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六百八十七話 マリーさんのお願い

 日帰りで迷宮都市に向かい設計図の確認をしたところ、想像とは違ったが華やかで可愛らしいデザイン案に決定した。可愛らしい精霊が集まる精霊の村にピッタリなデザインで大満足だったが、少し問題が浮上する。




「マリーさん、これだけの建物、特に図書館を王都で建てる場所はありますか?」


 全部の建物を一度に作成するとしたら、城とまではいかないものの巨大なスペースが必要になる。特に図書館。


「場所でしたら、おそらくですが裕太さんの要望が移動できる形式での建築なので、王都近くの安全な村を作業場に選べば問題はないと思います」


 なるほど、村なら土地は余っていそうだな。魔物が出るにしても王都近くであれば、危険な魔物は駆逐されているはずだ。でも、護衛の冒険者は必要になるだろう。


「ん? 王都にお金を流さなくて大丈夫なんですか?」


 それが原因で王都に注文を出したはずだ。


「作業場が変わるだけで、資材も人手も王都を中心に集めることになるので問題はありません」


 ようするにお金が王都で消費されれば問題ないってことだな。


「分かりました。では、その方向でお願いします。家具や内装などの細かい要望は今まとめてしまいますので、少し時間をください」


 えーっと、本棚の形式と漫画喫茶スタイルの宿屋は詳しい説明が必要だよな。細かい説明……うん、無理だ。


 元々、内装や家具の知識もそれほど持っていないのに、異世界の素材や文化まで加わってしまうと俺の手には負えない。


 譲れない部分を細かく説明して、他はおおまかな雰囲気を伝えることで建築家のセンスに任せることにしよう。あれだけ見事な村の設計を出してくれたんだ。


 その雰囲気を生かして、しっかりとした仕事をしてくれるだろう。


「あー、建築に関して少しご相談があるのですが、裕太さんのお力をお貸し願えませんか?」


 およ? ちょっと予想と違う流れだな。建築に関して?


「えーっと、今日は日帰りの予定なので、時間がかからない相談であれば大丈夫です」

 

「助かります。先程少し話しましたが、裕太さんが選んだ設計案を作成した建築家は女性です」


「ええ、そう聞きましたね。俺は良い物を作って頂けるなら性別は特に気にしませんよ?」


 性差別関係は複雑でデリケートだから苦手だけど。


「裕太さんのそういう考えはとても素敵です。ですが、建築関係ではそうはいかない訳でして……」


 申し訳なさそうな顔のマリーさん。けど、なんか好感度も上がったようだ。


「……ああ、嫌がらせがあるんですね」


 差別されている側が大きな仕事を掴んだら、差別している側は気に入らないだろう。


「はい。幸いポルリウス商会の伝手で建材には困らないのですが、人材に関しては向こうに敵いません」


 なるほど、建築関係の人材はギルドか建築会社ががっつり握っているってことか。建材も向こうの方に利がありそうだけど、そこは商会としてならなんとでもなるってことかな?


「力を貸す分には構いませんが、俺は王都に伝手なんて持っていませんよ?」


 一応、王様に伝手があると言えばあるんだけど、王様に作業員を貸してくれというのはアリなのか疑問だ。


 怒られはしないにしても、なんか嫌な顔をされそうだよね。


「王都は王族や貴族が幅を利かせているのです」


 まあそうだろうな。王都ってくらいだから、偉い人が集まっているのは想像できる。そういえば王都の侯爵家が一つ潰れた気がするな。あの屋敷跡地は今どうなっているのだろう?


「そんな権力者と繋がっている建築業者は意外に多いのです」


 一瞬、そうなの? と思ったが、豪華な屋敷の建設や維持、高級な家具なんかはお金持ち相手の商売になるから、王侯貴族と関係が深いのも分かる。


 庶民相手の建築業社もあるだろうけど、力を持っている業者は権力者と繋がっているよね。


 それで談合とかしてウハウハなのだろう。


「そんな相手に抜群の効果を持つ若返り草を確保できるのが、裕太さんということになります」


 あ、これ、俺がここに来る前から想定していたな。


 マリーさんのことだから嘘までは言っていないだろうし、女性建築家さんが差別を受けていることも人材に関しても本当なのだろうが、それを逆手にとって俺の協力を引き出し問題の解決と同時に王都の権力者と繋がりを持つ算段なのだろう。


 うーん、マリーさんの思い通りに動かされるのは微妙だけど、俺が一番気に入った建築家が困っているのなら協力するべきか?


 ……まあ、今回だけ特別ということで、若返り草を用意するくらいは構わないか。


「わかりました。今回に限り若返り草を多めに用意します。ただし、今日は日帰りの予定ですから納品は次の機会になります」


 魔法の鞄の中に若返り草のストックはあるけど、今日到着して迷宮に入ってもいないのに鮮度抜群の若返り草を納品するのはちょっと違うだろう。


 マリーさんのことだからある程度こちらの手の内を推測している気もするが、露骨にそれを認めるのはよろしくない。


「助かります。これから裕太さんの要望を加味して打ち合わせをしますので、人材の確保に入る前にお願いします」


「分かりました」


 まあ、かなりの要望を出すつもりだし、建設用地の確保や工事の規模も大きい。具体的に動き出すまで時間がかかるだろうから、次に迷宮都市に訪れた時に納品すればいいだろう。


「あ、それと工事の規模はどうしますか?」


「規模ですか?」


 注文は同じなのに規模に違いが出るのか?


