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六百七十話 不器用ですから

 祝福の地の視察。屋台がないことでベル達が落ち込んだり、祝福の地にあるお店が自然と調和しながらも細かい装飾がほどこされた一級品だったり、その中の店も建物に見合った高級店で商品に興味が持てなかったりとなかなか大変だった。




「師匠、しごとだってわかるけど、たいくつだ」


 マルコが豪華な部屋のソファーに寝ころび、若干よどんだ目をこちらに向けてくる。


 そのマルコの上にはキッカが乗っかっていて、兄妹仲良くホッコリしなくもないのだが申し訳なさも感じる。


 ぶっちゃけ、俺もマルコ同様に退屈に殺されそうだからだ。


「悪いけどあと数日我慢してくれ。あ、いい機会だし、本格的に勉強するか。サラ、悪いけどジーナ達に勉強を教えてあげてくれ」


 暇を見てチョコチョコと勉強会は開いているが、精霊術等の冒険者向けの学習が優先されているのでその頻度は少ない。


 勉強合宿開催だな。


「げ、あたしもか?」


 突然の不意打ちにジーナが顔をしかめる。


「ジーナは計算は問題ないけど、読み書きは多少怪しかったよね?」


 ジーナも場末の食堂の娘なので、勉強方面はそれほどしっかり教育されていた訳ではなく、幼いながらも貴族の娘として教育されたサラに知識は劣る。


「まあ、そうだけど、それでも日常生活に問題ないくらいはできるんだぜ?」


「日常生活はね。ジーナ達は俺の弟子なんだから、日常を逸脱する可能性も割と高いしちゃんと学んでおいた方が良いと思うよ。ほら、マルコとキッカを見習うように」 


「あー、そうだよな。今も侯爵家の客室に宿泊しているし、多少は知恵を付けとかなきゃ不味いよな。……仕方がないか」


 ジーナが現状を考え納得する。俺は将来のことを言ったつもりだったが、ジーナはすでに日常を逸脱していると判断したようだ。否定できない。


 ジーナは若干面倒臭そうだが、マルコとキッカは嬉々として魔法の鞄からお勉強グッズを取り出している。


 意外なことにマルコとキッカも勉強が割と好きだ。


 最初は面倒臭がって体を動かすことを好んでいたが、サラの教師としての腕前が素晴らしいのか、徐々に学ぶことを楽しむようになっていった。


「サラ、お願いね」


「はい。私が教えられることだけですが頑張ります」


 サラがムンと気合を入れて応えてくれる。そうか、サラが教えられることだけか……サラに勉強を教えられる教師を探した方が良いかもな。


 それと、後でご褒美も上げよう。


 学習を始めた弟子達を見守りつつ、今度は俺がソファーに寝ころぶ。暇だ。


 ベル達は湖に遊びに行っているし、俺も患者の診察が終わればやることがなくて退屈になる。


 もう少し祝福の地が楽しければ毎日外出するのだが、残念なことにハイソな空間を楽しめるほど俺の精神は上等ではなかった。


 現在はノモスとドリーを召喚し、祝福の地を丸パク……オマージュするための情報収集をお願いしている。


 ノモスは芸術的センスが壊滅していても大精霊なので、素材の再現は問題ない。建物と植物の一体感はドリーがなんとかしてくれるはずだから、たぶんなんとかなるだろう。


 店や人は高級すぎて馴染まないが、シトリンが気に入ったようにこの地の風情は素晴らしい。


 この風景をできるだけ再現した場所で精霊達が楽しく過ごす姿を想像すれば、折れそうになった心も少しは復活しやる気も湧いてくるというものだ。


 まあ、俺にできることは少ないんだけどね。


 うーん、シルフィとヴィータは今頃どうしているかな?


