六百九十九話 まさかの関係
ハンマー商会の営業監督ミゲルさんを仲間毎捕獲し王城に連行した。ちょっとごたついたが無事に仲間達とミゲルさん、フィオリーナさんの護衛の女性冒険者を連れて王様のところにたどり着く。そこから始まる王様同伴での豪華な尋問、ミゲルさんは徐々に追い込まれていく。ちょっとだけ楽しい。
「…………あの方ですか? 記憶にございませんが?」
ミゲルさんが言葉に詰まった後に、記憶にございませんという定番の言葉を返してきた。
「そうですか? あなたが色々と言っていた言葉をしっかり覚えていますし、王様にも伝えています。ハンマー商会に関係が深い貴族様なら簡単に分かると思うので、諦めて素直に話したらどうですか?」
「素直にとおっしゃられましても、たしかにハンマー商会は大商会ですので貴族の方々とお付き合いがありますが、しょせんは商人でしかありませんので貴族の皆様と深い関係などとてもとても。あと、失礼ながら貴方様はどのようなお立場なのでしょう? 不幸な誤解が生じてしまっているようですので、明確なお立場を教えていただけましたら助かります」
あれ? なんか調子を建て直された? もしかして貴族に関してツッコむのは悪手だったのだろうか? あと、俺の立場って?
「…………王様、私はどのような立場になるのでしょうか?」
「裕太殿は余が信頼し短剣を預けた冒険者ということになる」
王様の言葉にミゲルさんの雰囲気が緩む。どうやら王様の保証した俺の立場ではミゲルさんを追い詰めることができないようだ。
どういう計算か分からないが、それだけハンマー商会と繋がりがある貴族が力をもっているのだろう。
王様の御前を退散できれば後でどうにでもなるってところかな?
「で、あるが、余は全ての貴族に裕太殿に手出しを禁ずると勅命を発しておる。商会を使い裕太殿に害をなしたとなれば、その貴族にも当然責を問うことになるだろう」
ミゲルさんの顔色が変わる。王様がしっかり上げて落としてくれた。
「あの、裕太殿というのは、以前、ガッリ侯爵様の時に噂になった?」
「どのような噂か知らぬが、敬意を払うべき人物だという認識は持っているな」
ミゲルさんの言葉には先ほどの偉そうな人が言葉を返す。やはり誰が言葉を発するかに明確な区別があるようだ。
なんかミゲルさんが絶望した顔をしている。
冒険者だと思ってなめてかかったら、相手が特大の地雷だったのだから仕方がないか。
この辺は俺の情報を秘匿しまくって、名前バレはともかく顔バレを防いだマリーさんの勝利だな。
まあ、俺の情報が拡散していたらこんな面倒に巻き込まれていない気もするが、王都で名も顔も売れてしまうと動きづらいし変な輩が寄ってきそうでもあるから痛しかゆしと言ったところか。
若返り草が本気で劇薬だったな。
おっと、そんなことはどうでもいい。なんとしても俺の手でミゲルさんを追い詰めたい。
ミゲルさんの仲間を尋問すればどうにでもできそうだが、それだと頭脳だけが大人な名探偵さんに代理にされる人みたいになるからちょっと情けないよね。
決着の一手をぶちかますには……思いつかない。
そんなに簡単に思いつくなら王様を巻き込んだりせずに自分でケリをつけているという話だ。
なんかないかなー。
「裕太、困っているの?」
どうしたものかと悩んでいると、のんびり現場を見守っていたヴィータが話しかけてきた。ヴィータがこういう時に会話に交ざってくるのは珍しいな。
驚きつつも困っていると僅かに頷く。
「そうなんだね。参考になるか分からないけど、ガッリ侯爵の名前が出た時、あの男性が酷く緊張して心拍数がかなり上がっていたよ。何か関係があるかもしれないね」
おお、命の精霊ともなるとそんなことまで分かるのか。ムーンはちょっとした怪我とか肌荒れとかも直ぐに気がついて治してくれるけど、そんな感じで把握しているのかもしれないな。
じゃあ偶にピトって俺に引っ付いてプルプルしている時は、健康診断みたいなことをしてくれているのかな?
というか、それってウソ発見器なんじゃ……まあ、俺は精霊に対しては誠実に向き合っている自負があるし、これからもそうしていくつもりだから構わないが、地味に怖い能力だな。
……まてよ?
ベリルでの大人な時間はヴィータにバレてしまっているから、まあ、かまわないとして、表面上はブツブツ言いながらもディーネに抱きしめられたらドキドキしまくっていることもバレているってこと?
