六百三十四話 秘術
迷宮探索から戻ってきたジーナから面倒な物を手に入れたと報告を受け警戒していたのだが、結果はとても素晴らしい面倒だった。弟子達からの心のこもったプレゼントなら、それがどんな面倒事を呼び込む可能性があっても、俺は喜んで受け取ろう。
ジーナ達に錬金箱をプレゼントされ全力で喜んだ翌日、俺達は全員で冒険者ギルドを訪れた。
視線が俺に集中するが、その中には先生だの師匠だのと好意的な反応も割とある。
ジーナが俺はまだまだ恐れられているって言っていたけど、それでも俺の評判が回復しているのは間違いない。
あとは、露骨に視線を逸らした冒険者達や、なぜかコソコソと冒険者ギルドから脱出しようとしている冒険者達の印象を回復すれば……予想以上に逃げる冒険者が多いな。
暴力とメンツを大切にするのが荒くれ者な冒険者じゃないのか?
もっと頑張って荒ぶってほしい。ギルドがシーンと静まり返るのは気まずいんだぞ。それにしても……。
「冒険者ギルドには久しぶりに来たけど、俺に対する反応が悪化してない?」
精霊術師講習をしていた時には、今ほど警戒されていなかったと思う。少なくともロビーが静まりかえったりはしなかったはずだ。たぶん。
「師匠。あたし達が迷宮に入っている間になんかやったのか?」
「え? いや、な、何もやってないよ?」
「なんか、師匠の反応があやしいな」
ジーナが疑いの目で俺を見てくる。
「いや、本当に冒険者ギルドには何もやってないよ」
ちょっと挙動不審になってしまったのは、ジーナ達が迷宮で頑張っていた頃にちょっと大人な感じの遊びをしていたことを思い出したからだ。
後悔はしていないが、頑張っていた弟子達を目の前にすると気まずくもなる。
「冒険者ギルドにはって……」
うん口が滑ったね。ジーナ、お願いだからそんな疑いの目で見ないでくれ。
「あー、とりあえずジーナ達の用事を済ませようか」
このままだと迂闊な言い訳をしそうなので本題に戻る。おっ、リシュリーさんが奥から出てきてこちらに向かってくる。相変わらず有能秘書っぽくて素敵だ。
「リシュリーさん、おはようございます」
まあ、今の時間は日本でいうところの午前十時くらいなので、おはようというには遅いかもしれないが、こんにちはというのも早い気がするんだよな。
この時間帯の挨拶の正解は日本に居た時から地味に悩んでいた。翻訳ではどうなっているんだろう?
「裕太様、おはようございます。ギルドマスターがお待ちですので、ご案内いたします」
問答無用でギルマスのところに案内されるようだ。
俺の目的はギルドに釘を刺すことだから会うのは構わないのだが……そうか、既にジーナ達の四十九層での所業がギルドにも伝わっているんだな。
ジーナ達は優秀だけれど子供だから、それなりに余裕を持って探索している。その間に他の冒険者達が戻ってきて報告していても不思議ではない。
あっ、だから冒険者達の様子がおかしかったのか。ディーネの大暴れがジーナ達の仕業だと思われているから、警戒度が上がっているんだな。それで、ギルマスの登場になる訳だ。
ここは素直に案内されておこう。
ふむ、前ギルマスと部屋は同じだが、雰囲気は随分違うな。前は豪華さと一緒に威圧感を感じる風情だったか、今のギルマスの部屋は武骨さと真面目さが共存しているたたずまいに思える。
どちらも自分には馴染みがない部屋の雰囲気だが、今の方が落ち着く感じはする。
「裕太殿、お久しぶりです」
そして、俺が部屋に入ればすぐに出迎えて席を勧めてくれるから、多少大袈裟だと感じつつも好感度も高くなる。
俺の影響力の増加が根底にあるにしても、前ギルマスの対応はやっぱり酷かったんだな。
「お久しぶりです。それで、この部屋に案内されたのは、この子達の迷宮探索についてですか?」
「はい。こう言ってはなんですが、冒険者から信じがたい報告を受けたので確認できればと思っています」
まあ、迷宮の一部を除いた最前線で、一流の冒険者でも苦戦するワイバーンやアサルトドラゴンを、女子供のパーティーが虐殺したんだ。情報を集めたくもなるだろう。
放置してくれる可能性も考えていたが、組織として無視はできなかったようだ。
だから釘を刺しに来たんだけどね。
「その件について、まあ、ないとは思いますが、弟子達に煩わしい干渉があると面倒なので足を運びました」
うーん。威嚇というかプレッシャーを掛けながら話しているつもりなのだが、ギルマスにそれが伝わっている手応えがまったくない。
くっ、なんて威圧感だ。一流の精霊術師のプレッシャーがこれほどとは! という展開を望んでいたのだが、無理そうだ。
だいたい、威圧感ってどうやって出すんだよ。睨めばいいのか? でも、話し合いにきたはずなのに、いきなり睨んでいたら単なるDQNだよな。
笑顔で話しているだけでプレッシャーを与えるようなスキルが欲しい。
「ギルドとしましては、優秀な冒険者の実力と、何ができるかについておおまかにでも把握しておきたいのです。無論、強制ではありませんが、協力していただけると助かります」
