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六百六十四話 腕試し

 祝福の地、そんな幸せいっぱい名称の保養地で行われている、血なまぐさい権力争い。その被害者の少年を救済することで保養地に入ろうという計画なのだが、その前に一仕事しなくてはいけなくなった。情報収集をしたり巨大な石橋を架けたりと地味に苦労しているのに、なかなか保養地が遠くて切なくなる。




「ではいくぞ」


「へ? もう行くのか?」


 ギルマスが立ち上がり、ついてくるように促しながら歩きだす。


 たしかにいつでも構わないとは言ったけど、今から? 患者の紹介ってそんなに簡単なことなのか?


 腕の確認なら重病人が必要なはずだ。


 ……まあ、時間が短縮できるなら文句を言うことでもないか。今から患者を探すとか言われるよりも随分マシだよね。


「ん?」


 ギルマスに続いて部屋を出てロビーに出ると、なにやら騒がしい。騒ぎの中心らしき場所を確認すると、マルコが冒険者の集団に食って掛かっているのが見えた。


 おいおい、何が起こった?


 慌てて護衛を頼んでいたはずのシルフィに目を向ける。


「ああ、あれは裕太がバカにされたから、マルコがバカにした冒険者達に文句を言っているのよ」


 何でもないようにシルフィが原因を教えてくれる。俺が祝福の地の依頼を取ったのを笑っていた奴等かな?


 いや、そんなことよりも、シルフィ、騒ぎになったのなら俺に教えてよ。


「騒ぎと言ってもマルコよりも弱い冒険者が絡んできただけじゃない。絡んできた冒険者に怒ったウリ達も宥めてあげたんだし、十分でしょ。裕太、あんまり過保護すぎるのもよくないわよ」


 ジト目でシルフィを見ていると、普通に怒られた。


 過保護って、ゴツイ大人と喧嘩になりかけていたんだけど。あと、情報が多い。あの冒険者達よりもマルコの方が強いの? ウリ達も怒っていたの?


 自分がバカにされたらしいことよりも、そっちの方が気になる。


「騒がしいぞ、何をしている!」


 ギルマスが騒ぎの中心に向かって怒鳴り声を上げる。


「あ、師匠。あいつらおれたちをバカにするんだ! ゆるせない!」


 ギルマスの怒鳴り声で俺に気がついたマルコが、不満全開に訴えかけてくる。ただ、マルコの感心なところは、キッカ達女性陣をしっかり避難させて一人で立ち向かっているところだな。


 ジーナとサラが離れている時点で、マルコがそういう配慮をしたとしか考えられないもん。


 まあ、ウリが怒っていたことに気がついていないっぽいのは減点だけど、俺と違って姿が見える訳じゃないから仕方がないだろう。


「おいおい、俺達は親切で教えてやったんだぜ。無理な依頼を受けようとする無能と一緒に居るのは苦労するだけだってな」


「ウソをつくな! おまえたちはジーナ姉ちゃんにちょっかいをかけたかっただけだろ!」


 避難だけじゃなくてジーナも守っていたのか。マルコって子供なのに主人公属性を持っている気がする。師匠として鼻が高いが、ちょっとジェラシーも感じるな。


 マルコって将来絶対にモテる。


「おい、お前、他人面してんじゃねえよ。ビビってんのか!」


 弟子にちょっとだけジェラっていると、それが気にくわなかったのかゴツイ冒険者が俺に絡んできた。たぶんこいつ、ジーナにちょっかいを出して振られたな。だから顔が真っ赤になるほどムキになっているのだろう。


 それにしても、俺も成長したもんだ。昔だったら怒鳴られた時点でガチビビリだっただろう。


 ふむ、成長した男として、師匠として、このテンプレパターンをスパッと解決してしまうか。迷宮都市のように問題をややこしくはしないぞ。


 そしてジーナ達やベル達にカッコいいところを見せるんだ。


「ジョス。お前が絡んでいるのはAランクなんだが、手合わせでもしてみるか? 俺が立会人になってやるぞ」


 え? いや、ギルマス、ここからは俺の見せ場でしょ。なんで勝手に取り仕切ってるの?


 ……ああ、ギルマスだからか。


「すいませんした!」


 あ、おい、待て、待つんだジョス。なぜ素直に謝る。おい、ちょっと待て、ギルドから出ていこうと……出て行っちゃった。


 仕方がない他の生贄を……なんでみんな出口に向かってるん?


 俺の師匠としての威厳の為の生贄が逃げ去り、あっという間にギルドの中が静かになってしまった。 


 マジか。Aランクってだけでこうなるのか。ランクって大切なんだな。見せ場がなくなっちゃったけど。


「……あー、とりあえずギルマス。今から患者のところに向かうんだよな?」


「ああ、そのつもりだ」


「そうか、ではジーナ達は宿に戻るか町の観光をしてくるといい」


 患者の元に大人数で押しかける訳にはいかないからな。あと、弟子達やベル達が一緒だと、俺のロールプレイが崩れてしまう。


 今の俺は強面冒険者なんだ。だからそんなに不思議な者を見る目で俺を見ないでほしい。帰ったら説明するから。あ、ベル達も一緒に連れて行ってね。


 でも、ムーンとプルちゃんは一緒に連れていこうかな。ヴィータの治療、勉強になりそうだもんね。




 ***




 ベル達やジーナ達と別れ、ギルマスなのに馬車を使うこともなくちょっと大きめの屋敷まで案内された。


 たぶん重病人を治療するはずなんだけど、病院じゃないんだな。そういえば病院って見たことがない気がする。ブラストさんも家で死にかけていたし、この世界は病院がメジャーじゃないのかもしれない。


 勝手知ったるなんとやらなのか、ギルマスは門を開けて勝手に中に入っていく。


 あ、さすがに玄関の扉はノックするんだな。


 ノッカーを何度か鳴らして少し待つと、玄関の扉が開いた。出てきたのは栗毛色の髪の美女。


 なんだか酷く疲れている様子だが、その疲れが美女に怪しい魅力を付加しているようにも見える。


 もしかしてこの美女が患者? 俺が治療に成功したら、ラブ的な何かが始まっちゃう?


