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六百八十一話 ようやくの帰還

 ベティさんのダイエット計画が思わぬ方向に広がり、話の規模がかなり大きくなってしまった。その結果、リシュリーさんがダイエットメニューの為にトルクさんの協力を要請し、マーサさんがやる気になってしまったことで丸投げしたはずのダイエット計画が手元に戻ってきてしまう。逃げ出したいが、後が怖そうなのでできるだけ頑張ろうと思う。




「これ毒芋じゃねえか」


 トルクさんの相談を受けさっそく厨房に移動し、ダイエットの心強い味方であるコンニャクの作り方を教えようとコンニャク芋を出すと、思いっきり顔をしかめられた。


 凄いなトルクさん、料理に対する情熱は知っていたけど、その知識が毒を含む食材まで及んでいるとは思わなかった。


「おい、いくら何でも痩せるために毒を食うのはバカのすることだぞ。というか毒をマーサや客に食べさせるなんてあり得ねえ」


 トルクさんの言い分はもっともだ。


「心配しないでください。これは俺の地元ではコンニャク芋と言って、毒を抜けばダイエットの心強い味方になるんです」


 癖もあるし扱いが難しい面もあるが、美味しいのは間違いない。あ、でも、醤油と味噌はトルクさん少し提供しただけで迷宮都市ではトルクさんのラーメンくらいでほとんど流通していないんだった。


 醤油と味噌がないと俺が知っているコンニャク料理の幅がかなり狭まる。どうにか醤油と味噌を流通させるか?


 いや、好みは人それぞれだがマーサさんにも醤油と味噌は好印象だったし、ベティさんならどちらも気に入るだろう。広げたら逆に体重が増えかねない。


 コンニャク料理の布教は後回しにして、最初は量増し食材にするのが無難だな。


「うーん、裕太の言うことなら本当なのだろうし俺も興味深いが、だとしても利用するのは難しいぞ」


 トルクさんが困った顔をしている。


「やはり毒芋の印象が悪いですか?」


 ジャガイモやトマトだって昔は忌避されていたり食べ物と認識されていなかったりしたと聞いたことがある。


 毒のあるフグや見た目がグロいナマコやウニ、タコなんかも食材としてきた日本人でもそうなのだから、この世界の人にはハードルが高いのかもしれない。


 あ、寒天、これもダイエットに心強い味方だよね。寒天も後でレシピを広めよう。


「印象は確かに悪いがそれ以前の問題だ。毒芋が調理できても毒芋を育てている農家なんて一つもねえ。食材が手に入らねえなら料理のしようがねえよ」


 盲点だった!


 そうだよね、毒と分かっているのに育てる農家なんてないよね。


 ヤバい、俺にとってのヘルシー食材の代名詞が大ピンチだ。どうすれば……あ、迷宮のコアに頼もう。コンニャク芋なら実物があるし、低コストですぐに生やしてくれるはずだ。


 寒天は……海の階層は厳しいし、海沿いの町で加工かな? ヘルシーなデザートに使えると伝えておけば商業ギルドが頑張るだろう。


「迷宮に生えていましたから、問題ないと思います。たしかラフバードが居た階層で手に入れたので低階層に自生しています」


 困った時の迷宮のコア。いつも凄く助けられていると思う。  


「そうなのか? 俺も迷宮で色々と食えそうなもんを探したが気がつかなかったな。毒芋だから無意識に除外したか?」


 いかんトルクさんを悩ませてしまった。さすが料理人、迷宮の植物にもチェックを入れているんだな。


「そうかもしれませんし、トルクさんが引退してから新たに増えたかもしれませんね。迷宮は分からないことがいっぱいですから」


「まあ、そうかもな。食材がなんとかなるなら試してみねえとな。裕太、さっそく調理法を教えてくれ」


 俺の苦しい言い訳にトルクさんが納得したように頷く。もうなんでも迷宮のせいにしたら通りそうだな。


 あとはレシピを提供して、少しダイエットの知識的な協力すれば終わりか。意外と楽だったな。




 楽だな、なんて舐めたことを言ってすみませんでした。コンニャクの試作で普通に朝まで付き合わされました。


 料理狂い怖い。


 レシピを提供したんだからその通りに作ればいいじゃん。なんで配合比率やらなんやらの研究まで始めちゃうの?


 トルクさんの仕事の時間だから解放されたけど、また今晩も付き合わされるらしい。


 いつの間にかシルフィは消えていたし、孤立無援って言葉を凄く実感した。


 ……はぁ、ベル達は遊びに行かせてジーナ達は訓練か迷宮だな。その間に少し寝よう。


「裕太、毒芋を少し提供してくれ。冒険者ギルドに採取依頼を出すから見本が欲しい」


「……了解です」


 コンニャク芋を生やしてもらわないと嘘つきになってしまう。寝る前に迷宮のコアにお願いしに行かないと……地味に辛い。




 ***




 ながく辛い三日間だった。


 俺が思うに、トルクさんは人間じゃないと思う。


 だってあの人、いやあの生物、三日間働きながらほぼ寝ないでコンニャクに夢中だった。


 隙間時間に仮眠をとってはいるようだが、それもおそらくわずかな時間でしかない。


 それなのに目をギラギラと光らせ料理に夢中で、人であったとしても狂人のカテゴリーに分類される……ああ、なるほど、あの人はアレだ、料理オタクを通り越して料理廃人なんだな。今理解できた。


