六百五十話 甘やかし
発掘を頑張るヴィクトーさん達の様子を見て、ちょっとお手伝いをという気分になったので二日がかりで森の中に広場を用意した。しっかりレインのアドバイスに従い水場も整えたし、土の状態もトゥルとタマモが手を加えてくれたから畑仕事にも使える。必ずヴィクトーさん達の役に立ってくれるだろう。
ヴィクトーさん達に別れを告げ、次の目的地であるエルフの国に到着した。
訪れたのは精霊樹が復活した新しいエルフの国の首都。いや、一度滅んでまた復活したから新しい首都というのは違うか? まあ、それはエルフ達が考えることだから俺が気にしても無駄か。
無意味なことを考えながらエルフの国に足を踏み入れる。
まだ引っ越しを決めてそれほど経っていないからか、街並みは前の首都と比べると規模も森との一体感も足りていないように見える。
でも、こちらの方が比べようもないほど活気づいている。
前首都に滞在していた頃はエルフって物語通りクールなんだなと納得していたが、それは精霊樹の喪失が影響を及ぼしたエルフの姿だったのだろう。
今のエルフは麗しくも華やか、そんな表現が頭に浮かぶほど生き生きとしている。
で、そんな麗しくも華やかなエルフの皆さんが、俺達に気がついて歓声を上げたり手を振ったりと大歓迎をしてくれる。
いやー、アレだね、大歓迎が連続で続くと怖くなるけど、偶になら気持ちがいいよね。
俺、エルフの国だと世界レベルのアイドル並みにチヤホヤされるから好きだ。あくまで偶にというのが前提だけどな。さすがに毎日アイドル並みにチヤホヤされるのは落ち着かないから無理だ。
「ゆーた、しゅごい」「キュー」「にんきもの」「クゥ」「なかなかやるな」「…………」
「師匠はにんきものだな」
「師匠がそれだけのことをしたってことだな。マルコも見ただろう?」
「うん。ぬまがきれいになった!」
「キッカもみた。おおきなきがはえたの! ね、サラおねえちゃん!」
「ふふ、そうですね。とても凄かったですね」
そして契約精霊と弟子達の称賛がとても気持ちがいい。
……エルフの国には定期的に訪問することにしようかな。ここに来るだけで俺の株が上がる気がする。
沢山のエルフ達に声をかけられ、それらに笑顔で答えつつ道を進む。
初めて訪れる町と変わらないほど情報がない場所だが、目的地がハッキリしているので迷う心配はない。巨大な精霊樹に向かって進むだけだ。
しばらく歩くと精霊樹の根元が見えてきた。
そこに俺達を出迎えるように並んだ人影が見える。中央にラエティティアさん、その左隣に巫女のエレオノラさん、右隣に長老、その左右にラエティティアさんと思い出話をしていたご年配のエルフ達。
おそらく俺の訪問を聞いて集まってくれたんだろう。
「長老、エレオノラさん、他の方々もお久しぶりです。えーっと、ラエティティアさんへの挨拶はこんにちはが適切ですかね?」
「ええ、そうですね。裕太様とは頻繁に顔を合わせていますのでこんにちはが適切かもしれませんね」
苦笑いで応えてくれるラエティティアさん。
ラエティティアさんはサクラの教育も兼ねて頻繁に顔を出してくれるから、俺達的にはすでに楽園の住人のように感じている。
ラエティティアさんはサクラの教育以外でも結構楽園に遊びに来てくれるんだよな。無論エルフの国の森の管理をしっかりやった上でだけど。
だから長老達と同じ挨拶をするのが他人行儀に感じて戸惑ってしまった。
「裕太様、お久しぶりです。裕太様のおかげで毎日が凄く充実して、本当に感謝しています!」
ラエティティアさんとの挨拶が終わるとエレオノラさんが元気に話しかけてきた。
うーん、この人、いやこのエルフも随分と印象が変わっている。初対面の時は楚々とした印象だったのだけど気力が充実しているようだ。
まあ、それも当然か。
初対面の頃は失われた精霊樹に仕える巫女さんで、今は復活した精霊樹と、その思念体であるラエティティアさんに直接仕えている。
日本では仕事に貴賤はないと耳にすることもあったが、やりがいには違いがあると思う。
特に誰かに仕えるような仕事だと、その仕える相手によって気持ちも変わるだろう。
エレオノラさんはその相手が好き嫌いうんぬん以前に消滅していた。その相手が復活。しかもその相手がエルフが大切にしている精霊樹とその思念体なんだ。エレオノラさんの言うとおり充実感は桁違いだろう。
「エレオノラさんの毎日が充実しているのなら俺も嬉しいです。しっかりお仕えしてください」
「はい!」
ベル達のような輝く笑顔で返事をくれるエレオノラさん。気合が入ってるな。
「あらあら、私としてはもう少し気軽に接してくれた方が嬉しいのよ?」
輝いているエレオノラさんに感心していると、少し困った顔でラエティティアさんが会話に入ってきた。
「なにをおっしゃいます、ラエティティア様はエルフの守り神にして大恩人。我々の女神なのですぞ。気軽になどもってのほかにございます。エレオノラ、ラエティティア様とサクラ様に誠心誠意お仕えするのだぞ!」
