七百一話 感情の振れ幅
お城にミゲルさん達を連行し、ようやくミゲルさんを追い詰めたと思ったら、事態が大きく動き俺の手から離れてしまった。ただ、なんとかフィオリーナさんの安全は確保できそうで目的は達することはできた。これで話が終わったと思ったら、なぜかマリーさんが王様と交渉を開始。ようやくゲストハウスに戻ったと思ったら、夜にはハンマー商会に強制捜査、一日が目まぐるし過ぎる。
「それで、縄張りを奪うってどうするつもりなんですか?」
それほど熱心にマリーさんに協力するつもりはないが、マリーさんが力を持てば俺も動きやすくなるし、建築に関しても順調に進みそうなので多少の協力は厭わないつもりだ。
ただ、マリーさんのお父さんであるポルリウス商会の会長の影がチラつくのが少し気になる。
そちらにも釘をさせればいいのだが、年季が入った古だぬきのような人物みたいなので、釘を刺すのも大変そうだ。
「はい、ここまで迅速に事が動くのは予想外でしたが、お城に渡した資料で私どもが目星をつけていた人材はそれなりに早く解放されるはずです」
あ、それを踏まえてお城に資料を渡したんだな。
ハンマー商会の方は本命ではない的な話を聞いていたが、それでもしっかり準備はしていたのか。結果を出す人って言うのは、こういう下準備を怠らない人なんだろう。
「優秀な職人だったとしても、一時とはいえお城に睨まれた人間は怖くてスカウトできません。事情を知っている私達以外はですけど」
マリーさん達はバッチリ情報を握っているから、スカウトし放題ってことですね。
「箱も道具も私達が用意でき、それに人材が加わります。あと足りないのはなんですか?」
唐突にクイズが始まった。正解しないといけないのか?
「信用ですかね」
商売で一番大事と言われることもあるのが信用だ。個人的には資金と技術もそれに並ぶくらい重要だと思うけどね。
「信用は一朝一夕になんとかなる物ではありません」
ちょっと残念な目で見られた。それくらい分かるでしょ? とでも言いたげだ。
「えーっと、資材はポルリウス商会でなんとかなるはずだから……顧客の情報ですかね?」
「そう、資材です」
酷い侮辱を受けた気がする。
「あの、資材はポルリウス商会でも集められると言っていませんでしたか? そもそも、ハンマー商会が資材を確保していたところが浮くことになるのでは?」
「ポルリウス商会が用意できるのは、裕太さんの建物に使用するくらいが精いっぱいですよ。それでは王都の仕事に食い込めません」
俺が依頼した建物の資材でも相当な量になるはずだけど、王都全体で見ると小さな仕事でしかないってことか。
「それに、ハンマー商会が潰れて浮く資材は、王都の他の商会が独占してしまうでしょう。ハンマー商会が潰れたとしても浮いた資材には罪がありませんからね」
なるほど、真っ当な商いの範囲での資材の購入で犯罪者にされたら、国のシステムが疑われるかもな。
「だいたい、あいつら心が狭いんですよ。王都に他商会が入り込もうとすると、普段は仲が悪い癖に結束して邪魔してくるんです。ポルリウス商会も裏から色々と足を引っ張られているんです」
急に話が愚痴に変わった。
裏から邪魔されているのか。ポルリウス商会は色々と利権を持っているから、表立って敵対するのを避けているのだろう。俺が卸す薬草関連が手に入らなくなったら、それなりにダメージになりそうだし。
でも、俺が王都の商会の立場でも裏から邪魔をすると思う。
だってポルリウス商会というか、マリーさんのイメージがイナゴなんだもん。迂闊に迎え入れると、根こそぎ食い荒らされそうだ。
「マリー、話がズレていますよ」
マリーさんの話が逸れ始めたところでソニアさんが軌道修正する。良いコンビだな。
「そうでした。そこで、資材の確保が重要になるんです。資材が無ければ建物を建てられませんからね。石や金属関連はポルリウス商会でもなんとかできますが、木材が厳しいのです。食器に使う業者程度しか繋がりがありませんからね」
職人はまだ確保できていないはずなんだけど、確保する自信があるんだな。お金と道具をポルリウス商会が用意できるのであれば、細かい部分を除けば資材、特に木材が重要になるのは理解した。
だが、それをなんで俺に相談するのかが分からない。迷宮都市の冒険者ギルドを茨で埋め尽くしたことを知っているから、木材を成長させてほしいとかかな?
ドリーに頼めばなんとでもなりそうだが、それはあんまり気が乗らないな。
「その資材を俺に用意しろと?」
「そのとおりです! 裕太さんであれば迷宮で木材を確保できますよね? 迷宮の木材は質が高いのです。それが五十層以上の物であればブランドを確立できる可能性があります。あっ、エルフの国の木材でも大歓迎ですよ」
なるほど、そっちが目的か。
エルフの国から木材を仕入れるのは気まずいから駄目だな。
そうなると迷宮なんだけど……木材を乱獲したら迷宮のコアが泣くかな?
