六百三十九話 尊い
楽園に帰ってきて一息ついたところで錬金箱を試してみた。味がしないテリヤキバーガー、不味い魔力回復薬、テリヤキバーガーの味がするパンなど数々の試練を乗り越え、ようやく満足がいくテリヤキバーガーを完成させたところで……サクラの存在を思い出して慌ててドリーに恥を晒してしまう。
「……えーっと、ドリー。せっかくお酒を飲んでいる時に、変なことで呼び出しちゃってごめんね」
できれば酔っ払って今回の記憶を無くしてもらえると助かる。
「うふふ。裕太さんはベルちゃん達のこともそうですが、サクラのことも本当に大切にしてくれていて嬉しいです」
あれ? 恥を晒したと思ったけど、なんかドリーからの評価が上がった? 結果オーライ?
「ああ、そうでした。サクラを呼びたいのでしたら、精霊樹に触れて語り掛ければ戻ってきますよ」
ドリーにしては珍しいことに話題の方向が急に変わる。やはり少し酔っているようだ。
「いや、サクラが無事で楽しんでいるのなら問題ないよ。明日には会えるんだよね?」
「はい。精霊樹について色々と教えてもらっているようで、楽しそうにしていますよ。ああ、そういえば、サクラがラエティティアさんを楽園に連れてきたいと言っていましたね」
精霊樹についてか。森の大精霊であるドリーが居るから精霊樹については心配はしていなかったが、ラエティティアさんが先達としてサクラを導いてくれるのであれば心強いな。
それしてもラエティティアさんも楽園に来られるのか。まあ、サクラが移動できるのだし、同じく繋がっているラエティティアさんが楽園に来られても不思議ではないな。
「こっちに来られるならいつ来ても良いんだけど、わざわざ俺を待ってくれていたの?」
「ここは聖域ですからね。いくら精霊樹の思念体だとしても、主の許可なく入ることは許されません」
ああ、まあ、そうか。上級精霊達がお酒目的で飲みに来たり、中級以下の精霊達がご飯やお菓子を食べたり遊びに来たりしていても、一応精霊王様達の許可の下来ているんだったな。
普段の精霊達のほのぼのとした様子を見ていたから、すっかりそのことを忘れていた。
「了解。それなら明日サクラに会ったら、ラエティティアさんの出入りの自由を伝えるよ」
俺の言葉に、ドリーが優しくサクラも喜ぶでしょうと笑顔を浮かべる。
ドリーって深窓の令嬢な外見だけど、性格は母性豊かで慈悲深いよね。ドリーとラエティティアさんなら凄く仲よくなれそうな気がするし、楽園も更に賑やかになって良いことずくめだな。
おっと、今の穏やかな雰囲気は嫌いじゃないが、宴会中にドリーを召喚したんだった。早く解放してあげないと。
俺は部屋に戻ってテリヤキバーガーセットとチキンナゲットを完成させよう。
***
「うきゃー」
自分の部屋で眠っていると、突然顔に衝撃を受けた。
驚いて目を開けると視界が真っ暗で……耳に赤ん坊がキャッキャと騒ぐ声が聞こえる。
どうやらサクラの顔面ダイブを受けたようだ。ベルの影響か、サクラも躊躇なく顔に飛びついてくるんだよな。
まあ、サクラもベルも軽いし、レベルアップで肉体も強化されているから平気だけど、心臓には悪い。
「サクラ、おはよう。元気だった?」
「あい!」
顔に張り付いているサクラを剥がし抱っこしながら聞くと、元気いっぱいに返事をくれる。ラエティティアさんと楽しく過ごしていたのか、かなりご機嫌な様子だ。
「サクラ。ドリーに聞いたんだけど、ラエティティアさんを楽園に招待したいんだって?」
「あい!」
「うん。いいよ、ラエティティアさんには俺が自由に出入りして良いって許可したことを伝えてあげて」
サクラが抱っこしていた腕の中からふわりと浮かび上がり、俺の顔をキュっと抱きしめた後に飛んでいってしまった。
たぶん、さっそくラエティティアさんに伝え行ったのだと思うが、最後にキュっと抱きしめていったのはなんだったんだ?
今まであんな行動はしなかったはずだが……ラエティティアさん効果なのだろうか? 悪くないぞ。
「あら、裕太、ようやく起きたのね」
「シルフィ、おはよう。ん? ようやく?」
サクラと入れ違いに部屋に入ってきたシルフィの言葉に違和感を覚える。
「そう、ようやくよ。ジーナ達とベル達のお昼ご飯も終わっているし、ジーナ達は修行で、ベル達は子供部屋で地図造りに夢中よ」
……どうやらかなり寝過ごしてしまったらしい。
昨晩は錬金箱に夢中だったもんな。ポテトとナゲットは素材を用意すれば割と簡単に錬金できた。
ナゲットのソースも、ちょっと苦戦したがバーベキューソースは成功した。
マスタードソースはマスタードが上手にイメージできず、ドリーにマスタードの原料となるアブラナ科の植物を育ててもらってから再挑戦するつもりだ。
そして、最後の難関だったのがコーラ。
これが非常に難しかった。似たのは飲料の錬金箱で作り上げられたのだが、どうにも違和感が残って納得できない仕上がりになってしまう。
最終的に、あれ? 某チェーン店のコーラは、コ〇コーラだっけ? いや、ペ〇シだった気も……といった具合に訳が分からなくなりゲシュタルト崩壊してしまった。
コーラの原料をほとんど知らないことも苦戦の原因だと思う。カラメルが入っているのは聞いたことがあるが、他がサッパリなのが辛い。
コ〇コーラのコ〇が現在の禁止薬物の元だったという衝撃の事実も覚えてはいるが、さすがにそこまで遡って原点を目指すつもりはない。
日が登るまで魔力回復薬を飲みつつ粘ったが結局コーラは完成せず、セットの完成も先延ばしになってしまった。
今日はみんなでテリヤキバーガーでパーティーだ! なんて思っていたが、こちらも延期して万全の体制を整えたいと思う。
ウーロン茶でもジンジャーエールでもセットとして完成はするが、俺的には最初のセットにコーラは譲れない。
「裕太。ボーっとしてどうしたの? 寝たりないの?」
テリヤキバーガーセットに思いをはせていると、シルフィの声が聞こえた。そういえばシルフィとの会話中だったな。
「いや。寝すぎたからかな、少しボーっとしていただけだよ。ご飯を……ああ、その前に精霊樹のところに行くよ」
起きたのだから朝食をとも思ったが、昨晩は錬金箱で色々と作って食べまくったからか胃が重たい気がする。食事はもう少し後で良いだろう。
サクラのことだすぐにラエティティアさんを引っ張ってくるだろうから、お出迎えしよう。
「あぁ、サクラに会いに行くのね」
俺の言葉にシルフィが理解を示すが、微妙にズレている。珍しいことにサクラの現状を把握していないらしい。昨晩の宴会の影響かな?
