六百四十二話 リフォームの指針
ラエティティアさんの歓迎会を開催、楽しくお酒や料理で親睦を深めていると、ひょんなことからチビッ子達の教育の話になり、それがなぜか楽園全体のリフォームをするまでに話が発展した。自分が住んでいる土地全体のリフォームなんて簡単に決められることではないはずなのだが、簡単に決定できてしまうことが精霊の凄いところだと思う。
「じゃあ楽園改造会議をおこないます。みなさん、じゃんじゃん意見を出して、素敵な楽園を作り上げましょう」
さすがに歓迎会の席で楽園のリフォーム計画をすべて決定する訳にも行かないので、あの後は普通に宴会を楽しみ翌日改めて会議を開催することにした。
もう、リフォームは決定事項なので、ここでの決定に従い楽園を改造していくことになる。
参加者は俺と俺の契約精霊全員、弟子であるジーナ達とその契約精霊達、ルビー達、そして今回の計画の元となったサクラと、その教導役のラエティティアさん。
酒島の精霊を呼ぶべきかとの意見も出されたが、それは楽園の主権限で却下した。
だって、酒島で働く精霊なんて、お酒が大好きに決まっている。まあ、お酒が嫌いな精霊に出会ったことがないから当たり前だけど、その中でも要注意な精霊が集まっているに決まっている。
そんな精霊達が会議に参加したら、シルフィ達と共謀して地上の楽園にまでお酒が侵食してくる可能性が高い。
あと、精霊王様方も呼ぶ? と、重大な意見が気軽に提出されもしたが、それは聞こえなかったことにした。
精霊王様方のアイデアが途方もないものだったとしても、俺にそれを断わる度胸があるとは思えないからな。
それでもかなりの人数になったので、会議の場所はシルフィ達の家のリビングを提供してもらっている。
ここは広い間取りで優しい風が吹き込み、水のせせらぎと植物の香りでリラックスできるから、楽しい会議にはピッタリだと思う。まあ、真面目な会議には向かないけど。
「醸造所をひとまとめにして、場所はどこでも良いが広い場所が欲しい。そして儂の家もその周辺に配置したい」
会議の発言一発目はノモスだが、他の大精霊達全員と、ルビー達も頷いているからラエティティアさんを除いた大人組全員の意見なのだろう。
「うん、了解。場所は最後になると思うけど、要望は叶えられると思うよ。あと味噌蔵や醤油蔵ともまとめることになると思う」
この意見は予想していたからなんの問題もない。ノモスの家の場所も、今の家も醸造所の隣なのだから次回もそうなると予想済みだ。
俺が了解と伝えるとノモスは満足したように頷き、そして目をつむって固まった。
……あれだな、自分の意見は全部言ったから、あとは好きにしろってことだろうな。たぶん、いや、間違いなく、俺達から話を振らないかぎり、会議の終わりまで黙ったままだろう。
まあ、楽園のリフォームに土の大精霊であるノモスの意見を聞かないわけがないから、ノモスはこれからも大忙しだけどね。
ノモスよりも、ノモスの意見にすっかり満足した様子のイフの方が怖い。火はリフォームにあまり関係ないから、下手をしたら最後まで一言も話さない可能性がある。何かの場面でイフに意見を振るのを忘れないようにしよう。
「新しい泉を作るんだったよね? それなら森と泉と水路を一体化させてグアバードの住居もそこに移すのはどうだろう? あと、モフモフキングダムと新しい森との関係はどうなるのかな?」
続いてはヴィータの意見。最初は大体の方向性を決めるつもりだったのだけど、妙に具体的な意見が出てきた。
「えーっと、一応肉食系の森とモフモフキングダムは別にするつもりだけど、グアバードのことは考えていなかったな。今まで通りじゃ駄目なの?」
モフモフキングダムの動物達は、温い環境にすっかり油断してしまっている。まあ、いまだに俺に対する警戒心を完璧に解いてくれるほど甘くなってはいないが、今更肉食獣との共同生活が始まったらショック死してしまいそうだ。
あと、爽やか美青年なヴィータがモフモフキングダムって口にすると、ちょっとおかしみを感じる。
「モフモフキングダムの方はそれでいいよ。グアバードの方はね、悪いことではないのだけれど、快適な環境に適応して数がかなり増えてしまっているんだ。生命の繁殖活動としては間違ってはいないけど、自然のバランスで考えると少し問題なんだ」
……そういえば、水路の傍を通るといつもグアバードが視線の中に入っていた気がする。あれは偶々なんじゃなくて、それくらい数が増えたってことなのか。
「でも、水路を森に繋げると、肉食獣が食べてグアバードが全滅することにならない?」
「ある程度数が減るのは間違いないけど、水路がある限りグアバードが全滅することはないよ」
ヴィータって命の大精霊なのに、いや、命の大精霊だからこそ、命に対してシビアな一面を見せるよね。
「了解。そこら辺はヴィータに任せるから、ディーネ、ノモス、ドリーと相談して調整してくれ」
「分かった」
「ねえ、裕太、ちょっといい?」
「ん? シルフィどうしたの? 今はドンドン意見を出す時間だから、好きに発言して構わないよ?」