まあ、事前にコアに話を付けて、マリーさんに廃棄予定の物を沢山用意してもらえば大丈夫か。
開拓ツールも久しぶりに活用できそうだし、その程度の協力なら構わないな。
「迷宮での木材集めなら可能ですが、乾燥やらなんやらは無理ですよ?」
シルフィに切り分けてもらって、ディーネとイフに水分やら邪魔な成分やらをなんとかしてもらえばどうにでもなるが、マリーさんの為に大精霊を利用するのはちょっと違うと思う。
まあ、それを言ったらシルフィは基本的になんにでも利用する形になってしまっているが……こればっかりはね、シルフィが居ないと俺はこの世界で生きていける気がしないよ。
「物があればなんとでもなります。多少コストを掛ければ木材を使用できる状態にできますし、裕太さんが用意してくださる木材の質が高ければ、未乾燥の状態でも欲しがる業者も居ますので、交換することも可能です」
マリーさん、イキイキしているな。俺が承諾しようとしているのも分かっているのだろう。
それはそれでちょっとモヤっとするが、だからといって悪あがきをするのも見苦しい。ここは素直に受け入れることにしよう。
「分かりました。ただ、木の種類は分かりませんから、建築に向いた木材は教えてください」
「ありがとうございます」
マリーさん、今日一の笑顔だな。こうしてみると本当に美人なんだよな。あとは性格さえ……。
「でも、迷宮も王都も石の建物がほとんどですよね? そんなに木材が必要なんですか?」
素朴な疑問だが、使いどころが少ない気がする。
「そうですね、王都の屋敷等は受け継がれるものですから、石造りの物が多いです。木材を使用するのは基本的に別荘などの別邸ですね。ですが、その別邸は貴族様が自分の好みで造れること、そして見栄の為にかなり力を入れて作られます。あとは分かりますよね?」
分かりました。王都の石造りの家は伝統で、別荘の木造は趣味ということですね。趣味に貴族の見栄が乗っかってしまったら、そりゃあウハウハですね。理解しました。
まあ、そんな伝統のガッリ侯爵家を灰にどころか、灰すら残らず消滅させちゃったけどね。
納得したところで、詳細な打ち合わせをしてマリーさんとソニアさんが部屋から出て行く。
とりあえずこの後、ソニアさんが迷宮都市に戻り、俺達が王都観光をしている間に諸々の手配を済ませてくれることになった。
マリーさんはこのまま王都でハンマー商会の縄張りをくらいつくすらしい。
「師匠、迷宮都市に戻って迷宮に入るのか?」
離れたところで話を聞いていたジーナが、ちょっと期待した顔で聞いてきた。
「その予定だけど、ジーナは迷宮に入りたいの?」
「うん、そろそろ家の食堂に肉を卸したいなって、ついでに香辛料もな」
そういえば精霊の村の開発でジーナ達はしばらく迷宮都市に戻ってなかったな。
実家を離れてもちゃんと実家を気にかけているジーナは良い子だ。俺が大学生の頃なんて、自分のことに精いっぱいだったよ。
まあ、そんな優しいジーナも、実家に戻って数日すると実家から逃げたくなるみたいだけど。あの家、父親と兄の過保護が過ぎるから……。
「そういうことなら俺が迷宮に潜っている間、みんなも迷宮に潜るといいよ」
俺の言葉にサラとマルコとキッカもちょっと嬉しそうだ。この子達も結構冒険が好きだよね。
ある程度自由行動を許しているけど、今回はちょっと離れる時間が長いからディーネかドリーに護衛についてもらおう。別に大丈夫だと思いはするが、なんか心配になってしまった。
「裕太ちゃん、お酒だしてー」
「おう、まだまだ呑み足りないぜ」
こちらの話が終わったタイミングを見計らいディーネとイフがお酒を要求してきた。まだ呑むのか。今日は朝までコースだな。でも、ちゃんとタイミングを見計らってくれるのは助かる。
***
「うわー、とってもきれいだなー」
なんか平坦な声が出てしまった。
色々あって翌日、予定通り王都の観光に出た。エリックさんが案内を買って出てくれたが、凄く誤解が広まりそうなので遠慮してもらい徒歩で出発した。
ベル達が興味津々な様子の屋台を巡り、ついにガッリ侯爵邸跡地に。中に入ると平坦な声が出てしまった。
ちなみに屋台に関してはかなり発展していた。
迷宮都市の料理法や調味料が伝わってきたらしく、カレー粉やトマトペースト、各種香辛料などが屋台でも生かされ、屋台に拘りがあるベル達も大満足な様子だった。
それはそれで楽しかったのだけど、ガッリ侯爵邸跡地がまさかこんなことになっているとは。
王様から貰った身分証でジーナ達を連れて貴族街に入り、シルフィの案内でガッリ侯爵邸跡地に向かう。
見えてきたのは異様な光景。
ぶっちゃけて言うと隔離されていた。核でも扱っているのかと誤解しそうな警戒網。トゲトゲの番線が巻いてある感じだ。
門のところには兵士まで立っている。
普通に入るのは無理そうなので、王様の短剣を見せて中に入れてもらった。
その時に聞いたのだが、どうやらガッリ侯爵邸、呪いの地のような扱いになっているらしい。
貴族にとって家の継続は重大事項。
それが代々の館が消滅し、ガッリ侯爵は親族もろともに王城に囚われ、その後に始まる王主導の貴族の引き締め、身に覚えがある貴族にとって恐怖の日々の始まりがガッリ侯爵邸の消滅だったのだそうだ。
それにより、侯爵邸は隔離され、貴族によっては視界に入れることさえ嫌悪する場所になった……らしい。
そんな話を聞いて中に入ると、綺麗に円形に切り取られた巨大な池というか湖?
それは高熱によりガラス化し、中にたっぷりの綺麗な水を貯え反射でキラキラと光を放っている。
その周囲に様々な花が咲き誇り、まさしく百花繚乱という幻想的な風景。
もう感情の振れ幅が大きすぎて声も平坦になっちゃうよね。
ベル達やジーナ達は大喜びだけど……なるほど、この素晴らしい光景が呪いに見えるほど、一部貴族の性根は腐っているんだな。
勉強になった。
読んでいただきありがとうございます。