七百八話 全員集合
ウッドデッキ作成は床の板張りまで工程が順調に進み、釘が足りなくなって思わぬところで躓くことになった。迷宮都市に日帰りで買い物に行くとベティさんに遭遇し、その実験動物のような扱いに同情しご褒美の約束をしてしまう。無事に買い物を終えて楽園に戻ることはできたが……今後が少しだけ心配だ。ダイエット関連、かなり加熱しているかもしれない。
「ゆーたー。おてつだいするー」「キュキュー」「がんばる」「クゥ!」「まかせろ」「……」「あう!」
迷宮都市で買い物を終えた翌日、さあ作業の再開だと気合を入れていると、ついにベル達とサクラがお手伝いを申し出てきた。
ウッドデッキに板張りを始めた頃も、ちょっとお手伝いをしたそうにしていたのだが、俺が慣れていないことや、釘を打つ作業は人型のベル、トゥル、フレアはともかく他の子達には難しいだろうと遠慮してもらっていた。
でも、我慢できなくなってしまったらしい。
道具は沢山あるから参加は大丈夫なのだが……。
「……じゃあお手伝いをお願いしようかな。ベル、トゥル、フレアは釘打ち、レイン、タマモ、ムーン、サクラは並べた板の隙間調整をお願いするよ」
「わかったー」「キュー」「くぎ、うつ」「クゥ」「よゆうだぜ」「……」「あう」
よかった、みんな釘を打ちたいとか言われたら、さすがに困っていたところだ。
それでもまあ不安はあるが、とりあえずやってみるか。
「まず床板を置きます」
ふんふんと頷くベル達やサクラが可愛い。
「次に、この床板を隣の床板と少し離します。幅は今までの床板の隙間を参考にしてね。ここが、レイン、タマモ、ムーン、サクラのお仕事だよ」
レイン、タマモ、ムーン、サクラが前に出てきてフンフンと隙間の確認を始める。とても真剣だ。
「そうしたら、一ヶ所に二本ずつ釘を打っていきます。こんな感じでコンコンってね。ここはベル、トゥル、フレアのお仕事だね。その時、レイン達は床板がズレないように押さえてくれると助かるね」
三人がキラキラした目で俺を見つめる。その目が言っている、とても楽しそうだと。
「じゃあ試してみようか」
ベル達に金槌を渡し、危ないので釘は俺が固定する。……レベルが上がっているからベル達くらいの力なら手に振り下ろされてもそれほど痛くはないと思うが……念のために革手袋を装着して、魔法のペンチで釘を固定することにしよう。
「まずはベルからだね。しっかり狙いを付けて、最初はコンコンって優しく打つんだよ」
「わかったー。こんこん! ……なんで?」
不思議そうな顔をしているけど、ベル、コンコンって口で言えばいい訳じゃないからね。コンコンって感じの音が鳴るくらいの力加減で打つってことなんだよ。
……俺の説明不足か。ベル達はまだまだ幼いのだから、しっかり説明しないとね。
魔法のペンチで釘を固定しておいて良かった。そのままだったら確実に手に直撃だった。
改めて作業工程を丁寧に説明しなおし、再挑戦。
「よーし、こんこん」
ベルが真剣な顔で優しく金槌を振り下ろす。うん、何度か狙いが外れているけど、ちゃんと釘が床板にめり込んだ。
「よし、じゃあ次は力を込めて金槌で釘の頭を打つ」
「うつー」
一撃目はハズレ。でも、ベルは諦めない。次こそはと慎重に狙いをつけ、金槌を振り下ろす。今度は成功。少し釘がめり込む。
「できたー」
何度か空振りしたもののついに釘の頭が床板にめり込む。
「よくできました」
「べる、よくできたー」
褒めると金槌を持ったまま万歳するベル。ちょっと危ないので金槌を受け取ろうと手を伸ばすと、抱っこと勘違いしたのか胸に飛び込んできた。
まあいいかと金槌を受け取り、ナデナデする。
いや、レイン達も並ばなくても……まあ、ナデナデするけどね。
「よし、じゃあ次はトゥルだね」
最後のサクラまでしっかりナデナデをし、作業を再開する。
「さいしょは、こんこん、つぎはつよく」
しっかり作業を見て手順を覚えていたトゥルは、俺の手助けもほとんど必要なく見事に釘を打ち終わる。
やはりトゥルは他の子と比べると精神年齢が高い気がするな。それでも褒めて頭をナデナデすると照れてちょっとだけ自慢気になるところが可愛らしい。
「最後はフレアだね。やり方は覚えた?」
「よゆうだぜ!」
「じゃあやってみよう」
「とりゃ! ち、なかなかてごわいぜ、こんどこそ」
「フレア、ちょっと待とうか」
余裕という言葉はなんだったのか? 最初から敵の頭を潰す勢いで金槌を振り下ろしているじゃん。
「なんだ?」
なんだじゃないよ。もう一度しっかり作業をフレアに教え直す。ただ、フレアは余裕だぜという言葉通り、しっかり作業の工程は覚えていた。
単純に性格の問題だったらしい。
分かってはいても、強気でいってしまうのがフレアの良いところであり悪いところでもあるな。戦いの時とかはとても頼もしいんだけど。
「我慢、最初は我慢だぞフレア」
「おう! がまん、がまん」
俺の言葉を復唱しながら、慎重に金槌を振り下ろすフレア。順調に釘が床板にめり込み自立する。
「フレア、いまだ。慎重に狙いをつけて強くだ!」
「いくぜ!」
言葉通り勢い良く金槌を振り下ろすフレア。その金槌は見事に釘にヒットし、深めに床板にめり込む。
「もういちどだ!」
二度目は外したが、三度目と四度目は見事にヒット。無事に釘の頭が床板にめり込む。
「やったぜ!」
成功を確信したフレアが俺の胸に飛び込んできたので、しっかりナデナデしつつ褒める。大丈夫、もう一度みんなをナデナデすることになることくらい理解している。
ナデナデタイムが終わり、深く考える。これは終わらない。ベル達も作業に慣れるとは思うが、それでもペースは格段に落ちる。
なにより、俺がベル達のことが気になって作業が手につかない。
ウッドデッキを早く完成させたいという気持ちと、ベル達にお手伝いは必要ないと伝える恐怖で俺はジレンマに陥ってしまった。
「ふぅ、裕太は本当にベル達に甘いわね。いいわ、ちょっと待っていなさい」
シルフィには俺の心情が丸分かりだったようで、何か対策をしてくれるようだ。
「裕太ちゃん、どうしたのー」
ディーネが現れた。続いてドリーにノモス、イフ、ヴィータが現れる。まさかの大精霊全員集合。
つまりベル達の面倒を大精霊達が見てくれるってことかな?
