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六百四十一話 実はエリート

 ラエティティアさんを楽園に迎えての宴会、途中までは俺自慢の食事やお酒でのおもてなしにラエティティアさんも大満足の様子だった、話題作りのためにサクラの子育て相談を持ち掛けるまでは……。




「えーっと、成長するのには問題ない訳ですよね?」


 あれ? もしかしてお酒に酔った頭で考えるにはデリケート過ぎる話題なんじゃ?


「はい、成長するだけならまったく問題はありません」


 だよね、最初にそう言っていたもんね。


「ただ、サクラちゃんが成長した時、今のままではその力を最大限に生かせなくなってしまう可能性はあります」


 ……えーっと、どういうことだ?


「すみません、ラエティティアさん、ちょっと時間をください」


 重要な問題なので落ち着いて考えたい。


 なんか思いもしない方向に話が進んで酔いも少し醒めたし、ある程度考えをまとめるくらいなら大丈夫だろう。


 駄目だったら後日方向修正すればいい。


「はい、大切なことですからゆっくり考えてくださいね」


「ありがとうございます」


 ラエティティアさんはサクラに任せて思考に没頭する。


 ラエティティアさんの話を聞いて思ったのは、ようするに、小学校をお受験するかしないかという問題に近いのだと思う。


 お受験か……日本で生活していた時は他人事だったので、そんなに子供に無理をさせなくてもいいじゃん、なんて軽く考えていたが、自分の身に降りかかってくると笑い事じゃない。


 先輩、悩んでいるところを茶化してすみませんでした。


 子供なんて健康に育てばそれで良いだろうと思っていたが、将来サクラが苦労すると考えると、そんなに単純に考えられない。


 だけど過剰に思えるほど教育を詰め込んで、将来の為だからとサクラに無理をさせるのも論外だ。


 バランスが大切ってことだな。


 言葉にすると簡単だが、それだけで解決できるのであれば世のお父さんお母さんはもっと楽しく気楽に人生を送れていることだろう。


 開拓しないのは論外だから、ラエティティアさんやドリー達と相談して、徐々に開拓面積を増やしていくのが無難なようだ。


 あれ? サクラの教育はこれでいいとして、ベル達やジーナ達の教育は?


 いや、ジーナ達はある程度大丈夫なはずだ。


 精霊術師としての実力は一級品だし、この先もまだまだ実力は伸びる。一般的な学習面も三人は様々な経験を積んでいるし、なによりサラの存在が大きい。


 彼女がジーナ達に惜しみなく知識を授けてくれているから、そのへんの冒険者どころか、ちょっと裕福な家庭レベルの教育を受けていると考えていいはずだ。


 元々、全体的に教育レベルが低いからそれで十分……いや、どうせならサラにもう少し勉強してもらうか?


 サラが優秀だと言っても、さすがに日本で大学を卒業した俺と比べるとまだまだだし、高校レベルの数学ならギリギリ教えられる……いや、もう無理か? 数学苦手だし……思い出せるか自信がない。


 サラの教育についても徐々にだな。


 残るはベル達だけど……いかん、遊んでいる姿しか思い浮かばない。一応地図を作ったりハンドベルをしたりして、幼児教育的なことはしていなくもないが、これでいいのか?


 ……あはは、不安が押し寄せてくる。


 得も言われぬ恐怖に思考から逃げて顔を上げると、目の前にホッとする光景が広がっていた。


 かなり長い間考え込んでいたのか、ラエティティアを中心にベル達やジーナ達が集まり、騒がしくも穏やかに宴会を楽しんでいる。


 ……俺に何ができるかは分からないが、俺にできることは精いっぱいやって、目の前の素晴らしい光景を守る。


 家族を守る父親達が当たり前のように担っている重圧を俺も背負ったと思えば、なんとかなるような気がする。


 よし、ちょっと気合が入った。まずは行動だな。開拓範囲とベル達の教育について相談を終わらせてしまおう。


 これは俺だけで結論が出せる問題じゃないし、シルフィ達にも相談だな。


 えーっと、シルフィ達は……こっちの様子を気にも留めずにお酒を飲んでいるな。


 酒樽はまだ一つしか空になっていないから序の口のようだが、この宴会がラエティティアさんを歓迎してのものだとは意識の隅っこにも残っていないだろう。


 これは、普通に呼んでも気づいてくれないだろうな。


「みんな、お仕事をお願いできるかな?」


 ベル達に向けてそういうと、お仕事! という期待に満ちた視線が俺に集中する。


「シルフィ達大精霊を全員呼んできてくれ」


 俺のお願いにベル達が元気いっぱいにカッ飛んでいく。


 これで飲みだしたら酷く腰が重いノモスやイフも動くだろう。ノモスとイフもちびっ子に弱いもんね。


「考えはまとまりましたか?」


 サクラはともかく、なぜかキッカまで抱きかかえたラエティティアさんが微笑みながら話しかけてくる。


「はい、ある程度は。でも、ある程度なので、シルフィ達とも相談しながら考えたいと思います」


 方向性は決まったんだけど、新たな疑問が増えたよ。ラエティティアさん、いつの間にかジーナ達ともめちゃくちゃ仲良くなってない?


