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六百十七話 プライドの問題

 ベリル王国に心置きなく遊びに行くために、迷宮都市でしっかりと下準備を進める。ジーナ達の迷宮攻略、ベル達の情報収集、メルの工房の様子見、最後にエルフから沢山もらった絹を市場に流そうかとマリーさんに見せたら……強烈な反応が返ってきた。できれば騒ぎにならないようにお願いしたい。




「裕太様、これをどこで、いえ、それを聞くのは野暮ですね」


 ひとしきり叫んだ後に、マリーさんが真顔で質問してくる。感情の落差が激しくて心配になる。


 まあ真顔になったのは利益計算で頭をフル回転させているからだろう。あっ、真顔だと凛々しく美しかった顔が、下卑た笑顔に変わった。


 満足できる利益が上がるのなら幸いだが、こういうところが残念だよね。普通にしていたら美人なのに。


 それにしても場所か……そういえばエルフ関連の情報の取り扱いについては誰からも注意されなかったな。


 ただ、元々エルフは半分鎖国状態っぽいし、加えて精霊樹というある意味では爆弾になりかねない存在が復活したから、言われなくても情報の拡散には気を遣うべきだろう。


「えーっと、まあ、場所はご想像にお任せします」


 俺の返答に予想がついていたのか、そうだろうなと頷くマリーさん。


「それよりも、なんでこれがエルフの絹だと分かったんですか?」


 俺には綺麗な布だとしか分からない。


「エルフの布は乙女の憧れだからです」


 鼻息荒くマリーさんが断言し、背後でソニアさんもコクコクと頷いているから間違いではないのだろうが、理由になっていない気がする。


「どういうことですか?」


「いいですか裕太さん、エルフ絹は大変希少価値が高い物なのですが、エルフと繋がりがあるフェイバルという町まで行けば、多少は手に入ります」


 あっ、バレた。フェイバルという言葉にうっかり反応しちゃったんだけど、その反応をバッチリ観察されていた。というか、俺の反応を見るためにフェイバルという名前を出したんだろう。


 欲望に脳が侵されている割に抜け目がない、いや、欲望に脳が侵されているからこそ抜け目がないのか。


「ですが手に入ると言っても希少であることには変わりなく、若返り草のように上流階級が独占し、庶民が手に入れられるのは頑張ってハンカチなどの小物、もしくはデザインが古くなり下げ渡された中古の更に中古になります」


「なるほど、上流階級であればそれなりに手に入る品なんですね」


 ある程度出回っていて乙女の憧れなら、マリーさんが鑑定できるのも理解できる。まあ、マリーさんが乙女という単語に当てはまるのかは疑問だが。


「フェイバルの町があるガーネット王国ではと注釈が付きます。若返り草など迷宮の希少品をこの国が独占しているのと同じですね」


 あぁ、それはそうだよな。まずは自国優先、国としては当然の判断だ。


「そういう訳で小物はともかくドレスが作れるほどのエルフ絹は、この国の上流階級でも手に入れるのが難しい品物です」


 エルフ達は普段着で使用しているけどね。


「つまり若返り草に加えエルフ絹が商品に加われば、上流階級の奥様方をこちらの思いのままに動かすことも可能という訳です」


 乙女の憧れはどこに行った? 上流階級を掌の上で転がして利益をむさぼることしか考えてないじゃないか。


「……別に思いのまま動かすのは若返り草だけでもできるのでは?」


 そうやって貴族や豪商を集めてウハウハしていたのを俺は知っているぞ。


「若返り草は独占じゃないので、上流の中の上流には食い込めないのです」


 そういえばそうだな。薬師ギルドにも流れているし、迷宮の翼やマッスルスターも狙おうとすれば狙える。


 選択肢があるなら権力者側は選ぶことができるから、転がすのは難しいか。


「でもエルフ絹も多少は手に入るんですよね?」


 選択肢があるなら、選べることには違いはない。


「若返り草は迷宮都市の、この国の産物です。上流階級のパワーゲームの強力な手札にはなりますが絶対ではありません。エルフ絹は上流の上流が苦労して手に入れるレベルなので、品物の希少度の桁が違います」


 そういうことか。


 若返り草とエルフ絹。肌が若返る若返り草の方が価値がありそうだけど、地元だから若返り草の方が手に入りやすいってことだな。


 地元ではそれほどでもないのに、東京だと値段が跳ねあがる的なアレだ。


「という訳でエルフ絹は希少なんです。継続して手に入れることはできますか? いえ、裕太さんならできるに決まっています。お願いします、うちに卸してください」


 なんで俺ならできると決めつけるのかは理解したくないが、できることはできる。なんたってアイドルレベルで熱狂されているからな。絹の追加が欲しいと言えばくれるだろう。


 でも何度もエルフ絹を買いに行くのは面倒なのでごめんだ。そうなると今の手持ちを少しずつ放出するのが無難なのだが、それをすると在庫が切れた時にマリーさんが騒ぐのが目に見えている。


