六百三十六話 錬金箱
冒険者ギルドでの用事を済ませ、錬金箱について質問するために迷宮のコアに会いに行った。ディーネの件で迷惑を掛けていたことも発覚したが、お土産で誤魔化しいよいよというところでシルフィからの邪魔が入った。なんでお酒に関係すると精霊は……。
「えーっと、コア。放置しちゃってごめんね」
俺が謝るとコアがチカっと一回の点滅。怒ってはいないようだ。
「ありがとう。それでなんだけど、さっき食べ物と調味料を生み出す錬金箱があるって言ってたよね。それをコアは作ることができるのかな?」
コアが三回点滅する。これはイエスでもノウでもない、何か一言では言い表せない原因がある合図。
こうなると原因の特定が大変なんだよな。コアが悪いわけじゃないんだけど、イエスかノウかでしか答えられないから、質問を考えるのも大変だ。
でも、ここが頑張りどころ。味噌だって醤油だって種類は沢山あるんだ。調味料だけでも苦労する価値は十分にある。と言うわけで、質問タイム開始だ。
コアが可哀想になるくらいにチカチカと光らせてしまったけど、なんとか原因は解明した。
まず、食べ物と調味料を生み出す錬金箱。普通は一つでまとめられる物なのだが、俺が要求しているのは一つにまとめるのは無理なのだそうだ。
理由は、俺が、というかベル達がコアにあげていた食べ物の質と種類。
食材は言うに及ばず、調味料だって俺が思いつく限りは自作したり、マリーさんやトルクさんに作ってもらったりしている。そんな広い範囲は無理。
ジーナ達がプレゼントしてくれた錬金箱が鉱物限定なように、最初から限定する範囲を狭めておいた方が良いらしい。
調味料はともかく、食材に関しては種類が多すぎるから更に難易度が上がる。最低でも肉・魚・野菜と分けた錬金箱の方が良いそうだ。
そして更に難物なのが料理。
実は鉱物の錬金箱を扱うよりも大変なのだそうだ。理由としては、同時に使われる食材の量と繊細なバランスを再現するのが、最初からある程度しっかりと構成が定まっている鉱物よりも難しいということらしい。
だから、食材と調味料を事前に準備して、料理の錬金箱に補助として投入、それを元として錬金をした方が思い通りの料理を錬金できる可能性が高いらしい。
つまり、色々な手順が必要で、それに加えて明確なイメージとそれを形にする魔力が必要。
想像するだけで食べたい料理がポンと出てくる、そんな俺が期待していたファンタジーはこの世界に無いらしい。異世界も世知辛い。
それでも美味しいパンとハンバーグ、マヨネーズなどの調味料にレタスなんかを用意すれば、大手ハンバーガーチェーンのテリヤキバーガーを再現できる可能性は高い。
それだけでも挑戦する価値はある。
後、作りたい物の原料を用意すれば、魔力の負担が軽くなると分かったのもありがたい。まあ、それを知ったシルフィがソワソワし始めたが、再び断固たる決意を示しなんとか抑え込むことができた。
魔力の負担が軽くなると言っても、変換にも魔力を使うしシルフィ達が飲むお酒の量には到底足りないのだから当然だ。
ということで、肉・野菜・魚・調味料・料理の錬金箱をコアにおねだりしたんだけど、それは叶えられなくて再びの質問タイム開催。
今度は先程よりも早く原因が判明する。
理由はシンプルで、錬金箱作成のコストがバカ高いのだそうだ。
迷宮の最前線の四十九層。そこで長年発見されなかった隠し部屋に隠されていたレアなお宝。
俺も世間にバレたら不味いと判断するような一品、いや、逸品が、そんなに簡単に作れるわけがないという、至極納得できる理由に俺も頷くしかなかった。
でも俺は諦めなかった。
テリヤキバーガーにポテト、ついでにチキンナゲットをバーベキューソースとマスタードソースで味わう。
そして、それにコーラがセットではないのはあり得ないと思いつき、コストがバカ高いと知ったのに飲料の錬金箱も手に入れようと決意する。
「ねえ裕太。精霊の私が言うのもなんだけど、本当にそれでいいの?」
シルフィが俺に、それはちょっとそれは違うんじゃ? と言う目を向けてくる。
確かにシルフィの言葉は正しい。
俺だって自分がバカな選択をしようとしているのは自覚している。
正直、テリヤキバーガーくらいなら俺でも作れる。
でも、食べたいのは自分で作った物ではなく、あの慣れ親しんだ味なんだ。間に挟まれているマヨネーズとか、自力で再現できる気がしないから錬金箱に頼るしかないんだ。
「シルフィの言いたいことは分かるけど、でも、使い道がないし魔法の鞄に死蔵しているだけの物だから、活用できるのなら活用した方が世の為だよ。たぶん」
「世の為って、裕太の行為に世の為になることは一つもないと思うわよ?」
……確かに世の為になることなんて一つもないな。
錬金箱の為に魔法の鞄に死蔵している数々の財宝をコアに投入しようとしているだけだから、世の為というか自分の為、テリヤキバーガーセットの為と言うのが正しいのかもしれない。
日本でならセットで千円もしないテリヤキバーガーセット。
まあ、それ以外の料理も堪能するつもりではあるけど、それらの為に今まで手に入れた国宝級を含めた財宝を引き換えにしようというのだから、世の為になることはまったくない。
