六百七十三話 ちょっとした思い付き
微妙な立場に立たされた侍女をフォローするために、伯爵領の領都近くに巨大で頑丈で無意味な石橋をノモスに建ててもらった。途中で労働交渉的なイベントも発生したが、そちらもなんとか引き分けに持ち込めたので、あとはシルフィの作戦が上手くいくのを祈るだけだ。
うーん、お昼を過ぎてもシルフィが戻ってこない。
伯爵領の反応が知りたいのだけど、まだ落ち着いていないのかな?
俺も弟子達もそろそろここに滞在するのに飽きてきている。自由に外を散歩できるのであれば違うのだが、護衛付きだと落ち着いて散歩もできない。
だから俺はキャス君の簡単な診察が終わるとやることがなくなるし、ジーナ達は診察すらないから今はサラに教わって勉強をしている。
ジーナ達は俺と出会ってから基本的に自由だったから、今の生活が微妙に窮屈で辛そうだ。
食事に関してもちょっと問題がある。
湖の魚や貝は美味しいし侯爵家だけあって食材の品質も良いのだけど、調味料が……。
ここでも布教を始めようかと思いはしたが、中途半端になるので我慢している状況だ。
自分達の料理を食べても良いのだが、部屋の外には護衛兼見張りが居るのでなかなか難しいから、今はコッソリベル達にご飯を食べさせるだけにしている。
まあ、ベル達はそのコッソリご飯を食べるというシチュエーションが気に入ったらしく、楽しそうにしているから俺も少しホッコリしている。
サラ達と少しは元気になったキャス君を遊ばせることができれば弟子達の無聊も少しは慰められるのだが、こちらでも少し問題が発生した。
治療が終わってキャス君が少し元気になったので、紹介がてらジーナ達をキャス君に会わせたのだけど、キャス君がちょっとだけサラにポっとしたらしい。
俺はまったく気がつかなかったのだが、優秀な侯爵家の侍女は違うらしく素早く侯爵に報告がいくことになる。
それで俺も侯爵から呼び出されて、また俺が勧誘される。弟子の為にも侯爵家に仕えないか? と。
断るとサラを侍女としてキャスアットに仕えさせないか? という話に変わり、俺は保護者としてサラと話をすることになった。
話を聞いた時は、青春だとか、甘酸っぱいとか、簡単にはサラをやらんとか、面白半分に考えていたのだけど、貴族は行動がガチで怖い。
たぶん俺が普通の冒険者だったら、侯爵もサラとの関係を許さなかった。でも、俺が普通の冒険者ではないからサラを切っ掛けに縁を結ぼうと画策したのだと思う。
少年の淡い恋心をそっと応援するような優しさは、貴族の世界では考慮に値しないのだろう。世知辛い。
それで子供相手に恋愛の確認という、なんだかとっても気まずい行為をしたのだけど、サラの方も考慮に値しない様子でアッサリ否定された。
侯爵家に仕えるくらいならお兄様に仕えますとバッサリで、こちらも甘酸っぱい感情とは無縁のようだった。
まあサラの場合は色々と苦労しているからこういう反応は予想できたし、俺の力不足でもあるから文句は言えない。
年上のジーナも含めて先生役をさせたり、マルコとキッカのお姉さん役を任せたりと子供らしい環境を奪ってしまっている。
甘やかすことは可能ではあるのだが、サラ自身がストイックだから甘やかしても受け入れない可能性が高いんだよね。
ふむ、勉強会が終わったら、先生役をしているサラに報酬として何か欲しい物がないか聞いてみるか。
報酬としてじゃなくても、欲しいならなんでも買ってあげるんだけど、うちの弟子達は物を欲しがらないから困る。
というか、普通に冒険者としても稼げるから、一番幼いキッカでさえ自分で買おうと思えば何でも自力で買えるんだよね。
「―――というわけで、報酬として何か欲しい物はないかな?」
「欲しい物ですか?」
サラがキョトンとした顔をしている。
「うん」
「お師匠様には沢山の物を頂いていますから必要な物は全て揃っていますし、私はお師匠様の弟子なのですから、そのお手伝いをしただけで報酬を頂くのも道理に合わないと思います」
なんかサラ、出会った当初と比べても更にしっかりした気がする。子供の成長って早いね。道理って……。
「まあ、そうなのかもしれないけど、師匠としては弟子が仕事をしたら褒めるのも道理でしょ? だから何か欲しい物があれば言うといいよ。あ、別に必要限定じゃないからね。趣味とか遊び道具とかでもいいよ」
なんで子供に物を買ってあげる為だけの俺は必死になっているのだろう? 俺が子供の頃は何か買ってくれると言われたら喜んでゲームとか要求していたんだけど……あれ? 前にも同じことを思った気がする。
そういえば前にもサラに何か報酬をって考えて、結局果たせなくてそのままになっていたな。今回こそはちゃんとしよう。
「サラ、頑張って何か考えて」
「えーっと……では、本が欲しいです」
