七百十一話 え? もうそんなに?
ウッドデッキが完成し、迷宮都市に足を運んだ。ウッドデッキを更にお洒落にするための買い物の為にだ。今回の訪問は少し長めに滞在する予定で、メンバー全員でやってきた。俺は別行動でさっそくマリーさんの雑貨屋に買い物に来たのだが、ちょっと面倒な注文をお願いしてしまった。
「お待たせしました」
雑貨屋の店内をのんびり散策し、ゆっくりウインドウショッピングを楽しみ応接室に戻ってお茶を飲んでいると、疲れた顔のソニアさんが戻ってきた。
予想通り、注文は難航したようだ。行かなくて良かった。
「大変だったようですね。注文は無事に通りそうですか?」
「本当に大変でしたし、最初は話を信じてすらもらえませんでした。納得していただくまでに何度説明したか分かりません」
「お疲れ様でした。それで、結果は?」
「ワイバーンやアサルトドラゴンでならテントを作ったことがあるそうですが、属性竜となると出来るか分からない。それでもいいなら挑戦してみるとのことです。あと、どうせドラゴン素材で作るのなら、骨組みもドラゴンの骨で作ったらどうだ? との提案も頂きました」
ワイバーンとアサルトドラゴンのテントはもう作られていたか。おそらく王侯貴族の注文だろうな。だが、俺はその上を行く。
でも、作れるかどうか分からないのは困るな。ただ、文字通りドラゴンの骨で骨組みを作るという言葉には少し惹かれる。
「うーん、どうしましょう……」
ライトドラゴンとダークドラゴンは在庫が少ないんだよな。百階に行けばシルフィ達が狩ってくれるだろうが、そうするとコアが泣く。
この前も迷宮で木材を乱獲しまくったばかりだから、コアにさらに負担をかけるのは控えたい。
「……では、先にグリーンドラゴンでテントを試作、それが上手くいったらライトドラゴンとダークドラゴンというのはどうでしょう? 無論、骨も提供します」
グリーンドラゴンは先の二頭と比べると在庫があるし、もし足りなくなっても入手の際のコアの負担も少ない。
「どうでしょうって、ドラゴンの素材が無駄になるのに、本当にやるんですね。……分かりました、あとで職人たちに伝えておきます」
「そこまで残念そうな顔をしなくても……そんなに大変なんですか?」
ソニアさんが悲しそうな顔をして頷いたので、ついつい質問してしまう。ドラゴンテントに対する興味が薄すぎないか?
「申し訳ありません。商人として顔に出すべきではありませんでしたね。ただ、もっと他に儲けに繋がる道やコネに繋がる道があると思うと、どうしても残念に思ってしまいました」
あ、大変ではなく儲けやコネか、納得。たしかに属性竜のテントとなると……他への発展が見込めないのも理解できる。
そんなことを実行するのはたぶん俺くらいのものだ。それは良いのだが、聞き捨てならない言葉が一つあった。
「商人としての顔って、俺、マリーさんやソニアさんの酷い面を結構見ていますよ?」
マリーさんとソニアさんが喧嘩して、お互い処女であることをバカにしまくっていたよね?
「それとこれとは別です」
ソニアさんがキリリと否定するが、違いが分からない。まあ良いか、ソニアさんの体面よりも大切なことは沢山ある。
「とりあえず、絵図面はどうなりました?」
「ああ、そうでしたね。借りてきましたので、ご覧ください」
おお、なんか普通の羊皮紙と違う。
今まで見たことがあるのより厚みがあって、サイズも大きい。王侯貴族仕様ってことか。
丁寧に羊皮紙をめくる。
「思っていたのと違う……」
「……何が違うんですか?」
予想外の事態に固まってしまった俺にソニアさんが話しかけてくる。
「その、これってテントというよりも家ですよね? 部屋が二つ三つありますよ?」
俺が想像していたテントは一部屋だ。
「え? ……ああ、王侯貴族が使う物なのですから当然個室が用意されます。裕太さんには必要ありませんか?」
「あ、そうなんですか……えーっと、少し考えます」
テントに個室か……それはそれでロマンがある気がしないでもない。
ないのだが……俺の目的はウッドデッキでベル達やジーナ達と戯れることだ。そうなると個室は必要ない。
一人になりたいのであれば、徒歩三分に家と自分の部屋がある。
「個室は要りませんね。大きな部屋が一つあれば十分というか、できるだけ広い一つ部屋が欲しいです」
部屋を分けたいのであれば、中に棚や布で仕切りを作ればいい。
「なるほど、では、王侯貴族が使用する物ではありませんが、こちらのテントが用途に合うかもしれません」
ソニアさんが、重なった羊皮紙の最後の方を抜き出して俺の前に広げる。
「これは王侯貴族の方達の護衛や使用人が利用する目的のものです」
護衛や使用人か。王侯貴族がソロキャンプやファミリーキャンプをするとは考え辛いもんな。そういうテントも必要になる訳だ。
うーん……なんというか絵図面だけでも伝わってくる武骨さ。
武骨なのが悪いわけではない。それはそれでカッコいいと思うのだが、今回の目的はウッドデッキをお洒落に演出なのだから、武骨さは必要ない。
あと、長方形。
ただ布で四角い区切りを作りましたって感じだ。
俺的には三角帽子のようなテントか、モンゴルのゲルのようなテントが欲しい。
他の絵図面も見せてもらうが、理想的な物が見当たらない。
「裕太さん、もしかして冒険者が使うようなタイプのテントの大きい物が欲しいのですか?」
