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六百七十一話 え? 偽物?

 祝福の地をオマージュすることに方針を変え、幾分気持ちが楽になったと熟睡していたらシルフィに起こされた。どうやら実行犯である侍女の身柄を子爵家に嫌がらせしていた伯爵家が狙っているらしい。




 決断は俺の役目か。


 たしかにそこまでシルフィに任せるのは甘え過ぎになる。


 なんで俺がこんなことで悩まないといけないのかという疑問は多々あるが、関わってしまったのだからなにがしかの結論を出す必要があるのだろう。


 ……そうなると、情報が足りない。


(シルフィ、伯爵家の評判はどうなの?)


「伯爵家ね。こちらも家の発展を願う典型的な貴族ね。ただ、子爵家と比べると狡猾よ。税も子爵領よりも若干重いし、領民に対する締め付けも少しきつい。でもちゃんと生きていける範囲で治めてはいるわ」


(……そうなんだ)


 中途半端。あまりにも中途半端。


 俺の中では子爵領に嫌がらせをするくらいだし、重税、圧政、弾圧は当たり前で、領民のキレイどころを献上させたり賄賂に塗れていたりとやりたい放題している予想をしていた。


 それを知った俺が、そんな悪党は許しておけぬと成敗して完了できれば簡単だったのだけど、世界は俺に勧善懲悪の主人公をさせてくれるほど優しくなかったらしい。


 でもまあ当たり前か。やり過ぎたら反乱がおこり、それにより家が傾くなんてことは少し考えれば分かるのだから、飛び抜けた愚か者でもないかぎり程度くらい弁えている。 


 子爵領を脅していたからかなり悪辣なイメージを抱いていたが、考えてみたらこの世界って地球の中世レベルなんだよな。


 漫画知識だが地球でも中世は色々とエゲツナかったのに、魔法やら魔物やらダンジョンやらとファンタジー要素が満載なこの世界で、しかも貴族なんて特権階級なのだから脅しも暗殺も一つの手段でしかないのだろう。


 ファンタジーな世界なのだから、ガッリ侯爵みたいに分かりやすい敵が良かった。そうだったら心置きなく『シルフィ先生、お願いします!』でケリがついたのに。


 シルフィの言葉から考えるに、少し苦しいが普通に生活できるレベルの政治を行っているんだろうな。


 もしかしたら『百姓は生かさず殺さず』的な政策が基本だった日本のとある時代よりも幸せなくらいかもしれない。


 そんな政治をしている伯爵家をどうにかして、その地の領民が苦しむことになったら寝覚めが悪いにも程がある。


 どうにか俺の心に負担がかからず、手間もかからない着地点はないのだろうか?


(そういえば、伯爵側は石橋を壊そうとしなかったの?)


 そうすれば状況は前に戻るから、侍女の身柄を確保する必要もない。伯爵側からすれば当然考える選択なはずだ。


「したわよ。でも、ノモスが架けた石橋が簡単に壊れる訳ないじゃない。それに、今は子爵家の兵士が警戒しているから橋を壊すのはもう無理ね」


 あ、既に実行されていて、石橋がその攻撃を弾き返したようだ。ノモスのことだから、カッチカチの石橋を造ったんだろう。


 なんかあれだな、ノリと勢いで架けてもらった石橋だけど、何百年後とかに世界遺産になりそうだな。


 いや、無理か。土の大精霊が造った凄い石橋だけど、センスが皆無だから芸術性も皆無なんだよね。


 古くから残るなんか無機質で頑丈な石橋ってことで落ち着きそうな気がする。


 それにしても、石橋はもう襲撃されていたか。それを失敗したのなら、なんとか侍女の身柄を確保しようとするかもしれないな。捜査技術が発達していないから生き証人の存在は大きいはずだ。


 ……結局どうしていいか分からない。というかなんでこんなことで悩まないといけないのだろう?


 んー……放置して様子見をしたいところだけど、あと数日で楽園に戻るつもりなのでそれまでに決着を付けたい。


(……シルフィ、ちょっとそこで寝ているディーネを起こしてくれる? 湖の魚を手に入れておきたいんだ)


 決着をつけておきたいが、名案が思い付かないのでとりあえず先に湖の美味しい魚をゲットしておこう。時間を空ければ名案を思い付く可能性もある。




 ***




「そうか、君が侯爵家の専属になってくれると安心なのだが無理か」


 夜中にたっぷりと密漁もとい資源調査をした翌昼、侯爵に呼ばれて少しドキッとしてしまったが、本題がスカウトだったので俺も安心した。


「お誘いは光栄なのですが、私は旅の途中で帰る場所もありますので、こちらに留まる訳にはいかないのです。申し訳ありません」


「家、いや、屋敷も用意するし家族が居るのならその家族の旅費や滞在場所、仕事も用意するが?」


 ものすごい好条件だな。月々の報酬も目が飛び出そうな金額を提示されたし、最初は騎士爵だが追々男爵果ては……などと爵位までほのめかされている。


 おそらく、この世界でもトップクラスの好条件だろう。アルバイトが超一流企業から役員待遇でヘッドハンティングされるレベルかもしれない。


 でも、お金は使いきれないほど確保しているし、俺が優先するのは楽園やお世話になった精霊達だと決めている。


 とはいえ、権力で従えようとせずに誠心誠意真正面から交渉してきたことには好感を覚える。


 拒否を続けるとどうなるか分からないし、せっかく助けたキャス君を不幸にするのもしのびないから敵対せずに穏便に別れられるようにしたい。 


「私も貴族という訳ではありませんが、村長のような役割を担っている立場でもありますので身軽に籍を移す訳にはいかないのです」


 人口は俺も含めて五人だけどね。でも、精霊なら沢山居るし、精霊樹のサクラも居るから立派な村だと主張したい。


「そなたは冒険者ではなかったのか?」


「冒険者であり、秘境の隠里の長でもあるとご理解ください」


 一応死の大地も秘境扱いしていいよね?


