六百二十六話 フードロス
従業員を巻き込んだマリーさんの雑貨屋全体での獣人優待キャンペーンをシルフィに聞き、ちょっと不安になったので様子を見に行ったら、俺の罰ゲームがとんでもないことになっていた。……軽い気持ちで罰ゲームとか言ってすみませんでした。
「ちょ、なにやってんの!」
俺は思わず大声で制止の声を上げる。
「ん? どうかしたか?」
「あぁ、なんで? 早く拾って。洗えばまだ食べられるから」
「あん? ラフバードの皮のことか? 心配するな、鶏油なら腐るほど確保してあるから、これは必要ねえよ」
トルクさんが豪快に笑うが、なんだか話がかみ合っていない気がする。
「え? もしかして鶏皮って食べないんですか?」
「え? ラフバードの皮を食うのか?」
確実に話がかみ合っていない。
え? フードロスなんて言葉が生まれるふざけた地球じゃなくて、ここって異世界だよね? 食料は貴重だよね?
詳しく話を聞かねば。
「――――てな感じだな」
「なるほど」
たしかに迷宮都市はスラムの子供だったサラ達でも、罪を犯さずになんとか食べていけるほど食料には余裕がある。
ラフバードも迷宮で十分に確保できるから、わざわざラフバードの皮を調理しないというのも分からなくはない。
あと、実際に見せてもらったラフバードの皮が、めちゃくちゃ分厚かった。どこの厚切りステーキだというくらいに分厚かった。
そういえばチキンソテーも皮なしが多かったし、皮があっても肉にまとわりつくようなものが多かった。
あれは分厚い皮を肉から剥がす時に残った皮だったのか?
「まあ、俺も鶏油は目から鱗だったが、さすがにこのグニグニとした油の塊を食おうとは思わねえな」
トルクさんが鶏油を取り終わったラフバードの皮も見せてくれたが、たしかに見た目から気持ち悪い。
鶏の場合は皮から油が抜けるとカリカリになって美味しそうなのだが、ラフバードの場合は皮から油が抜け切る前に必要な油が集まってしまう。
魔物として外敵から身を守るために分厚く進化したであろうラフバードの皮が、まさかそれが原因で美味しく食べられなくなっていたとは、この裕太の目をもってしても見抜けなかった。
このままではダメだ。俺は鳥皮をジャンクな感じで調理したものも、サッパリと和え物にしたものも好きなんだ。
「では、今日はラフバードの皮が美味しく食べられるように頑張りましょう」
ジーナ達が戻るまでの暇な時間にトルクさんに新しい料理を作ってもらおうと考えていたから、ちょうどいい機会だ。
「いや、俺の話を聞いてたか? 食おうとは思わねえって言っただろ」
「トルクさん、ゴミとして捨てられている食材を美味しい物に変える。料理人としての魂が疼きませんか?」
「……へ。悪くねえな。お前がそういうってことは、ある程度の目星がついてるんだろ? 聞かせろや」
俺、料理人魂的なものを煽れば簡単に乗ってくるトルクさんが大好きだ。
「とりあえず、薄切りにして焼いてみましょう」
トルクさんに分厚い皮を薄切りにしてもらい焼いてもらう。最初の狙いは鳥皮チップスだ。
駄目だった。
薄切りにしたのに、いつまで経っても油がにじみ出てきてカリカリにならない。なんだこれ、ラフバードの皮は鶏の皮とは比べ物にならないほど油を含んでいるようだ。
あっ、そうかすでにある程度油が抜けている奴を使えばいいんだ。
先程見せてもらった鶏油を取った後のラフバードの皮を薄切りにしてもらい、再びしっかりと焼いてもらう。
駄目だった。
まだまだ油たっぷりで、油を取りつつ焼いてもいっこうにカリカリにならない。
うん。ラフバードの皮を甘く見ていた。
伊達に捨てられていた訳じゃないよね。こんな皮を普通に食べたら体を壊す。
もっとしっかり油を取って、栄養の問題はあるが下茹でもしてみよう。サッパリ感が増すはずだ。
「これは美味いな。酒がいくらでも飲めそうな味だ」
「ええ。俺が望んでいたのはコレです」
酒に合うという言葉にシルフィが強烈に反応しているが、今は放置だ。
試行錯誤の末に、俺が想像するカリカリのとり皮が完成。そこにマリーさんのところで仕入れたミックススパイスを振りかける。
今回はトルクさんとの味見と言うことで、がっつりニンニクパウダーを利かせたミックススパイスを使用。
カリカリとした食感に僅かに残る鶏の脂の旨味と強烈なニンニクの香りと味が合わさり、とてつもないジャンク感を醸し出した鳥の皮が完成した。
これはたまらん。
「コレはカレー粉を掛けても美味いんじゃねえか?」
「ええ、確実に美味しいですね」
さすがトルクさん。すぐにその答えに行きつくとは。
でも、カリカリはある程度満足したし、次はポン酢でさっぱりな和え物をお願いしたい。
「だが、こいつはうちの宿では使えねえな」
なんですと?
