六百六十七話 なんで?
ようやく祝福の地内部に入ることができた。門で予想外のアクシデントがあったり侯爵家当主本人が迎えに来たり、シトリンお勧めの場所が色鮮やかなレンガ道で見ただけで心が折れそうになったり、送迎の馬車の中から見た建物までお洒落で現実逃避したりしているが、頑張って生きていきたいと思います。
「村長、この巨大な石橋が一晩で現れたと?」
「はひ! そ、そうでございますじゃ。前日に何もなかったことは村の者達から確認しておりますですじゃ、はい!」
「なるほど……ならば一夜にして消えることもあり得る訳だな?」
「そ、そこまでは分かりかねますじゃ」
「そうか、まあ、無理もない。よい、さがれ。何かあればまた呼ぶ」
「ははーー」
「一夜にして消える可能性。だが、この石橋が消えなければ我らの孤立は解消される。子爵家の為であればどのような行いも飲み込む覚悟だが、子供の、義理とはいえ姪の子供を暗殺するような外道を行わずに済む。そして、子爵家を脅したクソ共に反撃も……いかんな、希望が見えて思考が先走り過ぎている。まずは暗殺を停止して様子見、いや、この橋を利用して作業すれば、となりに消えぬ橋を作ることも可能か? 急がねばならんな」
***
ガラガラガラと音を立てて走っていた馬車がスピードを落とし始めた。ようやく到着したらしい。
馬車が進むにつれて自然が増え人が減り建物も立派になっていったから、おそらく奥に進むにつれて身分が高い人が別荘を構えているのだろう。検問もあったし、たぶん間違っていない。
「ゆーたー」
お、到着したのを理解したのかベル達が馬車内に戻ってきた。最初は馬車を楽しんではいたが、すぐに飽きて外に飛び出しちゃったからな。
できればお帰りと出迎えてベル達を撫でくり回したいところなのだが、監視が同行しているので止めておく。旅の恥は掻き捨てなんて言葉もあるが、強面のおじさんに一人パントマイムを披露したくない。
くだらないことを考えていると門が開きそのまま馬車で中に入っていく。綺麗に整えられた庭を横目に、割と立派な建物の前で停車する。
建物が割と立派ではあるが、めちゃくちゃ立派というほどではないことに違和感を覚えたが、考えてみればここは別荘地。
しかも特殊な場所だから侯爵と言えども割と立派という程度で落ち着くのだろう。それでも庶民の俺からみれば豪邸のカテゴリーなのだが。
「さあ、こっちだ。急いでくれ」
貴族だし色々と手順がありそうなものなのだが、全部すっ飛ばすつもりらしく急かすように邸内に招き入れられた。
というか引っ張らないでほしい。偉い人のアグレッシブな行動は周りに迷惑なんだよ。
内心で愚痴を漏らしつつ、侯爵の負担にならないように付き従う。
「ローズ、連れてきたぞ。さあ裕太殿頼む」
焦っているのは分かるがもう少し……あぁ、焦るのも当然、落ち着けという方が無理だ。
豪華な寝台、その中心に苦しそうに眠る少年の姿は、息をしているのが不思議に思えるほどにやせ衰えていた。
子を愛する親ならば、こんな状況で落ち着いていられるはずがない。
あぁ、だからか。侯爵という責任ある立場の人が都合よくここに居た。それはベッドで眠る少年がもう持たないと判断されたからなのだろう。
「……すぐに治療を開始します。皆さん少し離れていてください」
泣きそうな顔でたたずむご婦人と、絶望を背負った様子の侍女、そして医者らしき老人に声をかけてヴィータを召喚する。
ちょうどいい具合に治療なんてふざけたことを考えたこともあったが、馬鹿な考えだったな。こんな姿を見て都合よく治療のレベルを調整するなんて無理だ、心が死ぬ。
ヴィータ召喚!
ヴィータを召喚し、目を合わせただけでゴニョゴニョと詠唱を開始する。ヴィータなら現状を見ただけで合わせてくれると確信できるから安心だ。
病状も事前に確認済だし、いきなりでも問題ないはず。
ちなみに相手がディーネだったら、焦る心を落ち着かせてシルフィに念入りに説明してもらってから行動に移しただろう。
「精霊術師裕太がここに願う。我が精霊よ、病に苦しむこの少年を癒したまえ!」
前回の治療と同じくベッドに寝る少年が輝き始める。周囲から感嘆の……あ、なんか絶望顔だった女性が死にそうな顔を……ああ、彼女が犯人の侍女なのか。
家族を人質にされているとはいえ、子供に毒を盛ったのだから罪悪感はすさまじいだろう。そしてその子供が癒される。
そうなれば再び同じような、いや、一度失敗してしまったからもっと過激な手段を要求されるかもしれない。苦しいだろうな。
ふむ、石橋を造ってから確認していなかったが、あとでシルフィに子爵領の確認をしてもらおう。あちらが解決していればこちらもたぶん解決する。
まあ、実行犯の侍女や指示をした子爵の叔父の罪なんかもあるけど、そこまでは俺の関知するところではない。
お、光が収まってきた。
「裕太。無事に治療完了だよ。でも、かなり弱っているから、治療が終わってもあの冒険者よりも注意が必要だね」
あの冒険者って腕試しで治療した冒険者のことか。Aランクの冒険者と貴族の少年では体力が圧倒的に違うよな。
分かったとヴィータに頷き、侯爵に視線を向ける。
「侯爵様、治療は完了しました。完治と考えて頂いても構いませんが、体自体が弱っていますのでゆっくり養生して徐々に体を動かすようにする必要があります」
「ほ、本当に治ったのかね?」
侯爵が驚きと疑惑で半信半疑な顔をしている。子供の死を覚悟した状況で、光ったとはいえあっという間に治療完了というのは納得できないのかもしれない。
腕試しの時は患者さんが直ぐに目を覚ましてくれたからな。
「あなた、キャスの頬に赤みがさしています。呼吸もしっかりと……ああ、キャス、良かった……」
奥さんが少年の手を握り、涙ぐんでいる。近くに居る彼女はしっかりと少年の回復を認識できたらしい。それだけ一生懸命に看護していたのだろう。
その言葉に侯爵も少年に近づき、一欠けらたりとも異常を見逃すものかと言わんばかりに少年の容態を確認し、納得したのか優しく少年の頭を撫で始めた。
(ヴィータ、意識は戻らないの?)
