六百九十六話 ハンマー商会
ついに建築家さんとご対面。ものすごく美人でどこがとは言わないがディーネ並みで、凄く魅力的な人だったのだが警戒心がハリネズミのごとく高く、和解には時間がかかりそうな感じだ。精霊術師講習に来てくれたお爺さんとは友好的に接触できたので少し残念だ。まあ、あとで警戒される原因が自業自得だと分かったのだけど……それよりも今は村の外で待ち構えている人達の対処が先だな。
早急に対処が必要なのは自分の評判ではなく、村の外で待ち構えているという人間なので、目線でシルフィに続きを促す。
「数は十一人、素人は五人で残りは冒険者のようね。いきなり襲い掛かってくる様子はないけど、少し気が立っているわね」
建築会社の人間が護衛の冒険者を雇って来た感じかな? 絡まれるのは確定のようだけど、どう対処するべきか……ここで一度馬車を止めても良いけど説明が面倒だ。
シルフィが守ってくれるのは確実だから、このまま外に出て話を進めるか。
「お嬢さん、外でお嬢さん達を待っている奴等が居るぜ。見たことある奴等も居るから賊じゃないと思うが、なんか今日は村に入ってこないんだよな。あんたらの関係者か?」
さすがに門番さんは状況を把握していたらしい。
「どんな人達でしたか?」
「偶に来て建築家の美人さんにちょっかいをかける偉そうな奴等だな」
「あの人達ですか。おかしいですね、父が対処すると言っていたはずなのですが……」
「ええ、会長は貸しが作れると喜んでいました」
マリーさんとソニアさんも建築会社の人達に思い至ったようだ。でも、自分の父親との連携には不備があるようだけどね。
シルフィ曰く、俺を監視していた建築会社の人間にも監視を付けていたようだから、今回程度では問題ないとポルリウス商会の会長は考えているのだろう。
ただ、だからといって状況に流されるのも面白くないな。
普段なら状況に流されようが自分が楽な方を選択するのだが、状況に流されているとグイグイくるのがマリーさんで、今回背後で糸を引いているのがその父親の様子。
まったり流されていると、面倒な事に巻き込まれそうな気がするから自分から動くべきだろう。
「裕太さん、話を聞いてきますので、少々お待ちいただいても?」
おっと、マリーさんとソニアさんは自分達で対処するつもりなようだ。
二人が危険かもしれない相手に会いに行くのに、俺が馬車でのんびりしている姿を弟子達に見せたくはないし、なにより、このパターンは会長の掌な気がする。
マリーさんと関りがある俺の行動パターンくらい解析・把握しているだろう。今後、迂闊に俺を利用させないために、初期対応で想定外を狙う。
なんか敵が建築会社ではなく、マリーさんのお父さんになっている気がしないでもない。
「フィオリーナさん関係なら俺にも関りがありますから、俺も行きますよ」
「え? いえ、裕太さんが出てしまうと話が大きくなってしまう可能性が……」
マリーさんに失礼なことを言われたが、否定はできない。冒険者ギルドの相手とか、世間からすればもう少しうまくやれるはずだと考えるだろう。
俺はギルマスを放逐できて満足なんだけどね。まあ、その時の話がフィオリーナさんに伝わって警戒されているっぽいけど……。
でも、マリー父の想定では引っ込み思案な俺はマリーさんに話を任せると考えているはず。だから、ここで一歩前に出る。
話が大きくなるか小さくなるかは分からない。あとは出たとこ勝負だ。
「えーっと、先に謝っておきますね。ごめんなさい」
「え? なんで謝るんですか? 謝るくらいなら馬車で大人しくしていてくださいよ。ほら、ジーナさん達も静観していないで止めてください」
ごもっともなご意見だが、男にはやらねばならない時があるのです。あと、ジーナ達を巻き込まないで。俺はベル達とジーナ達のお願いを断われる気がしない。
「師匠にも考えがあるんだろ」
「そうですね、お師匠様は考え無しに動かれる方ではありません」
「ししょうならだいじょうぶだ」
「……キッカもそうだとおもう」
弟子達の信頼が嬉しい。実際には考え無しに行動しまくっているのだけど、弟子達の前では全力で見栄を張ってきたからな。その成果が信頼に結びついているのだろう。
マリーさん、ソニアさん、その疑いの目はなんですか? 別に洗脳なんてしていませんよ?
「……とりあえず行きましょうか。大人の話になりそうだから、ジーナ達はここで待っていてね」
言うだけ言ってスルリと馬車から脱出すると、慌ててマリーさんとソニアさんも降りてきた。
凄く文句を言いたそうな顔をしているので、急いで村の外に歩を進める。
あ、ベル達が付いてきちゃった。シルフィ、悪いけどベル達にはお留守番してもらって。
さすがシルフィ、俺の言いたいことを伝えてくれる。ベル達は馬車の護衛を任されて大張り切りだ。
「あ、裕太さん、待ってください」
背後で何やら声が聞こえるが、聞こえないふりをする。
あいつらか。別に犯罪者という訳ではないはずだが、たむろしている様子を見るととてもガラが悪い。
そのガラの悪い人達が俺達の姿を見ると、半円状に包囲するように迫ってきた。全包囲する様子がないのは、村からの視線を気にしているからかな?
