七百十話 テント注文
ウッドデッキがみんなの協力で想像より数段早く完成した。作っている時から分かっていたが、物凄く大きい。だが、その大きさが俺に新たな閃きを与えることになった。そう、ウッドデッキをお洒落なグランピング風に飾り立てようという計画だ。とりあえず、宴会が終わったら動き出そう。まあ、明日からだけど……。
「裕太さん、いらっしゃいませ。前回は不在で申し訳ありません」
マリーさんの雑貨屋に到着すると、今回はソニアさんが出迎えてくれた。前回不在だったこともちゃんと伝わっているようだ。
居なかった方が買い物がスムーズだったとは言ったらダメなんだろうな。
まあ、今回は日帰りではなく、迷宮都市にしばらく滞在するつもりでみんなで来たから多少時間がかかっても大丈夫だ。
「いえ、店員の皆さんに丁寧に接客していただけたので、なんの問題もありませんでしたよ。マリーさんはまだ王都なんですか?」
「はい、とりあえず奥にご案内しますね」
やはり応接室コースか。まあ、今回の俺の注文も手間がかかりそうなので、応接室の方がゆっくり話せて助かるかな。
「マリーですが、しばらく迷宮都市に戻ってくるのは難しい状況です」
通い慣れた応接室のソファーに座り、出された紅茶を一口飲んでから話が始まる。
「なるほど、王都はまだ荒れているんですか」
「はい、調査が進むたびに貴族様が代替わりされたり降爵されたり、場合によっては家そのものが消滅したりと、かなり大規模に粛清されています。その貴族様方に関係のある商会も当然混乱しますので、大混乱という言葉がピッタリな状況になっています」
ハンマー商会が消滅したことは聞いていたが、そこから更に芋づる式でワチャワチャになっているようだ。
つまり、マリーさん大チャンス。大興奮で駆けずり回っているのだろう。
マリーさんは乱世で輝くタイプの人間だ。というか、平穏でも平穏を乱して商売をしそうなタイプの人間だね。
「フィオリーナさんの方には影響が出ていませんか?」
俺にとって王都よりもそちらの方が重要だ。
「いい意味で影響は出ています」
いい意味で。ちょっと酷いことを言う前に『いい意味で』って言葉を付けるとちょっと柔らかくなる的な意味でないことを願う。
「どんな影響が出ているんですか?」
「職人の引き抜きに成功したので、その職人達をフィオリーナさんの下に送り込んでいます。資材も裕太さんが集めてくださいましたので、かなり順調に進んでいます」
おお、早い。ハンマー商会が消滅して十日も経っていないはずだよな?
「職人は気難しいと聞いていましたが、よくそんなに早く引き抜けましたね」
「前に話したと思いますがハンマー商会は王家に目を付けられました。その商会で働いていた職人を見る世間の目は厳しいのです。そこでポルリウス商会が真っ当な職人だけに声をかける。今回のことで活躍したポルリウス商会が勧誘した人物ということで世間に対する保証になり恩を売った形になります」
そういえばそんなことを言っていたな。
世間の目と恩と仕事で職人をがんじがらめにしたってことだろう。よっぽど偏屈じゃなければ逆らえないな。
「その職人達はフィオリーナさんの言うことを聞きますかね?」
小娘が! とか言って、逆らいそうな気がしないでもない。がんじがらめになっていると言っても、プライドが関わるとなかなか難しい場合がある。
「そういう職人も居たそうですよ?」
「え? 辞めさせちゃったんですか?」
居たそうですって……まさか存在を消したりしていないよね?
「まさかそんな。ただ、ハンマー商会がどのような罪を犯し、国の上層部からどのような目で見られているのか、誠心誠意お話しをしただけです」
もう一度ちゃんと分からせたってことですね。
なんかこれ以上聞くと胃が痛くなりそうだから、フィオリーナさんのところは順調だということで納得しておこう。
商売の話はいつも通り問題なく進んだ。各種薬草は迷宮に潜った後に納品、お酒や本はその時に受取、廃棄予定物資だけ先に貰っていく。
だいたいいつも通りの商談で、追加されたのは木材の確保。倉庫をレンタルしたので、まだまだ確保できるようになったそうだ。
そして、ここからが本題。
「大きなテントとターフですか? しかも、お洒落で頑丈で強い日差しにも風雨にも耐えて張りっぱなしでも大丈夫な品」
「……はい、さすがに難しいですか?」
改めてソニアさんの口から自分の要望を聞くと、凄くワガママなことを言っていたことを自覚する。
「値段は張りますがありますね」
「え? あるんですか?」
「はい。王侯貴族の方々が旅をされるときに使用される品が、裕太さんのお望みの物に近いと思われます。王侯貴族は外での見栄えをとても重視しますから」
なるほど、王侯貴族が使うテントか。機能的には地球の現代のテントには敵わないだろうが、ロマン的にはこちらの方が上な気がする。
「それはすぐに手に入りますか?」
「いえ、基本的にオーダーメイドになりますので、購入には時間と費用が掛かります。ただ、今回、様々なお貴族様が金銭的に窮地に陥っています。その方々が放出した中古品であれば手早く手に入る可能性はありますね」
できるだけ早くほしいと思っていたし、中古品でも物が良ければ気にしないと思っていたのだが、今回ピンチになった貴族様って貴族倶楽部的なアレじゃん。
テントでどんなことしているか分からないから、さすがにその中古品は遠慮したい。
……ん?
