六百九十二話 久しぶりの王都
楽園、道と水路をレンガ敷きにしよう計画が、艱難辛苦の果てになんとか完成した。まあ、艱難辛苦は言い過ぎだけど、完成した時に涙ぐむくらいには苦労した。その甲斐あって完成した通路も水路も素晴らしく美しい出来で、楽園は田舎の村からお洒落な田舎の村にランクアップした。死の大地の村を田舎といっていいのかは疑問だが、それは考えないこととする。
「当商会に何か御用でしょうか?」
ボケっと商会の前で立っていたら、イケメンな店員さんから声をかけられた。商会の規模に戸惑っている田舎者に声をかけてくれる優しい店員……ではないな、笑顔だけど警戒した目をしている。
悪事の臭いが……とか呟いちゃったからかな?
「私は裕太と申します。マリーさんに会いに来たのですが、いらっしゃいますか?」
居るのは分かっているんだけどね。
「裕太様でしたか。お初にお目にかかります。私はエリックと申します。裕太様にお世話になっているマリーの兄、いえ、違いますね、裕太様にお世話になっているポルリウス商会の者でございます。ささ、どうぞお入りください」
マリーさんがお世話にではなく、ポルリウス商会全体でお世話になっているってことかな?
でも、エリックってなんか聞いたことがある名前だな。マリーさんのお兄さんみたいだし、マリーさんとの会話で出てきたのかな?
ん? なんかシルフィが笑いをこらえているように見える。どうしたのかシルフィに視線で尋ねる。
それにしてもシルフィって無表情なのに感情表現が豊かだよね。まあ、俺がシルフィの表情に慣れただけかもしれないが。
「ふふ、エリックってマリーとソニアが生贄として裕太に差し出そうとしていた人間よ」
……ああ、そういえばそんな出来事があったな。マリーさんの昭和なうっふんアピールに反応しなかっただけで、そっち方面の性癖だと勘違いされたんだっけ。
イケメンで大商会の跡取りで勝ち組なのに、なんかマリーさんのお兄さんってだけで運が悪そうに思える。
変な同情をしながらエリックさんに連れられて商会の中に入る。
「マリーを呼んでまいりますので、こちらで少々お待ちください」
案内されたのは見るからにゴージャスな応接室。マリーさんの雑貨屋の応接室も整ってはいたが、その二段くらい上の品質に思える。
改めて思う。どんだけ儲けているの?
やっぱり悪いことをしている?
「師匠、あたし達も座っていいのか? というか話し合いに同席しても構わないのか?」
ジーナが不安気に質問してくる。その気持ち、とてもよく分かる。アレだよね、高級な家具だと使用することすら躊躇うよね。サラは平気そうだけど、マルコとキッカも不安気な様子だ。
もう少し高級な場所にも連れていくべきか? でも、俺も高級な場所を楽しめるほど場慣れしていないんだよな。
特にこの世界は機械化されていないから、すべてが手作りの職人仕事だと思うと普通に怖い。
ん? 同席? ……そういえばマリーさんのところに行く時は基本別行動だったな。同行している時も俺が話している間は店内を見て回って話し合いには同席していなかった。
「んー。村の建物のことだから同席しても全然構わないけど、嫌なら店内を見せてもらう? 外に出るのは駄目だけどね」
都会は危険がいっぱいなんだよ。
「あたしは見て回る方が良いな。サラ達はどうだ?」
「私はどちらでも構いません。マルコ達が選ぶ方についていきます」
ジーナはショッピングに一票で、サラはマルコとキッカの面倒をみるための選択のようだ。
「おれもうごけるほうがいい」
「キッカ、こここわい」
全員店内散策に決定。ちょっとだけ寂しい。
「お茶をお持ちしました」
ちょうどいいタイミングで店員さんがお茶を運んできてくれた。
「ありがとうございます。あの、話し合いの間にこの子達に店の見学をさせたいのですが構いませんか?」
あれ? そもそも、この店って何を扱っているんだ? マリーさんは雑貨屋をやっていたが、父親は迷宮素材を扱っていると聞いたこともある。
店内に入った時はエリックさんを憐れんでいて、商品に意識が向いていなかった。
素材が販売されているのなら普段倒している魔物がどうなるのか勉強になりそうだが、店構えから考えると素材をそのまま扱っているようには思えない。
高級店だとしたら子供を見学させるのは迷惑なのでは?
失敗したかも。
「……問題ないかと思いますが、念のために確認してまいります」
店員さんは少し考えた後に、上司に判断を任せる決断をしたようだ。手間をかけてごめんね。
店員さんが出て行ったので、ジーナ達も席に座らせお茶を頂く。
「裕太さん、お待たせしました」
出されたお茶を飲みながら待っていると、マリーさんとソニアさんが入ってきた。
エリックさんは居ないようだ。気を遣わなくていいから助かる。
「いえ、全然待っていませんよ」
なんかマリーさん達の気力が充実しているように見える。やりがいのある仕事が精神と肉体に好影響を与えているのかもしれない。
「ジーナさん達の見学ですが、ソニアと一緒であれば大丈夫ですよ。できれば自由に見学していただきたいのですが、王都ですと偶に厄介なお客様がいらっしゃることがありますので我慢してくださいね」
「厄介なお客様って貴族ですか?」
それなら見学は中止にしたい。モメてもなんとでもなるが、だからといってモメたい訳じゃない。
「いえ、貴族の皆様は基本的に屋敷に呼び出しますので、店にいらっしゃるのは極稀ですよ。面倒なのは同業者です。我々に難癖をつけて利権を奪ったり一枚噛もうとしてきたりする商人が偶に居るんです」
ああ、出る杭を打ちたい商会とか甘い蜜を吸いたい商会が集まってきているのか。
「では、ジーナ達を見学させるのは不味いのでは?」
「いえ、そういった場合はソニアが対応しますから大丈夫です。ジーナさん達には悪いですが、絡まれることを望んですらいます」
「……どういうことですか?」
「裏でコソコソされるよりも、表で敵対したほうが対処がしやすいですから。ただ、お客様に心無いことを言われてしまう可能性はゼロではありません。まあ、そうなる確率はかなり低いですが」
マリーさんが生き生きと微笑んだ。マリーさんのことだし、出る杭を打とうとしてくる相手を食い破って自分の利益にしていそうだ。
あと、なんかマリーさんがフラグを建てた気がしないでもない。高確率でイベントが起きそうに思えるのはゲーム脳だからだろうか?
