六百四十六話 俺の苦労は無駄じゃない……はずだ
サクラの成長のために始めた楽園の拡張。それに合わせるように精霊王様方から色々とリクエストをされ、思っていた以上に大変なことになった。飽きるほど岩山を解体し、飽きるほど地面を掘り下げる毎日。チートな道具と高レベルの身体能力でも先が見えず、土地の基礎を整えただけで心が折れそうです。
「サラ、ちょっといい?」
ジーナと共に先の長さに遠い目をした後、マルコとキッカと話していたサラに声をかける。
「はい、なんですか?」
「うん、下準備が終わったし、次は土の確保に行くつもりなんだ。先に迷宮都市に行って、その後にヴィクトーさんのところにも寄るから、何か差し入れとかしたいなら考えておいてくれ」
気持ち的にはさっさと拡張を完成させたいのだけど、あんまり間を空けるとマリーさんが発狂しかねないから、この辺りで顔を出しておくべきだろう。
ついでに風の精霊の為の風車も発注すれば無駄がない。
「はい、色々考えておきます。ありがとうございます、お師匠様」
兄であるヴィクトーさんに会えると聞いて顔を輝かせるサラ。
うん、とっても美少女だけど、改めて見るとこの子も兄に会えることを喜ぶ小さな子供なんだよな。
俺やジーナよりもしっかりしているから頼りがちだけど、子供だということを忘れないようにしないといけない。
俺がサラくらいの年の頃は……うん、深く考えるのは止めよう。前にも似たようなことを考えた気がするけれど、比較するだけ悲しくなる。
まあ、自分の恥ずかしい子供時代は置いておいて、今晩は一区切りついたお祝いをしようかな。
いつもこんな時は宴会に突入してしまうけど、今日はとっておきがあるからお酒がなくてもみんな喜んでくれるはずだ。
***
「今日はちょっと変わった夕食を用意したんだ」
集まっているメンバーに自信満々に告げる。
「ああ、だからルビー達にも声をかけたのね」
俺の宣言にシルフィが納得した様子で頷く。ルビー達には食堂やお店もあるから夕食を共にする機会が少ないもんね。
今日だって楽園に精霊が遊びに来る日だったらルビー達を呼べなかったはずだ。
「裕太の兄貴が凄く自信ありげに呼びにきたから楽しみなんだぞ」
ルビーがワクワクした瞳を俺に向けてくる。普通ならプレッシャーを感じるところだが、俺も自信があるので期待していると頷くことで返事をする。
終わりが見えない土木工事のストレス発散の為に、人目を忍んで開発を続けたテリヤキバーガーセット。
コーラの再現で躓き、何度もこれじゃないを繰り返しストレスを溜めるという本末転倒な苦行を乗り越え、ようやく完成したテリヤキバーガーセット。
しかも最初なのにパティを倍にして提供するという暴挙。負けるはずがない。
魔法の鞄から事前に準備していたプレートに乗せたテリヤキバーガーセットを取り出し、素早くみんなの前に並べる。
「えーっと、この紙に包まれているのがテリヤキバーガー。紙を開いて手に持って食べてね。飲み物はコーラ、ちょっと癖を感じるかもしれないけど俺が好きな飲み物。それで、揚げ物はポテトとチキンナゲット。チキンナゲットは横に添えてあるソースに付けて食べてね。じゃあ、いただきます!」
ポテトもナゲットも揚げたてを用意しているから、冷める前に素早く説明をして食事を開始する。
「あ、ベル、ちょっと待ってね。紙をこういうふうに折り曲げて、はい、このままかぶりついていいよ」
レインとタマモとムーンのは食べやすいように紙を剥がしていたが、ベルにもちょっと難しかったらしく、包み紙から中身がこぼれ落ちそうになっていた。
食べやすいように整えてベルに手渡すと、勢いよくガブリとテリヤキバーガーにかぶりつくベル。
新メニューでも躊躇しないところがベルの凄いところだと思う。
ベルが顔を上げると、テリヤキバーガーには意外と大きな歯形が残り、ベルの顔はテリヤキソースで塗れていた。
すぐに拭こうと手拭いを用意するが、ベルがムグムグと味わっているようなので様子を見る。
お、飲み込んだ。
「おいしー」
ニパっとベルが笑って感想を教えてくれる。その笑顔に、このセットを作り上げるまでの苦労が報われた気がする。
あれ? ……他の子達の反応を見ようとしたのだけど、レインとタマモのプレートにはすでにテリヤキバーガーの欠片も残っていなかった。
そっか、レインとタマモは他の子達と比べると口が大きいから、日本版テリヤキバーガーのサイズではすぐに食べ終わってしまうのか。アメリカンサイズのハンバーガーの作成も視野に入れておくべきかもしれない。
ムーンのプレートも綺麗になっているけど、まだ体の中で消化中な感じだな。サイズが適正だったかちょっと分かり辛い。
トゥルとフレアも気に入ってくれたようで、ハグハグと夢中でテリヤキバーガーに噛り付いている。
「ししょう、おれ、これすきだ。ちょっとへんなあじだけど、あまくてしゅわしゅわ!」
お、マルコはコーラが気に入ったようだ。苦労して再現したから、喜んでくれると俺も嬉しい。でも、隣でウリが興味深げにフスフスしているから気づいてあげて。
というかウリのプレートにもちゃんとコーラを用意しているんだけど、もしかしてマルコに構ってほしいだけ? それはそれで可愛いからオッケーだ。
キッカはフライドポテトが気に入ったようで、リスのようにポテトをカリカリと消費している。
ジーナとサラは……あれ? なんかリアクションが薄い?
