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六百七十六話 着々と

 

 祝福の地での仕事も一段落つき、サラのお願いから思いついた精霊図書館計画を実現させるため、祝福の地の本屋で本の買い占めを行うことにした。書店オーナーの抵抗で希少本を購入することはできなかったが、それなりの数の本を手に入れることはできた。




「お世話になりました」


「「「「お世話になりました」」」」


 玄関まで見送りに出てくれた侯爵に、俺と弟子達が頭を下げる。一緒にベル達も頭を下げているのだが、とてつもなく可愛い。この光景を世に広めることができたなら、たぶん戦争がなくなる。


「こちらこそ世話になった。その方達を家臣に迎え入れられぬことは残念だが、その気になったらいつでも訪ねてくるがよい」


 侯爵はまだ勧誘を諦めていないようだ。自分の別荘の玄関までとはいえ、侯爵自ら見送ってくれるのだから、かなり評価してくれているのだろう。


 侯爵は貴族特有の意識の高さはあるが、清濁併せ呑む度量と貴族としては優しい方のようなので仕えたら仕えたで悪くない気もするが、まあ、今の自由な生活の方が自分には合っているよね。


「ありがとうございます」


 お礼を言って馬車に乗り込む。ここで余計なことを言うと、また引き止められるからな。


 キャスアット君はヴィータが治療しただけあってしっかり元気を取り戻し、今では軽い散歩も問題なくなった。


 それでも不安が拭えないのか奥さんと共に随分引き止められた。


 ヴィータが治療したのだから大丈夫なのだけど、向こうは命の大精霊が治療したなんて分からないからね。


 馬車に乗り込み、ドアからもう一度侯爵に頭を下げて出発をお願いする。


 馬車が祝福の地の出口に向かって走り出す。よっぽどのことがなければ再びこの地に来ることもないだろうし、最後にしっかり風景を目に焼き付けておこう。



「んー。悪くない生活だったけど、自由になるとホッとするね」


 門から外に出てしばらく歩き、門からの視線が途切れると体の力が抜けた。扱いは丁寧だったが、それでも監視が付けられていたのでそれなりに肩が凝った。


「師匠、おれはくんれんがしたい!」


 体を解していると、マルコが元気いっぱいに話しかけてくる。


 侯爵家の別荘で暴れる訳にもいかないから、マルコ達は勉強漬けだった。動いて有り余った体力を発散したいのだろう。


「迷宮都市に戻るからそれまで我慢してくれ。向こうに着いたら少し時間があるから、ギルドで訓練するといい」


 さすがに迷宮を探索する時間は取れないが、リーさん達が沢山しごいてくれるだろう。


「うん!」


 マルコは待ちきれないのか、ふんすふんすと鼻息を漏らしている。俺は体育とかテンションが下がるタイプの文化系だったけど、マルコは間違いなく体育会系だな。


「シルフィ、お願い」


「分かったわ」


 さて、迷宮都市に出発だ。元々の予定では視察を終えたら楽園に戻るつもりだったが、色々と必要な物が発生したのでまずは迷宮都市だ。




 ***




「心が折れそうだ」


 迷宮都市に到着しトルクさんのところに宿を取ると、ベル達は屋台の確認、ジーナ達はギルドに訓練に出かけた。


 そして残った俺は……本の目録を作っている。


 最初は本が増えていくことを想像して楽しかったのだけど、一度に買い過ぎたせいで目録作りが終わらない。


 明日にはマリーさんに届けて、目録以外の本の仕入れを頼むつもりだから、これは今日中に終わらせないといけないのだが……もう本も全部預けて目録作りからお願いするかな?


 ……いや、後々の目録はお願いするとして、最初くらいは自分の力でやりきろう。




 ***




 なんとか目録は完成した。


 まあ、自分の力でと考えていたのに、結局ジーナとサラに手伝ってもらっちゃったけど。


 ……今日は一日忙しい予定だし、反省は後にするか。まずはマリーさんのところだな。おっと出発前にベル達とジーナ達に自由行動を伝えておこう。


 お店巡りで一日が終わるから、みんなには退屈だもんね。


「あ、裕太、ちょっといいかい?」


「マーサさん、おはようございます。大丈夫ですよ、どうかしましたか?」


 宿を出ようとするとマーサさんが声をかけてきた。


「ああ、今、うちの旦那には仕事以外で料理をしないように罰を与えているんだよ。悪いけど、なにか面白い食材があっても今回は旦那に渡さないようにしてくれるかい?」


 申し訳なさそうに言うマーサさんの表情の奥に修羅が見える。トルクさん、何をしたの? 浮気?


「えーっと、構いませんが理由を聞いても?」


 マーサさんとトルクさん、トルクさんにはとてもお世話になっているが、怖いのはマーサさんなので俺はマーサさんに従う。


 おばちゃんを敵に回すのは危険だ。


「ああ、助かるよ。理由はね―――」



 ものすごく愚痴を聞かされた。そしてトルクさんに同情の余地が無いことも理解した。


 別に悪いことをしたという訳ではない。


 ただ、研究に熱が入り過ぎたのだろう。


 どうやらトルクさんはラフバードの皮のカリカリに地味に衝撃を受けていたらしく、今まで捨てられていたものにも美味い物があるかもしれないと研究を始めたのだそうだ。


 それは素晴らしいことなのだけど、結果、宿で異臭騒ぎを起こしてしまい、マーサさんがブチ切れて罰が下されることになった。


 宿で異臭騒ぎは不味いよね。


 昨日今日とトルクさんの顔を見ていないのは偶然かと思っていたが、行動制限が掛けられているらしい。マーサさんの怒りは深く大きいようだ。


 しばらくはそっとしておくことにしよう。



「裕太さん、いらっしゃいませ」


 雑貨屋に到着すると、マリーさんとソニアさんが出迎えてくれた。一時期、俺を驚かせることに力を入れていたがようやく諦めたらしい。


 話が早く済んで助かると同時に、事前にシルフィから種を聞いてマウントが取れない寂しさも少し感じる。


 応接室に案内してもらい、まずは通常の商談。


 この辺りは慣れたもので手早く話が進んでいく。まあ貴重な薬草に関しては、少しでも増やせないかとあの手この手で交渉されるが、キッパリ断われば話は終わるのでそれほど苦労することもない。


