六百九十話 日帰り迷宮都市、第二段
精霊の村のリフォームは大精霊達の協力やアドバイス、ベル達やジーナ達、サクラや遊びに来ているチビッ子精霊達のお陰で、多少のアクシデントはありながらも順調に進んだ。まあ、精霊の村だけではなく楽園全体の道や水路も色レンガで舗装することになったのは予想外だったけど。
「マリーさん、工事の進捗はどうですか?」
水路工事が予想以上に時間が掛かりそうなので、精霊達が遊びに来ない休日に再び日帰りで迷宮都市を訪れた。
マリーさんには数日迷宮に潜って若返り草を入手してきたと伝えたが、その嘘が通用しているかは疑問だ。
まあ、マリーさんは守銭奴だけに損得勘定は間違えない。俺の不利になることはしない……と思う。たぶん。
目先の利益に目が眩んで色々とやらかした映像が頭に浮かんだが、まあ、大丈夫なはずだと信じたい。
「建築家にも裕太さんの意見を伝えましたし、王都近くの村での用地の確保は無事に終わり、建築資材も運び始めています。ただ、予想通り人員に関しては横やりが入りました」
本当に横やりが入ったのか。異世界の建築業界の女性差別はそれが予想できるくらいに酷いんだな。
「その為に若返り草を採取してきました。これでなんとかなるんですよね?」
「もちろんです。余るくらいに作業員を確保してみせます」
自信満々に頷くマリーさんだけど、余るくらいは必要ないよね。適量だとアクシデントに困るから、少し余裕があるくらいの人員確保でお願いしたい。言わないけどね。
「作業はどれくらいから始められそうですか?」
「そうですね、明日には王都に向かいますから……五日もあれば開始できると思います。とはいえ、最初は人が少ないでしょうから下準備程度しかできませんが」
明日行くのか。若返り草でのコネ確保の為だろうけど、俺の為に急いでくれている面もあるんだろうな。工事が無事に終わったら若返り草を多めに納品することにしよう。
「分かりました。他に何かお手伝いできることはありますか?」
「裕太さんにお願いしたいことは沢山ありますが、工事に関係していることでは今のところないですね」
それは俺にお願いを聞けと言っていますか?
「そうですか、では、そろそろお暇しますね」
マリーさんに甘い顔をすると際限がないのは理解している。スルー推奨だ。
「え、ちょっと裕太さん、そこは君のお願いならなんでも叶えてあげようって安請け合いするところですよ!」
安請け合いって……。
「コホン……失礼しました。えー、ある程度工事が進んでからでも構いませんから、現場に顔を出してもらえると助かります」
本音を出してしまったことを覚ったマリーさんが、自分で話の方向を逸らした。
ツッコミを入れても良いところだが、なんだか開きなおりそうな気がするので話題転換に乗ることにする。
現場への顔出しか。
そういえば日本でも家を建てる時には、差し入れとかするよな。顔合わせも必要だし……ん?
「マリーさん、建築家さんとの顔合わせは必要ないんですか? 名前すら知りませんよ?」
普通にスルーしていたが、まずは建築家と直接顔を合わせてからの打ち合わせが基本ではないだろうか?
俺の質問にマリーさんがちょっと顔をしかめた。なにか問題があるのだろうか?
「裕太さんの言うことは当然なのですが、今の建築家は少し警戒度が高いので、できれば顔合わせは時間を置いてからお願いしたいです」
「へ?」
詳しく話を聞いてみると、一応納得できた。
その建築家さん、色々と嫌がらせを受けていて、今回のコンテストも裏を色々と疑っているのだそうだ。
その状況で会うと印象的にお互いに良くないということで、ある程度仕事が進んで嘘ではないと証明してから顔合わせをした方が無難とのことらしい。
下種な施工主や建築業者に体を要求されることも頻繁にあるらしい。
嫌がらせって女性蔑視ではなく、その建築家さんが美人だからあの手この手で狙われているだけなのでは? 少し疑問に思ったが、真実は今の状況では分からないので答え合わせは後にしよう。それよりも聞くことがある。
「そんな状況で仕事はちゃんとしてもらえるんですか?」
これが大事。楽園全体が良い感じになっているのに、肝心の家が駄目なのは困る。
「仕事に関しては問題ありません。彼女は優秀ですし、元々真面目ですが今は相手に付け入る隙を見せないためにも完璧な仕事を心がけています。まあ、最初は警戒されると思いますが、設計図に関してもしっかり仕上げていましたよね?」
そういえば選んだ設計図は見事だった。ということは……なんか罠とか仕掛けられたことがあるんだろうな。現場で顔を合わせたら、できるだけ深入りしないようにしよう。
優しくするべきなのかもしれないが、施工主とはいえ見ず知らずの男に優しくされたらバリバリに警戒させてしまうだけだろう。
今の建築家は野生動物と同じだ。野生には野生の距離感があるのだから……まあ、なんで依頼主が気を遣う立場なんだよと思わなくもないが、それで優秀な人材と伝手ができるなら頑張りどころだろう。
「分かりました。では、しばらく時間を空けてからまた来ます。その時はマリーさんが紹介してくれますよね?」
「はい、それで問題ありません。あ、でも、私はこれからしばらく王都で活動することになります。王都のポルリウス商会での合流で構いませんか?」
迷宮都市から王都までマリーさんと馬車移動は疲れる気がするから、直接王都で合流できるのは助かる。
「二十日くらいは時間を空けようと思っているのですが、まだ王都に居ますか?」
水路のレンガ積みだが、それくらい時間があれば終わると思う。
「そうですね、迷宮都市で緊急のことが起こらないかぎり、まだまだ王都に滞在していると思います。万が一不在になる場合でも、ソニアを残しておきますので顔合わせは大丈夫です」
「分かりました、では王都のポルリウス商会を訪ねますね。そういえばソニアさんは?」
基本的にマリーさんとニコイチなイメージだけど、今日は居ないな。
その質問にマリーさんがニコリと笑った。綺麗だがとても迫力がある笑顔だ。
「裕太さんが私に内緒で進めている計画を探りに行っています。裕太さんの依頼で大忙しで見逃していました。とても残念です」
ん? 内緒で進めている計画? ……今思い当たるのはダイエット関連かな? あれ? マリーさんに話していなかったっけ?