「え? 美味しいですし、おつまみにピッタリですよね?」
前の宿よりも客層が上品になったとはいえ、それでもお酒を呑んで騒ぐ人は多い。宿の名物とまではいわないが、人気商品の一つにはなると思う。
「後ろを見てみろ」
トルクさんに言われて背後を振り返ると、盛大に散らかった厨房が視界に入る。
「今日は実験だし手順を確立すれば効率は良くなるだろうが……それでも時間と燃料と使い切れない鶏油、問題が多すぎる」
たしかに。
時間と手間を考えると、カリカリのとり皮に加えて、とり皮の和え物を増やしても厳しいだろう。
とり皮の焼き鳥を商品化すればワンちゃんありそうだけど、手間も激増する。
言われてみると難しいな。
「裕太。明日の時間がある時に料理ギルドに行くぞ」
「へ? なんでですか?」
「ここでは難しいが、大々的にやればなんとでもなるだろう。捨てるのももったいないしな。あとはベティも呼んでおくか」
なるほど、カレー粉のように組織だってやれば、どうにかなるのかもしれないが……ベティさん、ここでも巻き込まれるのか。
あの人、俺達に関わって幸せなのか不幸なのか、判断が難しいな。
それにしても料理ギルドか。会話には時々出てきていたけど、行ったことはないんだよな。
「あの、トルクさん、俺が料理ギルドに行く必要があるんですか?」
今までも行く必要はなかったし、トルクさんが適当に差配してくれれば十分だよね?
「ん? ああ、無理に行く必要はないが、デザート類やミルク、カレーやラーメンの件で裕太の話を聞きたいって言っている奴も多いんだよ。いい機会だから顔だけでも出しておいたらどうだ?」
……たしかに色々やったし、料理ギルドにもお世話になっている可能性は高い。挨拶くらいはしておいた方がいいかな?
「分かりました。では、明日のトルクさんの時間が空いた時にお願いします」
一瞬、なんかギルドという名が付く場所に行ったらもめ事が起きそうな気がしたが、さすがにそれはないだろう。
冒険者ギルドの人員を挿げ替えた俺に喧嘩を売るほど料理ギルドもバカじゃないよね。
あれ? フラグ?
「なるほど、ワインは微妙だけどお酒に合うわね。エールと、蒸留酒かしら。裕太、蒸留酒の樽を出してちょうだい」
「ぱりぱりー」「キュー」「しょっぱくてすき」「クゥー」「うまいぜ!」「……」
部屋に戻ると、すぐにシルフィが味見を要求。
その匂いに釣られてベッドで団子になって眠っていたベル達も起きて、とり皮のカリカリに飛びついた。
手間がかかる料理だから保存しておいてちびちび食べようと思っていたんだけど、今晩でなくなるな。
***
「ここが料理ギルドですか。意外と小さいですね」
マリーさんの雑貨屋よりも少し大きいくらいか? 建物としては大きいが、ギルドと考えると小さく感じる。
「あぁ、この建物は料理ギルドの運営が主だからな」
「どういうことですか?」
「料理ギルドは言葉通り迷宮都市の料理関係を一手に担っている。まあ、商業ギルドや冒険者ギルドも噛んでいるがな」
肉や素材は冒険者ギルドから手に入れるだろうし、その他諸々や流通関係は商業ギルドの力が必要だろう。
「それでも、料理に関係する仕事量も、その仕事に必要なスペースも膨大だ。だから作業場は別なんだよ。まあ、当然ここにも厨房は用意されているがな」
なるほど考えてみれば当然だな。ここは他にもギルドや大商会がある迷宮都市の一等地、土地代もバカにならない。
「あっ、トルクさーん、裕太さーん」
料理ギルドの中に入ろうとしていると、道の向こう側から声がかけられた。
漫画だったら『むっちむっち』と背景に擬音が書かれそうな雰囲気で走ってくるベティさん。
なんだかとっても笑顔だ。
「おうベティ、わざわざ悪いな」
「いいんですよー。トルクさん、美味しい物が食べられるんですよねー」
あぁ、騙されているんだな。
素敵な笑顔だけれど、騙されている笑顔なんだな。
たしかに美味しいとり皮が食べられるのは間違いないが、それに付随して面倒な仕事に巻き込まれるのは間違いないぞ。
なんど騙されれば学習するんだ?
あっ、美味しい物って聞いた時点で、思考がそっちに染まっちゃうんだな。可哀想に。
「おお、美味いぞ。期待してろ」
「えへへ。とっくに期待してますー」
トルクさんに乱暴に撫でられながら答えるベティさんだが、口の端がキラリと光っている。事前に期待していたのは確かなようだ。
「ぱりぱりー」「キュキュー」「おいしいよ」「クククゥ!」「びびるなよ」「……」
あー、うん、みんな、ベティさんに教えてあげたい気持ちは分かるけれど、聞こえてないからね。
まあ、ベル達もあのジャンクな料理がたいそう気に入ったし、ベティさんが気に入るのも間違いないだろうな。
昨晩のとり皮のカリカリもあっという間に全部消費されちゃったし。
あと、フレア、とり皮のカリカリのどこにビビる要素があるの? カロリー?
「じゃあ入るか」
くだらないことを考えていると、トルクさんとベティさんのじゃれあいも終わったようで料理ギルドの中に入る。
ギルドはどこも似通っているのか、冒険者ギルドのようにカウンターが設置され受付嬢が並んでいる。
さすがに酒場は併設されてはいないようだが、結構人が集まっている。全員料理関係の人なのだろうか?
「それじゃあベティ、頼む」
「はーい」
ベティさんがカウンターに進み、受付のお姉さんに声をかける。
え? いきなり料理ギルドのギルドマスターに面会希望を出しているけど、それでいけるの?
というか、ギルドマスターと話すレベルの内容じゃないよ?
だってとり皮の話だもん。
5/9日 コミックブースト様にてコミックス版『精霊達の楽園と理想の異世界生活』の54話が公開されました。いよいよ裕太が精霊術師の地位向上のために動き始めますので、お楽しみいただけましたら幸いです。
読んでくださってありがとうございます。