ノモスはちょっと嫌そうにしていたが、トゥルが近寄るとその感情を消してぶっきらぼうに迎え入れる。毎回思うがノモスのツンデレに需要はないと思う。
「後はラエティティアが来れば完璧なんだけど……サクラ、ちょっとラエティティアを呼んできなさい」
「あう!」
シルフィに指示されてサクラがラエティティアさんを呼びに精霊樹に向かう。
向こうの都合を考えてよと言いたいが、ラエティティアさん、結構暇なようなので大丈夫だろう。
たぶん、サクラと一緒に楽しそうに作業に加わってくれるだろう。ついでに手形を押してもらうのもアリだな。忘れないようにしよう。
「こうなったらジーナ達を仲間外れにするのも可哀想ね。呼んでおく?」
「……そうだね。お願い」
シルフィの言うとおり、ほぼ全員揃っているのにジーナ達だけが参加していないのは違和感がある。
シルフィに呼ばれてジーナ達が到着。
「悪いけど手伝ってもらうね」
「手伝いはしたかったから構わないけど、師匠、一人で完成させる気じゃなかったのか?」
後半は小声で聞いてくれるジーナ、とても良い子だ。
「ベル達がやる気になっちゃったんだよ」
確かに塗料を塗るのはともかく、最後は俺自身で仕上げてみんなを招待したい気持ちはあったんだけどね。
「ああ、師匠はベル達やサラ達に弱いもんな」
ジーナに対しても弱い自覚があるんだけど、ジーナは自分は別だと考えているようだ。たぶん、自分を大人枠として考えているのだろうが、俺はしっかり子供枠に認定しているよ。
言葉にすると反論されそうだから、言わずに苦笑いで済ませる。
「あう!」
「あらあら、裕太様、何やら賑やかですね」
サクラが見事にラエティティアさんを連れて戻ってきた。
「こんにちはラエティティアさん、予定の方は大丈夫でしたか?」
「うふふ、私は暇でしたけど、せっかく来たサクラちゃんが直ぐ帰るのをエルフ達が非常に残念がっていましたね」
まあ、サクラはお年寄りのエルフ達からすると、孫レベルのアイドルだからな。顔だけ出してすぐに帰ってしまったら悲しいだろう。
でも、あまり気にすることはない。一応注意はしたが、それでもサクラに甘いのは間違いないから、ある程度距離をとった対応が正解だ。
「それで、今日はサクラの大工仕事の補助をお願いしたいのですが、大丈夫ですか?」
精霊樹の思念体にとんでもないお願いをしている気がするが、そういうことは深く考えたら駄目だ。大精霊に大工仕事の補助をお願いしているのだから今更だ。
「あら、楽しそうですしお手伝いするのは構いませんが、私もやったことがありませんよ?」
精霊樹の思念体が大工仕事の経験者だったら、そっちの方が驚く気がする。
「やり方は教えますし、それほど難しいことではありませんから大丈夫だと思います」
「それならお手伝いさせていただきますね」
「お願いします」
全メンバーがそろったので、改めて作業工程を説明する。といっても単に床板を良い感じに張る作業だから、みんなすぐに慣れるだろう。
……凄く早いです。
なんというか、マルコとキッカ、シルフィとベル、ディーネとレイン、ドリーとタマモ、ヴィータとムーン、ラエティティアさんとサクラ、この組み合わせはのんびりと作業をしながら会話を楽しむ雰囲気で、予想通りだった。
ノモスとトゥルが手際よく作業を進めていくのもまあ、予想通りだった。
予想外だったのは残りのメンバー。
まず、イフとフレア組。この組は思いっきりが良く、二人でオラオラな感じでドンドン作業を進めていく。無駄な行動が多いのに何故か作業が早いという謎も生み出している。
そしてジーナとサラ。
ジーナはともかく貴族令嬢だったサラには難しいかもなんて思っていたのだが、二人とも要領がいいからか、自分の契約精霊と協力しながらドンドン作業を進めていく。
手際が良いチームが四組もあると作業の進みが段違いに早く、のんびり組も手際が悪く遅いが、それでも作業は進むので床板がドンドン張られていく。
俺も頑張らないと、自信をもってこのウッドデッキは俺が作ったと言えなくなりそうだ。急ごう。
読んでいただきありがとうございます。