六百三十七話 とてもお腹が空いています
迷宮のコアに会いに行き錬金箱について相談した。その結果、俺が想像していたファンタジーな錬金箱から少しだけ現実に寄った錬金箱が存在すると知り、大量の財宝をコアに投入することで調味料、料理、飲料の三つの錬金箱を手に入れることに成功する。残り三個の錬金箱、肉、魚介、野菜の錬金箱は、次の機会に入手するつもりだ。
「そうかー……え? それ、大丈夫なの?」
三個の錬金箱をゲットして宿に戻ると、メルのところに遊びに行っていたジーナ達も帰ってきていた。
錬金作業に勤しむ前にジーナ達の報告を聞いたら、ちょっとスルーできない内容だった。
「あぁ、倒れた時は驚いたけど、あたしが錬金した時も魔力をかなり持っていかれたからな。すぐに魔力不足で倒れたと気がついて回復薬を飲ませたら復活した」
「なるほど、それなら良かったよ」
……マジか。あの大人しいメルが暴走して……いや、普段は大人しいけど、鍛治についてはノモスに弟子入りして認められるくらいにはアグレッシブだったな。
想像で好きな金属が錬金できるなんて知ったら、メルが暴走してもおかしくはない。というか、実際に暴走した。
なにをやっているんだと思わなくもないが、俺も入手してきた錬金箱のことを考えると笑い事ではない気がする。
大好きなご飯が再現できるとなったら、俺は止まることができるだろうか?
日本のファストフードは、その名の通りめちゃくちゃ美味しいと言うわけではない。でも、確実に中毒性はあると思っている。
高級で美味なドラゴンのお肉を食べようとも、目の前で育った新鮮なお野菜を食べようとも、心の隅っこには牛丼が食べたい、フライドチキンが食べたい、ハンバーガーが食べたいというジャンクに飢えた感覚が残っている。
俺もそれらを目の前にしたら暴走する危険性がないこともない。……でも、魔力回復薬で復活できるなら、あれ? これ、まずくない?
嫌な予感がしてシルフィの方を見ると、顎に手を当てて考え込む表情をしている。あれって、絶対に俺と同じことを考えているよね。
魔力がなくなっても魔力回復薬を沢山飲めば沢山お酒が錬金できるじゃない、とか考えているよね。
「よし! メルが心配ないのなら良かった。じゃあ迷宮都市での用事も済んだし、明日には帰るよ。シルフィよろしくね!」
「え? ああ、分かったわ」
シルフィが結論を出す前に予定を発表して、うやむやにする。
お酒に執着するシルフィでも、明日の帰還に張り切るベル達を悲しませるようなことはしないからな。
……暴走して回復薬で復活なんてことになったら、シルフィが張り切り出すかもしれないから、錬金箱の実践はやめておこう。
試すのは倒れても問題ない楽園に戻ってからだな。
***
「みてー」「キュー」「じしんさく」「クゥ」「さいきょうのできだぜ!」「……」
「う、うん、でもね、ベル達に囲まれてると見えないかな?」
楽園に到着早々、ディーネ達への挨拶もそこそこにベル達に子供部屋に連行される。
俺に完成した迷宮都市のグルメマップを見せたくてしょうがなかったのは理解しているからそれは構わないのだが、目の前を囲まれたらベル達の可愛らしい姿しか見えないよ。
そうだったーとベル達が顔の前から退くと、テーブルの上に置いてある紙が目に飛び込んでくる。
すごく……すごくゴチャゴチャしている。
えーっと、えーっと、あの線が道……でいいんだよな? そうすると、その横でゴチャゴチャっとしているのが建物で、えーっと、路上にあるのが屋台のはずだから、そこから推測するに、あのなんだか分からない物体が屋台と考えるのが妥当。
確かあの位置にある屋台は、タマモお気に入りのラフバードの串焼きだったはず。
ふむ。もしかして、あの丸っこくてモジャモジャしているのはラフバードか? それでその横に描かれている棒みたいなのは串焼きだろう。
他屋台もオークっぽい形や、スープ皿っぽい形の絵と、屋台の内容が同期しているように見えなくもない。限界まで想像力を駆使すれば……。
これはあれだな、知っている情報を全部書き込もうとして、逆に分からなくなるパターンのやつだな。しかも絵が子供の絵だし、色もバラバラだから混沌の具合が半端じゃない。
でも、屋台グルメマップと分かっていれば、内容は理解できないこともないよね。俺達にしか解読できないっぽいけど。
あと、屋台の横に並んでいる丸はなんなのだろう?
