はないし、磨く意味も考えられない。いったいどういう意味が……」


 的の為に死の大地産の岩を出しただけなのに、フィオリーナさんがビックリするほど食いついてしまった。開拓ツール凄いな。


「フィオリーナさん、そろそろ構いませんか?」


 食いつくようにただの岩を観察しているフィオリーナさんに声をかける。さすがに岩の観察の為に待つのは無理だ。


「は、すみません。ですがこの切り口。これも精霊術によるものなのですか?」


「いえ、それは別の方法で伐り出した物です」


「そうですか」 


 ちょっとションボリするフィオリーナさん。これが精霊術での結果なら、実演する前に弟子入りしてくれていたかもな。


 それにもし開拓ツールをフィオリーナさんが所持していたら、凄い建築家になれただろう。巡り合わせって不思議だよね。


「じゃあまずは、精霊術師講習で教えている一般向けの精霊術を見せますね」


 受講生に教えるために頑張って考えた動きと詠唱。恥ずかしいがしっかり覚えているし、ベル達も実演できる。


 ただ……自分でやる訳じゃないからって、ボディビルポーズだったりフラダンスだったり、ロボットダンスとかサタデイでナイトでフィーバーなダンスだったりモンキーダンスだったり、太極拳だったりと、色々と適当に動作も詠唱も作ってしまった。


 それを今から弟子にしたいとんでもない美女の目の前で披露しなければならない。


 自業自得とも因果応報ともいえるが、結構辛い罰ゲーム……あ、ジーナ達にやってもらえばいいのか。


 ジーナ達も全員動きも詠唱もマスターしているし、なにより俺と違って見た目が美しく、そして可愛い。


「ゆーたー。はやくー」


 ジーナ達に話しかけようとしたところで、ワクワク顔のベルに話しかけられた。普段は話を聞いていないことや理解していないことも多いのに、今回に限ってしっかり話を聞いて理解して自分達の出番だと張り切ってしまっている。


 これは……俺がやるしかないな……。


「プフ!」


 シルフィ、今笑ったよね? まあ、俺だって他人が今の状況だったら笑うから文句は言えないか。




「……これが精霊術師講習で教えている精霊術ですね。融通は利きませんが、安定してしっかり戦うことができます」


 精神をすり減らし、キッカの、おししょうさまは何をしているのだろう? という目にも耐えて、なんとかやりきった。


「凄いですね。色々と複雑ですが、話に聞いていた精霊術師の欠点が全て克服されているように思います」


 フィオリーナさんの言葉に、護衛の女性冒険者達も頷く。ふふ、精霊術師の評判が少しでも上がったなら、精神をすり減らした甲斐もあるというものだ。


 それに、ベル達も楽しんでくれたようだしね、途中で『しぜんのよろいー』とか言いだした時は心臓が止まりそうになったけど。




「ここまでは表に出している技術ですね。次からはその技術の更に先、正式に弟子になったら教えることになる技術です。ただ、フィオリーナさんは正式な弟子ではないので、少し離れた場所から見学してもらい、護衛の冒険者の方達は後ろを向いて音を遮断させていただきます。構いませんね?」


「はい、よろしくお願いします」


「じゃあ今回は弟子全員に技を披露してもらうね。みんな、俺達が離れて右手を上げたら、岩にいつも戦っているように攻撃して。メルも一緒にね」


「分かった」


 ジーナを筆頭に頷くが、メルが、え? 私も? という顔の後に頷く。やはりメルは、弟子達の中で自分はちょっと立ち位置が違うと認識しているようだ。


 もう少し訪問回数や楽園への招待を増やして、メルの疎外感を取り除くことに努めよう。


 フィオリーナさん達を誘導し距離を置き、女性冒険者達に紐を渡して後ろを向いてもらう。


「では、音を遮断しますので、音が聞こえなくなってもこちらを見ないでください」


 女性冒険者達に注意をして、詠唱するふりをしてシルフィに音を遮断してもらう。


 そして右手を上げてジーナ達に合図を出し、フィオリーナさんの横に移動する。フィオリーナさんにビクッとされて少し悲しい。


 もう条件反射で男性が近づくと警戒しちゃうんだろうな。


 警戒された悲しみと、そうなってしまったことに少しの同情を抱きながらジーナ達の実演を見守る。



「す、凄い。あんなに小さい子達があれだけ激しい攻撃をくりだせるなんて、それに鍛冶が本職で偶に迷宮に潜る程度だったはずのメルさんまで……」


 フィオリーナさんが目の前の光景を呆然としながら見ている。


「ゆ、裕太さん!」


「は、はい!」


 フィオリーナさんにいきなり声を掛けられ、驚いてどもってしまった。


「裕太さんの先程の実演と違い、メルさん達の精霊術はかなり自由度が高いように見受けられます。ということは、建築の現場でもその自由度を活かせるということですか?」


「そうですね、利き手と反対の手くらいの自由度の差があると思いますが、当然、建築現場でもその自由度は生かされます」


 オートマとマニュアルって説明したかったが、さすがにこの世界では通用しないよな。しかも俺、マニュアル車の良さ、あまり分からないし……。


「その習得は難しいのですか?」


 難しくは……ない……のか?


 結局、精霊と仲良くなれるかが一番大切だから、そこで躓くと途端に難しくなる。


 メルは心の底からメラルとの契約を望んでいたし、ジーナ達は素直に仲良くなれたが、警戒心が強いフィオリーナさんだとどうなるか予想がつかない。


「そうですね、やってみなければ分からないとしか言えません。すんなりいけば拍子抜けするほど簡単ですが、上手くいかなかったら時間がかかるかもしれません」


 楽園に連れて行って天真爛漫なちびっ子達を実際に見れば、子供嫌い、動物嫌いでもないかぎりすんなり仲良くなれると思う。


 でも、さすがに弟子になったとしても、今の状況で楽園に連れて行く気にはなれない。


 そうなると、地味にコミュニケーションを続けなければならないから、結構大変かもな。


「そうですか……」


 言葉は続かなかったが、質問も多いしかなり興味を持ってくれてはいるようだ。


 そうこうしているうちに巨大な岩が粉砕され、目標がなくなったことでジーナ達の実演も終了した。


 訓練中の様子は偶に見守っていたけど、今回は観客が居たからか、メルが一緒だったからか分からないが、弟子達も弟子の契約精霊達も若干張り切っていたな。


 あと、護衛の女性冒険者達がコッソリ覗きもせずに微動だにしなかったのも感心だ。まあ、なんとなくだけど、何かがあったら王様直通コースだとか考えていそうな感じだな。 


 可哀想だし終わったことを知らせてあげよう。


 さて、今度こそできることは終わった。あとはフィオリーナさんの考え次第だな。どうなることか……。

読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
ベルの期待に抗えずふしぎなおどりを踊ってしまう、 これぞ裕太だ!
楽園でもやった地面の整地とかみせてもよかったんじゃないかとおもうけど。
建築に役立ちそうな術じゃなく破壊力の実演をするのかい⋯⋯
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