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六百九十一話 涙腺が……

 水路工事が決定し、難航しそうなので迷宮都市に日帰りで足を運んだ。そこで建築家さんの境遇を聞いて頭を悩ませることにはなったが、腕の方はマリーさんが信頼しているようなのでそのまま任せることにする。あと、マリーさんにダイエット関連で詰められた。




「……ぼくがさいごでいい?」


 トゥルが真剣な顔で立候補する。


「いいよー」「キュキュー」「クゥ!」「ゆずってやるぜ!」「…………」


 トゥルの真剣なお願いに軽い調子で返事をするベル達。その周りでジーナ達やシバ達、サクラ、沢山の精霊達が見守っているから俺だと緊張する場面なんだけど、チビッ子達の精神力は素晴らしいな。


 相談した結果、どうやらトゥルを最後に回しそれ以外は返事をした順番にレンガを積んでいくようだ。


 いよいよか。それにしても大変だった。


 ノモスが対策を出してくれたから、少し時間がかかるが作業は順調に進むと思っていた。


 でも、まだ落とし穴があったんだよね。


 そう、土の精霊大人気問題。


 土の精霊も沢山遊びに来てくれていたのだけど、それでも割合的には六分の一から七分の一程度。あちこちに呼ばれて大忙し。


 チビッ子精霊は良い子ばかりだから忙しそうな土の精霊に配慮して、ならば自分は己の力で積み上げよう、そう、水路の上まで!


 的な決意を秘めちゃう子とかが複数出てきちゃったりして現場は大混乱。ルールや配置を一から決め直して一安心となったら、ルールを覚えた子達は帰還してしまい負のループに突入。


 アルバードさんに事前にルールと組み合わせを相談することで、なんとか対応したが大変だった。


 それに加えて最後の難関が楽園の中心の泉。あそこは巨大な岩で形を作ったから、一段一段の高さが水路の倍以上あって、難易度もチビッ子達の挑戦者魂も倍率ドンで……。


 二十日間そんな苦労を積み重ねてからのこの瞬間なので、実は感動で涙腺が緩みそうになっている。


「べるいちばんー」


 必死で涙を我慢している間に、ベルがお気に入りのライトグリーンのレンガを手に進む。


 二十日間も続けているし、下の段はしっかり固めているので安心なのだがそれでも緊張する。


「ふいー」


 ベルがそっとレンガを置き、汗を拭く仕草をしながら息を吐き出す。


「キュー」


 次は自分の出番だと、レインが水色のレンガを持って進み出る。


 レインも無事にレンガを積み、次はタマモ、フレア、ムーンとバトンが続いていく。


 そしてトゥルが満を持して登場。


「これで……さいご……」


 レンガ一つ分だけ空いた場所に、トゥルお気に入りのライトイエローのレンガをピタリとハメる。


「そして、かためる。ゆうた、おわった」


 トゥルが最後のレンガをしっかりと固定し、俺の方を向いてニコリと笑う。


 その可愛らしい笑顔に、俺の涙腺が決壊してしまう。


「ゆーたー」「キュー」「おめでとう」「クゥ!」「あはは、ないてるぜ!」「……」


 ベル達が泣いている俺に飛びついてくる。そして、それに合わせて周囲から歓声が上がり、シルフィ達とジーナ達も集まってくる。


「裕太、お疲れ様」


「裕太ちゃん、頑張ったわねー」


「師匠、おめでとう」


 みんなの言葉に更に涙の量が増えて『みんなのお陰だよ』なんて当たり前の言葉すら出てこない。


 なんで俺、こんなに感動しているんだろう?


 苦労しなかったとは言わないが、日本での仕事と比べると楽でしかないのに……あぁ、そうか、これがアレか、父性というやつか。


「……みんな、今夜は宴会だ!」


 俺の汚いだみ声の宣言に、周囲から大歓声が起こる。


 お酒も肉も甘味も大盤振る舞いだ!




「色々とお手伝いありがとうございました。おかげさまで精霊の村の開発に目途が立ちました。乾杯!」


「「「「「乾杯!」」」」」


 俺の簡単な挨拶と乾杯の合図に、宴会場が騒がしくなる。


 宴会場はちょっとテンションが上がり過ぎた俺の影響で、かなり豪勢になっている。


 ルビー達にもフル稼働してもらったし、俺の魔法の鞄の中身も盛大に放出した。無論、お酒もだ。


 シルフィ達とタイミングよく顔を出していたアルバードさんら大精霊組は、乾杯の挨拶もそこそこに酒樽が集中している一帯を独占し、豪快にお酒を消費し始めている。


 まあ、大精霊組以外はほとんどチビッ子達だから、独占は歓迎なんだけどね。


 ベルを筆頭としたチビッ子達はご馳走に突撃し、その中にマルコとキッカも加わっている。キッカもチビッ子精霊達が相手ならものおじしなくなったな。良いことだ。


「師匠、お疲れ」


「お師匠様、お疲れさまでした」


 活気がある宴会場を眺めていると、ジーナとサラが声をかけてきた。ジーナはしっかりお酒を確保しているようで、俺にも新しいジョッキを手渡してくれる。


「ジーナとサラもお疲れ様。色々と面倒をかけてごめんね」


 エールを受け取り、ジーナとサラを労わる。


 ジーナとサラは工事でまとめ役をしていたから、かなり大変だったはずだ。


「あはは、楽しかったから問題ないよ」


「私もです。これで大規模な工事が終わったのかと思うと少し寂しいくらいです。精霊の方達も残念に思うでしょうね」


 ジーナはサッパリと笑い、サラは本当に残念に思っている様子だ。二人ともタイプは違うけど面倒見がよいから、沢山のチビッ子達の相手が苦ではなかったのかもしれない。


 それにしても残念に思うか。


 チビッ子精霊達は確かに工事を楽しんでいたもんな。でもまあ期間限定イベントなんてそんなものだ。


 いつか終わりがくるし、タイミングが良くなければイベントの存在すら知らない間に終わっていたりする。


 そう考えるとイベントの終わりに立ち会い、宴会に参加できているこの場の精霊達は運が良い子達なのかもしれないな。




「ふぅ」


 宴会場を抜け出し完成した水路に沿ってのんびりと歩く。この辺りは暗いので色レンガの豊かな色彩が楽しめないのが少し残念だな。腹ごなしに明るい光のエリアと火のエリアまで足を延ばすか。


