六百六十五話 合格
祝福の地の依頼を受けに冒険者ギルドに向かうと、ギルマスの面接が始まり事前の腕試しが決まった。患者の家に行くと美女が登場し、ラブ的な何かを期待したが一瞬で彼女の旦那が患者ということが分かりテンションが下がる。ちなみに患者はどう見ても死にかけているがヴィータのチートで問題はない。
ヴィータがそばを離れるとともに、まばゆく光っていた患者の体の光が徐々に収まっていく。
ふむ、痩せてガリガリなのは変わらないが、青白く今にも死にそうだった顔に赤みがさし呼吸も穏やかになっている。
ヴィータも何も言わないし、治療が無事に終わったと判断しても良さそうだな。
「完治した。だが病で体は衰えている。胃に優しい物を食べ、徐々に体を動かすように。無理はしないようにな」
医療知識はないので、漫画等の受け売りからアドバイスをしておく。空っぽの胃に重い物を入れるのは駄目なはずだから間違ってはいないはずだ。たぶん。
「おい、本当に治ったのか。今までどんな治癒師が来ても治らなかったんだぞ。それがあんな短時間で……」
ギルマスが驚きつつも疑いの眼差しで俺を問い詰める。
「ふん、それは今までの治癒師とやらが未熟だっただけだろう。俺ほどの精霊術師となると、この程度の病など時間をかける必要はない」
うーん、ロールプレイがだんだん気持ちよくなってきて困る。でもあれだね、ドヤるのって外聞はともかくとして楽しいよね。
まあ、自分の生活圏内だと、後に障るから自戒するけど。
「……む、むぅ……み、水……を……」
「あなた、気がついたのね!」
俺がギルマスにドヤ顔を晒している間に、患者が気がついたようだ。それに喜んだ奥さんが旦那さんに縋りついているが、旦那さんの訴えは届いていないようだ。
奥さん、旦那さんはたぶん水を欲しがっていますぜ。
「うあ、セ……セリナか……み、水を……」
「気がついて良かった、あなたぁぁー」
たぶん感動の光景なんだろうが、言葉を聞いているとできの悪いコントみたいだな。旦那さんの苦しそうな姿が哀れを誘うが、この状況は部外者としては口を挟みづらい。
治療が無駄になると困るから死なないでね旦那さん。
「おい、ヘルマンは喉が渇いているようだ。水を用意してやれ」
ギルマスが割り込んだ。凄いな、地方とはいえ一組織の長、さすがとしか言えない。
「あら、ごめんなさい貴方。はい、お水です」
奥さんが横に置いてある水差しを取り、旦那さんの口に当てる。その水をゆっくりとだが確実に飲み干す旦那さん。
水を飲む姿を見るだけで感動に浸っているように見える奥さん。たぶん水を飲ませることすら苦労していたのだろう。
「ギルマス、これで依頼の方は問題ないな?」
これから夫婦のイチャイチャが始まりそうだから、サクッと結論を出して早く退散したい。
「む……たしかに病状が回復したようには見えるが、他の治癒師に確認させ、経過の方も確認せねば判断できん」
素早く腕試しが終わったから順調だと思っていたのに、まさかの足止め。
一時的な回復を疑うのも分からなくはないが、こちらとしては治っている確信があるからまどろっこしく感じる。
「時間をかけるのは構わんが、その間に侯爵家の嫡男が死なんことを願うぞ。ああ、その場合は俺が治療を申し出ていたことはちゃんと伝えるつもりだ」
安全を取りたいのは理解できるから待つけど、好きにさせて置いたら洒落にならないくらい待たされそうだから釘は刺しておかないとね。
死ぬ寸前の患者を癒した精霊術師、その精霊術師が足止めされて嫡男を失ったとなれば、侯爵家も怒るよね。責任問題だ。
「んぐっ……最速で確認する。しかしそれでも数日は掛かるだろう。その間にセリナに報酬を用意させる」
やっぱりしっかり時間をかけて確認するつもりだったか。他の医者に確認させるのは譲れないのは分かるから、数日くらいならのんびり観光して待つことにしよう。
それにしても報酬か。
「そういえば報酬を聞いていなかったけど、なにを貰えるんだ?」
「セリナはヘルマンの治療に成功した者に二億エルト払うと喧伝している。この町にあるすべてのギルドでな」
「二億?」
予想以上の金額にビックリする。死ななきゃ安いとも言えるし、精霊樹の果実も二億程度では買えないのだが、それでも大金なことに変わりはない。
あれ? 精霊樹の果実クラスでしか治せないレベルの病だったら、もしかしなくても激安だった?
まあ、二億貰えるなら俺としても問題ないか。
それにしてもさすがAランクの冒険者、お金持ちだ。
「治療に治療を重ねてもどうにもならず、それでドンドン依頼料が吊り上がったんだ」
俺の驚きに気がついたギルマスが説明してくれる。奥さん、めちゃくちゃヘルマンさんのこと愛しているんだな。
醒めたとまではいわないが、一般程度の夫婦愛でも二億となれば二の足を踏む気がする。
ちょっと、いや、かなり羨ましい。
……なんか悲しくなってきたし、もう帰ろう。
旦那さんがなにやら呼び止めていた気がしないでもないが、知ったことではない。勝手に幸せになれば良い。俺の見えないところでな!