 ここは一撃で仕留めるべきだろう。


 どう自分の手間を少なくしようか考えていると、なにを思ったかマリーさんが立ち上がり、こちらに来て俺の隣に座った。


「……マリーはー、エルフ絹がとってもほしいなー。もしエルフ絹が手に入るならー、マリー、好きになっちゃうかもー」


 マリーさんが俺にしなだれかかり、人差し指で俺の胸元をくすぐりながら甘えた声を出す。


 たしかに俺はエルフの国でチヤホヤされることを願った。アイドルのようなチヤホヤではなく、飲み屋のお姉さん的なチヤホヤをだ。


 ある意味ではこれが正解なのかもしれない。飲み屋のお姉さんが客にブランドバッグをねだる行為に似ている気もする。


「……今日は帰ります」


「なぜですか!」


 驚いた顔で詰め寄ってくるマリーさん。とりあえず詰め寄ってきたマリーさんを無視してソニアさんに顔を向ける。


「ソニアさん。俺は今日、エルフ絹を卸すつもりで来ました」


「は、はい。申し訳ありません。マリーも悪気があってのことではないのです。ただ、エルフ絹を手に入れるために焦ってしまい、女を武器にしてしまったのだと思います」


「ソニアさんも分かっていませんね」


 女の武器は今までも何度も使ったよね。それに怒った覚えはない。


 こういう考えは性差別とヒンシュクを買うかもしれないが、むしろ女の武器を使ってくれた方が嬉しいタイプだ。


 エルティナさんのように食われたら骨の髄までしゃぶられそうな相手でなく、お金で片が付くレベルなら大歓迎とすら言える。


「ど、どういうことでしょう?」


「演技力の問題です。あんな子供の遊びのようなおねだりで商品を出すなんて、俺のプライドが許せません」


 甘ったるいだけの声に、上目遣いの目は欲望に染まって隠せていないし、言葉の内容も薄い。零点だ。


 普通の商談ならエルフの絹を卸していたが、あんなおねだりに負けたと思われるのは耐えられない。


 マリーさんが俺の言葉に憤慨しているが、小学生レベル、いや、小学生の純真さのほうが手強いレベルのおねだりをして憤慨できる方が驚きだ。


 俺にだってそのくらいのプライドはある。


「申し訳ありません。あの、挽回のチャンスを頂けませんか? 次こそは裕太様にご満足いただけるよう、マリーを夜の町に修行に出します」


「ちょっと、ソニア、何を勝手に!」


「マリー。エルフ絹を手に入れるチャンスを、あなたのミスで失おうとしているのですよ? 責任を取りなさい」


 ソニアさん、凄いな。自分の勤めている店のお嬢様を躊躇なく生贄にしたぞ。でも……。


「それは無理です。次回に上手におねだりされても、修行の成果としか見られないので冷めます」


 たしかに飲み屋のお姉さんのおねだりは技術でもあるのだろうが、勉強してきましたって言うのは違うよね。


「……エルフ絹の商売を潰したとなれば、マリーと言えどもタダではすみません。裕太様、図々しいのは百も承知ですが、何卒、何卒、挽回の機会をお与えください」


 いや、最初からそうやって真摯に頼まれていたら、普通にエルフ絹を卸したんだけどね、なんというかマリーさんもソニアさんも肝心なところで間違えるよね。


 うーん、別にプライドの問題だからマリーさんに酷い目に遭ってほしい訳じゃない。普通に仕切り直して、次の商談で普通に交渉すれば済んだ話なんだけど……この流れで何もなくって言うのも違うだろう。


 ある程度の代償が必要だ。


 ……ぶっちゃけ、どうでもよくなってきた。いや、あんなおねだりに負けて商品を卸すのは論外なのだけど、こんなことに頭を悩ませるのも悲しい。


 もう、罰ゲーム的なものでいいか。


「では、俺が次にこの店を訪れるまで、マリーさんは語尾に『にゃん』を、ソニアさんは語尾に『わん』をつけてください。あぁ、貴族とか洒落にならない時は除きます。あと、店に出ないとかも無しです。ちゃんと今まで通り接客も熟してください」


 こんなことで前みたいに商品を制限するのは違うし、今回はこれくらいで良いだろう。


 というか、マリーさんのおねだりが下手だっただけだから、罰の方が重すぎる気すらする。立場が強いって理不尽だよね。


「えっ、そんな!」


「裕太様、私もですか!」


「嫌ならやらなくても大丈夫です。エルフ絹を卸さないだけで、他は今まで通り卸しますから。やるなら今から罰ゲーム開始です」


 巻き込まれたソニアさんは可哀想な気がしないでもないが、まあ連帯責任というやつだ。


 マリーさんもソニアさんも放っておくと調子に乗るタイプだし、今回のようなくだらないことで釘を刺せたのは悪くない結果かもしれない。


「罰ゲームって言った! ……にゃん」


 うん、純粋に恥ずかしがるマリーさんはアリだな。この表情でおねだりされていたら、エルフ絹を全放出していたかもしれない。


「では、俺は帰りますね。あっ、お見送りは結構です。でも、別れの言葉はもらいたいですね」


「……今回は申し訳ありませんでした。またのお越しを心よりお待ち申し上げております……にゃん」


「裕太様。またのお越しを切実にお待ち申し上げております……わん」


 悪くない。悪くないぞ。


「はい。罰にならないのですぐには来ませんが、時間を置いてまた来ますね」


 ベリル王国から帰ってきたあとくらいかな?


 エルフ絹の扱いは延期になってしまったが、戻ってきてからの楽しみができた。これで心置きなく旅立てる


読んでくださってありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マリーさんぽんこつかわいい
[一言] 「いいね」を付けようとしたら受付停止されていた。
[一言] マリーさんの自爆は割とよく見る気がするけどソニアが巻き込まれるのは珍しいな 裕太が戻るまで頑張って欲しいわん
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