 そんな廃人にそれなりに常識人である俺が付き合わされたのだから辛くてもしょうがないな。


 この三日、ベル達やジーナ達との触れ合いだけが癒しだった。ベル達もジーナ達も可愛らし過ぎる。思わずお小遣いをあげようとした。断られたけど。


 ジーナ達は普通に稼いでいるし、ベル達はお金を貰っても使えないもんね。


 まあ、トルクさんに付き合うだけならまだ耐えられたのだけど、そこにリシュリーさんが加わったことで俺の疲労が増した。


 コンニャクの情報に続き、眠気に負けてコンニャクを麺にする情報を漏らしてしまったことで、まだ情報を隠していると疑われ、リシュリーさんに搾り取るようにダイエット知識を吐き出さされた。


 だから俺は三日で十二時間くらいしか眠れていない。


 忙しい人ならそれくらい眠れていれば十分と考えるかもしれないが、この世界である意味成功し、悠々自適に近い生活をしていた俺には十分に辛かった。


 毎日のたっぷりな睡眠、慣れてしまうとちょっとした睡眠不足が思いのほか堪えるようになる。


 でも苦労しただけあって、ダイエット情報も集まり、コンニャクの量産体制と、ついでに話したヘルシー食材である豆腐と寒天の量産体制も計画されることになった。


「では、急激なダイエットは体に悪いということで、最初はこちらの計画で進めようと思います。裕太様もご確認ください」


 リシュリーさんから手渡された書類に目を通す。


 簡単にまとめるとこうなった。


 ラフバードの胸肉と野菜を中心として主食を減らし、朝はしっかり、昼は控えめ、夜はヘルシー。コンニャク料理と豆腐料理の試食も含まれる。


 筋トレは無理をせず、スクワットとプランクを適量。


 運動が少ないのは、今回の実験台になるマーサさんとベティさんが、日常でしっかり体を動かすから。


 マーサさんは宿の仕事がかなり運動になるし、ベティさんは冒険者を監視につけられ外回り中心の歩き仕事に回されることが決定している。


 料理についても摂取カロリーを減らすのは当然なのだが、それに重点を置かず、栄養バランスと美容に良い食材をできるだけ組み込む。


「……問題ないように思いますが、想像していたよりも優しいメニューになっていますね」


 リシュリーさんの熱意とベティさんの状況を考えると、スパルタとまではいかずともそれなりに厳しいメニューになると思っていた。昔流行ったブートキャンプ的なのすら想像していた。


「私も効果を確認するためにもう少し厳しいメニューをとも思ったのですが、顧客となるのは富裕層ですから、出来る限り苦労を減らしてメニューを考えました。まあ、マーサさんは働き者ですし、ベティは強制外回りですから参考にしかなりませんが、それでもある程度の目安は立てられると考えています」


 ああ、だから栄養バランスと美容に力を入れていたのか。お金持ちの美容と健康を害する訳にはいかないもんね。


 この様子だとベティさんとマーサさんを叩き台にして、更に実験と実績を積み重ねてから富裕層に話を持ち込むつもりだな。


 慎重なのは良いことだし、俺としてはベティさんが痩せてマーサさんの機嫌が良ければ十分なのでなんの問題もない。


 よし、明日には楽園に戻れる。


 今夜もトルクさんに招集されているけど、それを乗り切ればしっかり睡眠がとれるな。早く帰りたい。




 ***




「あうっ!」


 楽園に到着すると、ピンク色の髪の赤ん坊が胸に飛び込んできた。


「ただいまサクラ、元気だった?」


「あい!」


 俺の問いかけに元気いっぱいに頷くサクラ。少し長く楽園を離れていたのが寂しかったのかヒシっとしがみついてくる。とても可愛い。


「さくらただいまー」「キュー」「げんきだった?」「ククゥー」「でむかえごくろうだぜ」「……」


 そんなサクラにベル達が群がり、ワチャワチャしながら声をかける。騒がしいが微笑ましい光景だ。


「ゆーたちゃんおかえりー」


「ふん、ようやく戻ったか」


「裕太さんお帰りなさい」


「お、戻ったか。裕太、なんかポイントってのを導入したらしいな。貯めれば醸造所造り放題なんだろ?」


「裕太、お帰り。村長の方は……まあ、なんとかなったよ」


 チビッ子達を見守っていると大精霊達も出迎えに集まってきてくれた。


 とりあえずポイントについての説明はちゃんとしておかないといけないな。イフの言葉はあながち間違いではないが、放置しておくと妙な誤解が広まりそうな気がする。


 あと、ヴィータの言う村長って子爵領の村長のことだよね?


 なんとかなったのなら良かったけど、ヴィータが言葉を濁すことにちょっとだけ不安を感じる。あとで詳しく報告をしてもらおう。


 とりあえず購入してきた物を放出して、みんなの話を聞きながらお酒付きのちょっと豪華な夕食。そのあとしっかり長い睡眠を摂ろう。


 明日からはのんびりと精霊の村の建築資材の準備だな。


 村の設計がどうなるかはまだ分からないが、最低限必要な物はコツコツと作りだめておこう。


 レンガとか確実に大量に必要になるから、山ほど準備しておかないとね。


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] トルク料理の精霊疑惑浮上
[一言] タンパク質の摂取も大事。 ベティさん、プランクできるのだろうか。 ただのうつ伏せになったりして(笑)
[一言] こんにゃくってあれだよな、見た目が悪魔の舌呼ばわりされてるあのきもい植物。急に生えたら目立たないか…?
感想一覧
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