六百六十九話 なんとかならないかな?
ケンネル侯爵家嫡男の治療が無事に完了し、暗殺の件も一応だが解決の目途が立った。まあその陰で子爵領と石橋近くの村が大騒ぎになり、一人の村長の精神が犠牲にはなったが、割と平和的に解決できたのではと自画自賛している。あとはのんびりと祝福の地の視察を終わらせるだけだ。
「散歩でございますか?」
たいそうなご馳走でもてなされた翌朝、朝食と念のための診察を終えた俺はさっそく本来の目的を果たすための行動を起こした。
侯爵家の料理は割と美味しく、部屋は豪華すぎるがそのクオリティに比例して快適だった。
そのため、多少のんびりしようかとも思ったが、午前中に子爵家の使者が到着するようなのでお出掛けしたいと執事さんにお願いする。
「はい、馬車から見た祝福の地の景色が美しかったので、のんびり歩いて見て回りたいと思いまして。駄目ですか?」
使者が到着しても自分と関わる可能性は低いと思うが、何かの拍子で巻き込まれるのは嫌なので距離が取りたい。
犯人の侍女に関しては、シルフィとヴィータが一緒に子爵領に向かう予定だから問題はないはずだ。
それ以降は関わらない。政治案件とはキッパリと縁切りだ。
「駄目という訳ではありませんが、この辺りは移動の制限が厳しく、歩き回ることができるのは商人区画がメインになります。それでも護衛の同行が必須ですが、手配いたしますか?」
移動の制限か。この辺りは王侯貴族の別荘区画だからだろうな。
それは問題ない。祝福の地に入った時点で心にダメージを受けたのに、それよりも更に立派な区画を参考にするつもりはない。心が不安で押しつぶされる。
護衛の同行も当然だよね。侯爵家当主自らが門番と約束していたのだから、それを破らせるのは不味い。
「はい、それで構いません。お手数ですが手配をお願いします」
「畏まりました。準備に多少のお時間を頂けますか?」
「はい」
「では、準備が整いましたらお迎えに上がります」
「お願いします」
……ふいー。この世界に来てから自由な生活をしていたから、執事さんのようなピシっとした相手と話すと地味に疲れるようになってしまった。
もし日本に戻れたら社会人としてかなり苦労するかもしれない。
……んー、そうか、もしかしたら突然この世界に来たように突然日本に戻る可能性もあるんだよな。
家族や友人を思えば戻りたいという気持ちがない訳ではないが、精霊達や弟子達、仲良くしてくれている人達のおかげで割と楽しく暮らせている。
……なかなか悩ましい問題だけど、答えが出ない問題なのだから悩んでも仕方がないか。
俺が突然消えたとしてもジーナ達は自分達でなんとかできる実力を蓄えているし、シルフィ達がフォローくらいしてくれるだろう。
ベル達は悲しんでくれると信じているが、こちらもシルフィ達がフォローしてくれるはず。なんとなくだけど元の世界に戻れるとは思えないし、それなら現状を楽しく豊かに過ごせるように頑張るのが正解だよな。
変なところから郷愁を感じてしまったが、それよりも現実に目を向けよう。あのレンガ道、再現できるのだろうか?
まあ、できるだけ頑張るしかないか。
***
色鮮やかなレンガ道。お洒落な建物と豊かな自然が融合する街並み。ションボリするベル達。
……そう、ションボリするベル達。ここが重要。
執事さんの手配で馬車に乗り商業区画に到着。
馬車から降りて周囲を見渡して再現とか無理だろ、なんて思っている間に元気なベル達は元気に外に突撃し、少ししてションボリ顔で戻ってきて呟いた。
「ゆーた、やたいない」「キュー」「なんで?」「クゥー」「じけんだぜ!」「……」
そう、祝福の地には屋台がなかった。
祝福の地に集まるのは王侯貴族、豪商等の超富裕層で、依頼等で祝福の地に来る冒険者なんかもギルドから信頼されているのが条件だから懐が温かいタイプが多い。
つまり、屋台等の庶民グルメは人気がないということになる。まあ、お金持ちなら逆に屋台を物珍しく思う気がしないでもないが、豪商ならまだしも王侯貴族は立場上屋台を利用するのは難しいだろう。
なにより、ヨーロッパの高級避暑地的な雰囲気を漂わせるこの場所に屋台は似合わない。
だって、レンガの一つ一つにまでこだわりが感じられて、建物なんかお洒落でそれぞれに個性がありながらも統一感があって、なんかバロックとかロココとかそんな感じの建築様式が生まれていそうな雰囲気なんだもん。
俺的には古く感じる建築様式だけど、たぶんこの場所はこの国の流行の最先端。たとえ需要があったとしても屋台は排除されるだろう。
でも、そんなことはベル達には関係ない。新しい場所での屋台探検はベル達のライフワークと言っても過言ではないから、その落ち込みようも相当なものだと予想できる。
できれば直ぐにベル達を慰めたいのだけど、護衛という名の監視がしっかり俺達をみているのでそれもできない。
監視が付くのは仕方がないと納得していたけど、こうなるととても面倒だ。ヒシッと俺にしがみつき悲し気につぶやくベル達になにもできないのが酷く悲しい。
こうなったら恥も外聞も投げ捨ててベル達をナデナデして慰めるか? 異常な行動をすれば俺のスカウトを考えているであろう侯爵も二の足を踏むかもしれないし、もしかして一石二鳥?