「おう、セリナ、旦那は生きてるか?」


 あ、旦那さんが居るんですね。そんなことだろうと思っていたよ。ブラストさんの時とだいたい同じだね。あの時は娘さんだったけど。


「あ、ギルドマスター。はい、なんとか……」


 今までの行動で分かってはいたけど、知り合いなんだな。これって職権乱用じゃないのか?


「そうか、今日はあいつを治療できるかもしれない奴を連れてきた。中に入っていいか?」


「本当ですか!」


 美女の表情が輝いた。人妻だけど。


「ああ、こいつだ」


「あなたが! お願いします、夫を助けてください!」


 美女が俺に詰め寄り、涙目で訴えてくる。なんでいい感じのシチュエーションの時、相手は予約済みなのかな? 悲しくなってくるよ。


「はい、おそらく大丈夫……だ。とりあえず患者のところまで案内しろ」


 美女に詰め寄られ、一瞬ロールプレイが剥がれそうになった。相手が独り身だったらロールプレイなんて投げ捨てて媚びを売るんだけど、人妻だからそこまではしない。


 美女に手を引かれ早足で家の中に連れ込まれる。


「こちらです。先生、どうか夫をお願いいたします」


「ああ、任せておけ」


 患者の部屋に入ると、なんだか異臭がする。ベッドの上で寝ている男は遠目でも分かるほど青白い顔をしており頬もコケてガリガリに見える。


 死の一歩手前じゃないのか?


「こいつはヘルマン。お前と同じAランクの冒険者で一流の戦士だ。ゆえに侯爵家とまでは言えんが、それなり以上の治療を受けているし、資産もあるから報酬の心配もいらん。こいつを救えぬようでは、祝福の地の依頼を斡旋する訳にはいかん」


 偉そうに言っているが、自分のギルドの利益の為に無茶振りしているようにしか思えない。


 見た感じ、素人目にも設備が整っている日本の大病院でも手遅れにしか見えない。絶対助かると思ってないだろう。


 万が一助かればラッキー、ダメでも祝福の地で恥を晒さなくて済むと言ったところか。


 まあ、ギルマスの考えはどうでもいい。


 本来なら助けることができるかどうかが問題だが、ヴィータの場合は日本の医療すら凌駕する。生きているのならなんとかしてくれるはずだ。


「少し離れていろ」


 手を振ってギルマスと奥さんに距離をとってもらい、まずヴィータを召喚する。


「裕太、何か用、ああ、この人の治療をすればいいんだね?」


 目の前に患者が居るので、ヴィータが直ぐに状況を呑み込んでくれた。しかも治療できるかどうかの判断も終わっているらしく、今すぐにでも治してしまいそうな勢いだ。


 やっぱり大精霊はチートだな。俺なんて病名どころか病状すら知らない状況なのに……。


(ヴィータ、ちょっと待って。治療は詠唱に合わせてお願い)


「了解」


 ヴィータは部屋の中をキョロキョロと見渡した後に、納得したように頷いてくれた。演出の重要性まで理解してくれるヴィータに感謝しかない。


 さて、奥さんはいっぱいいっぱいの様子だし、急いで治療を終わらせるか。


 祈るように両手を組み、ゴニョゴニョと詠唱するふりをする。大丈夫、貴族の治療が控えているから、最後の仕上げはちゃんと考えてある。


 まあ、自分で考えると封印した古傷がジクジクと痛み出すから、無難な感じの詠唱にちょっと厨二テイストを足したくらいのものだけどね。


 アニメとか漫画の詠唱、聞いているぶんにはカッコいいんだけど、自分でやるとなるとブレーキがかかってしまうのは、俺がそれだけ大人になったということなのかな?


 さて、仕上げだ。


「精霊術師裕太がここに願う。我が精霊よ、病に苦しむこの男を癒したまえ!」


 これが俺の精いっぱい。


 男の部分を仔羊にしようかとも思ったが宗教っぽいし、病の前に、果てなきなんて言葉を付け加えたりと色々と考えたりもしたが、羞恥心に負けて色々と削った。


 そんな俺の詠唱に合わせてヴィータが患者に手を当てて治療を始める。ムーンもプルちゃんも興味津々なようだ。


 あれ? ヴィータの治療ってあんなに輝いてたかな? ビックリするくらい光っているんだけど?


 ヴィータがこちらを見てニコリと笑う。なるほど、俺の演出に付き合ってくれたわけか。余裕があるようだし、患者は問題なく完治するだろう。




 ***




 とある子爵領




「村長、なんか谷に橋ができてた!」


「んあ? 夢みたいなこと言っとらんでしっかり働いてこい」


「やっぱり信じてもらえなかったな。とりあえず担いで連れて行くぞ」


「おう」


「こりゃ、止めんか。年寄りをもっといたわらんか!」




「………………なんじゃこりゃぁぁぁー!」 


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヴィータはほんとこの作品で唯一の常識人かつ良い人だよねー
[一言] ムーンとプルちゃんは光らせるを覚えた!
[一言] 村長ww
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