 ご馳走を満喫したベル達とサクラが、デリバリーに楽しみを見出してしまったから少し食べ過ぎてしまった。


 アレだよね、ご馳走がわんこそば状態なのって地味に恐怖だよね。


 しかもベル達とサクラは善意の塊でしかないから断わるのも申し訳なくて、結果、腹がはちきれそうになっている。逃げ出すのがもう少し遅かったらヤバかったかもしれない。


    

 ……火のエリアはアレだな、火がぼうぼうだから綺麗ではあるがのんびりとした散歩に相応しいかどうかは議論の余地があるな。


 火のエリアを早々に撤退し、光のエリアの外側をゆったりと歩く。


 こちらも直接光茸の畑の中を歩くのは明るすぎて辛いが、少し離れた場所からのんびりと光の絨毯を眺めながら歩くのは幻想的で素晴らしい。


 特に水路と光のコントラストは称賛に値する芸術作品と言えなくもない……気がする。


 でも、お腹が苦しい……戻る頃にはベル達がデリバリーに飽きていてほしい。切実に。




 ***




 上空から楽園を見ると一目で分かる。


 楽園は変わった。


 地上から見てもパステル系の色とりどりのレンガが敷かれ凄まじく華やかになっていたが、上空から見ると楽園全体がモザイク画のようで楽園という名にふさわしい様子になっている。


 これで注文している建物が完成したら……お洒落な村になってしまうな。


 もともと精霊樹が生えていたり大きな泉があったり、精霊が遊びに来たり浮島があったり、そもそも聖域だったりするこの場所。


 立地が死の大地という極悪な場所でなければ銀座の一等地以上の価値をはらむ場所なのだが、そこにお洒落という価値が加わってしまうと、もうどうしたらいいのかあたふたしてしまいそうなレベルだ。


「裕太、そろそろ出発しても構わない?」


「シルフィ、ごめんだけどもう少し待って。苦労が実った実感を味わっているところだから……」


 そう、苦労した。水場に手を出したことでものすごく苦労したんだ。


 その分、感慨もひとしおだったから、その幸せを存分に味わいたい。


「しょうがないわね。まあ、この眺めも悪くないから少しくらいは構わないわ」


 許された。


 あまり待たせるのも悪いから、この光景をしっかり目に焼き付けて王都に出発しよう。


 昨晩の宴会、ちょっと食べ過ぎて疲れているしね。




 ***




 久しぶりの王都に到着した。


 久しぶりだし王都観光とかも面白いかもしれない。ガッリ侯爵邸跡地とかどうなっているか興味があるし……でも、その前に用事を済ませてしまおう。


 まずはポルリウス商会だな。マリーさんが居るかどうかシルフィに確認してもらおう。でもその前に。


(みんな、用事ができたら召喚するから探検してきていいよ)


 もうベル達がソワソワしっぱなしだから先に遊びに行かせる。


 普段でさえ屋台チェックを楽しみにしているのに、今はそれに地図作りという趣味が重なりベル達のやる気はマックスだ。この状況でベル達を話し合いの席に連れて行くのは可哀想だろう。


「ぜんぶしらべるー」「キュキュー」「たのしみ」「クゥ」「いくぜ!」「……」


 許可を出した瞬間、ベル達がスッ飛んでいった。


 俺、ナイス判断。


 あとはジーナ達なんだけど、迷宮都市でならともかく王都で別行動は怖い。


 だってジーナは美女だし、サラとキッカは美少女でマルコは美少年だ。貴族が沢山生活している王都に野放しにはできない。


(シルフィ、マリーさんは居るかな?)


「ちょっと待って……あぁ、ソニアと一緒に居るわね」


 お、良かった。最低でもソニアさんを残してくれていると聞いていたが、ソニアさんは地味に油断できない性格をしている。


 マリーさんの相手も面倒ではあるんだが、気を遣わなくていいという部分では楽だ。


(ポルリウス商会に居るんだよね?)


 実は別の場所で商談をしていて、そこになぜか俺が訪ねていったら意味が分からないからな。その確認は大切だ。


「ええ、看板にポルリウス商会って書いてあるわ」


(ありがとう。案内をお願い)


 シルフィに案内されながら久しぶりの王都を考え事をしながら歩く。


 とりあえず建築家さんにお土産を用意してきたが、無事に初対面の挨拶を乗り越えられるのかが少し心配だ。


 警戒心バリ高の推定美女との円滑なコミュニケーション……難易度が想定できないよね。


「ここよ」


 考えに結論が出る前にシルフィが目的地の到着を告げる。


 ここがポルリウス商会か。真新しくて凄く立派な建物だな。建て替えたのか?


 儲かり過ぎて、お店、新しくしちゃいましたとか?


 悪事の臭いが……しないな。俺が卸した素材で荒稼ぎしたんだろう。


読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] おー! ついに道が完成! 建物までできたらどうなるのか楽しみ〜
[良い点] 祝!新生洒落乙楽園 目に焼き付けるのも良いけど大事にしまってあるスマホで撮影しようぜ [一言] ユータ、その真新しい建物ポルリウス商会じゃなくてマリー商会だったりしない?
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