……死ぬほど恥ずかしい。
どこかに穴でもと現実逃避しながら周囲を見渡すと、王様達の姿が目に入る。そうだった、今、意外とシリアスな場面だった。
とりあえず、黒歴史候補のことは封印して気持ちを切り替えよう。
目線でヴィータに感謝を告げて、ミゲルさんの方に向き直る。
「そういえばミゲルさん、先程ガッリ侯爵様の名を告げる時、酷く緊張した様子でしたが、何か関係があったのですか?」
「は? 突然何を?」
「ですから、ガッリ侯爵様と深い繋がりがあったのですか? と聞いています」
「そのようなことはございません。我々も商会ですので、まったくの無関係ということではありませんが、深い繋がりと言えるほどではございません」
「ウソは言っていないね」
チラッとヴィータを見ると、ミゲルさんの反応を教えてくれる。ガッリ侯爵の名前に緊張して、それでいて深い繋がりがないということに嘘はない。
なんだそれ? ……ああ、そうか、そういう可能性もあるか。
「では、ガッリ侯爵様と深い繋がりがある貴族様と、ハンマー商会は深い関係にあるということですか?」
直接的な関りでなければ間接的な関りの可能性がある。
「そのようなことは、ございません」
「心音が少し乱れたけど、まるっきりでたらめということでもないようだよ」
ヴィータが教えてくれるが、怪しい程度で嘘ではないということ? ウソ発見器が味方に付いているのに混乱してきた。
「あ、では、ガッリ子爵様と深い繋がりがあった貴族様がハンマー商会の後ろ盾なんですね」
ピンときた。
メイドさんにたっぷりご奉仕させていたウラヤマけしからんガッリ子爵。フィオリーナさんにご執心のエロ貴族ととっても仲良くなれそうな組み合わせだ。
ミゲルさんは冷静を装おうとしているようだが、ぎこちなさが表情に現れた。
こいつ、フィオリーナさんのことからも推測できるが、営業監督と言いながら貴族の女性関係の悪事に関わっていたんだな。
「あぁ、思い出しました。貴族倶楽部なんて下種な集まりがありましたね」
おお、モロに動揺した。
もしかしてまだ貴族倶楽部的な集まりが残っていて、こいつ、女性を用意する係だったりする?
その動揺をこの場に居る百戦錬磨の人達が見逃すはずもない。
「そういえば城に届けられたガッリ侯爵家の悪事の証拠、それを精査した時にガッリ子爵の友好関係でもいくつか処罰したな。だが、息子の方は小悪党であったゆえにガッリ侯爵の方に力を入れたのであったか?」
シルフィが届けたというか投げ入れたやつだね。ちゃんと有効活用されていたらしい。
「さようでございます。ガッリ侯爵関連の悪事は今も調査されており、ガッリ子爵の調査にはまだ時間がかかるでしょう」
王様の傍に控えていた魔術師っぽいお爺さんが会話に入ってくる。この人はいつも王様と一緒に居る気がする。もしかしたら相談役のような役割なのかも。
それにしても、まだ調査していたのか。
いや、普通だな。日本でも問題が起こったら第三者委員会だなんだと調査に時間がかかる。
王政なこの国なら王様の命令でなんとでもなりそうだが、それでも貴族を取り調べるとなるとそう簡単にはいかないだろう。
「調査は慎重を期さねばならぬが、貴族倶楽部などという恥知らずな集まりが形を変えつつも残っているのであれば話は別だ。早急に調査せねばならぬ。真っ先に潰したはずであったが、迂闊であった」
貴族倶楽部に関してはガッリ侯爵達が知らずにとはいえ王都全域に暴露したから、王様達も真っ先に潰していたのか。
そうだよね、国として恥でしかない行為だ。ただ、そういう欲望関係は根が深い、罪を逃れた人間が形を変え継続したのだろう。
「裕太殿、悪いが状況が変わった。これは国が対処するべき問題だ」
王様が真剣な顔で話しかけてくる。
うん、それは俺にも理解できる。今までは俺が王様を巻き込んだ形だったけど、結果、国の恥部が浮かび上がってしまった。それを俺に任せるのは筋が違う。
「分かりました。しかし、こちらの問題も解決したわけではありません。私が依頼している建築家に何かがあるのは困るのですが?」
「心配は無用だ。そこの男も、呼び出している商会の長も、全てが誤解であり清廉潔白の身の上だった、という結果でもなければ二度と日の目を見ることもあるまい。ハンマー商会は消滅する」
ミゲルさんが表情を取り繕うことも止めてガクガクと震え出す。清廉潔白な身の上ではないのだろう。ハンマー商会の偉い人も、会う前に地獄が決定してしまったようだ。
同時に俺も冷や汗を掻いている。たしかに王様を巻き込んでハンマー商会を潰せたらいいなと考えていたが、王様の覚悟の決まった顔を見るに、一切合切消滅させてもおかしくないように思える。
「あの、ハンマー商会にも罪のない人はいるかと思います。その辺りは考慮してあげてくださいね」
俺のせいで罪のない人まで消滅させられたら、さすがに寝覚めが悪い。
「……うむ、確かにそうだな。どうやら怒りで頭が茹っていたようだ。だがそうなると時間がかかるな」
無念そうにうめく王様。貴族倶楽部は王様にとって許せる存在ではないようだ。そういう人が国のトップなのは安心材料ではある。怒りでハンマー商会を消滅させようとしていたけど……。
「発言させていただいてもよろしいですか?」
このタイミングでマリーさんが会話に割り込んでくる。なぜだ? というか良くこの状況で話に割り込めるよね。
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