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六百六十二話 荷が重い

 ネルの町の冒険者ギルドでセレブ御用達の保養地である祝福の地の依頼を確認した。冒険者ギルドでも別枠になる重要度の保養地の依頼、念のために保養地の偵察を大精霊達達にお願いし、準備万端整えることにした。あとは偵察から戻ってきた大精霊達の報告を聞くだけだ。




「とりあえず報告をお願い」


「おい裕太、戻ったら酒を出す約束だったよな?」


 宿に戻りさっそく報告を聞こうとしたが、イフからインターセプトされた。暗闇でも待機がよっぽど暇だったのか、待ちきれない様子だ。


 お酒を出すと興味がそっちに集中してしまうから、できれば報告の後が良かったんだけどな。


 まあ、約束は約束だ。魔法の鞄から酒樽を出してイフの前に置く。スススっと酒樽に近づくシルフィとディーネ、あと、ヴィータもちょっと酒樽と距離を詰めている。


 ホント、精霊ってお酒に弱いよね。昔、精霊と精霊術師の契約方針を変更したのは大正解だったと思う。お酒でやらかす精霊が絶対に出たはず……あ、やらかす精霊が出たから契約方針を変更したのかも。


 シルフィから話を聞いた時は、精霊術師側に問題がある気がした。その感覚も間違ってはいないと思うが、半分、いや、三分の一くらいはお酒問題も絡んでいる気がしてくる。


 おっと、飲み始める前に報告を聞かないと収拾がつかなくなる。


「シルフィ、ディーネ、お酒を飲む前に報告をお願い」


「お、エルフのワインか。裕太、この町の酒はないのか?」


 俺の制止も自分には関係ないとイフが酒樽に取りつく。精霊って自由だよね。


「えー、お姉ちゃん頑張ったのよー」


「分かってる。報告が終わったらもっとお酒を出すから、先に報告をお願い」


「それならしょうがないわねー。お姉ちゃんが説明してあげるわー」


 なにがしょうがないのかは理解したくないが、素直に報告してくれるのはとても助かる。


「えっとねー。洞窟には神の盃っていうアイテムが沈んでいたわー」


「なるほど……え? じゃああの保養地って本当に神様に祝福された土地だったの?」


 下手に手を出したら危険ってこと?


 村づくりの為にシトリンの提案に従っただけなのに、なんでこんな厄介に関わっちゃうかな。


「神様については知らないわー。でも、神の盃は神様とは関係のないはずよー。お姉ちゃん、水に関わることだからちゃんと覚えてるもん」


「……どういうこと?」


 上手く理解できないが、神という文字を冠しているのに神様とは無関係ってこと?


「神の盃は古代の迷宮産の魔道具ね。昔は今よりも簡単に、そして沢山人が死んでいたから、迷宮のアイテムも強力な物が多かったの。その中でも特別な力を持ったアイテムに、人が勝手に神を想像したのよ」


 俺が混乱していると、シルフィがフォローしてくれた。


 なるほど、ファンタジーにどっぷり浸かっているから勘違いしてしまったが、日本でも偶にあるよね、素晴らしい物を神で表現すること。


 そう考えるとちょっとワクワクする。たぶん古代には神シリーズとかあったのだろう。


 まあ、シルフィ曰く沢山の人の死がその強力なアイテムを生み出したようだから、どちらかというと神よりも悪魔の方が近い気がするけど……。


「それで、その神の盃はどんなアイテムなの?」


 今までの経緯から推測しても、水と回復に関係があるくらいしか分からない。


「神の盃は人の根本を整えるアイテムよー。若返っちゃったりするんだからー」


 ディーネが得意気に教えてくれるが、普通に意味が分からない。人の根本ってなに? 俺も人だけど根本なんて知らないよ? あと若返りって若返り草とおんなじ感じ?


 助けを求めて周囲を見渡すと、ヴィータが微笑んで頷いてくれた。やっぱりヴィータはとても頼りになるな。


「生き物はとてもとても小さな粒が集まって形を作っているんだ。ディーネはその粒を根本と表現しているんだね」


 ヴィータが小学生にも分かるような説明をしてくれた。


 つまり、根本ってもしかしなくても細胞のこと? それを整えるということが細胞の劣化や損傷を正常にすることなら、ガチの若返りってことになる?


「それって永遠に生きられるんじゃ?」


 不老不死、いや、殺されたら死ぬだろうから不死ではないか。


「さすがに永遠は無理だよ。整えるにしても繰り返すと限界がくるからね。それでも相当長く生きることは可能だよ」


 永遠は無理にしてもとんでもないアイテムであることは変わらないな。神の盃の存在だけで戦争が起こるぞ。


「ん? じゃあ保養地で生活している人達って長生きするってこと?」


「それほど劇的な効果は期待できないけど、長期滞在すれば肉体的な寿命が二十年から何十年くらいは伸びるんじゃないかな?」


 そりゃあ独占するよ。祝福の地ってたいそうな名前も付けちゃうよ。精霊にとっては短いかもしれないけど、人間にとって二十年はそれなりに長い。


「ん? でも、効果が弱い気がする」


「裕太ちゃん、洞窟は結構長かったわよー。それに湖も広いから、効果はかなり薄まっちゃっているわー」


「そうだね。どちらかというと湖の生き物の方が強く恩恵を受けているね。微生物や虫、魚が元気いっぱいだったよ」


 あー、そうだな、広ければそれだけ水量も豊富だし、神の盃の効果が薄れるのも当然か。


 それでも長期滞在すれば寿命が延びる時点でチートだ。あと、お魚が素晴らしく美味しくなるのも理解できた。


 住居の湖が人の寿命を延ばすレベルだし、魚が食べる餌もその環境で強化されているんだから、そこで育った魚が美味しくない訳がない。


 アレだな、保養地に入れたら絶対に買えるだけ買おう。


「それでねー、そこに居た精霊に聞いたのだけど、昔神の盃が原因で争いが起こって、で、湖の洞窟に神の盃は隠されたのー。それで水の浄化にちょうどいいからって水の精霊王様が取り出せないように封印しちゃったんだってー」