 その人心掌握術を教えてほしい。


「裕太、急にどうしたの?」


「裕太ちゃん、お姉ちゃんが居なくて寂しかったー?」


「裕太さん、何か御用ですか?」


「お酒を飲んでる時に呼ぶなんて珍しいね」


 ラエティティアさんに人心掌握術の教授を願おうか悩んでいると、割と腰が軽いシルフィ、ディーネ、ドリー、ヴィータが素直に集まってくれた。それぞれ、同じ属性のベル、レイン、タマモ、ムーンが隣に待機しているのがちょっと微笑ましい。


「なんの用じゃ」


「これからって時にどうしたんだ? 酒を飲む時に余計なことは無粋だぜ」


 少し遅れてトゥルとフレアに引っ張られるようにノモスとイフもやってくる。これで全員集合だな。人心掌握術は次の機会に回そう。


 集まってくれた大精霊達に、現状の問題を報告する。


「……そうね、サクラについてはラエティティアとドリーとノモスに相談したほうが良いわね。もちろん私達の協力が必要なら協力するわ。あと、ベル達については問題ないわ」


「サクラの方はともかく、ベル達は問題ないの?」


 俺の悩みの一つがあっさり否定された。それはそれで嬉しいことなのだが、なんだか釈然としない。


「あのね、精霊なんて自分で勝手に育っていくものなの。昔は契約で色々とあったけど、今はそれもないから、本人の意思次第で本人の望む場所に落ち着くのが普通ね」


「そうだぜ。むしろ、裕太と契約しているチビ達は恵まれ過ぎだ」


「うむ。聖域に住み、自由に契約者と触れ合え術も使い放題など、普通の精霊では得られぬ幸運じゃ」


「あはは、たしかにそうだね。将来の大精霊候補といっても過言じゃないよ」


 シルフィの言葉にノモスとヴィータが続くが、その言葉の内容がちょっと呑み込めない。


 聖域に住むのが凄いのは分かるが、大精霊候補?


 屋台グルメに夢中で、ただひたすらに可愛らしいベル達が、シルフィ達みたいにファイアードラゴンを一撃で殺すような存在に?


 ……マジで? ベル達って実はエリートなの?


 納得できずにベル達の姿を確認するが、なんとなく認められていると感じているのか、自慢げに胸を張っていて可愛らしい。


 まあ、ベル達が大精霊になるころには俺は生きていないだろうし、問題ないのであれば気にしないことにしよう。俺は可愛らしいベル達で十分だ。


「了解。じゃあ、サクラについてだね。開拓することになると思うから、全員意見を出してね」


「儂は醸造所を広げたいな」


「あ、俺もそれがいい」


 ノモスとイフが予想通りな意見を出す。正直、この意見が出ることは予想していた。他の大精霊達が頷いて反論しないのも予想通りだ。


「醸造所については、楽園が広くなればスペースもできるから問題ないけど、まずは森をどれくらい広げるかを決めようね」


「あの、ちょっといいですか?」


「ん? ドリー、もちろんいいよ」


 森を広げる相談なんだから、ドリーが主役といっても過言ではない。むしろドンドン意見を出してほしい。


「スペースを増やすのであれば、一度楽園を整理しませんか?」


「えーっと、どういうこと?」


「今の楽園もコンパクトにまとまっていると思いますが、外周を中級精霊以下の子達の遊び場が囲んでいるのでちょっと落ち着きません。裕太さん達の生活スペース、お店等の施設、畑、森など、しっかりと区分けしてそれぞれに十分なスペースを用意する方が、拡張しやすいと思います」


 あー、なるほど、ドリーの言いたいことも分からなくはないな。


 ある程度配置は考えたけど、各種お店に施設、ローズガーデンや味噌醤油蔵、シルフィ達の家等々、色々増やしてきたからバランスが悪い部分がたしかにある。


 簡単に言うと家の増築を繰り返したのと似たような状況だ。それなら一度取り壊して新築したほうが綺麗になるだろう。


 本来ならお酒の席で簡単に決めていい内容じゃないけど、家なんかの施設は魔法の鞄に収納できるし、植物や簡単に動かせない設備も、ノモスやドリーの力を借りれば簡単に移動できる。


 うん、この際、楽園全体をリフォームするのも悪くないかな。なんだかドンドン大事になっている気がするが、ただひたすらに開拓するよりか楽しそうだ。


「俺は問題ないよ。でも、みんなで住んでいる場所だから、全員の意見が聞きたいな」


「私はそれで構わないわ」


「裕太ちゃん、泉を増やすのも大丈夫?」


 シルフィは問題なし。続いてのディーネが、珍しく真面目な顔で質問してくる。


「中心の泉だと駄目なの?」


 結構頑張って造った泉だから、不満を持たれているとなると切ない。噴水だってディーネのお願い通り細かく模様を彫ったんだよ?


「あそこは聖域の中心だから、楽園に遊びに来ている水関係の精霊が遊び辛いの。だから別の場所に大きな泉があったらみんな喜ぶわー」


 なるほど、ベル達は気にせず遊んでいるけど、遊びに来る精霊達は遠慮しちゃうのか。ある意味他人の家に遊びに来ているようなものだから、精霊でもそこまで自由に振る舞えないらしい。


「そういうことなら場所を決めてもらえば頑張るよ」   


 おもてなしの心は大切だ。水系統の精霊が喜ぶというのなら、苦労する甲斐がある。


「裕太ちゃんありがとー」


 ディーネが喜んでくれたところで、他の仲間達に確認する。


 ドリー達もベル達もジーナ達もリフォームに賛成。料理をしていたルビー達にも確認を取り、楽園のリフォームが確定した。


 ……あれ? 森をどれだけ増やすかどうかを決めるはずだったのに、別のことが決定してしまったな。


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 断じてDIYレベルでは収まらない ビフォアー・アフター匠の技がふるいます
[一言] シムみたいになってきたw 裕太は気づいてないけど弟子精霊みんなエリートだぞ
[一言] 大筋には同じ方向なんだけど斜めにズレてくこの感じ懐かしい
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