六百二十八話 ジーナ達の迷宮探索
トルクさんと共に料理ギルドを訪れ、ラフバードの皮のカリカリをプレゼンした。ギルドマスターが美魔女だったりベティさんが自由だったりしていたが、最終的にベティさんに仕事を押し付けることでプレゼンは一応の成功をみた。
「おい、なんで女子供がこんなところに居るんだ? 迷宮の最前線だぞ? 魔物か?」
「バカ! やめろ!」
「そうだぞ。余計なちょっかいを出すな!」
「なんだよ。あきらかにおかしいだろうが」
「おかしかろうがそっとしておくんだよ。あの子達は迷宮都市の冒険者ギルドをボコボコにした精霊術師の弟子だ。あっ、悪いな。こいつのことは気にしないでくれ」
体格の良い歴戦の冒険者が仲間の頭を押さえつけながら私達に頭を下げる。
気にしないように手を振っておくが、正直気まずい。
迷宮の四十九層。
師匠とその手助けを受けた冒険者以外の事実上の最前線。そこで私達のような女子供を見たら、頭を押さえつけられた冒険者の反応の方が正常だと思う。
まあ、師匠は有名だし、私達も他の冒険者とトラブルを起こさないように、できるだけ冒険者ギルドに顔を出しているから、頭を押さえつけられた男が情報に弱いのは間違いないだろう。
「ジーナねえちゃん、あのたてものにいくのか?」
マルコが指すのは迷宮内の素材で組み上げられたとおぼしき砦のような建物。
「うーん。私達は情報もあるし物資にも余裕がある。買い物や情報収集は必要ないが……顔だけでも出して挨拶はしておこうか」
「わかった。でも、ジーナねえちゃんはなんでちょっといやそうなんだ?」
マルコは妹思いの腕白な少年だけど、意外と大人の表情をしっかり読み取ってくる。
スラムでの生活で身に着けてしまった悲しい能力だが、大人になっても役に立つ能力でもある。
「あの砦は師匠が敵対して追い出した冒険者ギルドの前ギルドマスターが指示して造った建物だから、私達が利用するのはちょっと気まずい気がするんだよ」
まあ、ギルマスも変わったし現冒険者ギルドとは悪くない関係を築いているから利用しても問題はないのだけど、あの騒動を間近で見ていた自分としては、必要もないのに利用するのは遠慮しておきたい。
あたしの言葉にマルコとキッカがコクコクと頷く。二人も師匠が無茶をしたのを聞いているから、しっかり現状を把握したのだろう。
頷いていないサラは、最初から理解していたんだろうな。この子は間違いなくあたしよりも賢い。
サラ達を引き連れ砦に近づく。
間近で見ると思った以上にちゃんとした建物になっていて、おそらくアサルトドラゴンを避けるための堀や段差や杭のような罠、ワイバーンに対抗するための見張り台や、空を警戒する冒険者の姿が見える。
軽く挨拶しながら砦の中に入ると、聞いていたように粗末なカウンターが目に入る。
本来はファイアードラゴンを討伐する目的で建てられた砦だが、冒険者ギルドが現体制に変わったことで砦の利用方法も変わった。
五十層を越えられる迷宮の翼とマッスルスターの休憩所兼取引場所、貴重なアサルトドラゴンやワイバーンの解体や運搬を請け負う設備になったと聞いている。
中に入ったことで集まる視線。師匠と一緒の時は慌てて視線を逸らされるが、あたし達だけだと割と興味深げに観察されることが多い。
「「「「こんにちは」」」」
「……あぁ、こんにちは。施設の利用か? あいにく宿泊は部屋が埋まっているんだが……」
粗末なカウンターに座っている強面の男性に挨拶をすると、申し訳なさそうに告げられる。
師匠が師匠だから、ある程度仲が良い相手以外からは基本的に腫れ物扱いされる。もう慣れたが、迷宮の最前線でもこの扱いなのは微妙だ。師匠はどれだけ恐れられているんだろう?