「堅実に一つ一つ建物を造り上げるか、資金を投入して同時並行で一気に建物を造るか。それにより期間も建築費も変わってきます」


 ああ、それは当然だな。


 うーん、俺としてはできるだけ早く精霊の村を完成させたくはあるのだが、ベル達やジーナ達と楽しみながら作業をする予定なので、それなりに時間が必要でもある。


「そうですね、図書館は最後に回すとして、それまでは二軒同時程度の規模で、まずは食堂と宿屋をお願いします」


 これならちょうどいいペースで作業できるだろう。図書館を最後に回したのは、設備が整ってもまだ本が集まっていないからだ。立派な図書館に本がスカスカだったら悲しいよね。


 俺の答えにマリーさんが少し残念そうに頷く。中途半端ではなく長期工事か大規模工事を期待していたのかもしれない。


 マリーさんに要望があるのは理解するが、注文主は俺なので俺の要望を通させてもらう。


 おっと、なんか満足して帰りそうになったがこれからが本番だったな。細かくなるがしっかり細部まで注文を考えて立派な建物を建ててもらわなければならない。




 ***




「裕太ちゃん、お帰りー」


「お帰りなさい裕太さん」


「ただいまディーネ、ドリー。ベル達やサクラ、ジーナ達に問題はなかった?」


 ギリギリ零時を回る前に楽園に帰ってくることができ、出迎えてくれたディーネとドリーに挨拶をする。


 しかし時間がかかったな。選択した設計図の出来が良かったから、俺もテンションが上がって細かいほどに要望を出したことが原因だけど……でも、とても楽しかった。


 マイホームを建てるのは大変だと上司や先輩から聞いてはいたが、資金と土地に余裕があると話は別になる。


 もはや趣味の領域で、あれも良い、これも良いと、際限なく拘ってしまうことになった。


 そのおかげで素晴らしい食堂と宿屋が完成する見込みだが、やり過ぎた気がしないでもない。なんかマリーさんとソニアさんがホクホク顔していたしな。


「ええ、裕太ちゃんを待ってるーってちょっとグズッたけど、ご飯を食べてベッドに寝かせたらすぐに眠ったわー。ジーナちゃん達もちゃんとお部屋に戻って明かりも消えたから問題ないと思うわー」


 ディーネって性格は子供っぽいのだけど、意外と子供の扱いが上手だよね。お姉ちゃんを自称するだけはある。


 まあ、気分次第で子供達と意気投合してはしゃぎだすから油断できないのだけどね。


「そうか。ありがとうディーネ、ドリー」


「構わないわー。でも、お姉ちゃん、ちょっとお酒が呑みたいわー」


「あ、私も今日は忙しかったし、お酒で癒されたいわね」


 ディーネの言葉にシルフィが同意し、ドリーも期待した目で見ている。


 迷宮都市で手に入れてきた新酒が狙いか。マリーさんが伝手を使って色々なお酒を輸入してくれるから、みんなワクワクなんだよな。


「分かった。シルフィ、リクエストはある?」


「ええ、マリーが評判のいい葡萄酒が手に入ったと言っていたでしょ。あれが呑みたいわ」


「了解」


 まあシルフィがお酒に関する情報を聞き逃す訳がないよね。赤ワインだしつまみはチーズとナッツ類で良いか。シルフィ達はつまみよりもお酒だからね。


 シルフィ達の家に向かい、テーブルの傍に樽を置く。俺も少し呑んでから寝るか。



「へー。たしかに美味しいわね」


「うーん、お姉ちゃんも嫌いじゃないけどー。もう少し軽い方が好きかしらー」


「香りも強く味も濃厚、なかなかだと思います」


 シルフィ、ディーネ、ドリーが楽しそうにワインの評価を告げる。好みの違いはあるようだが評価は上々のようだ。


 俺も飲んでみたが、これぞフルボディという出来のワインで、それほどワインに造詣が深くない俺としてはコクと渋みを美味しいと感じ取れていない。


 俺的には寝酒なんだし、もっと気軽いお酒が良かったな。


「そういえば裕太ちゃん、設計図はどうだったのー?」


 チビチビとワインをすすっているとディーネが設計図について聞いてきた。説明するよりも見せた方が早いと、貰って来た羊皮紙をテーブルに広げる。


「うわー。可愛いわー。お姉ちゃん、好きかもー」


「建物の華やかさと植物の調和が見事ですね。小さい子達が喜ぶでしょう」


 村の設計図というか想像図を見たディーネとドリーが歓声を上げる。やはりこの設計は優秀だよな。俺もテンションが上がったもん。


 ここが可愛い、あそこが素敵と会話をする三精霊。とても華やかでまるで高貴なお茶会のようだが、消費されているのはお酒で、酒樽からワインがドンドン消えていくほどペースが速いんだよな。


「そうだわー! 裕太ちゃん、お店を増やすと楽しいに違いないわー」


 ディーネがまた面倒な事を言いだした。まあ、まだ設計当初の段階だから変更はできなくもないが、お店を増やすと責任者の精霊を増やす必要があるし、商品の手配とか手間が増える。


 たしか前にも同じようなことを言われた気がするが、あの時はどうやって誤魔化したっけ?


7/9日、本日、コミックブースト様にてコミックス版『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の第66話が公開されました。いよいよあのお肉の実食。とてもホッコリしますので、お楽しみいただけましたら幸いです。


読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんだかんだ精霊たちの手綱はしっかりしてるんよなw
[一言] 前回は、、、お酒を犠牲にしていいならやろう。 って言って断ったんだっけ? 確か、酒場を増やすと楽しいとかで。 ディーネのへそくり(海底に熟成させてる酒樽)を全部解放してお店に出して良い…
[一言] ワタルってだれ? ユウタ名前変えた??
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