俺の必死の思いが届いたのか、サラがなんとか欲しい物を絞り出してくれた。
なるほど、本か。
サラと本……凄く似合う。文学少女、ちょっと伊達でいいから眼鏡をかけてほしい。
「すみません。高価な物をお願いしてしまって」
俺がくだらない想像をしていると、サラが困った様子で頭を下げた。そういえばこの世界は本が高価だったな。
でも本か。楽園に図書館があったら素敵な気がする。
楽園図書館とか精霊図書館とか、それで何百年、何千年も後に、どこかに精霊が管理する幻の図書館がある的な噂が立って、書籍狂い達の憧れになったら面白いよね。
あ、でも、精霊に管理を任せるとしても、精霊だと書籍の収集が難しいか。ふむ……とりあえず箱を作ってから考えよう。
俺が生きている間ならどうにでもなるし、死ぬまでには面白い継承システムが思いつくかもしれない。
なにより、新たに作る精霊の村には古いタイプの図書館が良く似合うはず。
日本の凄く古い図書館も雰囲気があってカッコいいが、今なら西洋スタイルの映画とかファンタジーなゲームとかで出てくる羊皮紙の本が並んでいるようなカッコいい図書館を造ることも可能かもしれない。
「お金は問題ないよ。よし、図書館を造ろう!」
「へ? あの、お師匠様?」
「やっぱり図書館には本が沢山必要だよね。そうだ、ここって知識層が集まる場所でもあるし、本も売っているかも。執事さんに聞いてみようか」
なんかテンションが上がってきた。
***
「あら裕太、なんだか楽しそうね」
「あ、シルフィ、ヴィータ、お帰り。ごめんね面倒な事をお願いして」
シルフィとヴィータが夜もふけて帰ってきた。
「構わないわ。それで、なんでそんなに楽しそうなの?」
「ああ、ちょっと図書館を造ろうかと思って色々と考えていたら楽しくなっちゃったんだ」
ぶっちゃけ、テンションが上がり過ぎて、報酬を与えるつもりだったサラを引かせてしまうくらいはしゃいでしまった。
なんというか、映画やゲームの世界を自分で再現できると思うと、ビックリするくらい楽しく感じてしまったのだ。
精霊の村どころか楽園という聖域を造っているんだから今更なんだけど、こちらは開拓初期からの惰性であり、規模が大きすぎて現実感がなかったから冷静でいられた。
でも、図書館、しかも古くてファンタジーっぽい図書館を造るとなると、規模は大きいが想像の範囲内で、でも、俺の心の中の幼い部分を盛大に刺激するロマンを伴っていた。
そうなると自分が抑えきれず、色々と考えてしまう。
今考えていたのは、可動式本棚は古代図書館のロマンと適応するのか、だ。
魔法的な力で可動する本棚は確実にロマンと適応するのだが、それを実現するのは難しい。レール式の本棚は実現できそうだが、古代というよりも近代に近いイメージでロマンと喧嘩する気がする。
それなら大空間で天井まで本棚で埋め尽くした、実用性を犠牲にした図書館の方が俺のロマンに適応する。
でも、だからといって実用性を犠牲にするのはうんぬんかんぬんとジレンマに陥っていた。
まあ、その悩みすらも楽しいから困るんだけど、それ以前に、そんなに大量の本を用意できるのか? という問題もある。
執事さんに祝福の地の本屋を聞いたから、明日確認してから規模を考えた方が良いかもしれない。
執事さんに、本屋を屋敷に呼び出しますか? なんてお貴族様な提案をされたが、買いしめも考えているので店に直接出向くつもりだ。
「へー、本をたくさん集めるつもりなのね。その中に人の醸造技術を書いた本とかあるのかしら?」
「え? さあ、明日本屋で聞いてみるよ」
本の話題でもお酒が出てくるのか。でも、時代的に技術書となると難しそうな気がする。中世は知識を広めるよりも秘めて利用する方が普通だもんね。
でも、銘酒百選とかならあるかもしれない。お酒の種類は少ないみたいだけど、地方毎に味が違うし、お酒好きなら調べている人が居てもおかしくない。
「ええ、楽しみにしているわ」
一瞬、精霊と本の関係に疑問を持ったが、聖域なら精霊も普通に実体化できるから、本を読むのも簡単なんだよな。
そうなると天井まで届く本棚はアリかもしれない。だって精霊は飛べるもん。
優雅に飛びながら本を探す精霊……アリだ。
ふむ、図書館名は楽園図書館と精霊図書館で迷っていたが、精霊図書館の方が状況にマッチする気がしてきた。
サラ図書館は却下されちゃったもんな。まあ、施設に自分の名前を付ける恥ずかしさには共感できるからすぐに納得して取り下げたけど。
「あ、そうだ、図書館の話をしている場合じゃなかったんだ。シルフィ、伯爵の反応はどうだったの?」
本題を忘れたら駄目だろ。まあシルフィがのんびり図書館の話に付き合ってくれたから緊急の問題はないのだろうが、それならこの時間までかかった理由が知りたい。
読んでくださってありがとうございます。