「いえ、宿泊は必要ありません。少しの間この辺りで活動する予定なので、挨拶だけでもと顔を出しました。よろしくお願いします」
「あ、ああ、そういうことならよろしく頼む。少し値段が張るが、生活物資や冒険者用品も扱っているから、必要なら利用してくれ」
「ありがとうございます。必要な時には利用させていただきます」
師匠から確実に余るくらい食料や物資を持たされているから利用することはないだろうが、緊急時に他の当てがあるのは助かる。
最後に頭を下げて砦を出る。
四十九層に到着するのに割と時間がかかったから、今日は野営の場所を探して休むことにしよう。
「ん? サラ、何かおかしなことでもあったか?」
なぜかサラがクスクス笑っている。真面目なサラが冒険中に表情を崩すのは珍しい。
「いえ、砦の冒険者の方達が、女子供だけでこんな場所まで来させるとは、有名になるだけあって厳しい師匠なんだなって言っていたので……」
そういって再びクスクスと笑うサラ。
「なるほど、師匠が厳しいと思われているのがツボにはまったのか」
「師匠はぜんぜんきびしくないよな?」
「うん。おししょうさま、やさしい」
マルコとキッカが不思議そうにしているが、あたしはサラの気持ちが分かる。
食料等の物資は溢れるほどだし、全員が魔法の鞄を所持している。野営用のテントも魔道具だし、迷宮の中でも快適な生活が送れる。
極めつけはディーネさんの存在。
今回の冒険で危険な場面で何度も助けてもらったし、おそらくだがディーネさんが一緒に居れば迷宮のコアまで到達することすら不可能じゃない。
これだけ甘やかされているのに、他人の目から見れば厳しいと思われているギャップがツボにはまったのだろう。
真実を知れば他の冒険者達も、甘やかしすぎだと怒るか呆れるかだろうな。
……あたしとサラくらいは甘やかされていることを自覚して、それに甘え過ぎないように心を引き締めておこう。
「よし。じゃあ野営の準備をするぞ。他の冒険者達の目が邪魔だから砦から離れた場所を探そう」
サラ達に指示を出して砦から離れる。数日は四十九層に滞在する予定だから、ある程度しっかりとした野営地を確保したい。
「ジーナねえちゃん、ウリがあそこでぐるぐるしてる」
「ん? 他と違いがあるようにみえないけど……行ってみようか」
あたし達は師匠のように精霊の姿が見えないから、何かあった時には特徴的な動きをするように取り決めてある。
グルグル回る動きは危険がないので行ってみるか。
ウリが動き回っている場所に到着するが、岩山を少し登ったところでやはり他と違いがあるようには見えない。
「マルコ。ウリに力を使っても構わないと指示してくれ」
「わかった。ウリ、おねがい」
マルコが指示を出すとウリが回っていた山肌の土が動き出した。
「あっ、むこうにあながある!」
マルコが叫んだとおり山肌の土が移動した後にぽっかりと空間が生まれた。これは……隠し部屋か?
迷宮の四十九層以下は探索が進み、宝箱が発見されることはめったにないと聞いているが……どう考えても目の前の空間は迷宮のギミックだ。
土の精霊であるウリだから発見できた隠し部屋、もしかしたらこの奥になら宝箱があるかもしれない。ドキドキしてきた。
いや、こういう時に焦ったら怪我をする。
「マルコ、ちょっと待って。みんな、精霊にお願いして内部を確認」
空間の中を確かめようとするマルコを引き止め、精霊にお願いする。私の契約精霊であるシバは火の精霊だから探知能力は弱いが、それでも安全に内部を確認することはできる。
あたし達の契約精霊が空間の中に突入する。
「たからばこかな? おたからかな?」
「おたから? きらきら?」
「マルコ、キッカ、騒いだら駄目よ」
マルコとキッカが目を輝かせてソワソワする。その二人を冷静にたしなめるサラの存在がありがたい。あたしも一緒に騒ぎだしそうになったから、恥を掻く前に気を引き締めよう。
空間の中からシバ達が出てきた。
「シバ、中に魔物は居た?」
シバがあたしの左手に移動する。これは否定の合図だから魔物は居ない。
「宝箱はあった?」
シバが右手に移動する。これは是の合図だから……本当に宝箱があったのか!
心臓が逸るが気を引き締めようと誓ったばかりだ。気を落ち着けて質問を続ける。
「罠はある?」
シバは右手に滞在。罠があるのか。あたし達も先生達に色々と習ってはいるが、さすがに四十九層の罠に対処できるとは思えない。
判断が難しくなった。
続けてシバに質問を重ねる。師匠に比べるとまどろっこしい作業だが、それでも安全に偵察できるのは圧倒的に有利だし、見えないけれどシバが楽しそうに尻尾を振っている姿を想像すると、これくらいの手間は全然苦痛じゃない。
「みんな。シバの情報だと魔物は存在せず、宝箱はあるけど部屋と宝箱の二ヶ所に罠があるそうだ。他に情報は?」
「こちらも同じです。あと、フクちゃんとマメちゃんなら部屋の罠を壊せるようです」
「ウリだとわなのかいじょはむりだって」
「マメちゃんが、おへやひろいって!」
宝箱の罠は解除できないか。とりあえず、部屋の中の罠を先に排除してもらおう。
「サラ、キッカ。フクちゃんとマメちゃんにお願いして、部屋の罠の排除を頼む」
「はい」
「うん」
サラとキッカの指示に従ってフクちゃんとマメちゃんが空間の中に入る。
「煙に触れないように少し離れて!」
空間の中から大きな音がした後に、モクモクとガスのようなものが噴き出してきた。フクちゃんとマメちゃんがコントロールしているのか、ガスは広がらずに空に登っていく。
念のために離れたが、その必要はなかったようだ。
それにしてもガスか……宝箱がある空間の罠なのだから毒だよな? 四十九層ともなると、やはり危険な罠なようだ。
そう考えると宝箱の罠もかなり危険な気がする。でも、その前に……。
「サラ。プルちゃんに空間の浄化が可能か確認してくれ」
ガスが排出されたとしても、さすがにそのまま入るのは怖い。
「空間を綺麗にするのは可能だそうですが、少し時間がかかるようです」
「今日の予定は野営の準備だけだから、ある程度時間がかかっても構わない。しっかり浄化するようにお願いしてくれ」
「分かりました」
プルちゃんの浄化が終わり慎重に空間に足を踏み入れると、中は石造りの割と広い部屋で、その中央に金色の宝箱が鎮座していた。
師匠に見せてもらった沢山の宝石が付いた宝箱よりかは地味だが、それでも迫力がある宝箱。
問題は、罠が解除できないということ。どうしよう?
読んでくださってありがとうございます。
 