「裕太の私達の意見を反映しようって考えは好ましいのだけど、楽園の主は裕太なのだから、ある程度は裕太の考えが知りたいわ。指針くらいあるんでしょ?」
「え? あー、指針ね、指針……」
どうしよう、みんなで考えればいいやって学級会レベルのノリだったから、シルフィが考えているような指針なんて一切ないが、そう言われてしまうと、何も考えていないとは言い辛い。
「……そこまで深く考えていた訳じゃないけど、聖域の中心の泉とサクラの精霊樹は動かさないようにして、その奥に広い森をつくるつもりだよ。他はプライベート空間をはっきりさせて、訓練施設、商業区、農業区、中級精霊達の遊び場、散策エリアといった感じで、場所ごとに特徴を持たせられたらなって感じかな? あと、それぞれを拡充したくなったら、まとめたまま拡充できるような配置にもしたいかな?」
なんとか意見を捻り出したが、自分で言っていて悪くない気がしてきた。今までもある程度配置に統一感を持たせるようにはしてきたけど、都合よくいかなくて微妙な配置になっている箇所がある。
それぞれを開拓すれば奥に伸ばせるように配置すれば、商業区に畑があるなんてことにはならなくなる。
今までは上から見たら綺麗な正方形だったのが崩れてしまうのは少し残念だが、巨大な森で楽園を包むのも拡張を考えると手間だから形が崩れるのは仕方がない。
「お、悪くねえな。それだけ拡張しやすい形にするなら、酒の種類ごとに醸造所を造ってもいいかもな」
発言がなさそうなことを心配していたイフから、とんでもない発言が飛び出してしまった。
たしかにイフの言葉は間違ってはいないが、そんなことを許したら醸造所区画だけが飛び抜けそうなので却下だ。
「イフ。開拓しなければ聖域として組み込めないんだから、あくまでも拡張の余地を残すだけって考えてね」
俺の言葉にイフだけではなく他の大精霊達も残念そうな顔をする。無条件で許していたら、お酒の種類ごとどころか、エールだけでも何種類も醸造所ができそうな気がする。
特に地球のお酒を知ったりしたら……錬金箱の取り扱いを慎重に行うことを、改めて肝に銘じておこう。マジで。
「あー、色々と話したいことはあるけど、まずは本題の森に……ん? ベル、どうしたの?」
色々と意見を出せと言ったが、このままだと無限にお酒関係の意見が出てきそうなので、意見の方向を森に限定しようとしていたら、ベルに袖を引かれた。顔を見ると、なぜかベル達がとってもワクワクした顔をしていた。
「あのねー。ちずつくる?」
ん、ちず? どういうことだ? ちずって……地図のことか。
「もしかして、楽園の地図を作るかどうかってこと?」
「そうー」
嬉しそうに頷く下級精霊達。迷宮都市のグルメマップ作りで、地図作りにハマってしまったようだ。
なら答えは簡単だな。
「もしかして楽園が完成したらベル達が地図を作ってくれるのかな?」
「つくるー」「キュキュー」「がんばる」「クゥ」「まかせろ!」「…………」
すっごくやる気なようだ。まだ迷宮都市グルメマップも完成していないんだけどな。まあ、この様子だと俺が開拓に勤しんでいる間に完成させてしまうか。早くリフォームを終わらせないとプレッシャーが掛かりそうだな。
「じゃあ、楽園の改造が終わったら地図造りはベル達にお願いするね」
「ふおぉぉぉぉ」「キュキュキュキュー」「やった」「くぅぅぅぅ」「きあいぜんかいだぜ!」「………………」
こういうのを狂喜乱舞っていうのだろう。
しばらくリビングを飛び回るベル達と、なぜか参加しているサクラとシバ達を微笑ましく全員で見守る。チビッ子達の喜ぶ姿って目に優しいよね。
「……コホン、それで、森なんだけど、ラエティティアさん、具体的にどうすればいいの?」
一度霧散してしまった会議の空気を、なんとか立て直してラエティティアさんに質問する。これが今回の会議の肝になる話だから、かなり重要な質問だ。
「そうですね。裕太様の都合もあると思いますが、広ければ広いほどサクラちゃんの力を伸ばすことができますね。それと、できればでいいのですが、エルフの森に生えている天樹もいくつか植えていただけたらと思います」
広ければ広いほど良いって、頑張れるだけ頑張ってねってことだよね。まあ、サクラの為だから頑張りはするが、追々で拡張していけばいいだろう。問題は御大層な名前の植物のことだな。
「ラエティティアさん、天樹ってなんですか?」
「天樹ですか? 天樹はエルフ達が生活していた木の名前ですよ」
知らなかったんですね、といった雰囲気で教えてくれるラエティティアさん。はい、知りませんでした。
あれだけ目立つ木なのに、その木について質問すらしていなかった自分が、今となっては少し恥ずかしいです。
うん、普通聞くよね。
「えーっと、エルフの森とは環境が違いますが、天樹は大丈夫なんですか?」
聖域とはいえ、ここは死の大地だ。
「普通は大丈夫ではありませんが、精霊樹の力があれば大丈夫です」
ようするに天樹もサクラの教育の為ってことだな。
……ラエティティアさん、顔も雰囲気もスタイルも聖母なのに、教育者としてはスパルタなのかもしれない。
サクラ、頑張ってね。
読んでくださってありがとうございます。