「無論です!」
そのラエティティアさんの言葉に長老が反論し、エレオノラさんが力強く同意する。
ふむ。これはアレだな、長老というかエルフ全体が全力で空回りしているな。
何百年も待ち続けた希望が叶ったのだから無理もないが、精霊樹とラエティティアさんの復活が嬉し過ぎて、毎日がお祭り状態で脳内麻薬がドバドバ出ているんだろう。
でなければラエティティアさんの『いえ、私は女神様ではなくて精霊樹の思念体なのですが……』という言葉を聞き逃したりはしないはずだ。
ついでにサクラまで崇拝の対象に加えられているが、サクラもこっちに遊びに来ているしラエティティアさんと同じく精霊樹の思念体だから無理もないか。
「えーっと、ラエティティアさん、しばらく時間が経てばエルフの皆さんも落ち着きますよ」
「ふふ、早くそうなることを願います。慕ってくれるのは嬉しいのですが……」
どうやらエルフ達のテンションにかなり苦労しているらしく、ラエティティアさんが遠くを見つめだした。楽園に頻繁に顔を出すのは避難の意味合いもあるのかもしれない。
俺もエルフ達にチヤホヤされるのは気分が良いが、四六時中チヤホヤされるのも辛いもんな。
「サクラも喜びますし、俺が居なくても楽園に好きなだけ遊びに来てください」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて偶に避難させて頂きますね」
避難って言っちゃったよ。まあツッコまないけど。
「はい、気軽に遊びに来てください。それでなのですが、森の土の方は問題ありませんか?」
「はい、長老達にはすでに伝えています。一ヶ所での極端な採取は困りますが、森の精霊と契約している裕太様に言うことではありませんね。あ、サクラちゃんを呼びましょうか?」
信頼されているのは嬉しいな。サクラは……会いたいけれどまだ別れて数日だし作業が残っているのに無理に会うのも違う気がするな。
「しばらく滞在させてもらう予定なので、夜にお願いしても良いですか?」
仕事が終わった後ならたっぷり甘やかせるし、こちらでのサクラの行動も確認できるから一石二鳥だ。
「分かりました。歓迎の準備を整えてお戻りをお待ちしていますね」
「あはは、楽しみにしています」
長老達の張り切った声が聞こえるし、たぶんそれなりの規模の宴会が準備されるな。
しっかり働いてしっかり宴会を楽しませていただくことにしよう。クワの実ワイン、また飲めるかな?
***
エルフの国に到着して五日、目的だった土は十分な量を確保することができた。
初日の夜に開かれた宴会は、さすがに精霊樹が復活した時ほどの規模ではなかったが十分すぎるほど大きなものになった。
俺もチヤホヤされまくったしジーナ達もしっかりもてなされて楽しかった。
ベル達やフクちゃん達も自然豊かなエルフの国の沢山の精霊達と遊び大満足な様子だった。
ただ、予想外のことが一つあった。
サクラがめちゃくちゃ甘やかされていたのだ。
俺もジーナ達もチヤホヤされていたが、サクラは桁が違った。
孫に甘いおじいちゃんおばあちゃんでもそこまでデレデレじゃないよ? というレベルでの甘やかし。
なぜそこまでとラエティティアさんに話を聞いたところ、ある程度状況が把握できたが……頭が痛い。
まず精霊樹の思念体であること。
これはラエティティアさんも同じだが、ラエティティアさんに対しては崇拝の念が強すぎて甘やかすなどの行為は許されない。
もう一つの大きなポイントはサクラが赤ん坊であること。
長命種の業なのかエルフは子供が生まれ辛い。だから生まれた赤ちゃんはみんなに祝福され愛されるそうなのだが……サクラは精霊樹の思念体で赤ん坊、最高かよ! ということらしい。
年配のエルフどころか比較的若い層のエルフまでサクラにデレデレで、エルフの美貌をそこまで貶めるかと訴えたくなるほど顔面を崩壊させていた。
サクラが『あい!』と返事をするだけで褒めまくるエルフ。
サクラをナデナデするためだけに長蛇の列をつくるエルフ。
サクラに喜んでもらおうと貢物のお菓子を準備するエルフ。
ラエティティアさんは別格だけど、長老を差し置いてエルフの国のナンバー2と言えるほどの扱いを受けていた。
というか、本来ならナンバー2である長老が率先してサクラを甘やかしてお姫様お姫様していた。
さすがにこれはサクラの教育に悪いということで、ラエティティアさんとエレオノラさん以外はサクラとの接触を控えるように要請したら、宴会がお通夜に様変わりしてしまった。
結局長老を筆頭としたエルフ達の悲し気な瞳に抵抗できず、サクラを甘やかしすぎないことを条件に接触を許したが……不安でしかない。
精霊樹とラエティティアさんの復活で希望に満ち溢れているはずのエルフの国なのに、こんなくだらないことで将来を心配させないでほしい。
サクラが可愛らしいのは揺るぎない真実だけれど、傾国と称されるのは嫌だからね。
読んでくださってありがとうございます。