 祝福の地の視察当日、予定通り子爵家の使者が到着し、侯爵とお話しした翌日には実行犯の侍女を連れて子爵領に戻っていった。


 それにくっついてシルフィとヴィータも旅立ったのだが、数日たっても戻ってこないので少し心配になる。


 召喚すれば簡単なのだけど、シルフィが戻ってこないのはその必要がないからか忙しいからだと思うので、呼び戻すのも躊躇してしまう。


 侯爵嫡子の診察はムーンでなんとかなるから、ヴィータを呼び戻すのも微妙だ。なんか村長のメンタルがヤバいらしいから、迂闊に呼び戻すのも怖い。


「裕太ちゃん、ただいまー」


 悩んでいるとディーネが部屋に戻ってきた。


(お帰りディーネ。どうだった?)


 外に護衛が控えているので、精霊と話す時は念のために小声にしているのだが、それも数日続くと少し面倒になってくる。


「調べたけど問題ないわー。他に影響を与えずに魚を捕ることは可能よー」


(そっか。じゃあシルフィが戻ってきたら夜にコッソリ抜け出すから、その時はよろしくね)


「分かったわー。お姉ちゃんにお任せー」


 ムフンと胸を張るディーネ。ベル達がやるなら微笑ましいのだけど、ディーネがやると凄いな。何がとは言わないけど、とても凄い。


 お礼として小さな酒樽を渡し、死角で静かに呑むように指示を出す。


 さて、これで魚の目途は立った。


 神の涙という湖の下流にあるネルの町で、焼き魚を食べて本場の祝福の地で魚を仕入れることを決意した。


 その魚は当然侯爵家の晩餐でも供され、その味は見事な物だった。


 だから仕入れて帰りたいとお願いしたのだけど、神の涙の品は王侯貴族に独占されていて、一般での販売はやっていないとのこと。


 権力者が良い物を独占する、その構図は分からなくもないが納得できるかどうかは別だ。


 犯罪は嫌だし精霊を悪事に巻き込むのはもってのほかなのだが、美味しいお魚を楽園の皆にお土産にするためには仕方がないと、俺は自分に甘々な決断をした。 


 まあ、王侯貴族の独占が湖の資源を守るためかもしれないので、そのへんをディーネに調査してもらったが、問題ないとのことなので少しだけお魚をわけてもらうことにしよう。


 アレだ、密漁ではなく特殊な環境で生きる水生生物に対する学術的な感じのアレだ。だからしょうがないことなんだ。たぶん。


 それにしても、今回大精霊が大活躍だな。


 今までも色々とあったが、大精霊がフル稼働なのは初めてだ。


 シルフィとヴィータは子爵領、ディーネとノモスとドリーは祝福の地の視察、イフは楽園全体の管理。


 イフだけいつもと変わらないじゃんと思わなくもないが、ちびっ子達の面倒をしっかり見るタイプの姉御はだなイフだから、楽園の管理を任されるとのんきにお酒を造ってはいられないだろう。


 まさしく大精霊がフル稼働。


 戦力的には国どころか大陸を支配できそうなメンツなのに、その原因がただの視察旅行というのが自分でも意味が分からないな。




 ***




「裕太、裕太、悪いけどちょっと起きて」


「ん? ああ……シルフィ……?」


 なんだ? えーっと、寝てた? ああ、寝ていたな。今日は晩餐にも呼ばれず、部屋でみんなと食事を摂った後のんびりしてベッドに入った覚えがある。


 つまり、俺はシルフィに起こされたってこと……それって緊急事態なのでは?


「! シルフィ、どうしたの? なにかあった?」


「ちょっと静かに、外に護衛が居るのよ」


 パッと目が覚め焦って声を上げると叱られてしまった。そういえば護衛という名の監視が居たな。


(ごめん。えーっと、それで、こんな夜中にどうしたの?)


「ようやく侍女が安全になったから知らせに来たのよ」


 ようやく?


(もしかして侍女の命が狙われたの?)


 子爵の叔父さん、決断力があるようだから疑っていたけど、本当に口封じに走ったのか。貴族って怖いね。


「いえ、命というよりも身柄を狙われたようね」


(ん? どういうこと?)


