六百八十五話 その気持ち、分かる
ぽっかり時間が空いたので酒島の視察に出かけた。そこで見たのは衝撃な真実、というかブラックさんの拘り。店を路地裏に移転し、店内を驚くほどクラシックで上品に仕上げていた。そして……ギムレットとか作っていた。俺はその様子を見て、お酒に関して精霊を野放しにするのは危険だと実感した。お酒が精霊を支配する……ありえそうなところがマジヤバい。
「じゃあシルフィ、今日はお願いね」
「分かったわ。今回はベル達もジーナ達も連れて行かず、速度優先で良いのよね?」
「うん、今回は日帰りでマリーさんの雑貨屋にだけ顔を出す予定だから速度優先でお願い」
楽園の新たな村や図書館の設計図を受け取りに行くだけ。
本来ならちびっ子達と一緒に迷宮都市でトルクさんのところに泊り、メルのところやジーナの実家に顔を出しても良かったのだが、なんかダイエット関連のあれやこれやに巻き込まれそうな気がしたから目的のみに集中することにした。
「了解。じゃあそろそろ出発する?」
「うん。じゃあみんな、夜には戻ってくるからお留守番をお願いね」
引っ付いているベル達とサクラをペリっと引きはがし、見送りに出てきてくれたジーナ達にお留守番のお願いをする。
シルフィに頷くと風が俺を包み込み体が浮かび上がっていく。
ふふ、基本的に一人で行動する時って大人のアレやコレやの時だから、真っ当な理由で別行動するのは新鮮な気がするな。
さて、楽園と迷宮都市の日帰り旅行だ。地味に忙しいから頑張らないとな。
***
時間がかかるとはいえ、シルフィに守られて飛んでいくだけなのでなんの問題もなく迷宮都市に到着する。
この行程は慣れた物なのだけど、今日のシルフィは妙にサービスが良かった。
というか、酒島の視察後、シルフィがとても優しくなった。いや、元々とても優しかったのだけど、優しさのレベルがワンランクくらい上がったと思う。
確実に醸造所の件が絡んでいるのだが、優しさマシマシのシルフィが素晴らし過ぎて醸造所の件なんてどうでもよくなりそうになる。
可愛いベル達を思い出し、あの子達の未来の為と思わなければ、楽園は精霊達の楽園ではなく酒飲み達の楽園に様変わりする決断をしていたかもしれない。
シルフィの醸造所に対する秘かな情熱に秘かに恐怖を覚えながら、検査を受け迷宮都市に入る。
あとはマリーさんの雑貨屋に向かうだけ……なのだけど念のために……。
(シルフィ、ベティさんとかダイエット関連の人に会いそうになったら、隠れるから教えてくれる?)
特にベティさんには会いたくない。
ベティさんの自業自得に思えるが、ベティさんの強制ダイエットの計画者は俺だ。
しかも、護衛と言う名の監視を付けて割ときつめのダイエット計画をアドバイスしているから、辛そうな彼女を見たら心が痛む。
「ああ、ベティね。……ふふ、そうね、今のところ心配はいらないわ」
シルフィの返事が凄く意味深で怖い。
今のところってどういうことだとか、漏れた笑いにはどういう意味があるのか問い詰めたい……が、正直、ベティさんの現状を聞くのも怖い。
(えーっとシルフィ、もしかしてベティさん、大変なことになっていたりする?)
マリーさんの雑貨屋に向かいながら、小声で確認をする。聞かない方が幸せな気もするが、気になってしかたがないので好奇心に負けて質問をしてしまう。
「ベティも大変そうではあるけれど、周囲の人間の方が大変な様子ね。ベティは歩くのが辛いとか、お肉が食べたいとか駄々をこねまくっているわ」
(……ベティさんが元気そうで良かったよ)
色々と制限されているようだが、駄々をこねる余裕があるなら大丈夫だろう。
その駄々に対処している護衛兼監視の人には申し訳ないが、まあ、職務としての苦労なのだから頑張ってもらうしかない。
健康に留意したプランを提案したつもりなので、予定通り元気なようで安心した。
ベティさんのダイエットの進捗状況が気にならないこともないが、それは再会の時の楽しみにしておこう。
都合の良い考えでベティさんを後回しにすることを決定し、マリーさんの雑貨屋に足を踏み入れる。
どうやら俺の来訪を把握していなかった様子で、従業員が少し驚いているのが面白い。
マリーさん達は、色々なところから情報を集めているみたいだけど、いきなり迷宮都市に来てそのままマリーさんのところに向かえばマリーさん達の情報収集能力を上回れるようだ。
まあ、マリーさん達の情報収集能力を上回ったからといって、俺に何か利点がある訳でもないのだが……もしかしたら将来必要になるかもしれないから覚えておこう。
なにせ相手はマリーさんだもんね。変なところでその情報収集能力を上回る必要があるかもしれない。
従業員が素早く奥に向かっていくのが見える。俺のことを知らせに行ってくれたのだろう。
予想通り奥が騒がしくなり、こちらに向かってくる足音が聞こえる。
「あはっ」
(シルフィ、いきなり笑ってどうしたの?)
普通に怖いんですけど?
「ふふ、なんでもないということはないけれど、このままならすぐに分かるわ。あとはマリー達が気づくかどうかね」
(なるほど?)
