六百二十五話 軽い気持ちで……
迷宮都市に帰還しベル達と合流、離れていた間の出来事をベル達から教えてもらった後に、忘れていたマリーさん達の様子を確認すると、罰ゲームがおかしな方向に進化していた。課したはずの罰を勝手に強化されると反応に困る。
「なんというか、アレだな。実物を目の当たりにすると、本気で申し訳なくなってくるね」
結構な衝撃を受け、思わず反省の言葉が口を突く。
迷宮都市に帰還した翌日、ベル達は屋台の確認がてら遊びに行き、ジーナ達も迷宮攻略で居ないから、俺は旅行の疲れを癒すために宿でゴロゴロしていた。
本来なら数日のんびりするつもりだったのだが、昨日のシルフィの話がどうしても気になりマリーさん達の様子を見に来てしまった。
そして迂闊な罰ゲームを課したことをとても後悔してしまう。
「そう? 私は面白いと思うわよ?」
もしかしたらシルフィには人の心がないのかもしれない。あの光景を見てよく楽しそうにできるな。
あっ、精霊だから元から人の心ではなく精霊の心か。俺達にはとても優しいから問題はないが、他の人達にももう少し優しくしてあげてほしい。
視線の先でマリーさんとソニアさんが、にゃんにゃんわんわん言いながら接客をしている。
こちらはまだいい。
目の保養になるしお客さんも喜んでいる。
問題なのは別の場所。
五十過ぎと思われる雑なケモミミとシッポを付けられた男性、四十越えと思われる雑なケモミミとシッポを付けられた女性。
若い子ならコスプレと考えれば微笑ましくも面白くもあるが、歳を重ねた人間にこの状況はどう考えても拷問だろう。
昨日シルフィから店全体を巻き込んだことを聞いた時には気がつかなかったが、巻き込まれた店員全員が若い訳がない。
しかも、人気がなければある意味幸せなのに、おじさん、おばさんは地味に人気を獲得してしまっている。
無論、若い子達の方が人気があるし、人も群がっている。
だからおじさんとおばさんに集まっているのは、他の若い店員に夢中になった親達に放置されたであろう無邪気な子供達。
その無邪気な子供達は子供特有の残酷さを発揮し、おじさんやおばさんに様々な質問を投げかけている。
なんでミミを付けるの? なんでシッポをつけるの? なんで『わん』って言うの? なんで『にゃん』っていうの? なんで動物のマネをしているの? なんでなんでなんでなんで……止めてあげて子供達。店員さん、目が完全に死んでるから!
なにより辛いのが、店員さん達をあんな目に遭わせている大元の原因が俺だということだ。
半分以上はマリーさんに責任がある気もするが、切っ掛けになったのは俺で間違いない。
見なかったことにして宿に帰りたくもあるが、ここで逃げ出せば店員さん達の地獄が続く。さすがにこのまま見捨てるのは、人として終わってしまう気がする。
「マリーさん!」
覚悟を決めて歩き出し、マリーさんを囲んでいるお客をかき分けて声をかける。
「いらっしゃいませだにゃん! ポルリウス商会にようこそにゃん!」
新たなお客と勘違いしたのか、マリーさんはこちらを向いて片足を上げながら招き猫ポーズで元気に来店の挨拶をしてくれる。
……一つ分かったのは、マリーさんがケモミミ達の饗宴のケモミミ達よりも本気でケモミミしているってことだな。
そういえば、お客の獣人にやるなら本気でやれって怒られたんだっけ?
そう言われたからといって本当に本気でやる神経が俺には分からないが、商人としてのプライドは感じなくもない。人としてのプライドは……。
「ゆゆゆゆゆ裕太にゃん!」
人が集まっている中で、バケモノを見たかのごとく俺の名を叫ばないでほしい。
あと、にゃんを俺の敬称にしないでほしい。
あっ、このままだと不味い。
「すみません。商談があるので中でお話しできませんか?」
土下座体勢に移行しようとしたマリーさんの手を掴み、なんとか土下座を阻止する。
衆目の中でネコミミシッポの若い女性を土下座させたら、俺の評判が死ぬ。
ジーナ達の活躍やメルの工房の隆盛、精霊術師講習の生徒達の活躍で精霊術師の評判も上向いてきたのだから、こんなところで俺が足を引っ張る訳にはいかない。
「あっ、そうですね。失礼いたしました。奥へどうぞ……にゃん」
正気に戻ったのか、恥ずかしそうに語尾に『にゃん』をつけるマリーさん。この状況でもちゃんと罰ゲームを続行する根性は素晴らしいと思う。
「ありがとうございます」
お礼を言ってマリーさんの後に続く。あっ、ソニアさんもこっちに歩いてきた。
それにしても人が多い。外からでも分かってはいたが、普段の二倍から三倍くらいお客さんが入っているんじゃないか?