「ああ、実力者が隠れ住む地なら聞いたことがある。その出稼ぎに長自らが出向いた訳か。惜しいが、それならば無理を言う訳にはいかぬな」


 ……なんか凄い誤解が生まれた気がする。


 実力者が隠れ住む地? あれかな? ラノベとかで偶にある、世間の柵を嫌った実力者が集まってできた村的なやつかな?


 マジか、そんな村が本当に存在するのか。


 ……とりあえず笑顔で誤魔化しておこう。誤解とはいえモメずに別れられるなら訂正する必要はない。


 色々と断る手段は考えていたのだが、無理なく断れるのであれば喜んで受け入れよう。




 ***




 湖の魚も十分に手に入れた。キャス君の経過も順調だ。このまま楽園に帰っても問題はないのだが、立つ鳥跡を濁さずの精神で、最後の面倒事を片付けておこう。


 という訳で俺はシルフィに連れられて伯爵が住む領都にやってきた。


 草木も眠る丑三つ時、俺の頭の中にはミッションでインでポッシブル的なミュージックが流れているのだが、一つだけ不安なことがある。


「ねえシルフィ。本当に大丈夫なの?」


「大丈夫よ。裕太も納得したんだから覚悟を決めなさい」


 納得、たしかに納得はした。


 色々なところに大きな迷惑を掛けず、それでいて伯爵が子爵領や侍女に手を出さなくなるような名案が思い付かず、それでシルフィ達に頼った。


 シルフィ達がこれで大丈夫と言う案を出してくれて、たしかにそれなら大丈夫だと俺も納得して伯爵領まで飛んできた。


 でも、飛んでくる間に、本当に大丈夫なのかとても不安になってしまった。


 だって、悩みに悩んでちょっとおかしくなっていた上に、あきらかに俺、深夜のテンションだったもん。


 代案が思いつかない俺が文句を言うのは筋違いだと承知しているが、基本的に深夜のテンションが危険なことも重々承知しているので不安が拭えない。


 なんとなく出直したい気分なのだが、シルフィがサッサとしなさいという目で俺を見ているので諦める。


「ノモス、召喚」


「裕太よ。話は聞いておるが、ちょっと扱き使い過ぎじゃないかの?」


 召喚されたノモスが挨拶の前に文句を言ってくる。


 ぶっちゃけるとそれほど扱き使っている訳ではないのだが、任せている作業が芸術的センスを必要とする祝福の地のオマージュなので、ノモスの精神に多大な負荷が掛かっているのは否定できない。


「えっと、後でお酒を多めに出すから頑張ってくれ」


「それでは足らんな」


「なんですと? え? 偽物?」


 ノモスがお酒を断わる? 天変地異の前触れですか?


「お主が召喚したのに偽物なはずあるか! あれだけの苦行を儂に課したのじゃ。ただの酒では割に合わんと言うておる」


 ただ祝福の地を再現できるように調べてもらっているだけなんだけどね。苦手にしているのは理解していたが、まさか苦行レベルの苦痛を感じていたのは予想外だった。


 それでいいのか大精霊とか、一応契約しているんだから頑張ってよと言いたい気持ちもあるが、苦手だと分かっている作業を押し付けている弱みもある。要望を聞いてみよう。


「なにが望み? 飲みたいお酒があるなら買いに行くことも考えるよ」


「うむ。それは別の機会に頼む。儂からの要望はただ一つ、お主が後回しにしておる東側のスペースについてじゃ」


「えーっと、それって楽園でのことだよね? もしかして精霊の村より先に醸造所を造れってこと?」


 ノモスがチビッ子達よりも自分を優先するのは少し違和感がある。もしかして本当に偽物?


「違う。お主、無制限に醸造所を増やさんように画策しておるじゃろう」


 なんでバレた? あ、シルフィが目を背けた。おそらく俺がどこかで呟いた言葉を拾ったんだな。


「別に無制限にしろなどとは言わん。元々の予定よりも一棟多く醸造所を建てる許可を要求する」


 あ、これ、大変なことを頼むたびに醸造所が増えるパターンだ。


 ちょっとした俺のお願いに醸造所を要求してくるほどシルフィ達は図々しくないが、逆に言えば大変なお願いをすれば確実に要求されるだろう。


 くぅ、今まではお酒を貢げばなんとでもなったのに、難しい制限ができてしまう。


 チラッとノモスを見るが、一歩も引かない構えだ。


 ……難しいことを大精霊に頼む機会は少ないのだが、なんか怖いな。


「で、どうするんじゃ?」


「す、少し考えさせて」


 どうしよう。伯爵家の対応の前に、難題が発生してしまった。


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] もしこの段階で精霊を見限ろうもんなら ただ水も緑もない死の大地を砕いて掘るだけしかできない男がぽつんと残るだけになるのだが
[気になる点] そう言えば、人類誕生前から存在しているなら、お酒飲む上級精霊以上も結構いるのかな? 万、億いってたら確かにお酒は足りなそう。
[一言] まあ、それでも大精霊の力使い放題なら、安いんだろうけど。 お酒も裕太が心配して制限しているだけだし、ほぼ広いいくらでも拡張できるところに1棟だけって、一応は気を使ったのかな。
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