六百十九話 決断
今回の更新から、しばらく下ネタが強くなります。
申し訳ありませんが、苦手な方は自衛をお願いします。
艱難辛苦の果てにベリル王国に到着した。さっそく遊びにくりだしたいところだが、ぐっと堪えてまずはウナギの仕入れに。ブラストさんやジュードさんには会えなかったが、その舎弟に会うことができウナギの手配もお願いできた。
宿も無事に取れたし夕食も済ませた。
普段なら後はベル達と遊んだりシルフィと軽くお酒を飲んだりして就寝なのだけど、ベリル王国では本番はこれから。
さすがのシルフィも、宿に入ってまったりしていれば安心してくれるだろう。
問題は別れ際に舎弟が言っていた、サキュバスのお姉さん方が俺のことを気にしていたという言葉。
淫魔の館ではたしかに夢のような体験をさせていただいた。とても勉強になった。
でも、ちょっとだけトラウマにもなった。
秘密兵器もあるしレベルも上がった。対抗できれば至福の時間なのは間違いないが、休暇初日に挑むイベントではない。
まずは無難なところから攻めるのが吉、冷たい水に入る時に徐々に体を慣らしていくのと同じだ。
というわけで、サキュバスのお姉さんが勤めていそうなお店は避ける。
前回気になっていたお店は、ケモミミ達の饗宴、舞い踊る愛の煌めき、大きさこそ正義、乙女達の戦い、THE純朴! の五店。
この中で大きさこそ正義は堪能したから、攻めるべきは残りの四店。
どのお店もとても気にはなるが、舞い踊る愛の煌めきと乙女たちの戦いはサキュバスのお姉さん方が勤めていても不思議ではない店舗形態だ。
反面、ケモミミ達の饗宴とTHE純朴! は安全である可能性が非常に高い。
だってサキュバスのお姉さん方にケモミミは生えていないし、純朴なサキュバスは種族的に激レアだ。初日に遊ぶならこのどちらかを選択すべきだろう。
丁か半か、正解の見えない悩ましい問題。でも、この悩みがひたすらに楽しい。悩んでいるだけでドキドキとワクワクが止まらない。
だが、時間を無駄にしないためにもそろそろ決断を下すべきだろう。
…………決めた!
俺が行くべきはケモミミ達の饗宴だ!
そもそも、獣人が存在する異世界で夜遊びをしようとしているのに、ケモミミピコピコなお姉さんに遊んでいただいていないのが間違いでしかない。
いきなりサキュバスのお姉さんにアタックした俺は、風車に突撃してしまうタイプの無謀な勇者だったのだと思う。
まずは王道。応用はその道を進んだ先にあるべきだ。
ついでに新規のお店の探索もしておきたいが……初日だし目的地に一直線が正解だな。
さて、出発……その前に着替えるか。手持ちの中で歓楽街の雰囲気を損ねず、でも、それなりにリッチな感じの服を選択せねば。
***
夜のとばりが下りる中、俺は宿を出て早足で進む。
目的地に近づくにつれ、絶えていた人影が徐々に増えていく。
みな、同じ目的に向かって進む同士でありライバルなのだろう。
同志達の成功を祈る気持ちがない訳ではないが、その前に自分の成功。華が有限なことを考えると、焦りを覚えなくもない。
畜生、アクセサリーの選択で迷ったのが失敗だった。
元々ファッションに疎いから、リッチと成金の境目が分からない。
夜のお店でモテるために、お金は重要なアピールポイントの一つ。沢山チヤホヤされるために、一つ、また一つと積み重ねていたら、激しく体重が増加し光り輝いていた。
さすがに駄目だと気がつきはしたが、どこまで減らせば正解なのかが分からない。結局、控えめなお洒落ということで、無難なアクセサリーを数点だけにしたがこれで良かったのだろうか?
ただひたすらにモテたい。
悩みは尽きないが、あの角を曲がれば目的の地。
余計な思考は楽しみの邪魔になる。
今、この時をもって浮世の柵を忘れ、俺は天にはばたく鳥になろう。
テンションが上がり自分の思考がおかしくなっていること自覚しながら、笑顔で角を曲がる。
目に飛び込んでくるカラフルな光球と、活気がありながらも妖しい雰囲気を漂わせる通り。
「つっ!」
声にならない悲鳴を上げながら、俺は反射的にUターンする。
ふいー。ヤバい。
トラウマと言っても、精神にちょっと恐れが植え付けられたくらいだと思っていたのだが、体にはそれ以上の恐怖が刻まれていたようで、サキュバスのお姉さんが目に入ると反射的に引き返してしまった。
あれはあれで幸せな一夜だったのだけど、さすがにギリギリまで搾り取られると体は覚えていたらしい。
妖しい魅力のサキュバスのお姉さん……好きなんだけどな。どうにか克服できないか、すべてをスッキリした後に対策を練ろう。
とりあえず今の俺はサキュバスのお姉さんに耐性がないから、表通りを進むのは止めて路地から侵入しよう。
自意識過剰かもしれないが、ナンパされたら漏らしてしまう可能性がある。
表通りから離れ路地に入る。ここを左に曲がればサキュバスのお姉さんが現れるのでスルー。
次の次の次くらいの路地から表通りに入れば大丈夫かな?