「私に御用ですか?」
マリーさんが小走りに前に出て、相手に声をかけた。
俺が無視していたから相手に話しかけることで主導権を奪いに行ったようだ。これは予想外、完全に出鼻を挫かれてしまった。
ついでにソニアさんがスルリと俺の前に陣取る。その背中から、大人しくしていろという意志をひしひしと感じるな。
「ポルリウス商会のお嬢様ですね。いえ、私が用があるのはそちらの男性にです」
マリーさんが話しかけた男が、ガラが悪いのに丁寧な言葉で返事をしてくる。
日本でもヤのつく職業の方は、意外と丁寧な方が多いと聞いたことがある。たぶんあいつ、危ない奴だな。
でも、俺に用事ということなので、主導権が俺に戻ってきた。
「こちらの方は私のお客様です。話があるのであれば私を通してください」
あ、戻ってきていた主導権がインターセプトされた。だが、そんな緩い守備では俺の攻撃は防げないぞ。
「いえ、話があるというのなら伺いますよ。それで、何用ですか?」
そう、俺が前に出れば直ぐにパスは通るのだよ。ちょっとソニアさんにガードされかけたけど、レベルが違うのだよレベルが。
「お初にお目にかかります。私は王都のハンマー商会で営業監督をしておりますミゲルと申します。本日はあなたに良いお話をお持ちしました」
良い話が良い話だったことがないって言葉を聞いたことがあるな。
「どのようなお話でしょう?」
「はい、なにやら大きな建築を計画中と耳にしました。我々ハンマー商会は王都でも実績がある商会で、お客様にご満足いただける品質をお約束できます。どうでしょう、我々にお仕事をお任せいただけませんか?」
「……マリーさん、ハンマー商会さんは俺が依頼したコンペに参加されていましたか?」
「いえ、設計図を求めていることは伝えましたが、参加は見送られたようです」
「ありがたいお申し出ですが、お聞きの通り私はコンペを開催し、その中で一番気に入った建築家さんにお仕事をお願いしました。情報を伝えた上でコンペに参加されなかった商会にお任せするのは筋が違いますので、今回の申し出はお断りさせていただきますね」
俺の言葉に営業監督のミゲルさんの表情は変わらなかったが、周囲の部下らしき人達が凄く面倒臭そうな顔をした。
大人しく言うことを聞いておけよとでも言いたげだ。
「おいおい、資材の状況を見るに大仕事だって言うのは分かっているんだ。女なんかに任せてないで実績がある俺達に仕事を任せろよ。それともあれか? あの女に誘惑でもされたか?」
不満気な表情をしていた部下が、普通に絡んできた。そしてそれを止めないミゲルさん。
誘惑はされてないけど、俺が勝手に誘惑されているな。警戒されまくっているけど。
「失礼な! この方は女性に誘惑なんてされません!」
……マリーさん、それって俺を信頼しての言葉? なんか別の意味が入ってない?
「まあ、フィオリーナさんが魅力的な女性なのは否定できませんが、今日が初対面で彼女のデザインが気に入ったからこその選択ですよ」
「ならそのデザインに似たものをこちらで用意しましょう。お分かりではないようですが、王都は複雑な権力構造をしています。大きな仕事はそれに見合った商会に任せる。それがあなたの身の安全に繋がるんですよ」
堂々とパクリを宣言するミゲルさん。この世界の社会制度ならお金や権力があれば盗作ももみ消せるのだろう。
「それは脅しですか?」
「脅しなどとんでもない。私は厳然たる事実をのべただけですよ。私はあなたをとても心配しているのです。悲しい目に遭わなければいいと……」
部下達がニヤニヤしているし、確実に脅しだよね。
「はぁ、俺はあなた方の言葉を脅しと受け取っています。ちなみに、あなた方は俺のことをどれくらい知っていますか?」
「残念なことにそれほど情報は得られておりません。そちらのお嬢さんの商会が囲い込んでいるようですね。よほど優秀な冒険者なのでしょう」
いや、マリーさんの商会が囲い込んでいるのならもっと警戒しろよ。若返り草とかを卸しているのはポルリウス商会なんだぞ。
「しかし所詮は個人でしかない。あなたは我々よりも強いのかもしれません。ですが、我々に手を出すということは王都で力を持つ大商会を敵に回し、その後ろ盾である貴族を敵に回す。つまり国があなたの敵になるということです。その覚悟がおありですか?」
なるほど、組織の力を信奉するタイプの人間か。
俺もそれは間違っていないと思う。結局は軍事力とお金で、それを持つ物が権力を握る。
個人が国を相手になんかできない……大精霊なんてチートな存在でもなければ。
「そうですね、覚悟はありますから、俺はあなた達ハンマー商会を敵と認識することにします」
今の返答、凄く気持ちよかった。まあ、シルフィ達の力を知っていることと、俺の力の一端を知っている国が一商会の為に俺を敵に回すことはないという予想の上の返事だけどね。
「は?」
ミゲルさんの何を言われたのか呑み込めていない表情がとても面白い。さて、宣戦布告は済んだ。これからどう動こうかな?
9/10日本日、コミックブースト様にてコミックス版『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の第68話が公開されました。今回はノモスとの契約、お楽しみいただけましたら幸いです。
読んでいただきありがとうございます。