 もうすでに争いが起きていたか。で、ウォータ様がサックリと没収し、自分の仕事に利用している感じか……ウォータ様、何気にちゃっかりしているな。


「ということは、湖の洞窟には手出ししない方がいいんだよね?」


 精霊王様に喧嘩を売るほど俺は無謀じゃない。


「そうねー。たぶん手を出しても怒られることはないと思うけどー、わざわざ争いの種をまき散らすこともないわー」


「え? 怒られないの?」


 争いの種には同意するけど、怒られないのは予想外だ。


「怒る必要がないものー」


「ん? 精霊王様が利用しているんじゃないの?」


「利用はしているけど、ないならないで構わないはずよー。自然な状態とは言えないものー」


 あ、そんな扱いなんだ。まあ、不自然と言えば不自然だよね。人間にとっては戦争をしてでも欲しがるアイテムなんだけど、精霊にとっては恩恵はそれほどないもんね。


「そうなんだ。でもまあ、争いの種にはなりたくないし、洞窟の探索は止めておくよ」


 寿命が延びるのには興味はあるが、なんかヴィータに頼めば普通に寿命が延ばせそうな気がするんだよな。


 今ヴィータに聞いても良いんだけど、そうしたらシルフィ達の酒盛りが始まりそうだし、次の機会にしておこう。


「湖が駄目となると残るは治療依頼なんだけど、そっちはどうだった?」


 すぐに治るよという言葉を期待しています。


「うーん、治せるといえば治せるかな?」


「えーっと、ヴィータが断言できないほど難しい病気なの?」


 もしかして呪い? 契約してくれる光の精霊を探しに行くことになるの?


「いや、確実に治すことはできるよ。普通の治療では難しいかもしれないけど、精霊樹の果実があれば、それでも治すことができる」


 精霊樹の果実って王族が出てくる案件じゃん。ヴィータからすれば問題ないかもしれないが、相当ヤバい状況だよね。


「難しい病気なのは分かったけど、治せるなら何をそんなに悩んでいるの?」


「原因が病気の症状に見える毒なんだよね。マルコくらいの男の子なのだけど、湖の水と様々な薬でかろうじて生きている状況だよ。裕太のおかげで作られるようになった万能薬でも現状維持が精いっぱいな感じかな。それと……治療は可能だけど、治しても時間が経てば同じ結果になると思う」


 嫌な予感がする。とても嫌な予感がする。


 子供、毒、お金持ち専用保養地、もうアレだよね、権力争いに子供が巻き込まれているパターンだよね。


 たしかにラノベでもそういう系統の話は多い。もはやテンプレとも言えるイベントだが、俺にそういうデリケートな問題をぶつけられても困る。


 関わったら絶対に誰かが不幸になるやつじゃん。俺、そんなの背負えないよ。


 ……もういいかな。サクッと不法侵入して保養地を観察して帰ろう。そもそも、保養地を参考にするのが目的であって依頼を達成することが目的ではない。


 ちょっと犯罪をかましてしまうことになるが、まあ、これも一つの自己保身だ。面倒ごとには関わらない。大切なことだ。


「えーっと……」


 あ、ダメだ。自己保身に走りたいのだけど、ヴィータの表情が言っている。救いたいって。


 ヴィータは命の精霊だけあってシビアな一面を持っている。だから全てを救おうなんて言わないし、俺に誰かを救うべきだなんて強制もしない。


 自業自得な相手なら冷静に見捨てることもあるだろう。


 でも、今回は子供なんだよね。罪を犯している可能性は低いし、周囲の努力もあるだろうが毒に侵されていても一生懸命に生きようとしている命だ。


 関わってしまったからには助けたいと思うのも当然だろう。


 俺だってただ助けるだけで済むのなら助けたいんだ。マルコと同世代の子供が死にかけとか想像するだけで泣きそうだ。


 でもなー、ヴィータが考えている通り、治すだけだとまた毒を盛られたり、下手をすれば直接命を狙われたりするかもしれない。やるなら全部を解決しないと意味がない。


「……状況は分かっているの?」


「私が説明するわ」


「うん、お願い」


 こういう時に頼りになるのはシルフィだよね。


「時間がなかったから詳しくは分からないけど、別荘の主はケンネル侯爵。別荘には妻と子供が二人。あとは使用人ね。だれも噂話をしていなかったから、犯人や動機はまだ分からないわね」 


 侯爵家か……ガッリ侯爵しかしらないからアレだけど、上級貴族なんだよなー。


 家督争いだとしたら二人の子供は腹違いかな? 他にもライバル貴族の陰謀も有り得るか。どちらにせよ面倒この上ない問題な気がする。


 ふむ、シルフィに時間をかけて詳しく調べてもらうことにしよう。


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人の命じゃなくて身体だけでもいいならダンジョンに専用の合葬碑でも墓地でも作って貰ってダンジョン葬をシステム化すれば収入を上げられそう(鬼畜
[気になる点] 貴族のこどもの状態次第では新しく楽園で保護する展開とかあるのかな? そういえば、迷宮で見つけた毒を感知する食器セットってまだ持ってたっけ?
[一言] なつかしい名前が出てきた? 今頃はなにしてるんだろう(笑)
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