六百十六話 心置きなく旅立つための事前準備
長老達との報酬の話し合いも終わり、エルフの国に戻ってきた。国の移転が決まり騒がしいエルフの国だが、当初の希望通り観光に出る。……男エルフはともかくとして、エルフのキレイどころにアイドルのように持ち上げられたので悪くない観光だった。
「ジーナ、サラ、マルコ、キッカ、色々あって予定が狂ったけど、明日からダンジョン攻略だからしっかり準備するようにね」
数日エルフの国でアイドルロールを楽しもうかと思ったが、エルフの美女に囲まれたがゆえに溜まってしまう欲望もあるので、一日だけ滞在を延期してたっぷりと持ち上げられて迷宮都市に移動した。
いつも通りトルクさんの宿屋に部屋を取り、延期されていた計画を発動する。
「了解。といってもダンジョンに突入する準備は終わっているから、やるのは忘れ物のチェックくらいだな。あっ、師匠、預けておいた食料は明日渡してほしい」
「あ、うん、分かった」
師匠っぽく指示を出したつもりだったが、もうすでに準備は終わっていた。当然と言えば当然、エルフの国に移動する前にダンジョンに潜る準備をしていたもんね。
「じゃあ、あたしはエルフの国の土産を渡しがてら実家に顔を出してくるよ。ついでに冒険者ギルドとメルにも挨拶してくる」
「ジーナ姉ちゃん、おれもあいさつにいく!」
「キッカも!」
「ああ、じゃあ一緒に行くか。師匠とサラはどうする?」
まだ昼過ぎとはいえエルフの国から移動してきたばかりなのに、みんな元気だな。
「俺はベル達と話があるからいかなくていいよ。サラは?」
冒険者ギルドは行く必要がないし、メルのところは今日じゃなくても顔を出す時間は十分にある。
「では、私もご一緒します」
サラもお出掛けか。たぶん元気いっぱいのマルコとキッカをお世話するつもりなんだろうな。とってもいい子だ。
そしてそれを放置する俺は悪い大人だな。まあジーナ達もかなり強いし契約精霊も一緒だから心配するだけ無駄なんだけどね。
お出かけのたびに大精霊の護衛を頼んでいた頃が懐かしい。まあ、迷宮攻略の時はディーネに護衛をお願いするつもりだけど……。
「みんな集合」
行ってきますと元気に手を振って出ていく弟子達を見送り、部屋の中でワチャワチャと戯れあっているベル達を呼び集める。
「しゅうごー」「キュー」「おてつだい?」「クー」「もえるぜ!」「……」
一声でシュピっと集まってくるベル達。うん、この子達も元気いっぱいだな。可愛いのでナデナデしよう。
「……コホン。それで、ベル達はどうする?」
いかん、ちょっと夢中で戯れてしまった。シルフィの呆れた視線が痛い。
「う?」
コテンと首を傾げるベル。ちょっと言葉足らずだったようだ。
「あー、ベル達はグルメマップを完成させる予定だったけど、どうする? 明日くらいに楽園に送還する?」
トゥル以外……ムーンの表情はちょっと読めないので微妙だが、すっかりグルメマップのことを忘れていたようだ。俺の言葉で思い出して、なぜかワタワタと焦っている。可愛い。
「そうだんー!」
ベルが小さな右手を上げてキリっと宣言する。なんか試合途中のタイム請求みたいだな。
頭を寄せ合ってゴニョゴニョと相談を始めるベル達。
レインの『キュー』やタマモの『クー』やムーンの『……』という無言のプルプルがちゃんと会話として成立している様子が、何度見ても不思議だ。
おっ、どうやら話し合いは終わったようだ。ベル達が俺の周りに集まってきた。
「もっとしらべるー」「キュキュー」「しんちょうさがひつよう」「クゥー」「あなばをさがすぜ!」「……」
レイン、タマモ、ムーンの言葉は分からないが、他のメンバーの言葉で内容は理解できる。下調べ続行ってことだな。
「分かった。じゃあ満足したら教えてね」
すぐにベリル王国に行けないのは残念だけど、しっかり調べてくれたらそれだけベル達の楽園での滞在期間が延びる。
沢山調べたんだから五日くらいは必要かな? と言えばベル達なら必ず頷く。俺にとっても悪くない状況だ。
「分かったー」「キュー」「いってきます」「クゥッ」「やるぜ!」「……」
あ、もう調べに出かけるんだ。
「夕ご飯までには帰ってくるよう……もう行っちゃったか」
最後まで言い終わる前にベル達の姿は見えなくなっていた。少し悲しいが、ご飯大好きなベル達が食事を見逃すわけがないので大丈夫だろう。
それにしてもあっという間にちびっ子達は居なくなってしまったな。残るは俺とシルフィ……のんびりするか。
「裕太。桑の実のワインが飲みたいわ」
「……了解」
訂正。シルフィには今回もしっかりお世話になったから、偶には接待でもしておくことにしよう。
***
「じゃあ師匠、行ってくる」
「お師匠様、行ってきます」
「いってくる!」
「いってきます!」
「うん、無理はしないようにね。ディーネもジーナ達のことをよろしく」
「お姉ちゃんにおまかせー!」
ジーナ達が手を振り迷宮に入り、ムフンと胸を張って守護を請け負ってくれたディーネがそれを追いかけていく。
ディーネのうっかりが少し心配ではあるが、ジーナ達がしっかりしているから大丈夫だろう。
ベル達はすでに迷宮都市探索に出かけているし、俺はどうするかな?