なにやらマリーさん達が忘れている面白いことがあるようだ。
「ぶふっ」
少しワクワクしながら店の奥を見ていると、一瞬でシルフィがなぜ笑っていたのかが理解できた。
慌てた様子でこちらに向かってくるマリーさんに、ケモミミが生えている。こちらからはしっかり見えないが背後にはシッポが装着されているのかもしれない。
「ソニアは抜け目がないわね。出口付近で気がついて耳とシッポをとってしまったわ。自分だけ……」
ケモミミとシッポはマリーさんだけではなく、ソニアさんも装着していたようだ。というか、マリーさんも尻尾を装着しているのだな。こちらから見えないからシッポが短い動物なのかもしれない。
慌ただしいなかで自分だけそれらを外し、笑顔を浮かべているソニアさんは優秀ではあるな。
その後ろに控えている俺の事を知らせに向かった従業員は、顔を引きつらせながら離れていった。
笑うことを我慢して顔を引きつらせていたのか、マリーさんのことを心配して顔を引きつらせていたのかで従業員の質が分かるな。
まあ、ソニアさんに妨害されている様子があったとはいえ、巻き込まれないように素早く離脱していたからその内面は予想できる。
今頃心の中で笑っているのだろう。優秀だけど面白さを優先する……意外とマリーさんの部下にピッタリな人材なのかもしれないな。
「裕太様、お久しぶりです。設計図の件でしょうか?」
にこやかに挨拶をするマリーさん。おお、頭に乗せているモコモコは飾りのカチューシャか何かだと思ったが、左右にピョコっと飛び出したつけ耳から想像するに羊のモコモコを表現しているようだ。
ふむ、ケモミミの王道とは言えない気もするが、これはこれで悪くない。そうなるとマリーさんのお尻には羊のシッポが生えているのかな?
俺が知っている羊は兎のように短いのだけど、あれは確か衛生の為に切っていたはずだ。卑猥な意味ではなくマリーさんのお尻が見たい。
「はい。お久しぶりです。おおまかな構想はそろそろできているんですよね?」
くだらない内心を隠し、マリーさんの質問に答える。さすがに細かい設計は短時間で出来ないし、できたとしても俺達で実行するのは難しい。
だからといって楽園に連れて行くわけにもいかないので、大まかに設計してもらい、良さそうな設計を精霊の力で無理矢理形にしてしまおうと思っている。
計画当初はちゃんと形にできるか少し不安だったが、ブラックさんの雑居ビルのような建物を見て認識を改めた。
精霊の力なら大抵はなんとかなる。
どんな村や図書館の設計ができているか、とても楽しみだ。
「はい、既に集まっています。奥でご確認なさりますか?」
「はい、お願いします」
分かりましたではどうぞと奥に案内してくれるマリーさんのお尻には、羊らしきシッポがちゃんと装着されていた。
なるほど、羊はシッポまでモコモコなのだな。とても触り心地が良さそうだ。
あと、装着部分に違和感がないのが凄い。スカートに穴を開けて内側から通しているのか?
ん? そうなると、着替えている時間がなかったはずのソニアさんのお尻にはシッポの穴が?
クッ、凄く気になるのだが、ソニアさんは俺から距離をとるように背後に控えている。
見に行ったらただの変態だし、ソニアさんなら見られたことを逆手にとって何かしらの要求を突きつけてくる可能性は高い。
少し残念だがソニアさんの確認は諦めよう。リスク管理は大切だ。
応接室に案内されソファーに座る。ちなみにソニアさんは部屋に入らずに入口の近くで待機している。やはり穴が……でもソニアさんの視線はマリーさんに向いている。しかもちょっとニヤニヤしている。
「失礼します」
そう言ってマリーさんが対面のソファーに座り、固まった。
どうやら羊のモフモフシッポが、座った瞬間にその存在を主張したようだ。
マリーさんがギギギっと錆びたロボットのように手を動かし、自分の頭を確認する。
マリーさんの手に羊の耳が触れた瞬間、マリーさんの表情が真っ赤に染まる。
「こ、これはその……アレなんです、次の仮装イベントの為の準備をしていたので……アレ? なんでソニアは……」
凄く動揺している。普段は守銭奴が表に出ていてあまり女性を感じないのだが、こういう姿を見ると、とても美しい人なのだと認識できる。
俺の前で怒鳴る訳にはいかないと考えたのだろう。少し涙目でソニアさんをにらむマリーさん。
「お茶を入れてきます」
そう言って一礼しながら離れていくソニアさん。こちらにお尻を向けないように横移動していたのだが、それでも優雅に見えたのは素直に凄いと思う。
同時に、マリーさんの羞恥の瞬間を見逃さないためにお茶と着替えを遅らせて出入口付近で待機していたのも丸分かりなので、その精神性に怖さを感じなくもない。
「えーっと、マリーさん……お似合いですよ? そもそも、イベントの時にはその姿で接客をしているのですよね? 今更なのでは?」
マリーさんならお金の為にそれくらいの羞恥は呑み込めるだろう。
「……不意打ちと覚悟を決めた後では……受けるダメージが違うのです……」
絞り出すように声を出すマリーさん。
その気持ち、よく分かる。
笑いを取りにいって滑るのと天然で滑るの、どちらが辛いかは置いておいて、自分で行動を起こした方が納得はできるよね。
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こちらもお楽しみいただけましたら幸いです。
読んでいただきありがとうございます。