***
とある子爵領
「村長、落ち着いたか?」
「無理じゃ。動悸が収まらん」
「そうか、で、どうするんだ?」
「少しは儂の心配をせんか!」
「そんなこといっても、俺達にも仕事がある」
「そうだ。村長だってさっき働きに行けと言ってただろ」
「むぅ。じゃがこんなのどうすればいいんじゃ?」
「領主様に報告すればいいんじゃねえか?」
「気がついたら谷に立派な石橋が架かってましたと?」
「そこら辺は村長が考えることだろ。とりあえず村までは連れてってやるよ」
「まて、橋をこのまま放っておけん。一人は残って見張りじゃ。あとで人を寄こす。あ、こら、もっと優しく運ぶんじゃ」
***
腕試しの治療をしてから五日、ギルマスに呼び出された。
ようやく判断が下ったらしい。
この五日、美味しい魚を食べつつベル達と屋台巡りをしたり、ジーナ達と簡単な依頼を受けてみたりと穏やかで充実した毎日を送っていた。
だから待つのは別に構わなかったのだが、ちょっと面倒な事が起こりそうだったので判断が下って少しホッとしている。
シルフィにお願いして情報収集をしてもらっていたのだが、ヘルマンさんの治療が予想以上に評判になっていた。
ヘルマンさん達は治療にかなりお金を掛けていたので、その治療に関わる人も当然多かった。そしてそのすべてが匙を投げたのに突然の回復。
医療界隈は大騒ぎになり、結果、その噂が外部に流れる。そうなると自分も治療してもらいたい人間も出てくる。
俺としても精霊術師の評判が上がるから治療するだけなら構わなかったのだが、なんか医療界のお偉いさんとか、お金の匂いを嗅ぎつけた商人や貴族まで関わってきそうな状況になり、できれば関わり合いになりたくない状況だった。
シルフィ曰く、もうすぐ動き出す、とのことだったのでギリギリのタイミングだった。
さっさとギルマスと会って、本来の目的である祝福の地の視察を終わらせよう。
ギルドに入ると喧騒がピタリと収まる。
腕試しの後も何度がギルドに出入りしたのだが、あれから誰も俺に絡んでくることはなかったので、弟子達に師匠の威厳を示す機会は訪れなかった。それが少しだけ残念だ。
だれも目すら合わせてくれない。叩き潰す気満々だったのが伝わってしまったのだろうか?
ジーナ達とベル達と一時的に別れ、受付嬢にギルマスから呼ばれていることを告げ、部屋に案内してもらう。
さて、ロールプレイの時間だ。
「さて、依頼の件で呼ばれたのだと思うが、どうなった?」
挨拶もせずに本題を告げる。挨拶は大切! という考えが頭によぎるが、でも、挨拶を無視するのって無頼者っぽいよね、という意見でまっとうな思考を抑え込む。
「そのとおりだが、礼儀が心配だな。お前は侯爵家と直接やり取りをするんだぞ?」
あ、そういう方面ではロールプレイが仇になるのか。でもまあ今更止められないよね。
「治療するのはこちらだ、向こうもたいして気にせんだろう」
というか向こうではロールプレイを止めるから問題ない。日本人の礼儀正しさを見せつけてやるつもりだ。まあ、偉い人相手の礼儀なんて知らないんだけどね。
「……ふぅ、まあ仕方がない。依頼を受けることを冒険者ギルドは容認する。すでにケンネル侯爵家にはこちらから使いを出している。これを持っていけ」
それほど離れていないとはいえ、既に向こうと話がつけてあるのか。責任問題になると脅したから急いだのかな?
ちょっと悪いことをしたかと反省しつつ、受け取ったものを確認する。メダルと手紙か。
「そのメダルは祝福の地の入場許可証だ。無くすなよ。手紙はケンネル侯爵家の別荘の門番に渡せ。当主に繋がる。ああ、そのメダルは要返却だ。そのメダルと交換で報酬を渡す」
ちぇ、祝福の地に自由に出入りできるようになるわけではないらしい。
数日時間をかけて治療をするか?
……でも、苦しんでいるのはマルコくらいの子供なんだよな。さすがに心が痛む。経過観察が必要とでも言って、数日滞在させてもらうことにしよう。
「分かった。他に注意点は?」
「祝福の地は権力者が集まる場所だ。余計なことをするな、慎重に行動しろ」
「分かった」
祝福の地の視察がしたいだけで人と関わる気はないから問題ない。向こうから関わろうとしても拒否するから大丈夫だろう。たぶん……。
それにしてもいよいよか。ただの視察のはずだったのに長かった。
「まて、お前に治療についての問い合わせがいくつかきている。あと、ヘルマン達が是非とも礼をしたいとのことだ」
治療依頼か。冒険者ギルドで依頼を受けた形だから、ここに問い合わせがくるのも分かる。精霊術師の評判を上げるためにいくつか依頼を熟しても構わないが……間違いなく面倒な事に巻き込まれる流れだ。
俺は苦しんでいる人を救いたい等の崇高な意思でお医者様になったり、人助けの為に警察官を志したりするような素晴らしい人格の持ち主ではないので、自己保身に走る。あと、夫婦のイチャイチャは見たくない。
「祝福の地の依頼が終われば移動する予定だ。ヘルマン夫婦については、報酬を貰った仕事だ。礼の必要はない」
まだ何かを言っていたギルマスを無視して部屋を出て、ベル達とジーナ達と合流する。あとは町をでて祝福の地までひとっ飛びだ。
***
とある子爵家当主の部屋
「さて、叔父上、どう判断するべきでしょう」
「……そうだな。あの村長は狂っていた訳ではないのだな?」
「ええ、治癒師と教会にも診察させました。老化以外の異常はないようです」
「そうか……偵察に出した兵はいつ戻る?」
「今日中には戻るでしょう」
「ではその報告次第だが私が出向こう。男爵家にも話を通さねばならんから、手紙を頼む」
「分かりました」
「では、私は準備をしてくる」
「さて、谷に突然架けられた橋か。我ら子爵家の窮地を救う神の祝福か、それとも悪魔の罠か……どちらにせよ領主の一族として、この地は必ず守ってみせる。どんなことをしても……」
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