「えーっと、嫌なことを言われる可能性があるみたいだけど、どうする?」
「あたしはそういうのは気にしないからいいけど、サラ達はどうだ?」
「私も問題ありませんが、キッカが心配ですね」
「……キッカもだいじょうぶ」
「ほんとか? こわいめにあうかもしれないぞ?」
マルコがお兄ちゃんしているところが微笑ましい。
「だいじょうぶ、キッカつよくなった」
ふんす! と鼻息を吐くキッカ。まあレベルが高いしマメちゃんも一緒だし、キッカって性格的な面を除けば強者の分類なんだよね。
ただ引っ込み思案で気弱なタイプだから、心無い言葉に傷つけられたらと思うと心配でたまらない。
たまらないのだが……引っ込み思案のキッカが勇気を出したんだ。可愛い子には旅をさせろと言うし、ここは黙って見守る場面だろう。
決して、質問を重ねて俺と一緒なのが嫌、という言葉を引き出す可能性に怯えた訳ではない。
「……大丈夫なようですので、ソニアさん、お願いします」
「分かりました。お任せください」
自信満々な様子でソニアさんがジーナ達を引き連れて出て行った。本当に大丈夫なのか、とても心配だ。
「それで裕太さん、建築現場に関してなのですが、問題なく人が集まりそうです」
「それは嬉しい知らせですが、早くないですか?」
二十日程度しか経過していないのに、そんなに早く状況が変わるものなのか?
「たまたま王都の建築関係に強い貴族様の奥様と縁が結べまして、その奥様が快く協力してくれたおかげです」
「なるほど」
そういえば若返り草を利用するって聞いていたな。たまたまと言ってはいるが、ピンポイントで狙い撃ちしたのだろう。あと、若返り草の効果が凄い。
嫌がらせをしていた建築関連の人達も、上からそれを台無しにされるとは思っていなかっただろうな。
でも、その方が幸せだと思う。
もしマリーさん達でどうにもならなった場合は、俺の魔法の鞄に収納してある短剣が威力を発揮することになっただろう。
王様直通でクレームを入れる訳だから、偉い貴族の奥様に怒られた方がまだマシだよね。
「工事はどの程度進んでいるんですか?」
前回の話し合いでは基礎をどうにかって感じだったはずだ。
「今は人数が増えることが決定したので、村に作業員用の飯場を造っているところで。大きな仕事が続くから出来ることですね」
飯場ってあれか? 工事現場の近くに仮設住宅を建てて、そこで生活できるようにする感じのやつだったか?
大袈裟に思えるけど、最後にでっかい図書館の建設まで控えているんだから、村で寝泊まりしたほうが効率が良いのは確かだろう。
「では、環境が整ったら問題なく作業が進められるんですね?」
「はい、予想よりも早くすべての建物が完成すると思います。やはり貴族様の力は凄いですね」
それって貴族の力を利用して、俺の注文に便宜を図ってくれたってことだよね。
お貴族様には関わり合いになりたくないと思っていたが、こういう利点を体験すると権力に群がる人達の気持ちも理解できる。
「では建築家の方との挨拶はやはり工事現場で?」
「彼女も工事現場に詰めているのでその方がスムーズではあります。ですが施工主は裕太さんなので呼べば王都まで来ます。呼びますか?」
「いえ、工事現場を確認する約束ですし、作業が早く進む方が嬉しいですから俺が現場に向かいます」
呼びつけても構わないけど、警戒心の高い相手を更に警戒させることもない。せっかく手土産まで用意したんだし、いい関係を築きたいよね。
「分かりました。現場ならいつでも会えますので、裕太さんの都合が良い時に現場に向かいましょう。いつ頃なら大丈夫ですか?」
いつ頃か。ぶっちゃけ今からでも構わないが、ベル達が王都を探検しているし、ジーナ達も移動で疲れているから明日にするか。
「俺としては明日でも問題ないのですが、マリーさんの御都合はいかがですか?」
「私も明日で構いません」
お互いに問題がなかったので細かく予定を詰めたのだが、なぜかポルリウス商会のゲストハウスに泊ることになっていた。
断ろうとしたが、既にエリックさんを準備に向かわせていると言われるとね……なんか申し訳なくて断われなかったよ。
あと、フラグが立ったと思ったけど、ジーナ達が戻ってこないところを見ると気のせいだったかな?
8/13日、本日、コミックブースト様にて、コミックス版「精霊達の楽園と理想の異世界生活」の第67話が公開されました。こちらでもキッカが勇気を出しますので、お楽しみいただけましたら幸いです。
読んでいただきありがとうございます。