「ほらほら、落ち込まないの。こういう場所には屋台がない物なのよ。せっかく面白い湖があるのだから、あなた達はそっちで遊んできなさい」
大切な物を投げ捨てようかと考えているとシルフィがベル達を俺から剥がし、風に乗せて湖の方に飛ばしてしまった。
え? 強引すぎない? と思ったが、飛ばされていくベル達から聞こえるのは楽しそうな笑い声。ベル達はそのまま冒険の旅に出かけるようだ。
マジか。俺は恥と外聞を捨てようとしていたのにこんなに簡単にベル達を復活させるとは。シルフィの手腕が少し羨ましい。
「師匠、見て回らないのか?」
ちょっと遠くを見つめているとジーナから声がかかった。そうだな、ここでボーっとしていても仕方がない。
出発……おっとその前に、ノモス、召喚。
「……なんの用じゃ?」
(この場所を精霊の村の参考にする予定だから、ノモスもしっかり観察してほしい。詳しい話はシルフィに聞いてね)
「じゃあみんな、ちょっと歩こうか」
妙な場所に召喚され戸惑うノモスに小声で用件だけ告げてジーナ達と歩き出す。
背後で無茶を言うなという怒鳴り声が聞こえたが知らないし、無茶な事は分かっている。でも、俺だって頑張っているんだ、ノモスも頑張ってほしい。
「なんか綺麗なところだな。でも、場違いな感じで落ち着かない」
ジーナが正直な感想を俺に告げる。
「うん、俺も。でもまあ、これもまた経験だよ」
ジーナが感じているのは、地方の田舎出身者が東京のお洒落な街に恐怖を覚えるのと似た感覚だと思う。
俺もそうだったから分かる。だいたい路線の数が多すぎるんだよ。駅内も迷路だし人の数も多いし、駅から出るだけでも消耗したのに、そこから出たら大都会。なんだろうねあれ、凄いを通り越して怖いよね。
……ふむ、東京で感じた孤独に比べると、この場所は程よい田舎だな。人の数も少ないし、富裕層が集まっているとしてもぶっちゃけ俺の方が金持ちな気がする。
なるほど、こちらの生活に慣れてこの雰囲気に呑まれていたが、それほど恐れる必要なんてないな。
気持ちが落ち着くと視界が開けて……あー、駄目だ。視界が開けても普通に心が折れる。
建物自体は石造りだったりレンガ造りだったりで、自然と調和するように派手ではなく、なんて思っていたが、近くで観ると柱とかに彫刻が掘られている。
……蘇るディーネリクエストの噴水の悪夢。
開拓ツールの出番ではあるが、彫刻はスルーしよう。田舎も田舎、死の大地という超ド田舎の村に彫刻完備の建物は必要ない。シトリンも納得してくれるはず。
あくまでも参考、参考だからね。そのとおりに再現する必要はない。というか、建物自体も大きすぎて精霊の村と合わないから、できる部分だけ参考にすればいいんだ。
既にレンガ道に関してはパターンを掴んだ。あとは色と法則を丸パク……参考にすれば再現は可能な……はず。たぶん。
「えーっと、お店の中に入ってみる?」
お店の中の視察も必要かな? 精霊の村と扱う商品が違うから必要なさそうだが……。
「師匠、あそこってみせなのか?」
そこから? ジーナとサラはともかく、マルコとキッカは目の前の建物が店だとすら認識していなかったらしい。
迷宮都市にも大きなお店はあるが商品がある……ああ、そういえば迷宮都市の店舗はある程度外から見える作りになっていたな。
反面、こちらは、高級品を外に晒すなどとんでもないという感じで、すべてが店内に収められていて商品が見えない。知らないなら店だとは分からないか。
「うん、そうだよ。なんのお店かは分からないけどね。えー、護衛さん、あそこが何を売っているお店か分かりますか?」
とりあえず中に入ってみようかと思ったが、なんのお店か分からずに入るのが不安になったので護衛に聞いてみる。
雰囲気的に昔の高級デパートのような造りだし、いくつかお店が集まっているのかもしれない。
「あそこですか? ……私は利用したことがありませんが、たしか宝石やドレスを扱っていたかと」
あ、まったく興味がないタイプの店だった。
「……みんな、興味ある?」
一応、マルコ以外は女の子だし、もしかしたら興味があるかもと聞いてみるが、全員が首を横に振った。それはそれでどうかとも思う。
とりあえず俺達でも楽しめそうなお店がないか護衛さんに聞いてみよう。
「えーっと、ここって別荘地ですよね? なんで休暇と関係なさそうなお店ばかりなんですか?」
何一つ興味がある店がないのが誤算なんですが?
「そうですね。たしかにこの地にいらっしゃる方々は休息に来られているのですが、同時に次の社交への準備期間でもあるのです」
あとは分かりますね? と微笑む護衛さん。分かりたくないけど分かった。祝福の地で心も体も衣装もリフレッシュするんですね。
「この地で働かれている一般の方達が利用するお店とかないんですか?」
「そういうお店は別の区画になりますね。ご案内いたしますか?」
なるほど、区画自体が違うのか。徹底して管理されているんだな。俺としてはその区画の方が落ち着く気がするが、目的はこの辺りの環境を参考にすることだし、もう少しこの辺りを散策することにしよう。
一瞬そちらになら屋台が存在するのでは? とも考えるが、それならシルフィがそちらにベル達を誘導するはずだからないのだろう。
祝福の地全体で細々とした取り決めがあるのかもしれない。あと……ノモス、もう少しやる気を出してくれ。
自分達で造り上げるのは無理だとしても、オマージュすることは可能なはずだから。
大丈夫、この世界では国が別なら情報伝達は極小だし、死の大地なんて同じ世界の同じ大陸なのに異世界レベルの距離があるからバレない。
だからアレだ、建物なんかも材質を同じにして、寸法を縮小すればなんとかならないかな?
読んでくださってありがとうございます。
 