悩んでいるとソニアさんが助け舟を出してくれた。
「……すみません。普通の冒険者がどんなテントを使っているのか分かりません」
「裕太さんって、冒険者でしたよね?」
返す言葉もございません。
冒険者という言葉の前になんちゃってという言葉がつくんです。
「こういう形になります」
三角テントか。俺のイメージとはちょっと違うんだよね。
「こんな感じのテントってありませんか?」
ソニアさんが絵を描いてくれたので、その隣に自分の理想を描く。
「んー。たしかに冒険者のテントとは少し違いますね。こうなると完全オーダーメイドで注文したほうが話が早いでしょう」
オーダーメイドか、スーツのオーダーメイドは聞いたことがるが、まさかテントをオーダーメイドすることになるとは。
「では、基本的な形を描きますので、それができるかの確認と、グリーンドラゴンの素材を置いていきますから試作をお願いします」
「裕太さんも工房に顔を出されてはいかがですか?」
「……なんか嫌な予感がするので、ソニアさんの方で調整をお願いします」
「……分かりました」
否定しないってことは、面倒な相手なんだろうな。王侯貴族が商売相手ってことは腕が確かな職人ってことになる。
偏見だが腕がいい職人は奇人変人の倍率が上がる。メルでさえ、ちょっと、ん? と思うような行動もある。
そんな職人に属性竜の仕事を振ったら面倒な事になることは確実。ちょっと確認しに行っただけで、属性竜の骨を提案してきているしね。
俺は離れたところから指示を出し、結果だけを受け取るという王様ポジションで十分だ。
たぶん、ポルリウス商会に大きな利益をもたらしていなかったら、店から蹴り出されるレベルの図々しさだな。
そういう訳で出された羊皮紙に、細かく要望を書きだす。ウッドデッキを作っている間にも色々と想像して要望をまとめていたから、スムーズに書きだすことができた。
ちょっと細かすぎるかなと思うくらい書いたから、できることもできなさそうなことも多いけど、腕がいい職人ならなんとかしてくれるだろう。
さて、明日はメルのところに行く予定だし、色々と予定が詰まっている。そろそろトルクさんの宿に行って休むか。ジーナ達が部屋を取ってくれているはずだから、間違いなく宿泊できるはずだ。
***
「……え? まだそれほど時間は経っていませんよね? なんか凄く痩せていません? 無理をすると体に悪いですよ?」
宿に到着してマーサさんを発見、挨拶の前に心配が口から出ていた。
まだダイエットが始まって一ヶ月程度、この前会った管理されまくっているベティさんでさえ少し痩せたな程度なのに、マーサさんは結構痩せたと見ただけで分かるほど痩せている。
俺のふんわりしたダイエット知識では、一キロ痩せるのに七千キロカロリーちょっとの消費カロリーが必要だったはず。
ウォーキングで一時間歩いて二百キロカロリーから四百キロカロリー程度しか消費できない。
その日の摂取カロリーを消費カロリーが超えての七千キロカロリーちょっとだから、一キロ落とすのもかなり苦労する。だからダイエットに失敗する人が続出する訳なんだけど……まだまだ太いとはいえ、五キロくらい減っているんじゃないか?
急激な減量は体に悪いと聞いたことがあるよ?
「あはは、心配してくれてありがとうよ。でも、全然無理をしていないんだよね。たぶん、うちの旦那のお陰だから、あとで話を聞いてやっておくれ」
……マーサさんはあっけらかんと答えたが、管理されまくりの汗だくで死にそうになっていたベティさんに聞かれたらガチギレされると思う。
それにしても、それほど苦労せずに一月でハッキリ痩せたって分かるようになるのは凄いことだよな。
どうやったのか後で詳しくトルクさんに聞くことにしよう。
というか、ダイエット合宿をこの宿でやったら凄い人気になるのでは? まあ、今でも大人気だからその必要はないか。
「分かりました。夜にでもトルクさんに声を掛けますね」
「頼むよ。部屋はカルクに案内させるから少し待っておくれ。あ、そうそう、裕太専用の部屋を作るって前に約束しただろ? 工房に話を通してあるから、まだ時間がかかるだろうけど楽しみにしておいておくれ」
「おお、ありがとうございます」
ちょっとした冗談の類だと思っていたのだが、本当に俺の部屋を作ってくれるのか。まさしくVIP扱い。
日本でそんな待遇を受けたことがないから、ちょっとワクワクするな。
マーサさんと話しながら少し待っているとカルク君がやってきた。ジーナ達は出かけているようなので、俺は部屋でゆっくりさせてもらおう。
「裕太、良いこと教えてくれてありがとうね。おかげで体が軽くなったよ」
部屋に向かう俺の背に、ちょっと恥ずかし気に届くマーサさんの声。満足してくれているようならなによりだ。軽く頭を下げて部屋に向かう。
(胸が大きくなる方法はないのかしら?)
……聞こえない。シルフィの呟きなんか聞こえなかったし、シルフィはそんなこと言わない。
でも、バストアップ体操って精霊に効果があるのだろうか?
本日12/24日、『精霊達の楽園と理想の異世界生活』のコミックス第十巻が発売されました。
ディーネとの契約、精霊達と弟子達との死の大地での生活、巻末に書き下ろしのSSなどもありますので、お手に取って頂けましたら幸いです。
よろしくお願いいたします。
読んでいただきありがとうございます。
メリークリスマス!