六百十五話 あと数日くらいなら……
精霊樹とラエティティアさんの復活を祝い、精霊樹の元で宴が開催された。長年の悲願の達成でハイテンションなエルフ達に少し幻滅したが、無事に依頼が果たせたうえにシルフィ達大精霊も満足気だったので俺としても悪くない依頼だったと思う。
「ぞれで……コホン、失礼しました。それで報酬の増額についてなのですが、裕太様のご希望は何かございますか?」
宴の翌日、精霊樹の根元で、ラエティティアさん同席の報酬増額会議が始まった。
展開が早いのは歓迎するが、昨晩たらふく飲んで騒いで今も声がかすれているのに長老は元気いっぱいだな。若返っているようにすら見える。
ラエティティアさんの隣に座っているエレオノラさんの方がグロッキーなんだけど、若さを吸い取ったりしていないよね?
「えーっと、こちらとしましては、すぐに必要な物も思いつかないので報酬は規定通りで十分です。最初に取り決めた契約を逸脱するのはよくありませんしね」
まあこの提案は受け入れられないだろう。
受け入れられるのであれば、昨晩の宴の時点で長老はもう少し落ち着いていたはずだ。でも、昨日はちょっと異常だったから、もしかしたらと思わなくもない。
「それはなりません。たしかに取り決めはありましたが、裕太様は明らかに依頼以上の成果をだしてくださいました。その恩を無下にするのはエルフの信義にもとります」
やっぱりダメか。
正直、感謝が極まっているエルフに報酬を要求するのって地味に怖いんだよね。でも、貰わないなら貰わないで、こちらも厄介なことになりそうで怖い。
エルフのキレイどころを数人くださいとは言えないし、なら事前に考えていた通りエルフの秘薬の継続取引……ん、まてよ?
ラエティティアさんに抱っこされてご機嫌なサクラを見て、ちょっと良いこと思いつく。
「あの、ラエティティアさんはサクラの精霊樹に移動することはできますか?」
今更だけど精霊樹の果実や根を用意したし、サクラも遊びに来ちゃったから俺が精霊樹と関係が深いのはエルフにもろバレしている。
普通なら焦るところだがエルフにも精霊樹があるし、大精霊の力を目の当たりにしている。
どれほど愚かでも俺を敵に回す危険は理解できるはずだから、その辺りは気にしなくてもいい。
問題はラエティティアさんが楽園に来られるかどうか。色々あって思い至っていなかったが、サクラが移動できるならラエティティアさんも移動できる可能性が高い。
「……そうですね、サクラちゃんに呼んでいただければ移動できると思います。ね、サクラちゃん」
「あい!」
サクラもムフンと自信満々に返事をしているので、確定と考えてよさそうだな。
楽園には秘密がいっぱいだが、まあ、口止めすれば大丈夫だろう。それに、バレてもエルフならそれほど問題ない。
「では、報酬としてラエティティアさんにサクラの教育をお願いしたいです」
「あら? 精霊樹は自然と自分がなすべきことを知っています。教育は必要ありませんよ?」
え? そうなの?