丸が無いのもあるし、数が違うのもあって共通点が分からない。これは後で質問するとして、大筋は理解した。
あとは、得た情報を元に、ワクワク顔で褒められ待ちのベル達を褒めそやすだけだ。
「みんな、凄いね良くできているよ。ここはラフバードの串焼き、こっちはスープ、それでここはオーク肉、とっても分かりやすいよ。天才かもしれない」
「うきゃー。ベルたちてんさいー」「キュキュキュー」「ほめられた」「クゥ! クゥクゥククー」「さいきょうだぜ」「………………」
あれ? まだ褒めそやしの第一段階なんだけど、既にベル達が絶好調だ。
いつもならここから徐々にテンションが上がっていって最終的に大はしゃぎなんだが……あぁ、見せたくて仕方がなかったグルメマップをようやく俺に見せられたから、それだけで嬉しいんだな。
部屋の中をブンブン飛び回り始めたし、これ以上テンションを上げるのは危険だな。
ちょっと落ち着かせよう。
「えーっと、みんな、一つだけ分からなかったところがあるんだけど、この屋台の横についている丸はなんなの?」
パンパンと拍手で注目を集め気になっていた部分を質問する。
「これー。とぅる考えたー」「キュキュー」「みんなのおきにいりのあかし」「クゥ!」「つよいやつだけまるがつくんだぜ!」「…………」
「んー。あー、なるほど、みんなそれぞれ自分が気に入っている屋台に丸をつけたんだね。トゥル、ナイスアイデアだよ」
某タイヤメーカーのガイドブックとはちょっと違うが、この丸が星の役割を果たしているようだ。そうなると、六個丸がついているのが最高ってことになるな。
「でも、どうせなら丸の色を変えて、誰がどの屋台に丸をつけたのか分かりやすくしたほうが良かったかな?」
丸六個なら全員だとわかるが、一つ欠けたら誰が丸をつけなかったかが分からない。
「ぜんいんぶんのいろがない」
俺のアドバイスにトゥルがしょんぼりと答える。色がない?
そういえばこっちの絵の具って原色な上に種類が少ないんだったな。しかも割と高価。
それでも色を混ぜればって、ベル達は色を混ぜて別の色を作ることを知らないのか。
「ちょっと待っててね」
魔法の鞄から絵の具を取り出し準備をする。
「ほら、見ててね。この赤と青を混ぜると紫に、こっちの青と黄色を混ぜると緑に、こうやって色を混ぜると別の色が作れるんだよ」
……なんでだろう? ただ色を混ぜ合わせることを教えただけなのに、かつてないほどの尊敬の視線をベル達から向けられている。
俺的には、ゆーたすごーい、といったリアクションを求めて教えたんだけど、ちょっと予想外の反応だ。
「ふおおぉぉ。ゆーた、すごいー!」「キューーー!」「こんなほうほうが……」「クゥーーー!」「ひ、ひきわけだぜ」「…………」
一拍置いてベル達から待ち望んでいた反応が返ってくる。色を混ぜ合わせることがそれだけの衝撃だったようだ。
他にも結構凄いことをしているつもりなんだけど、一番興奮されるのが絵の具の混ぜ合わせって……地味に悲しいな。
「と、とりあえず、いろんな色の作り方を教えるから、みんなも試してみようね」
地味に悲しいが、尊敬されるチャンスを逃すほど無欲ではないので、畳み掛けて更なる尊敬を勝ち取ることにする。
……絵の具、足りるかな?
***
様々な色の作り方を教え、ベル達からの尊敬を不動の物にした。
不動の物にしたのだが、ベル達のグルメマップのリメイクも決定してしまった。
色が沢山あればもっと凄い物が作れるということらしい。
ベル達は子供部屋に籠り作業に夢中。
ジーナ達は自分の部屋で休んでいるし、ちょっと暇になったな。
「シルフィ、今日の送迎、ありがとう。俺も少し疲れたから部屋で休むよ。シルフィも自由にしていて」
暇になったのであれば錬金箱を試さねばなるまい。シルフィが一緒だとどうなるかは目に見えているから、コッソリとやらなくちゃね。
「そう? じゃあディーネ達のところにでも顔を出してくるわ」
「あっ、それならこれも持っていって。エルフの国のお酒とマリーさん達が集めてくれたお酒」
「……」
「シルフィ、どうしたの?」
「裕太が進んでお酒を出してくるのは怪しいわね。なにを企んでいるの?」
間違ってはいないけど、酷い疑いだ。いや、間違ってはいないのだから、酷くはないのか? でも、酷いと思う。
「今回はエルフの国のことや迷宮でもお世話になったからお礼をしようと思っただけだよ。要らないなら戻すけど?」
「貰っていくわ」
決断が早いな。
シルフィが酒樽を風で浮かべて部屋から出ていく。
早速錬金をといきたいところだが、俺もシルフィとは長い付き合いだ。シルフィの疑いが晴れたとは微塵も思っていない。
確実に風で監視されている。
だから本気で休憩をする。二時間くらい眠れば、お酒が入ったシルフィの監視も緩むだろう。
珍しいお酒を堪能して、最終的に度数が足りないとか言い出して蒸留酒に手を出すんだよね。俺だってシルフィ達の行動くらい読めるんだ。
ベッドに寝転がり目を瞑る。
なにを錬金するか考えていれば自然と眠りにつけるだろう。料理は材料が揃ってからの錬金だし、調味料か飲料。
やっぱり発展性を考えると調味料が先だな。
醤油と味噌のバリエーションを増やすのも楽しみだが、豆板醤や甜麺醤なんかの外国の調味料を増やすのも楽しい気がする。
特に今は中華料理食べたい気分だ。
フカヒレの姿煮とかは無理だが、回鍋肉や青椒肉絲くらいなら作れないこともない。
いや、フカヒレやアワビの姿煮だって、食べたことはあるんだから、料理の錬金箱で作れるんじゃないか?
そうだよな。俺は一般家庭の出身だけど、高級な料理だって食べたことはあるんだ。その記憶を限界まで思い出せば、中華やフランス料理のフルコースも夢じゃない。
うへへ。夢が広がる。
眠るどころか妄想だけで二時間経過してしまいました。とてもお腹が空いています。
いざ、錬金!
読んでくださってありがとうございます。