「それは俺の弟子達を利用するためにですか?」
「まさか。利用しようなどとは考えておりません。ただ、今のところ迷宮は安定していますが、絶対の安全が保障されている訳ではありません。何か起こった時に実力者に協力を仰ぎ、その実力者を適切に配置するためにはある程度の情報が必要なのです」
まあ、冒険者ギルドの立場からすれば、そう考えるよな。
普通ならランクアップしていく過程で実力も情報も集まるんだろうけど、俺達は普通の冒険者とは行動が違うし、リーさん達との訓練を観察して集めていた情報と今回の出来事では情報の乖離が激しいはずだ。
直接聞きたくもなるのも当然だろう。
四十九層での虐殺がジーナ達の実力だということにしておいた方が、普段の安全度は上がると考えもした。
でも、そうした場合、緊急時に実力を誤解されて危険な場所に配置されるかもしれない。
俺が一緒な時なら問題ないが、緊急時や俺がお出掛けしている時にそんなことがあったら目も当てられない。
迷宮についてはコアを抑えているからある程度安全は保障されているけど……やっぱり誤解を招くような行動は控えた方がいいだろう。
「四十九層でのジーナ達の活躍は、俺が掛けた精霊術の守りです。秘術に分類されるので詳しくは言えませんが、彼女達の実力ではありません」
秘術なんて知らないけど、ある意味秘術だよね。
秘術、保護者ディーネ!
裕太のお願いにより、ディーネが保護者として行動を共にする。大精霊が保護者として付きそう強力な秘術だが、ディーネの気まぐれにより思わぬ騒動に巻き込まれることもある。
カードゲームのテキストで表記した場合、こんな感じの説明になりそうだな。
格としてはSSRだろうけど、ピーキーな性能のカードになりそうだ。
「そうですか。では、その秘術について詳しく……無理ですよね」
「ええ、秘術ですから」
ギルマスが一応は納得したように頷くが、全部を信じた訳じゃないだろう。というか、こんな温い説明で信じられた方が逆に引く。
一度暴れて格付けしたからこその、この対応だろう。格上な立場って便利だ。
「では、彼女達の実力はどの程度なのか教えていただけますか?」
「実力ですか?」
教える義理はない気もするが、神経質に隠すほどのことでもない。
「そうですね、まだ危なっかしいところがありますが、四十九層でアサルトドラゴンを倒す力はあります。ただ、経験が足りていないので、四十九層で活動している冒険者達と比べると一段落ちるでしょう」
報告では何度かディーネに助けられていると聞いているから、これくらいの評価が妥当だろう。
「……」
「どうかしましたか?」
ギルマスがジーナ達を見ながら固まっている。キッカが怖がっているから止めてほしい。
「いえ……四人パーティーのうち三人が子供で、その子達が既に一流の領域に足を踏み入れていることに感情が追い付きませんでした。あの、裕太殿、なぜ精霊術師は忌避されているんですか?」
言いたいことはよく分かる。浮遊精霊でもちゃんと指示できれば相当強いもんね。
「我流の精霊術師が多いからでしょう。ちゃんとした精霊術師が多ければ、忌避されることはなかったと思います」
精霊は良い子がほとんどだけど、無邪気で移り気なところもある。俺みたいに精霊が見えない上に我流なら、思い通りに戦うのは難しいだろう。
「やはりそうですか。裕太殿が教えた精霊術師達は、冒険者としても農家としても結果を出しています。それが迷宮都市に良い影響を与えていることが分かっているのですが……」
そんな縋るような目で俺を見ないでほしい。
でも、俺が教えた精霊術師達か。冒険者は偶に見かけるから活躍しているのを知ってはいたが、農家の方も成果を出しているらしい。
かなり高齢のお爺さんも居たけど、あの人、ちゃんと生きているのだろうか?
「精霊術師講習を希望する人が集まっているのですか?」
「やって頂けますか!」
凄く嬉しそうだ。俺が冒険者ギルドに近寄らないから、頼みづらかったんだろう。
精霊術師の立場向上はシルフィとの約束でもあるから、協力はするつもりだ。
「今回はもう少ししたら迷宮都市を離れるので無理ですが、次回迷宮都市に来た時は連絡します。その時に打ち合わせしましょう」
今思えばジーナ達を待って退屈していた時に講習をしておけばよかったのだが、これ以上ベル達を待たせるのはしのびない。
今でも完成させた迷宮都市グルメマップを、凄いのができたんだよと話してくれるんだ。用事が済んだならできるだけ早く戻ってマップを確認しなければいけない。
それで、めいいっぱいベル達を褒めまくるんだ。
そうと決まれば、ギルマスとの話し合いは早々に終わらせて帰る、いや、その前に迷宮のコアには会いに行って、錬金箱について詳しく聞かないとな。
あっ、その前にジーナ達が倒してきた魔物の換金もしなきゃな。地味に忙しい。
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