そういえばリシュリーさん主体でトルクさんと冒険者ギルド、料理ギルド、商業ギルドが噛んでいるんだったな。俺関連で大儲けしているポルリウス商会には話が回ってこなかったのだろう。
「でも、マリーさんは雑貨屋ですよね?」
まあ、俺の影響で色々と雑貨屋からは逸脱しているし、ポルリウス商会自体は総合商社みたいな感じのようだけど。
あと、別に内緒にしていた訳ではない。前回来た時はマリーさんがケモミミシッポ事件で冷静ではなかっただけだ。
「それはそうですが、若返り草は上流階級の奥様、お嬢様が相手なんですよ。美容関連はこちらにも情報を流してください。お願いします」
目の前にテーブルがなかったら土下座しそうな勢いで頭を下げるマリーさん。かなりダイエット関連に興味があるようだ。
「主体は冒険者ギルドのリシュリーさんですが、他にもギルドが噛んでいます。今から話に入り込むのは難しいですよ?」
「それでも情報だけでも必要なんです」
「あー……分かりました。話せる部分だけでしたら……」
「ありがとうございます!」
リシュリーさん達に義理を欠かさない程度には情報を秘匿したが、それでも質問攻めで結構な情報を持っていかれた。
女性の美にかける執念は怖いと知っていたが、そこに利益まで乗っかったマリーさんはアレだ、餓鬼とかそんな感じの貪欲さだった。
昔日本で流行った後ろ半分が無いタイプのスリッパとか、次に会う時には試作品が完成していると思う。
はぁ、思わぬところで疲れたな。さっさと帰って明日に備えて休むか。まだまだ話が聞きたそうなマリーさんに若返り草を押し付け雑貨屋から逃げ出す。
(あ、シルフィ。悪いけどベティさんの様子を探ってもらえる?)
門に向かいながらシルフィにお願いする。帰る前に確認くらいしておくべきだろう。
「……本人は辛そうにしているけど、体的には健康そうね」
ダイエットは順調なようだ。適度……かどうかは分からないがしっかりとした運動と、バランスが取れた食事をしていれば、いままで不健康だったベティさんの体調も良くなることだろう。
精神は疲弊しているかもしれないが、まあ、ベティさんは打たれ強そうなので大丈夫なはずだ。
シルフィが何も言わないということはメルやトルクさん達も元気ということだし、安心して楽園に戻れるな。
色々と巻き込まれそうだし、挨拶は時間に余裕がある時にしよう。
***
日帰り迷宮都市の旅、第二段の翌日、朝食を終えて外に出ると遊びに来たチビッ子精霊達がワクワク顔で集まっていた。
楽園のリフォームお手伝い情報が拡散し、遊びに来たチビッ子達の一大イベントになっている。
無論楽園の他の施設も楽しんではいるが、精霊には寝なくていいという強みがあるため、こちらの作業が終わった後に存分に楽園を楽しんでいるようだ。
土木作業がイベントになる意味が分からないが、精霊にとっては珍しく非常に楽しいことらしい。まあ、精霊が道や水路を作る機会なんてほとんどないからだよね。
「おはようございます。みんな、今日はお手伝いに集まってくれてありがとう。ここに居る大精霊や上級精霊、ジーナ達やベル達に教えてもらいながら作業を頑張ってください」
工事責任者として、みんなに朝の挨拶をするが違和感が拭えない。可愛らしい人や動物タイプの幼児や赤ん坊の集団に工事の挨拶だぞ。しかもみんな飛んでいるし……。
この光景を動画投稿サイトにアップしたら、たぶん一億回再生とか楽勝だと思う。だって可愛いの暴力で溢れているもん。
俺の挨拶にチビッ子達から元気なお返事が返ってくる。
さて、今日の予定は精霊樹側の水路だったな。ベル達もやる気満々だし、なんとかなるだろう。
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