「んー、体が穏やかな眠りを欲しているから、あの子は夜まで目覚めないかな」
(そっか、ありがとう)
穏やかな眠り。つまり今までは睡眠すら穏やかではなかったってことだ。
まあ色々と厳しいこの世界、サラ達がスラムで苦労していたように苦しむ子供も沢山いるのだろうが、それを目の前にしてしまうとさすがに心に来るものがある。
「今は穏やかな眠りについているようです。おそらく目が覚めるのは夜になるでしょう」
「そ、そうか、裕太殿、悪いが数日、いや、安心できるまでここに滞在してもらえないか?」
ん? 数日の滞在はこちらからお願いしようと思っていたが、安心できるまでというのが少し微妙だ。
「数日なら問題はありませんが、安心できるまでというのは……完治はしていますが体が弱っていますのでそれを補うには時間がかかりますから……」
元気いっぱいに走り回れるまでなんてとても付き合えないよ。
「そうか、ならばできる限りで構わない。この子を見守ってくれ」
こちらに選択肢がゆだねられてしまった。こういうのって微妙に困るんだよね。さっくり数日で出ていくのを申し訳なく思ってしまう。
まあ数日というのを三、四日と考えて、そこにプラス数日を目安にしておくか。あとは状況次第だな。
「分かりました」
「助かる。ああ、治療で疲れただろう。客間を用意するから少し休んでくれ。夜には感謝を込めて晩餐会を開くことにしよう」
「……ありがとうございます。ですが夜にはご子息が目を覚ますでしょう。我々のことは気になさらず、どうかご家族でお過ごしください」
疲れてはいないが休憩をもらえるのはありがたい。そして晩餐会は遠慮したい。まあ貴族の体面やらなんやらで逃れるのは難しいだろうが、少なくとも今晩は急すぎる。心の準備をする時間が欲しい。
「……そうか、お気遣い感謝する」
侯爵様からお礼を言われ、執事らしき人に案内されて客間に向かう。過ごしやすそうな部屋だったら嬉しいな。
***
「村長、石橋を利用して隣に橋を造る。至急陣地の手配をせよ」
「ほへ? …………むむむ、無理ですじゃ。この村に橋を造れるような人材はおりませぬ」
「誤解をするな。一農村にそのようなことは望んでおらぬ。人材は領都より送る。その者達の滞在場所の手配だ」
「な、なるほど。失礼いたしました」
「うむ。昼にも言ったように一晩でできた石橋なら一晩で消える可能性もある。が、存在している今なら、我々の技術と資金では無理だったあの場所に橋が架けられる。自分達で架けた橋であれば消える心配もない。喜べ村長、この村は豊かになるぞ」
「……はひ。光栄にございまする」
***
「んー、ちょっと落ち着かないね」
執事さんに案内された客間、目を見張るほどキンキラキンではないものの、高級な雰囲気がプンプンする。
「ああ、落ち着かない」
「そうですね、客間だけあって凄く力が入れられているのが分かります」
「なんかたかそうだ」
「キッカ、ちょっとこわい」
ジーナ、マルコ、キッカは俺と同じような感想だが、サラの感想はちょっと違う。元が良いところのお嬢様だから、ある程度貴族社会の仕組みを理解しているのだろう。
もしかしてしばらくこの落ちつかない客間で生活することになるのかな? 凄く嫌だ。
部屋のランクなど気にせずに縦横無尽に飛び回り、楽しそうに遊び回っているベル達がちょっとうらやましい。
(ヴィータ、少年の回復を早めることってできる?)
小声なのは部屋の外に護衛兼監視が控えているから。息子の命の恩人とはいえ、さすがに監視の目は緩められないらしい。
「あの子は今酷く弱っているけど体に問題はないんだ。しっかり回復させようと思えばできるけど、今後のあの子のことを思うと自力で回復したほうが望ましい」
うーん、よく分からないが、しっかり寝るのかエナドリを決めるかの違いみたいな感じかな?
それなら寝た方が良いよね。
(了解。ありがとうヴィータ)
落ち着きはしないがちゃんとした部屋なんだし、諦めてのんびりと過ごすか。
さて、シルフィが子爵領から帰ってくるまでどうやって過ごそう。
「シルフィ、どうだった?」
騒ぐわけにもいかず、のんびりジーナ達と話しながらベル達と戯れていると、シルフィが帰ってきた。
「村長が泣いていたわ」
「……え、なんで?」
読んでくださってありがとうございます。