 俺にとって重要なのは楽園で使う銅貨と、迷宮のコアに渡す廃棄予定物資と、各種お酒だから、それさえ確保できれば問題ない。


 迷宮のコアにお酒の錬金箱を作ってもらわないといけないから、廃棄予定物資は特に重要だ。


「では、倉庫にご案内しますね」


 マリーさんが笑顔で立ち上がる。たしかにいつもならその流れなのだが、俺にはまだお願いがある。


「まだお願いがあるので、ちょっと待ってください」


「儲け話ですか?」


 お願いに対する返事が儲け話ってどうなんだ? まあ、マリーさんだしな。


「購入依頼なので一応儲け話になりますかね? 最低でもそれなりの手数料はお支払いします」


「お伺いしましょう」


 目が爛々としているが、どれほど儲かるかは分からないよ? 本の代理購入と、図書館で使う立派な本棚を作ってくれる店の紹介だもん。


 まあ、とりあえず話すだけ話してみるか。



「……なるほど、巨大図書館ですか。お酒の購入ルートを利用すれば各地の書籍を集めるのは難しくありませんね。無論お金は掛かりますが」


「お金の方はマリーさんに預けているお金でなんとかなりますよね?」


 もういくら預けているか分からないくらいだが、それなりの回数商談を繰り返してきたから、それなりにお金が貯まっているはずだ。


「無論です。そこでなのですが、裕太さん、本棚だけではなく図書館の内装に関わる部分を王都に発注しませんか?」


 うん? ちょっと意味が分からない。


 俺的に図書館には本棚だろうということで、シックで重厚な感じの本棚を何パターンか作ってくれる家具屋を紹介してほしいだけだったのだが?


「なぜ王都に?」


「正直に言いますと、ちょっと迷宮都市がお金を儲けすぎているんです。裕太さんから卸される素材だけでも洒落にならない利益なのですが、それに加えて迷宮の翼やマッスルスターの方々、それ以外にも新たな調味料や料理、メルさんの工房のダマスカス、お金が迷宮都市に集まってしまっています」


 なんか凄く心当たりがある。


「無論、私共が卸した素材や税で王家も儲けてはいますが……」


 がっつり利権を確保している迷宮都市側の儲けが大きいんだね。

 

「マリーさんはお金を使っていないんですか?」


 お金の循環は大切なんだよ?


「無論使っています。クリソプレーズ王国各地にポルリウス商会の支店を開設していますし、他国にも手を伸ばしています。もはや大商会レベルです。ただ、裕太さんから預かっているお金を、すぐに回収できない部分に投資するのは躊躇われるので、この辺りでパーっと使ってみませんか? という御提案です」


「……どれだけお金が貯まっているんですか?」


「前の決算の時で白金貨四万枚を超えていたかと。詳しく計算し直しますか?」


 万を越えていた。たぶん若返り草の儲けが凄いんだろうな。ただでさえ希少価値が高いのに、繰り返し使うタイプの物だからいつまで経っても供給が間に合わず、卸せば卸すほど儲かるのだろう。 


 預けているお金を使ってもらうことは問題はない。問題はないのだが……。


「いえ、計算はいいです。でも、とりあえず保留でお願いしても良いですか? まだ図書館をどのような内装にするかも決まっていないんです」


 俺としては色々と妄想しながら徐々に形を作っていきたいと思っている。その楽しみがなくなるのは困る。


 そもそも箱すら完成していないんだよね。


「もちろんです。注文を出す時に王都を選択肢に含めていただくだけで助かります」


 この様子だと、マリーさんも王都のお偉いさんから何か言われているのかもしれないな。


 出る杭を打つのはこの世界でもありそうだし、目立つマリーさんに苦言を呈する人も居るだろう。


 そうじゃなかったらそれなりに利益になるであろう俺の注文に噛もうとしないはずがない。


 いや、前々から苦言を言われていて、のらりくらりと躱していたのが正解か?


 それで自分の本業から外れている俺の注文を聞いて、それを王都に斡旋してお茶を濁そうとしているのかもしれない。


 俺としては注文した品物が適正価格でちゃんと届けばいいし、その辺りの面倒ごとには関わらないようにしよう。


 下手に関わると、問題が起きた時に絶対に泣きつかれる。まあ、関わってなくても泣きつかれる気がするけど……。


 とりあえず図書館の準備は着々と整っているから、それだけは良かったと思おう。


明日4/24日にコミックス版『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の第9巻が発売されます。

弟子達の勧誘からの新生活、巻末にはSSもありますので、手に取って頂けましたら幸いです。

よろしくお願いいたします。


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お金貯まるばかりで経済が…… とはいえ精霊へ渡すお金以外でなんか欲しいもんとかないんですかね?
[良い点] どんな図書館が出きるか楽しみです。 [一言] コミック、電子書籍版を買いました。 シルフィの表情が好き。
[一言] コミカライズ続いててなによりです
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