どういうことだと見まわしてみると、ベル達とマルコとキッカ以外のリアクションが薄い。なんというか、可もなく不可もなくといった感じでテリヤキバーガーセットを食べている。
「なあ、裕太の兄貴」
「な、なにかなルビー」
なんかルビー、料理人の目になってない? 怖いんですけど。
「この甘いタレと白いタレ、余っているか?」
「う、うん、あるよ、欲しいの?」
頷いたので容器ごとルビーに渡す。
「ハンバーグはこっちのアサルトドラゴンのハンバーグで、ソースは薄く塗った方がお肉の味が分かるんだぞ。パンはハンバーグに負けない小麦の味が濃いのが合いそうだから、ちょっと固いけどこのパンで…………できたんだぞ!」
俺の目の前で調理をしたルビーが、完成したテリヤキバーガーを手渡してくる。
そのハンバーグや道具はどこから出したとツッコミたいが、ルビーが用意したテリヤキバーガーは形も美しく見ただけで美味しそうではある。
とりあえず一口。濃厚なアサルトドラゴンのハンバーグからは肉汁があふれ、それが薄く塗られたテリヤキソースとレタスとマヨネーズに混ざりあい、それに負けない小麦の香り豊かなパンがしっかりと包み込む。
うん、美味しい。美味しいんだけど、俺が求めているのはコレじゃないんだ。これはアレだ高級店のハンバーガーだ。おシャンティなやつだ。
「あら、裕太には悪いけど、私はこっちの方が好きね」
「そうねー。お姉ちゃんもこっちかしらー」
なん……だと……。
ルビーが作ったテリヤキバーガーに軍配を上げる大精霊と上級精霊達、ちょっと申し訳なさそうにしながらもそれに同意するジーナとサラ。酷い裏切りにショックを受ける俺。
いや、そりゃあそうだよ。だってドラゴンのお肉で作ったハンバーガーだよ。まあ、厳密に言えば俺が錬金したパテの元もそうなんだけど、純粋にドラゴンのお肉を使った物の方が味が上なのは当然だ。
そもそもコンセプトが違う。俺が用意したテリヤキバーガーセットは、チェーン店の宿命ともいえる、できるだけ安く美味しくというのがコンセプトで……しまった、思い出補正が敗因か。
俺は某チェーン店のテリヤキバーガーの再現に拘ったが、それを知らないシルフィ達からすれば、すべての素材が上質で味もワンランクどころかツーランクもスリーランクも上なルビー作のテリヤキバーガーを好むのは当然と言えなくもない。
見誤った。これが孔明の罠と言うやつか。この世界には孔明は存在しないけど。
いいもん、大人組&サラには低評価だけれど、マルコとキッカとベル達とフクちゃん達には大人気だもん。
苦労して再現したテリヤキバーガーが子供の舌にクリティカルヒットしやすい味だとか、そういうなんか悲しくなるようなことは考えない。
俺は異世界で満足できるテリヤキバーガーセットを完成させた、そのこと自体が重要なんだ。
偶然異世界で同郷の人と出会わないと分かち合えない喜びだけど、俺は満足している。嘘じゃない、だって俺、テリヤキバーガー好きだもん。思い出補正を抜きにすればルビーの作った高級テリヤキバーガーの方が好きだけど、でも、嘘じゃないもん。
「裕太よ、不味い物だとは思わんが甘くてかなわん。口直しに酒が必要じゃな、蒸留酒が良い」
……これまでの苦労を思い自分の心を慰めていると、ノモスが空気を読まずに話しかけてきた。
「そうね、この揚げ芋はお酒に合いそうだし、私はエールからお願いするわ」
「うーん、お姉ちゃんはワインかしら? ドリーちゃんとイフちゃん、ヴィータちゃん、ルビーちゃん達はどうするー?」
ノモスに続いてシルフィ、ディーネもお酒を要求。ディーネにいたっては率先して他のメンバーにもお酒を勧めている。
昼間は俺の自信作でお酒なんて無用にしてやるぜー、とか内心でイキっていたけど表に出さなくて良かったな。
調子に乗っていたら大恥を掻くところだった。とりあえず俺もお酒を飲んで悲しみを癒すとしよう。でもその前に。
「ルビー。俺が作った方のテリヤキバーガーセットだけど、見て分かるとおり小さい子達は喜ぶと思うんだ。飲み物以外はある程度のレシピを渡すから、メニューに加えてみない?」
コーラは錬金箱以外での再現は無理だ。でも、せっかく再現したのだから、他を無駄にせずに有効活用したい。
「たしかに楽園食堂に来るのはチビッ子達が多いし、それは面白そうなんだぞ」
よし、ルビーも乗り気だな。たぶん俺の理想通りのテリヤキバーガーにはならないだろうが、ちびっ子達が喜んでくれるのであれば俺の苦労も無駄にならないということになる……はずだ。なるよね?
読んでくださってありがとうございます。