……いや、考えたら当たり前か。植物の大半は自力で育つもんね。でも、本命はそこじゃない。
「それは知りませんでした。ですが自然と知っていることだけがすべてではないと思います。ラエティティアさんの経験、辛い記憶かもしれませんが人との争いの経験なども伝えてあげてほしいと思っています」
あれ? これってもしかして赤ん坊と変わらないサクラに地獄の経験を伝えさせるような絵面になってない? ヤバい、軌道修正しないと。
「無論、厳しい経験はサクラがそれを理解し、耐えられる時に教えていただければと思います。あと、俺は精霊樹から離れて活動することも多いので、ラエティティアさんがサクラと仲良くしてくれるだけで安心できます」
なんとか軌道修正成功かな? 思いつきの行動は、予想していないところに地雷が埋まっているから怖い。
「あぁ、そういうことでしたらお受けします。私もサクラちゃんと沢山お話がしたいですから」
慈愛の目でサクラを見つめながら承諾をするラエティティアさん。
これで俺の策は成った。
サクラと仲良くしてほしいのは本当だ。でも本命は別。
サクラの影響とはいえ、俺に対する好感度が高い美女が楽園に頻繁に遊びに来てくれる。それだけで俺にとって万金に値する報酬になる。
「ありがとうございます」
「むむ。たしかに知識も報酬となるでしょう。ラエティティア様の経験であれば、我々エルフにとっても垂涎の知識。だがそれではラエティティア様に報酬を肩代わりしてもらうことになるのでは?」
上手にまとまったと思ったら、長老が余計なことを考え始めた。素直に納得してほしい。
このままだと、やはり我々エルフが報酬を! とかなんとかハリキリだしそうだ。
「ふふ。ファネモス、肩代わりではありません。精霊樹の種の完成、私の大切な場所の浄化、どれも私が支払うべき報酬です。まあ、私の知識にそれほどの価値があるのか、それは疑問ですが精いっぱい頑張るつもりです。なにより、サクラちゃんや裕太様と沢山お話できるのが、とても嬉しいのです」
「む、むう、ラエティティア様にそう言われてしまうと……」
どうにか燃え上がりそうな長老を鎮火しようと考えていると、ラエティティアさんがサックリ鎮火してくれた。
さすがエルフの国の精霊樹の思念体、エルフのコントロールはお手の物だな。
これで一番面倒な交渉が終わった。
あとはエルフの秘薬と桑の実ワインの交渉だな。俺が望む秘薬がはたして存在するのか、そしてそれを違和感なく手に入れることができるのかだ。
ある意味、一番大切な交渉が今始まる。
***
「裕太様! どうぞこちらもお持ちください!」
「あっ、いえ、そんなに沢山頂くわけには」
「お気になさらず。裕太様はエルフの恩人です!」
「あ、ありがとうございます。では失礼します」
俺は受け取った商品を魔法の鞄に収納し、離れてから深いため息を吐く。
微妙に違う。望んでいたのと微妙に違う。
今もエルフの男に代金以上に大量のお土産をもらった。それは嬉しい。でも、本当に望んでいたのとは、ほんのちょっと違う。
報酬の交渉を終え、俺達は数日精霊樹の元に滞在してエルフの国に戻ってきた。
ラエティティアさんともう少し話したかったし、エルフ達が街に帰って賑やかになった町を観光したかったからそれは問題ない。
エルフ達は三分の一ほどが現地に残りラエティティアさんと精霊樹のお世話と、引っ越しの為の現地の整備。
残りの三分の二が現在の首都である街に帰還し、こちらも引っ越しその他もろもろの準備。
多少人数が減って引っ越しの準備で忙しそうなエルフ達には迷惑かもしれないが、自分の欲望を優先して観光に出た。
神秘的な巨木を繋ぐ吊り橋を渡り、そこで生活しているエルフ達に出迎えられ、エルフ独特の文化や名産を堪能する。
その目的は果たせている。
先に観光に出ていたジーナ達も面白かった場所を案内してくれるし、首都を縦横無尽に飛び回って遊んでいたベル達も自分達のお気に入りの場所を教えてくれる。
ベル達もキャイキャイと大喜びだし、ジーナ達もおまけを沢山もらったり褒められたりで満足気。