ちょっとツッコミたくなったが、俺が昨晩何をしていたのかまで話が飛ぶと面倒なので沈黙を守る。
「裕太。下がって」
精霊樹に到着すると、ナイスタイミングだったのか、精霊樹の根元に光が集まり始めた。
「シルフィ、心配ないよ。たぶんラエティティアさんが来たんだ」
手短にサクラのお願いについてシルフィに説明すると、すぐに納得してくれた。
それにしても、サクラがエルフの国に現れた時はポンと軽い感じで現れたけど、ラエティティアさんの場合は違うんだな。精霊樹によって違うのか、楽園が聖域だからかは分からないが少し時間がかかるようだ。
まあ、聖母とみまがうばかりのラエティティアさんが、ポンと現れるのも解釈違いな気がするから、光が集まって形を作っていく演出はアリだと思う。神々しい。
光が消えると、そこにはラエティティアさんと、その豊かな胸に抱かれてキャッキャとはしゃぐサクラの姿が現れた。
なんというか……尊い。
髪の色も違うし顔のパーツも違うから似てはいないのだけれど、ラエティティアさんの復活の素材にサクラの精霊樹の素材を使ったからか、どこか似通った雰囲気を感じ、その二人が微笑みあい戯れる姿は、一枚の絵画のようだ。
「裕太様。お招きいただきありがとうございます。サクラちゃんから話には聞いていましたが、本当に聖域の中なのですね」
ラエティティアさんとサクラの共演にドキドキしていると、ラエティティアさんが挨拶をしてくれた。
「いえ、サクラにも伝えましたが、いつでも自由に遊びに来てください。その方がサクラも喜びます」
聖域の扱いには細心の注意を払わないといけないが、ただでさえ外部との交流が薄いエルフの里で、更に恩を売りまくって感謝されまくっている俺の不利になるようなことをエルフがするはずないから、神経質になる必要はないだろう。
「まあ、ありがとうございます」
ラエティティアさんが喜んでくれている様子なのは嬉しいが、ちょっと気になることがある。
サクラって感情表現は豊かだから考えていることが分かりやすいが、『あい』とか『あう』とか単語の返事が基本だよね。
他にも話そうと思えば話せるんだろうが、口が回らなくて面倒なのか行動で示す子なはずだ。
「サクラに聞いたと言っていましたが、サクラってそんなに話せないですよね?」
「サクラちゃんとは心が繋がっていますから、色々と意思疎通ができるんです。裕太様のことも沢山教えていただきました」
そういえばサクラの俺に対する好感度がラエティティアさんに伝染して、ラエティティアさんも俺に好意的だったな。
ということは、サクラと仲良くなればなるほどラエティティアさんとの仲が深まるということで……あれ? やっぱりラエティティアさんってヒロイン?
「あの、サクラと通じ合えるのは理解したのですが、その、前回はもう少し気安く話してくれていませんでした?」
ヒロインどうのこうのは、まあ、戯言なんだけど、前よりも距離が遠くなっているのは結構寂しい。
「恩人である上に聖域の主である裕太様に気安く話しかけるなどできません。前回は知らぬこととはいえ誠に失礼いたしました」
聖域の主という立場が思っていた以上に重視されて、距離をとられてちょっと切ない。
「聖域の主と言っても、それで何かを成すつもりもない管理人のような者ですから、あまり気にせず気軽に接してください」
俺の言葉に困った表情を浮かべるラエティティアさん。嫌だぞ、聖域の主というだけで美女に距離をとられるとか意味が分からん。
シルフィ助けて。
「ラエティティア。裕太の言うとおり気にしなくても大丈夫よ。でもまあ、言葉だけで難しいでしょうから、裕太の生活を見て判断なさい。気を張る必要がないことが直ぐに分かるわよ」
俺の助けを求める視線に反応し、シルフィがフォローしてくれているようだが、なんかあんまりフォローされている気がしない。
できればもっと俺を持ち上げる形でフォローしてほしかった……。
8/8日、コミックブースト様にてコミックス版『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の第56話が公開されました。サラ達とのコミュニケーションがホッコリなので、お楽しみいただけましたら幸いです。
読んでくださってありがとうございます。