……ベリル王国に遊びに行く前に、細々とした用事を済ませておくか。まあ、ちょっと前に来たばかりだし、やることはそれほどない。
メルの工房に顔を出して、その後にマリーさんのところにも顔を出しておくか。
「いらっしゃいませ。あっ、裕太様、メル様に御用事ですか?」
メルの工房に入ると、なぜか知らない女性、いや、なんとなくどこかで見たことがある気がする女性に笑顔で迎え入れられた。
「えーっと、はい、メルはいますか?」
「はい。こちらで少々お待ちください」
「あ、はい」
あれ? ここにこんな応接スペースあったっけ?
なんだかよく分からないうちに流れるように案内されたが、なんだかメルの工房が初めてきたような場所に感じる。
「お待たせしてすみませんお師匠様」
スルっとお茶も供され、若干の居心地の悪さを抱えながら待っていると、俺が知っているメルが汗を拭きながらやってきた。背後にはメラルとメリルセリオも居る。
良かった。知らない間に、少しだけ違うパラレルワールドに移動しちゃったかと思ったよ。
普通ならバカな焦りだけど、スーパーから出たら異世界だったを体験しちゃっているから、地味に怖かった。
「い、いや、大丈夫だよメル。えーっと、新しく従業員を雇ったの? 雑用の三人は? あとこの場所は?」
視線でメラルとメリルセリオにも挨拶をして、疑問に思っていたことを尋ねる。
「いえ、あの方はマリーさんが派遣してくださったんです。ゴルデンさん達三人は、今もちゃんと助けてくれています。あと、この場所は、あれからお客さんが沢山来るようになったので、マリーさんが設置してくれました」
なるほど、どこかで見たことがある気がしたのは、マリーさんの雑貨屋で見たことがあったからか。
メルは凄く助かっていますといった顔をしているが、これは明らかにマリーさんの囲い込みだろう。
調子に乗ると少し危ういところがあるが、メルが俺の弟子だとマリーさんも知っているから無茶はしない。
そう考えると、人が好いメルにとってはベストな結果かもしれないな。まあ、マリーさんは欲に濁った目をしているだろうけど。
「そう、それは良かったね。そういえば王宮の鍛冶師長はどうなったの?」
「ドルゲム様ですか? あの方でしたら、お手紙を表の騎士様に託したら、翌日にはいらっしゃいました」
……手紙を託した翌日に王都から到着はどう考えても無理だろう。ワガママを言って迷宮都市に前乗りをしていたんだろうな。
「ワガママを言われなかった?」
「ワガママというか、もう一度見せてくれとか、やはり弟子にとかは言われました」
まあ、予想の範囲内だな。
「それで?」
「他の鍛冶師の方達にも一度しか見せていないことを伝えると、それならと納得していただけました」
ん? それだけであの鍛冶師が納得するか?
もっとワガママを言いそうな気が……いや、そういうことか、職人のプライドをくすぐったんだな。
メルは悪意なく天然だろうが、ある意味では挑発になっている。
他の鍛冶師達は一度でなんとかしようとしているのに、お前は何度も見なきゃいけないの? 王宮の鍛冶師長なのに? と受け取れなくもない。
プライド的にも立場的にも納得するしかなかったんだろう。急所に会心の一撃って感じだな。
少しだけ雑談をして工房を出る。
メルは忙しそうだけど充実している顔をしていたし、メラルとメリルセリオも生き生きとしていた。しばらくは心配しなくても大丈夫なようだ。
続いてマリーさんの雑貨屋に足を運ぶ。
「裕太様、いらっしゃいませ」
警戒しながら店に入ると、俺の警戒を感じ取ったソニアさんがつまらなさそうな顔で挨拶してくる。
メルの工房にこの雑貨屋の従業員が居たのに、情報が回っていないと思うほど俺は間抜けじゃないぞ。
「ソニアさん、こんにちは。マリーさんはいますか?」
「いえ、申し訳ありませんが少し席を外しております。使いを出しておりますので、もうしばらくお待ちください」
突然来たんだから居ないのもしょうがないよね。
こちらでも応接室に通されお茶を頂く。
「あの、裕太様、商品はそれほど集まってはいませんが?」
ちょっと前に来たばかりだからね。
「分かっています。ちょっと沢山品物を手に入れたので見てもらおうかと――――」
「裕太様、お待たせしました!」
荒い息でマリーさんが部屋に飛び込んできた。かなり急いでくれたようだ。
「いえ、ほとんど待っていないので気にしないでください」
「ありがとうございます。それで裕太様、本日はどのようなご用件で!」
滅茶苦茶儲け話を期待した顔をしているな。とても分かりやすくて助かるが、商人としてどうなのか心配になる。
「えーっと、これなんですけど」
魔法の鞄からエルフの国でもらった絹を取り出して見せる。
報酬を貰って十分満足していたのだが、お土産として文字通り山のように絹を貰ってしまった。
たぶん、余分な報酬を拒否したからこその、長老達の苦肉の策なのだろうが、さすがに山のように貰ってしまうと使い道に困る。
楽園でなんやかんや使うとして半分はキープするつもりだが、残り半分は死蔵しておくのももったいないからマリーさんに見てもらうことにした。
エルフの秘薬もタップリ手に入れたのだけど、こちらは騒ぎになりそうなので内緒にするつもりだ。なんたって秘薬だもんね。
「ふわー。エルフ絹キターーーー」
マリーさんがどこかの陸上大好き俳優のような叫びをあげた。
絹は絹でヤバい物だったようだ。説明もしていないのに、なんでエルフの絹だって分かるんだ?
読んでくださってありがとうございます。