ファンタジーでも憧れの種族ともいえるエルフの街、歩き回るだけで結構観光を楽しめているのは間違いない。
微妙に違うと思うのは、誰にも明かしていない裏の目的。美人のエルフのお姉さんにチヤホヤされたい、その目的が微妙に達成できていない。
チヤホヤはされていないとはいえない。
美人のエルフのお姉さん達に囲まれて手を握られ感謝を沢山告げられた。ちょっとドキドキした。お店のエルフのお姉さんにおまけを沢山もらった。ちょっと誇らしかった。
でも違う。俺が求めていたのはそういうのじゃない。俺が欲しかったのは、飲み屋のお姉さんがお客を持ち上げるような感じのチヤホヤ、それが欲しかった。
宴の時点で嫌な予感がしていた俺は、長老に俺が凄いのではなく精霊が凄い的な通達を出してもらった。
それに加えて数日時間が空いたのだから、エルフの熱も多少は冷めているだろうと期待していた。
たしかに少しは冷めているのだと思う。
それでも大ファンのアイドルを目の前にした的な、ちょっとそれ以上先に進むと引き返せなくなるよ的な熱を感じる。
まあ、これはこれで悪くない。妖しい方向ではなく正方向のチヤホヤだが、普通では体験できない芸能人気分を体験できて楽しくもある。
しかも、相手がエルフの綺麗なお姉さん達なのだからなおさらだ。あと、男は見えない、精神的に悪いから。
「師匠、あれ、あれが、おいしかった」
頭の中で、俺、人気者! と、くだらないことを考えていると、マルコがキラキラとした笑顔で俺の腕を引っ張る。
脳内限定とはいえイキっていると、純粋な子供の笑顔がまぶしい。
ダメージを受けたことを顔に出さずに、マルコに連れられ吊り橋を渡って移動。巨木の幹に数店ほど並んでいる小さな店の前に立つ。
「へー。ナッツ類の専門店?」
「まあ裕太様! ようこそいらっしゃいました! そうです、この森で取れた木の実を一手に扱っております」
店員さんに声をかけると、美魔女の雰囲気を漂わせたエルフのお姉さんに大歓迎で迎え入れられた。
楽勝でストライクゾーン内なのだけど、エルフで少しとはいえ年齢が表に出ているのはいくつくらいなのだろう?
考えると少し怖くなるが、精霊と一緒にいる時点で年齢に関しては考えるだけ無駄だ。美人ならそれでいい。
……美人ならそれでいいって、俺の頭の中身も相当湧いているな。エルティナさんから逃げ出したことを思い出して気持ちを落ち着けておこう。
せっかくアイドル扱いしてくれているのに、調子に乗って炎上するのは嫌だよね。
「へー。広い森だとは知っていましたが、かなりの種類があるんですね」
地球にあるようなタイプの木の実から、なんかファンタジーな配色や形をしている木の実、かなりの種類が並べられてある。
「はい。エルフは結構な木の実好きなんですよ」
木の実好きか。イメージと合うような合わないような感じだな。俺的にはフルーツとか、いや、フルーツも木の実か? それ以前に、こっちのエルフは肉も食べるから今更だな。
「師匠。おれ、これがすきだった」
店員さんと話していると、マルコがカシューナッツっぽい木の実をお勧めしてくる。
たしかに美味しそうだ。
「あっ、キッカはこれ!」
続いてキッカが参戦。すでにベル達が木の実を一つ一つ確認し始めているし、店内は地味に混乱している。
……収拾がつかないかもしれない。
なんとか収拾がついた。
ジーナ達やベル達だけではなく、シルフィやドリーまでお酒に合いそうな木の実を求めて参戦し、俺限定で大混乱だった。
でも、エルフのお姉さんが収拾をつけてくれた。具体的に言うと、全種類プレゼントしますと言われて、お金を払う、受け取れないでちょっともめていたら勝手に収拾がついていた。
全種類手に入るのであれば、全員のお勧めや希望の商品が手に入るのだから当然だ。
かなりのおまけをしてもらったが、なんとかお金も受け取ってもらえたし良い匂いがした。
厚意に甘えるのが少し大変だけど、好意的な方向で顔が利くのって嬉しくもある。
本当ならすぐに迷宮都市に戻って、諸々を済ませてベリル王国にって考えていたけど、あと数日くらいならエルフの国に留まってもいいかもしれない。
読んでくださってありがとうございます。