そして、普段よりも突き刺さる店員さん達の視線がとても気になる。
いつもはわざと視線をこちらに向けないようにしている感じなのだけど、今回はその配慮は受けられないらしい。
ご年配の方達の死んだ魚のような目がとても怖い。
「それで事情を説明してもらえますか?」
応接室で紅茶を一啜りし、落ち着いたところで話を始める。
「――――という訳です。申し訳ありませんでした……にゃん」
マリーさんの話は、シルフィが調べてきた内容とほとんど変わらなかった。
シルフィがわざわざ俺から見える位置に移動して、心なしかドヤ顔を晒しているが、ドヤ顔に値する調査力なのでむしろ控えめなアピールにしか思えない。
シルフィと契約していれば名探偵間違いなしだな。まあ、この世界だと、名探偵でも生きるのは辛そうだけど。権力者の秘密を暴いたりしたら首ちょんぱだよね。
「状況は理解しました。で、なんで他の従業員まで巻き込んだんですか?」
無関係を装いたいところだが、さすがに死んだ魚のような目で凝視されてしまったら、自己保身のためにも追及しておかなければならない。
悪いのは全部マリーさん、そう証明するために。
「それは……」
説明しようとして途中で言葉を詰まらせるマリーさん。何か言い辛いことがあるようだ。
「ソニアさん、説明できますか?」
黙ってマリーさんの背後に控えているソニアさんに話を振る。
ソニアさんは俺とマリーさんの会話に結構入ってくるのに、今回だんまりを決め込んでいるのは語尾を聞かれたくないからだろう。だが、そうはいかない。
接客でもない冷静な話し合いの場所で、恥を晒してもらおう。わんと言うのだ。
「……その、ポルリウス商会としても獣人のお客様にそっぽを向かれる訳にもいかず、イベントという形で対応しました。こういう場合、上がやっているのに下がやらないという選択肢はなく、申し訳ありません……わん」
ん?
ちょっと思っていたのと違う気がする。
俺の予想では罰ゲームが恥ずかしいし獣人に怒られたから、これ幸いと従業員を巻き込んだイベントを開催という、商会長の娘な立場を活かしたパワハラだと思っていた。
でも実際は、俺の罰ゲームが切っ掛けでポルリウス商会が獣人という種族全体に嫌われる可能性が浮上、急遽イベントとして誤魔化した。
それで上が体を張っているのに下が体を張らないわけにもいかないから、従業員もケモミミとシッポを装着……あれ? 全部俺が悪い気がしてきた。
「……申し訳ありませんでした」
とりあえず全力で頭を下げる。いや、ここは俺が土下座をすべきか?
面倒臭くなったしとりあえずと軽い気持ちで罰ゲームを課したけど、予想以上に危険な罰ゲームだった。
そうだよね、あの商会は獣人をバカにしていると噂にでもなったら、それだけでかなりのイメージダウンだ。下手をすれば商会が潰れることも有り得たかもしれない。
ある意味、俺はマリーさんの機転に助けられたんだろう。
「ゆ、裕太さん、頭を上げてください……にゃん」
「そうです。すべてはマリーの至らない誘惑が原因です……わん」
「あっ、罰はもう結構です。こちらの思慮不足で大変なご迷惑をおかけしました」
すみません。俺、罰とか調子に乗ってました。
***
「ふぅ、地味に大変なことになるところだった」
マリーさん達に見送られ、人通りがないところまで移動して冷や汗を拭う。
「裕太の罰って意外と酷い罰だったのね。私も驚いたわ」
俺の言葉にシルフィも同意するように頷く。
シルフィの調べでも実はポルリウス商会がピンチだったという情報は出ていなかったから、話を聞いて一緒に驚いていたもんね。
いくらシルフィでも、言葉にされなければ探ることができないということか。
マリーさんが愚痴でも言っていれば違ったかもしれないが、店のピンチなんてそうそう吹聴しないし、タイミングも悪かったのだろう。
悪党も自分の悪事を気軽に吹聴したりしないし、取引現場に潜入でもしないと名探偵は無理っぽいな。
「それにしても、マリーはしたたかね」
(うん)
謝罪だけでは申し訳なかったから、エルフ絹も卸したし各種薬草も普段の取引の倍以上を卸した。
マリーさんもソニアさんもホクホク顔で許してくれたから罪悪感も薄れたのだが、応接室を出る前の言葉で少し負けた気分にさせられた。
裕太さん、このキャンペーン、儲かるので定期的に開催しても構いませんか?
儲かるなら自分の恥も部下の死んだ魚のような目も気にしない言葉に、俺は負けた気分にさせられて許可を出した。
商人って厚顔無恥か人の心を失わないと大成できないのかもしれない。
(シルフィ……なんだか疲れたし、ジーナ達が戻るまでのんびりすることにするよ)
「そう、なら私も裕太に付き合ってのんびりすることにするわ」
……付き合ってお酒を呑むんですね、分かります。
まあいいか。ベル達と戯れながらシルフィと晩酌して、それだけだと時間が余りそうだからトルクさんにアイデアを提供して、美味しい料理を作ってもらおう。
読んでくださってありがとうございます。