「オーダーメイドというのはどの程度までオーダーできるのですか? 例えばテントの素材ですが、俺が迷宮で狩った魔物の素材で作って頂くことも可能だったりします?」
寒い地方でテントを使うならエンペラーバードのモフモフな素材を使ってほしいけど、シルフィのお陰で涼しく過ごせていると言っても楽園は暑いから、それに適したテントが欲しい。
「あー、ちなみにどのような素材をお考えで?」
ソニアさんが額に手を当てつつ、おそるおそる質問してくる。
言いたいことは凄くよく分かる。どうせとんでもない素材を出すつもりなんだろ? 知っているんだからな? って感じだろう。
いつものマリーさんやソニアさんなら、新たな商機に食いつくはずなのだが……今はガチで忙しいのだろう。マリーさんとソニアさんが別れて行動していることからもそれが分かる。
俺だって空気が読める日本人、その空気に合わせて、それなりの素材で場を濁すことも可能だ。
だが、ここはあえてその空気を踏みつぶして話を進めさせてもらう。だって、凄くカッコいいテントが欲しいんだもん。
「あの、ライトドラゴンとダークドラゴンの飛膜でテントって作れます?」
一応、マリーさんとソニアさんにはこの二種類の素材も卸しているから、俺がそれを所持しているのは知っている。
「裕太さん、そこはせめてグリーンドラゴンでしょう。なぜ属性竜の最高位でテントを作ろうと考えるんですか? 職人にどう説明しろと?」
そういう反応になるのは理解しているが、光り輝き汚れを知らぬがごとき純白、どこまでも暗く全てを呑み込むような漆黒、そんな素材でテントを作ったらとても映えると思うんだ。
ぶっちゃけこのままだと魔法の鞄に眠りっぱなしで終わりそうだし、貴重な素材をテントにという意味ではもったいないかもしれないが、俺が自作したウッドデッキを飾り、ベル達やジーナ達が楽しむとなれば、その価値は十分にあると思う。
まあ、世間からすればとんでもないことだろうが、幸いこの世界ではSNSが発達していないので炎上するなんてこともない。
ならば躊躇う理由は、マリーさんとソニアさんの苦労くらいしかない。なら、問題解決だよね。
二人には苦労させられている面も多々あるから、安心してこちらも無茶を言えるという物だ。
「職人さん達への説明はソニアさんにお任せします。ついでと言ってはなんですが、グリーンドラゴンの飛膜のテントも追加でお願いします」
白と黒の対比で考えていたけど、鮮やかな緑が楽園に交ざるのもいいよね。ファイアードラゴンは……これ以上は流石に頼み過ぎか。
時間を置いて完成したテントが良かったら、追加での注文を考えよう。
「本当に作るんですか?」
嘘だと言ってくれってことですね。
「本当に作ります」
力強く断言する。
「…………はぁ、分かりました。とりあえずそれが可能か確認してきます。どのようなテントにするのか絵図面がいくつかあるはずですが、ご覧になられますか?」
お、カタログもあるのか。豪華なテントを作るのは偉い人中心みたいなので、サービスも細やかなんだな。
「お願いします」
「畏まりました。……一緒に行かれます?」
「……遠慮しておきます。絵図面が見たいので、こちらで待たせていただきますね。どのくらいかかりそうですか?」
正直、作業の現場に興味がないわけではないが、現場に行くとソニアさんに丸投げした説明やらなんやらが自分のところに戻ってきそうだ。
あ、断わったらソニアさんがコッソリ舌打ちした。俺、レベルが上がってから耳も良くなったようだから、聞き逃さないよ?
「場所はそれほど遠くないので往復では時間がかかりませんが、職人の反応次第で戻る時間が左右されると思います。一度お帰りになられて、明日、仕切り直しになさいますか?」
明日か。明日はみんなでメルの工房を訪ねる予定なんだよな。
「とりあえず、しばらくここで待っています。長くなりそうでしたら、絵図面だけ先に見せてもらえたら助かります」
どんな形のテントを作るか決めてしまえば、あとはソニアさんと職人さんにお任せして自由に行動できる。
「……分かりました。時間がかかりそうでしたら、店の者を使いに出します」
ソニアさんの目が、お前、本当に来ないの? 待つ間暇だよ? いいの? 後悔しない? 的な目をしているが、俺はそんな目には負けない。
「ありがとうございます。お店の商品を見ながら待っていますね」
俺も結構図太くなったな。
この世界で学んだことは、相手が美女だからと言って流されていると際限がないということだな。
日本でも自分の美貌を上手に活用している人が居たけど、俺がこちらで会った美女は……ね。
読んでいただきありがとうございます。