そんなことを考えながら、サキュバスのお姉さんが居た場所をチラッと見ると数人の人影が見えた。どうやら一人ではなかったらしい。
「んー。今日はもう来ないのかしら?」
予想外の危険に身震いしていると、路地の奥からサキュバスのお姉さんの声が聞こえた。
恐れを抱いてはいるが、サキュバスのお姉さん達の会話には興味がある。
盗み聞きはマナー違反だからしないが、聞こえてくるぶんには仕方がない。それに、ちょっとはしゃぎ過ぎて疲れたから、足がゆっくりになってしまうのも仕方がない。
どんなエッチな会話が繰り広げられるんだろう? あんまりエグイと引いてしまうので、初心者に優しいレベルの内容でお願いします。
「うーん、ブラストさんのところの坊やが、用事があるのか急いで帰っていったって言っていたから、その可能性は高いわね」
??? なんか自分にも関りがありそうな内容が聞こえた気がする。
「あら残念。でも、それならなんでまだ待っているの?」
「あなたもここに居るんだもの、分かっているでしょ?」
「うふふ。あんな話を聞かされちゃったのだもの。たしかにわずかな可能性でも諦めきれないわね」
「……ねえ、太郎ってそんなに素敵だったの?」
別のサキュバスのお姉さんが会話に参戦した。しかも、俺の偽名が……気のせいであってほしいが、太郎なんて名前がこの世界でメジャーなはずがない。
つまり、あの舎弟、善意か悪意か分からないが、俺を売ったということだ。次に会った時には覚えておけよ。
「ええ、一級品、いえ、規格外と言ってもいいわね。あの方と一夜を共にしたメンバーは格すら上がったわ」
「すごい騒ぎになったわよね。あの時、普通にお店に出ていた自分を呪ったわ」
「へー。楽しみだわ。どこの宿に泊まっているかは分からないの?」
「残念だけど、今のところ情報はないわ」
心底ホッとした。人目につかないところでローブを脱いで、コッソリ行動した俺、グッジョブ!
というか宿を調べてどうするつもりなの?
「んー。どうにか接触したいわね。私達に拒否感はないんでしょ?」
「ええ、最後の方は私達が少しだけ暴走しちゃったけど、それまでは私達との関係をとても楽しんでくれていたわ」
ええ、とっても楽しかったです。
「サキュバス六人と楽しめるだけで相当な男ね。いえ、暴走したあなた達から生き延びて、その上で王都に顔を出せるのだから最高の男かもしれないわ」
なんか無茶苦茶高評価なんですけど?
単純にトラウマの具合を計り間違えていたというか、欲望の方が勝ってしまったというか……バカですみません。
まさかサキュバスのお姉さん方に話が広まっているとは……膝がガクガク震えているし、とりあえずこの場を離れよう
なんとしてもサキュバスのお姉さん方に見つからないように、ケモミミ達の饗宴にたどり着かなければならない。足よ動け。
これだけビビっていても、お店に行くのを諦めない俺は、やはり相当なバカだな。でも、そんな自分が嫌いじゃない。
ん? あれ? でも、この状況って俺が望んでいた超モテモテな状況ではないのか?
エルフ達の信仰にも似たモテモテでもなく、エルティナさんやマリーさん、ソニアさんのように利用しようとするモテモテでもない。
いや、俺の生命力的なものが目的だから、エルティナさん達に近い感じではあるが、でも、微妙に違う。
あとくされもなく、お互いに幸せになれるウインウインな関係。
命の危機さえ克服すれば、色っぽいサキュバスのお姉さんに超モテモテな超絶リア充の誕生……悪くない。悪くないぞ。
そうなると、体力と精力の強化が必要。
エルフの国で手に入れた秘密兵器が効力を発揮すれば、俺は誰もがうらやむナイスガイに進化できるかもしれない。
膝の震えが消えた。希望が見えた。簡単に意識改革できる単純な自分が結構好きだ。
よし、ケモミミ達と戯れに向かおう。
サキュバスのお姉さん方に挑戦するのは、最終日、いや、回復の時間が必要かもしれないし、三日目か四日目あたりだな。
ルンルン気分で路地を進む。
サキュバスのお姉さん方は全員警戒対象だから、ケモミミ達の饗宴まで路地から出ないように進もう。
店の場所があやふやなのが辛いが、ある程度近くまで行ければ裏からでも特定できるだろう。
性欲に支配された俺って時々すごいと思う。
前に場所と店構えを軽く確認しただけの場所を、初めて入る路地からでも迷わずにたどり着いてしまった。
あとは、あのお店に飛び込むだけ。
念のために路地から表通りを観察し、サキュバスも裏のお兄さんっぽい人影がないことを確認。
素早く路地から飛び出し、店の扉を開ける。
「いらっしゃいませにゃ。ケモミミ達の饗宴にようこそにゃ!」
中に入ると、色っぽい猫耳のお姉さんが笑顔で出迎えてくれた。
にゃ、にゃ、にゃ、獣人の語尾に種族的な特徴が付くのかは知らない。目の前のお姉さんの語尾も営業的なものかもしれない。
というかマルコもキッカも語尾に特徴なんか出ていないから、営業的なものの可能性が高い。
それでも一つだけ分かることがある。
マリーさんもソニアさんも偽物だ。
まあ、アレはアレで可愛らしいし面白いからいいのだけど、本物の破壊力は凄い。
思わず『いらっしゃいましたにゃん』とか気持ち悪いことを言いそうになった。
ふー、受付の時点でこれか。中に入ったら気を引き締めないと、とんでもないミスを犯してしまいそうだ。
黒歴史だけは避けよう。
読んでくださってありがとうございます。




