六十六話 階層突破の壁
ファイアーバードの巣を通り抜けた後、一泊した。食事の後にアグアグと美味しそうに果物を食べるベル達を眺めながら眠りにつく。その後は火山の登山が嫌になったので、飛行でショートカットしながら四十九層に辿り着いた。迷宮のロマンとか言ってすみません。火山を登るのが面倒になりました。
「裕太。火山の麓に拠点が作られてるわ。十人以上の冒険者で拠点を作っているわね」
わざわざ迷宮の中に拠点? 初心者講習で三十人以上の冒険者が協力して進むと、迷宮が怒ってスタンピードが起こるって言ってたよな。
それに移動や食料、戦いの規模を考えると十人以下で五人から六人が無難って説明してたけど、ここは違うらしい。
「火山を抜ける事が出来ない理由がここにあるのかも。シルフィ。ここで休憩するから、悪いけど情報を集めてくれる?」
「ええ、分かったわ」
シルフィが情報収集している間に、暇なのでベル達と戯れる。こういう時間が大切だ。ベルのホッペをフニョフニョして、レインの顎をコショコショする。トゥルのサラサラの頭を撫でて、タマモの尻尾をモフる。幸せです。
「んー。裕太。大体の事は分かったわ。この四十九層と五十層のボスは特別みたい」
「特別? どう言う事?」
先に進めないんだから、ボーナスステージって訳じゃ無いよね。
「多分なんだけど、五十層の節目って事なのね。急に魔物のレベルが上がっているみたいなの。ワイバーンやアサルトドラゴンが居るわ。どちらも亜竜だけどドラゴンの一種でAランクよ」
ドラゴン出ちゃった。Aランクってリッチクラスだよね。そんなのがウロついてるの?
「えーっと、俺だと勝てるのかな?」
「勝つのは問題無いけど、五十層のボスは裕太とベル達だとまだ厳しいわね。冒険者が言うには、ファイアードラゴンがボスらしいわ。Sランクの属性竜よ」
「いきなりレベルが上がり過ぎじゃない? 何でそんなに強いのが出て来るの?」
「さあ? まあ、そう言う訳で、拠点を作っている冒険者は、人数を集めてファイアードラゴンを倒す為の下準備みたいね」
「下準備って事は、拠点が出来たら行動を起こすのか」
「ええ。冒険者ギルド主体の作戦みたい。拠点が出来たら、制限人数一杯に精鋭を送り込むつもりね」
……冒険者ギルド主体の作戦。物凄く嫌がらせをしたいが、人の命が掛かっているからな。流石に手出しは止めておこう。ちょっと拠点をぶっ壊したい気はするけど。我慢だ。
「それって上手く行くの?」
「さあ? 送り込まれてくる精鋭しだいね。ただ、まだまだ時間が掛かるんじゃない? ファイアードラゴンに挑める人材なんて探すのが大変よ」
なるほど。強い人達でもファイヤードラゴンと戦うのとか、拒否する人もいるだろうな。
「ん? でもSランクの冒険者とかSS、SSSランクの冒険者も居るんだよね?」
「ええ、化け物みたいな冒険者がくれば攻略は可能だけど本当に少数しかいないわ。それにそう言う人達って他国のギルドも余り行かせたがらないと思うわ。この国に居る冒険者だけでも可能性はあるけど、リスクが高くて踏み切れないんじゃないかしら? 失ってしまったらバランスが崩れてしまうもの」
強い冒険者って自由なイメージがあるんだけど、やっぱり柵はあるのか。戦争が盛んらしいし、パワーバランスとかかなり繊細なんだろうな。
「難しいんだね」
「ええ、それに迷宮都市を拠点にする冒険者を、沢山送り込まないと駄目だからさらに複雑ね」
「ああ、そうか」
一度倒したボスは倒した事があるメンバーだけだと、扉を開けても出て来ないけど、倒した事が無いメンバーが混じっていたら、ボスが出て来るらしい。
ボスを倒しても、五十層以降を攻略してくれる人を集めないと意味が無いのか。ギルマスも苦労しているんだな。ざまぁ。
「なかなか難しそうだね。俺達だと厳しいって話だけど、シルフィならファイアードラゴンに勝てるの?」
「楽勝よ。ふふ。大精霊の力を見せてあげるわね」
楽勝なんですか。カッコいいですシルフィさん。冒険者達がファイアードラゴンを倒すのに時間が掛かりそうって事は、俺にとっては朗報だよね。五十一層以降の素材は独占って事だ。その上ギルマスのメンツも潰せる。ワクワクするな。
「シルフィの力か……楽しみなような、怖いような。まあ、ファイアードラゴンはシルフィにお願いするとして、途中に居るアサルトドラゴンやワイバーンはどうしよう?」
「アサルトドラゴンは獰猛で、見つかったら全力で襲い掛かって来るんだけど、裕太とは相性が良いから問題無く勝てると思うわ。ワイバーンは飛ぶうえに羽ばたきで風刃に似たような攻撃をしてくるから、ベル達の力を借りた方が無難ね」
勝てるのなら問題無いか。いよいよ俺もドラゴンスレイヤー。ちょっとどころではなくテンションが上がる。