でも、俺や俺の周囲に幸せを届ける自信はあるから、巡り巡って世の為になる可能性もないことはないはずだ。たぶん。
「大丈夫だよ。俺やジーナ達がもしかしたら使うかもって武器や魔道具は別にしてある。コアに渡すのはどこでそんなの使うの? というのばかりだからね」
国宝級の財宝とか、マジで使い道がないもん。ソフトボールくらいの宝石とかどうしろと? 王冠に付けても杖に付けても重くて邪魔になる未来しかみえない。
俺の決意が固いのを認識したのか、シルフィがため息を吐いて黙る。なんかゴメンね。
「じゃあコア。遠慮せずに吸収しちゃって」
俺の合図で山盛りになった金銀財宝を吸収するコア。それを見て喜ぶベル達。
ふむ。使い道がないとはいえ、すごい光景だな。
これだけの財宝を国に献上すれば、爵位くらい貰えそうな気もする。
まあ、爵位よりも食べ物の方が俺にとっては重要なのだけれど……成り上がりを目指している人にこの所業が知られたら、マジギレされそうだな。
価値が高い物の方がエネルギー効率が良いのか、財宝を吸収しているコアが嬉しそうな気がする。まあ、廃棄予定のゴミよりも財宝の方が喜ぶのも当然だよな。
その大部分がこの迷宮で手に入れた物だから、ちょっとマッチポンプの匂いがするけど、目的の物が手に入るのなら俺は満足だ。
「コア。これで錬金箱を作れるかな?」
点滅が三回。あれ? まだ問題があるの? 三度質問タイム開催。
今度はもっと簡単だった。
どうやら大量の財宝を吸収しても作れる錬金箱は三個が限界なのだそうだ。
三個。三個かー。
悩ましい。ほとんどの財宝は提供しちゃったから、残り二個の捻出は無理。
いずれ必要のない財宝が増えたら残りの三個をゲットするのは確定だが、今は肉・魚・野菜・飲料・料理・調味料の中から三個を選択しなければならない。
悩ましい。非常に悩ましい。
全部欲しい。でも、全部は無理なのだから……絶対に必要なのを選ぼう。
まず第一に必要なのは……調味料か?
……うん。調味料だな。イメージで作れるのなら味のバリエーションが増えるし応用も効く。絶対に手に入れておきたい錬金箱だ。
次は……料理かな?
でも、料理は自分で作れなくもない。ルビーやトルクさんの協力があれば……いや、料理だな。
俺が頑張ってイメージを伝えても、あやふやだからルビーやトルクさんでも味の完璧な再現は難しい。
見本を提供できれば再現も進むだろう。となると料理の錬金箱も確定。
残りは一個か。
自分で再現が難しいと考えるなら飲料の錬金箱だけど……ジュースの為に一枠消費するのも違う気がしないでもない。
でも、コーラ飲みたい。それにジュースは間違いなくベル達が喜ぶよな。シルフィ達がお酒は! ってキレそうだけど……うーん、保留にして次を考えるか。
そうなるとやっぱり肉かな。日常的に食していたわけではないが、ブランドを冠する鶏肉・豚肉・牛肉を食べたことがある。それが再現できれば……あれ? 待てよ。
日本のブランド肉は確かに美味しい。美味しいのだが、ドラゴン等の魔物の肉は負けていないどころかそれを超える味のものもある。
いずれは手に入れたいが、魔物の肉で満足できるなら後回しにしても問題はない。
ならば魚か?
うーん。魚。この世界でも手に入るが……刺身を考えると錬金箱があったほうが、でも、魚も手に入る、いや、フグとかマグロとか……うーん、悩む。でも、肉よりかは優先度が高い気がする。とりあえずこれも保留だな。
次は野菜。
……野菜はあれだな、ある程度欲しい野菜は手に入っているし、ドリーとタマモにお願いすればなんとかなる。米や小麦もこの錬金箱で作れると考えれば、欲しくないわけではないが現物がある以上優先度は低い。
飲料か魚。残りの一枠はこのどちらかで考えるべきだろう。
……分からん! こうなったら俺以外の面々に聞いて……やめておこう。ベル達はともかく、シルフィが最後の足掻きをしそうな気がする。説得に苦労するくらいなら運に任せた方がマシだ。
コイントスで決めよう。
「よし! コア。調味料、料理、飲料の錬金箱をお願い。あっ、食べ物を扱うから、見た目は綺麗にしてくれるとありがたい」
コイントスの結果は飲料。魚よりも飲み物を優先するのはどうかと思うが、ベル達が喜ぶならこれはこれでOKだ。お酒と違って飲む量も知れているしね。
それに、イメージが難しくなり魔力の消費が増えるが、料理の錬金箱で食材の方はある程度対応できる……はず。
イメージが難しくて失敗の予感がプンプンするが、自分の想像の力を信じて見ようと思う。
俺の願いを聞いてコアが輝き始め、そして出現したのは三つの箱。
ちゃんと要望を聞いてくれたのか、小汚い印象の鉱物の錬金箱と違い、普通の綺麗な錬金箱が並んでいる。
もしかしたら、妙にボロいのに凄い魔道具、みたいな系統がこの迷宮に多いのは、コアの趣味なのかもしれない。
でも、そんなことはどうでもいい。
コアにお礼を言ったら、帰って早速錬金だ。楽しくなってきた!
読んでくださってありがとうございます。