「子爵領に嫌がらせをしていた伯爵家が石橋のことに気がついて、その対策に侍女の身柄を手に入れようとしたみたいね」


 ん? えーっと、ああ、そういうことか。陸の孤島状態の子爵家を脅してやらせた犯罪の証拠を押さえて、もう一度首根っこをひっつかまえようとしたのか。


 侯爵家の嫡男に毒を盛ったのが侯爵にバレたら、子爵家も困ったことになるもんね。


(あれ? だったらその侍女、子爵家に殺されるんじゃ?)


 相手に弱みを握られるくらいなら先に口封じパターンだろ。


「それは今のところ大丈夫ね」


(どうして?)


「子爵家に戻った侍女が直ぐに行方不明なんてことになれば、侯爵家も疑念を持つ。そこで伯爵家が騒ごうものなら面倒な事になる。最悪口封じは必要だが今は守るべきだって、子爵の叔父が言っていたわ」


 王侯貴族怖い。


(もうどこかに逃がした方が良いかな?)


「どうかしら? 子爵側も脅したとはいえ、できれば領民を殺したくないという考えみたいよ?」


 うーん、俺が言うのもなんだけど、ずいぶんと甘ちゃんな気がする。政治のことなんか漫画等でしか知らないが、自分や家に危険があるのなら冷酷非情になるのが貴族ってもんじゃないのか?


 ……そういえば俺、子爵家のことほとんど何も知らないな。


(シルフィ。子爵家ってどういうタイプの貴族なの?)


「タイプ? そうね、それほど情報を集めた訳じゃないから、印象でしかないけど構わない?」


(うん、お願い)


「了解。そうね、不器用な貴族かしら。家と領を発展させることが第一で、そのためにちゃんと領地運営を行う。特に領民に優しい訳でもなく厳しい訳でもない。ごく一般的な貴族ね」


 え? どうしよう、反応に困る。


 こういう場合、貴族が実はいい人で領民思いだったり、実は極悪で裏で悪いことをしまくったりしているのがパターンなんじゃないの?


 ちょっと不器用な普通の貴族ってなに?


 ……ああ、だから追い詰められて毒を盛ったり、それなのに侍女を殺したくはないと真っ当な考えだったりと一貫していないんだな。


 たぶん、貴族に向いていないタイプだ。


 無茶をしないぶん領民にとっては悪くないが、要領が悪いからつけこまれやすい。今回の件も色々と悩んで迷走した感じか。


 ヤバいな。真面目で不器用なタイプを追い詰めると、暴走して予想外のことをやらかすぞ。


(シルフィ、どうしたらいいと思う?)


「それを聞きに戻ってきたのよ。私達精霊に政治なんて関係ないんだから、決断は裕太がしなさい」


 俺も決断は苦手なんだけどな。


 ……とりあえずどうしよう? 深く関わりたくないけど、見ないふりをするのも寝覚めが悪い。


 侯爵の後妻のローズさんも、結構というか、かなりいい人なんだよね……。


3/12日、コミックブースト様にて『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の第62話が更新されました。

ディーネとの契約など盛りだくさんですのでお楽しみいただけましたら幸いです。

よろしくお願いいたします。


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言]  サラの教師になれるかなあとも思ったけど、表立って「侍女くれ!」と言い出したら「バレてる!ヤバい!」と暴発の引き金になりかねないんだよねえ。連れ戻されちゃってるのがとてもイタい。口封じの直後…
[一言] サラ育成計画!いやまじめに教える人いないけどな好きなだけ本とか与えなさいよ! ディーネのおっぱい漫画になるとやっぱり大きいです 貴重なおっぱい要因
[一言] 村長さんヴィータのメンタルケアないとヤバイくらいヤバいのか がんばって生きてくれ 保養地の風景、出来るならスマホで撮影すればいいんだろうけどアイテムボックスの奥深くに大切に保管されてるしな…
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