「何とかなりそうだし、そろそろ行こうか。シルフィ、案内をお願いね」
「ちょっと待って。冒険者には見つからないように行くんでしょ? 冒険者の近くで戦ったら偵察に来る可能性があるわ。一気に飛んで山頂に行くか、中腹辺りまで飛んでそこから登るか、どっちかにした方が良いわ。飛んで行けば姿が見られるかもしれないけど、誰かまでは分からないはずよ」
ドラゴンと戦うんだから大きな音はするよな。ここに居る冒険者なんだから一流だろうし、偵察に来る可能性は高いか。バッチリ姿を見られるより、飛んでいる姿を遠目で見られる方がマシか。どうせ素材を卸しだしたらバレるんだろうし、その時までに確信を持たれなきゃ良いんだ。
後は山頂に行くか、中腹に行くか……普通なら山頂なんだろうけど、ドラゴンと戦うとか、男なら中腹一択だろう。なんたってドラゴンスレイヤーなんだし。
一応遠目でももっと分かりにくくするために、上着を羽織って顔を隠しておくか。遠くまで見えるスキルとか存在する可能性が高いからな。
「よし、準備完了。シルフィ、出来るだけ冒険者に気が付かれないように中腹までお願いね」
「分かったわ。視界に入らないように飛ぶから、急な方向転換には注意してね」
「了解」
***
「こ、怖かった」
そうだよね。ワイバーンって空を飛ぶんだよね。
「ごめんね裕太。あのルートが一番冒険者に見つからないルートだったんだけど、ワイバーンが気まぐれで進路を急に変えちゃったから、進路がぶつかっちゃったの」
「う、うん。大丈夫。何も無かったんだから問題無いよ。ありがとうシルフィ」
ただ。ワイバーンとワイバーンの間を抜ける瞬間、ワイバーンが大口を開けて噛みついて来た。風の繭に弾かれたけど、ちょっと洩らしそうになったのは内緒だ。
一瞬で引き離したから良く分からなかったけど、大きくてギザギザな歯が迫って来る瞬間だけは妙にハッキリと脳裏に焼き付いている。あの瞬間訳も分からず死を覚悟した。
「ゆーた。だいじょうぶ?」
冷や汗を掻いている俺を、ベル達が慰めてくれる。いかんなベル達に心配かけていては情けなさ過ぎる。ここは精一杯見栄を張るべき時だ。ちょっとガクガクしている膝に気合を入れて、真っ直ぐ大地に立つ。
「大丈夫だよ。ちょっと驚いただけ。心配しないで」
ベル達の頭を撫でながら大丈夫だとアピールする。そしてそのままベル達と戯れる。素晴らしく心が癒されるな。やっと落ち着いて来た。
「お待たせ。そろそろ行こうか」
「魔物は避けなくても良いのよね?」
「うん。戦ってみたいからね」
ビビったままでなのは情けないからな。ワイバーンもアサルトドラゴンもしっかり倒して、恐怖を払拭しよう。シルフィの案内で火山を登っていく。
***
「裕太。あれがアサルトドラゴンよ。巨体を生かした突進と、強靭な顎。鉄のように固い皮膚が特徴ね」
……ドラゴンだね。想像していたのよりゴツくてデカイ。寝そべっているのに小山のように見える。湿原で倒したジャイアントトードと同じ位だな。寝そべっていてその大きさって事は、三階建てのビルぐらいありそうだ。あれが全力で突進してくるって事か……。トイレ行っとこう。
岩陰でトイレを済まし、どうやって倒すのかを考える。首が落とせれば簡単なんだけど、そうなるとあの巨体の突進をまともに喰らう可能性がある。回り込みながら転倒させて首を落とす。そんな感じか。ならまずは足に攻撃だな。
ハンマーでぶっ叩くか、ノコギリで切り落とすか。どちらも行けそうな気がするんだけど……ノコギリの方が無難だな。シルフィが鉄のように固い皮膚って言ってたけど、開拓ツールのノコギリは鉄でもスパスパ切れるらしいから大丈夫だ。
「だいたいの戦い方も考えたし、そろそろ行くよ」
「裕太。自然の鎧も念のために纏っておきなさい」
……シルフィが風壁を張ってくれれば全て問題無いと思うんだけど、自然の鎧で行ける時は自然の鎧を押して来るよな。そしてキラキラした目で見て来るベル達に逆らえず、自然の鎧を纏う訳だ。今みたいに。
「じゃあ行ってくる。最初は一人で頑張るつもりだけど、危なかったら助けてね」
ちょっと情けない事を言ってしまうが、改めてあの巨体を見ると少しだけ心配になるよね。
「ゆーた。がんばってー」「キュキュー」「ぜったいにかてる」「クーーー」
応援してくれるベル達に手を振って、慎重にアサルトドラゴンに近づく。バレずに近づく事が出来たらなーって思っていたけど、やっぱり無理だった。アサルトドラゴンは俺の方を向いて立ち上がり、既に突進体勢だ。……まずは突撃を躱さないとな。
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